黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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狭間の村と風の渓谷へ

14.癒やしですよ? 可愛らしいのですよ? モフモフなのですよ?

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 その後、戻ってきたらしい時空神に「良い待遇だね」とからかわれ、起き上がろうとしたのだが、魔力譲渡が完了していないことを理由に止められてしまった。
 別段、膝枕をしていないといけない理由はないだろうにと思うのだが……どこか嬉しそうに此方を見ているルナティエラ嬢に何も言えなくなってしまう。
 まあ……これくらいで喜んで貰えるのなら、安い物である。
 腹部に乗ったまま戯れ付くノエルを撫でていると、何故かルナティエラ嬢の魔力が不安定になったのを感じて視線を上げるのだが、何事もないように微笑まれてしまう。
 何を考えていたのやら……
 ジトリと見つめていた彼女の表情が、何かを思いついたかのように輝きだし、此方をジッと見つめてきたときに、何故視線を逸らさなかったのだろうか。
 このときの私を叱咤したい気持ちになるなどつゆ知らず、『華やかな菓子の件でのご褒美』という言葉を聞き、確かに迷惑をかけたのだから、自分にできる限りのことはしようと約束して耳を傾けていたら、とんでもない提案が飛び出した。

「では、私が変じるエナガの姿になってくださいっ!」
「…………は?」

 一瞬思考が追いつかずに間の抜けた返答をした私が理解出来ていないと感じたのか、ルナティエラ嬢は再度、あり得ない『お願い』を口にする。

「ですから、小鳥の姿になってくださいと……」
「いや、エナガは小鳥だと理解している。そうではなくて、理由を聞きたい」
「私も癒やしが欲しいのですっ! 今回、結構頑張ったので、ご褒美をください! 私もモフモフしたいのですっ」
「ノエルがいるだろう」
「私は自分がエナガになっているときは、自らの姿が見えないのですよ? 鏡を見てモフモフできませんし、みんなが癒やされたというのに私は全然モフれません!」
「いや……だからって……」
「この変化の指輪は、魔力パターンから所有者を登録しております。全く同質のベオルフ様なら、問題無く使えるでしょう? ですから、モフらせてください」

 熱意を込めた言葉は、熱が入りすぎていて怖いくらいだ。
 それだけ渇望しているのか……と考える反面、確かにあの可愛らしい姿は癒やしになるだろうと納得もしている。
 だがしかし……私がそれに変じるのは違うだろう。
 いや、むしろ……可愛らしいからかけ離れた姿になるのではないか?
 変じるのは良いが、失望させてしまうおそれすらある。
 恥ずかしい思いをして変じた上に、失望されるというコンボは、さすがの私でも無傷では済まない。
 ハティにやられた傷よりも深いダメージを受けるぞっ!?
 これは、私1人で対処できる物では無いと判断し、主神オーディナルと時空神へ視線を向けるのだが、二神が私の味方になることはなかった。

「良いでは無いかベオルフ。頑張っている僕の愛し子を労ってやると良い」
「まあ、心配もかけたわけだし。これくらい良いんじゃない? 変化の指輪もベオルフなら所有者の変更をすることなく使えるはずだよ。ただ、変化する姿はルナちゃんが登録したエナガ……正確にはシマエナガと、カーバンクルの二択になるけどね」
「じゃあ、ボクとルナとベオの三人でカーバンクルになってぴょんぴょんできるのー? やってみたーい!」

 ノエル……お前は、更に無理難題を言い出すのか……
 二神の反応は予測の範囲内だったが、ノエルの言葉は予想の斜め上であった。
 こういうところは、ルナティエラ嬢に似たのではないだろうか。
 そんなことを考えていると、ルナティエラ嬢から硬質な何かを握らされる。
 手を開いて見てみると、見事な細工が施された指輪で――いかん、これは完全に逃げ道を断たれたのではないかっ!?

「どうぞ。思う存分変化してください!」
「……拒否権は?」
「ございません」

 キッパリ、サッパリ、とても麗しい笑顔のまま告げられた無慈悲な言葉に、盛大な溜め息が漏れる。
 どうにかしてくれと、改めて主神オーディナルの方を見るのだが、何やら時空神と話をしているようで、此方のことはスルーするつもりのようだ。
 これは……もう、逃げられん。
 期待に満ちたルナティエラ嬢の愛らしい瞳を見つめ、半ば諦めたように覚悟を決めた。
 これで、望むような癒やし要素がなくても文句を言うなよ?
 手にある指輪を握り込み、期待に満ちた眼差しを投げかける彼女を見上げた。

「……仕方が無い。少しだけだぞ」
「本当ですかっ!?」

 わーいっ! と声を上げて、ノエルと共に喜ぶルナティエラ嬢を見ていると、まあいいか……と思えてくるから不思議だ。
 本当に甘い……わかっている。わかっているのだ。
 私は、ルナティエラ嬢に甘すぎる!
 しかし……仕方が無いだろう。これだけ可愛らしい妹がおねだりをしてきたら、応えたくなるのが兄心という物である。
 他の兄は知らんが、私はそうなのだ。
 だから……少々の恥は見なかったことにしてしまおう。
 魔力譲渡の最中だからか、魔力はいつもよりスムーズに流れて指輪を満たしていく。
 それとともに、体に変化が起こり始めた。
 不思議な感覚ではあるが、嫌では無い。
 ただ、まばゆいために目を閉じていて、再び開くといつもとは違う光景が見えたのだ。
 今まで見ていた物が、全て巨大化したように感じるのだが、柔らかな感触はそのままで心地良い。
 どうやらうまくいったようである。
 さて……どういう反応をするのか……と内心ドキドキしてしまったのだが、彼女は目を大きく見開いた後、興奮したように声を上げた。

「わぁ……可愛いし綺麗ですし、スマートでカッコイイですね!」
「なーんか、ルナの姿と随分違う気がするけどー」
「そんなことありません。私も、こんな感じですよ?」
「え……えー? そうかなぁ」

 ノエルが納得していない反応を示すので、時空神へ視線をやったルナティエラ嬢は、思い切り目をそらす彼にもの言いたげであったが、まあ……それは事実を明らかにしなくても良いことだろう。
 きっと、紫黒と真白くらいの違いが出てしまっているのだと感じ、ルナティエラ嬢の意識を逸らすために声をかける。

「……コレで満足か?」
「いえ! スリスリさせてくださいっ」
「オイ、ちょ、ちょっと待て」

 止めたのだが軽々と拾い上げられ、頬を遠慮無く押し当てられる。
 それどころかスリスリと頬ずりをしはじめ、ご満悦の様子だ。

「癒やされるうぅ……ベオルフ様のエナガ姿、可愛すぎますっ!」
「もう……好きにしてくれ」

 何を言っても体格差でどうにもならない状態であるし、何よりも喜んでくれる事が嬉しく感じているから止めようもない。
 むしろ、柔らかな彼女の頬や指先を感じ、此方の方がご褒美を貰っているような気分になる。
 私の羽毛に鼻先を埋めて、心の底から「癒やされています」と言うような緩んだ表情が見られたことが嬉しく、羞恥心をねじ伏せて良かったと思えた。
 しかし、こんな和やかなやり取りもつかの間、ノエルがいきなり参戦してきて、ルナティエラ嬢と私の取り合いをしはじめたのである。
 お前たちは子供か……
 安全のためか戻された膝の上から2人のやり取りを眺めていると、ひょいっと拾い上げられてしまう。

「危ないから此方へ来ていると良い」
「大人気だね、ベオルフ」

 主神オーディナルが優しく微笑み、苦笑を交えて肩をすくめている時空神は、ヒートアップしているルナティエラ嬢とノエルの姉弟喧嘩のような状態を横目で見つめた。

「昔から、ああやって2人はベオルフを取り合っていたな。大きくなっても変わらぬものだ」
「成長がないと言っているようなものですよ」
「良いではないか。あの2人にとって、ベオルフはそれだけ大事だということだ」

 主神オーディナルは懐かしむように目を細めて、2人の口喧嘩を眺めている。
 確かに、幼い頃にこういう光景を見たことがある気がするのだが……取っ組み合いになっていないだけ、成長したのかもしれない。
 しかし、そんな2人は、私が主神オーディナルに確保されていることに気づき、今度は何やらひそひそと相談しはじめる。
 仲の良い姉弟そのものの光景に溜め息が出るよりも、このパターンはマズイと過去の自分が訴えかけるので、思いつくままに口を開いた。

「元に戻っても良いのだぞ」

 この言葉は絶大な効果をもたらしたようで、ピシリと動きを止めた2人は、素直に「ごめんなさい」と謝罪をした。
 しゅんっとしてしまった2人が可哀想になったのか、主神オーディナルは私をルナティエラ嬢の肩へ戻すと、それぞれが遠慮がちに触れてくる。
 全く……幼い頃に戻ったような心地だな。
 小さい頃も、よくこうしていたな――と、おぼろげな記憶と懐かしさが胸を占める。

「ルナティエラ嬢がこの姿に、そこまでこだわるとは……」
「だって、癒やしですよ? 可愛らしいのですよ? モフモフなのですよ?」
「い、いや……それならアイツらの事を知ったら……」
「アイツら?」
「……いや、何でも無い」

 紫黒と真白のことを知ったら、ルナティエラ嬢はどうするのだろうか。
 あの二羽の外見的な愛らしさは、きっと彼女を虜にするだろうが……いかんせん、性格と行動がな……
 紫黒と真白のことを考えている間に、どうやら主神オーディナルは、ルナティエラ嬢が持っている『変化の指輪』の複製を創ったようで、私へ問答無用に与えてくる。
 複製ということもあり、登録されたパターンもそのままであるから、変じられるのはエナガという小鳥の姿とノエルの姿だけだということであった。
 いや……これが私の手にあったらマズイでしょう。
 さすがに人が神獣や小鳥に変じるのは、奇跡が過ぎて目撃者が出たら気絶してしまいかねない。
 ノエルの姿になるには、現状の魔力では足りないというから、ルナティエラ嬢の魔力量はどうなっているのか不思議になってくる。
 しかし、いずれ私が本来の力を取り戻したら軽く彼女を凌駕するほどの魔力保持者となり、ノエルの姿を借りることもできるようだ。
 そうなれば、自らの脚で伝達係なども可能になるかもしれない。
 むしろ、ノエルとともに世界中を駆け巡ることも可能になるだろう。
 つまり……ハティが何を企んでいようとも、すぐに駆けつけることが出来るようになるのである。
 それはとても大きいと感じたが、今は無理だと言われて残念で仕方が無い。
 やはり、しばらくの間ノエルに頼むしかないだろう。

「ボクが行くってー! ベオの役に立ちたいからねっ!」
「すまんが、そこはお願いしたい。渡す相手は……王太子殿下と母上にしておこうか」
「いいよー!」

 軽く返事をしているが、自分が出来ることと出来ないことを誰よりも理解しているノエルだから、安心して任せることが出来る
 多少の妨害は入るだろうが、ノエルには問題にもならないだろう。
 さて、話はまとまった。
 癒やしの時間も十分に取れただろう。
 ルナティエラ嬢とノエルにツンツンされるのにも疲れてきたから、戻っても良いだろうかと尋ねたのだが、全力で「駄目」だと言われ、頼みの綱である主神オーディナルにも却下されてしまった。
 これは……暫く元の姿には戻れないな……
 こうなると、満足するまで絶対に離してくれないのだ。
 庭園でもよくあった光景である。
 だから……少し懐かしく、いつも私を中心にへばりついていた2人が、今も変わらずにいてくれることが嬉しくもあり、この姿を維持しなければならないことへの諦めをこめて「わかりました」と返答するしかなかったのである。

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