黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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狭間の村と風の渓谷へ

1.何のために生きているのかしら

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 先に、意識が戻り、体は動かないが頭が冴え渡る。
 瞼は開かないが全身で周囲のものを感じられるようになるという、もう慣れてきた感覚が全身を包み始めた。
 花の香りに誘われるように瞼を持ち上げると、目の前には懐かしい光景が広がっていたのである。
 金属で造られた頑強な学園の大きな門。
 普段は閉ざされているが、生徒が家に帰る長期の休みや週末には解放され、貴族の馬車でごった返す。
 そのため、かなり広めに造られた正面広場から振り返り見れば、色とりどりの花が咲き誇る花壇の先に、大きく白い校舎が見えた。

「懐かしいな……」

 まだ、それほど時間が経っていないというのに、卒業までの1年は、ほぼ寮の部屋を使っていなかったせいか、同じ卒業生に比べてそういう気持ちが強いようにも感じる。
 さて、どうするかと考えながらも自然と足が向いたのは、授業を受ける教室だった。
 正面玄関から教室までの道筋は覚えている。
 玄関から正面の階段を上がり、右へ折れて突き当たりから数えて2つ目の教室。
 扉が開かれていたので中の様子をうかがうと、生徒が並んで座っており、教師の話を黙って聞いているようだ。
 セルフィス殿下やアルバーノがいることに驚きはしたが、どうやらこれは過去の夢らしいと考えれば、なんら不思議でもないように感じる。
 ルナティエラ嬢といつも会う空間に来たと思ったのだが、どうやら今回は違ったようだ。

「あの鳥のせいか……」

 完全に意識を手放す前に見た、二羽の小鳥を思い出し、思わず溜め息が出てしまった。
 夢か……過去か……それは、わからない。
 しかし、ここまで来たと言うことは、何か意味があるのだろうと、改めて教室を見渡す。

「セルフィス殿下……ここは……どうなっているのでしょう」
「ん? ああ、これはだな……」

 授業中は私語を慎み静かに受けろ。
 そして、教師の話を聞け。
 寄り添い合いながら手を握り、見つめ合うなど言語道断。
 他の生徒たちも集中が出来ずに困っているだろう。
 貴様らは、発情した獣か何かか? 理性というものをどこへ置いてきた───というような言葉が、問題児の二人を一瞥するだけで、これだけ出てきてしまうのには驚いた。
 よくもまあ、こんな状態で授業を受けて、教師は何も言わなかったものだ。
 あと、こんな様子だというのに学園内で人気があったというのか?
 馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

 あのバカどもは見なかったことにして……私がいないのは、この状況から見て北の辺境へ向かっていたのだろうと予測できるが、ルナティエラ嬢はどこだ?
 
 いつも座っている席に彼女はいない。
 ルナティエラ嬢は真面目なので授業をサボることはないし、どんな目にあっていようと、授業だけは出ていたはずだ。
 調査書にも、真面目に授業を受けていたという報告があったので、間違いは無いだろう。

 セルフィス殿下たちと何かあったのか?
 どこにいるのだろう……

 いつも出会う中庭へも足を運ぶが、姿は見えない。
 食事をとっているのかと思い食堂にも行ってみるが、まだ夕食の下準備をしている段階だ。
 それなら部屋かもしれないと、普段なら行くのを躊躇う女子寮の方へ歩き出す。

 先ほどから感じていたのだが、誰も此方を認識していないことには気づいていた。
 廊下ですれ違った生徒が此方へ突っ込んでくるので危ないと思い身を翻してよけたのはいいが、全くの無反応であったことから、見えていないのだと判断したのである。

 そういうこともあり、これはリアルだが私の夢の中で起きていることなのだと確信した。
 何故こんな夢を見ているのか、原因はなんとなくわかっているが何を見せたいのかわからず、溜め息しか出てこない。
 過去に、私が知らなければならない事実でもあるのだろうか。

 食堂から女子寮へ続く石畳を歩き、男子寮とは違い、装飾が美しい女子寮へと足を踏み入れる。
 ルナティエラ嬢の見舞いで何度か訪れたことはあるが、女性たちの視線が痛くて、あまり良い思い出の無い場所でもあった。

 早速、ルナティエラ嬢の部屋へ向かおうとしたのだが、正面玄関の脇道から数名の声が聞こえることに気づき、何気なく視線を向けると、そこにいた人物には覚えがあったのである。
 確か、クロイツェル侯爵の屋敷に勤め、ルナティエラ嬢のサポートをするために学園へ出入りを許されている侍女ではなかっただろうか。
 名前すら知らない侍女が妙に気になり、彼女の会話を聞くために見つからないよう気をつけながら移動する。
 まあ、見えないのだからこんなことをしなくても良いだろうが、万が一ということもあるから、念には念を入れて行動しよう。

 脇道に入ってすぐの少し丈の高い茂みの向こうに、女性が3名。
 一人は、ルナティエラ嬢に仕える侍女。
 あとの二人は、どこの家かは興味が無かったので忘れてしまったが伯爵家の侍女だったはずだ。

「本当に良いの? うちのお嬢様はおつかいだったけど、貴女のところのお嬢様は熱を出して寝込んでいるのでしょう? こんなところでサボっていたら、後で何を言われるかわかったもんじゃないわよ?」

 熱?
 授業を真面目に受ける彼女が不在だった理由は、熱か……大丈夫だろうかと心配になり、すぐに駆けつけようと足を動かそうとしたときである。

「うちのお嬢様は告げ口なんてしないし、出来ないのよ。父親から見放されているんですもの」
「ちょ、ちょっとっ!」
「何てことを言うのっ!?」

 普段なら何よりもルナティエラ嬢を最優先に動くのだが、あまりにも聞き捨てならない言葉を聞いたために動きを止めてしまった。

 なんだ……と?

 すぅっと何かが冷えていくのを感じる。
 殺気を放たなかったことを褒めて欲しいほどの怒気をはらんだ視線を、暴言を吐く侍女へ向けた。

「周知の事実よ。それに、さすがだと思わない?」
「何が?」
「我らが神オーディナル様に見放されただけではなく、セルフィス殿下にも見放されるだなんて……何のために生きているのかしら」

 彼女が主神オーディナルから見放されたなどとあり得ないことを平気で言ってのけると言うことは、ルナティエラ嬢が黒髪であった頃を知る者で間違いない。
 馬鹿なことを……
 主神オーディナルが知れば、その命が瞬時に消え失せるような失言だ。
 あれほど溺愛しているルナティエラ嬢と主神オーディナルのことに口を出すなど、命知らずにもほどがある。

 そして、セルフィス殿下に見放されたと言ったが、見放されたのはセルフィス殿下の方だと私は思っている。
 ルナティエラ嬢がそばにいれば、現在、王宮で肩身の狭い思いをしながら再教育など受けていないはずだ。
 ミュリア・セルシア男爵令嬢も、幽閉されて監視下に置かれている。
 衣食住には困らないかもしれないが、自由などどこにも無い籠の鳥だ。
 四六時中監視されている生活が快適だとは思えない。

 しかも、なんの為に生きているか───だと?

 思わず低く呻き、声を出しそうになったが、今は黙って話を聞くことにした。
 会話はまだ続いているし、ルナティエラ嬢に尋ねてもこの手の話になると素直に答えてはくれない。
 つまり、どれだけ腹が立っても、あの時の現状を知る良い機会なのだ。

「さすがにそれは言い過ぎ……っていうか、オーディナル様に見放されたって、どういうこと?」
「あ……それは……言葉の綾よ。それよりも、あんな男爵の女に奪われてたら世話無いわ」
「その辺にしておきなさいよ。自分の主を、そんな風に言うもんじゃ無いわ」
「主ですって? あんな小汚い娘が? 冗談はよしてよ」
「セルフィス殿下と婚約されているでしょう?」
「ふん、どうだか。捨てられるんじゃ無い?」
「貴女ね……発言には注意したほうが良いわ」
「そっちの家は順調かもしれないけれど、こっちはあのお嬢様のせいで、色々と狂っちゃったのよ。あのままいてくれたら……誰からも羨ましがられる存在になれたのに……」

 伯爵家の侍女たちが交互にルナティエラ嬢の侍女をいさめようとしているのだが、聞く耳を持たないとはこのことだ。
 ルナティエラ嬢の侍女が放つ身勝手な言葉に激しい怒りを覚えたが、掌に爪が食い込むほど強く拳を握りしめることで何とか抑えることに成功した。
 このあり得ない侍女の顔は覚えたが、おそらくクロイツェル侯爵の屋敷に残ってはいないだろう。
 こういう女は、真っ先に逃げるはずだ。
 見つけ出して後悔させてやりたい気持ちになるが、今はそれどころでは無い。

 一緒に話をしていた侍女たちは、こんな話を他者に聞かれたら自分たちの身が危ないと感じたのか、話題を無理矢理変えたことから、これ以上は有益な情報を得られないだろうと判断し、私はその場を後にした。

 腹の底にふつふつと湧き上がってくる怒りも相まって足早に女子寮の正面玄関を抜けるが、誰にも声をかけられなかったことから、やはり、私の存在は見えていないのだと確信し、迷うこと無く足を進める。
 さすがに、こんな昼間の授業時間帯にルナティエラ嬢の部屋へ訪れるのは好ましくない行為だが、今はそんなことを言っていられないし、見えないのだから問題はないだろう。
 何故か言い訳がましく感じる考えに、いささか移動するスピードが落ちるのだが、頭を振って気を取り直す。

 いや、これは夢……なのだし、良いではないか───と頭の片隅では考えるのだが、やはり、リアルすぎるためか躊躇いが生じてしまうのは仕方が無いだろう。
 事実、姿が見えていたら入り口で止められていただろうし、あとで学園長に呼び出しを食らっても不思議では無い行為だ。
 夢で良かった……と言うべきか?
 そんなことを考えながら階段を上って人気の無い廊下を歩き、導かれるように一番奥の部屋へ辿り着く。
 白い扉の前は少々埃っぽく、他の場所とは違い、明らかに掃除が行き届いていない感じがした。
 男子寮であっても、こんな状態だったら苦情が出るに違いない。
 部屋替えをしていなければ、この部屋の住人はルナティエラ嬢のはずだ。
 嫌な予感を覚えつつも扉を開いて中へ入る。
 部屋の中に入ってから、すぐに見えるのは簡素な応接セット。
 その奥に机と椅子、そこから視線を右にずらせば寝室へ続く扉も見えた。
 男子寮と間取りは同じか……
 貴族が使う二階にある部屋の間取りは男女変わりなく、それなりの造りにはなっていた。
 ただ、他の部屋と違う点があるとするなら、ルナティエラ嬢は机の横に立派な本棚を置いており、そこに様々な書物を所有している。
 私と本の貸し借りをしていたので、多分、この本棚にも1冊くらいはあるだろうと覗き込めば、グレンドルグ王国に自生する草花の本があった。
 山を歩くときに必要な知識として頭に入れるために持っていた本であったが、彼女はこれを見て何かを探している様子だったことを思い出す。
 今考えてみれば、自分が知っている植物を探していたのかも知れない。

 チラリと机を見ると、埃っぽくなっており、枯れた花もそのままだ。
 部屋の清掃は、それぞれの寮で雇われている人が受け持っているはずである。
 それなのに……何故、枯れた花がそのままになっているのかという疑問と、嫌な予感を抱きながら、唯一人の気配がする寝室へ足を向けた。

 さすがにいきなり開けるのは気が引けたのでノックをするが、返事はない。
 そのかわり、大きな音がしたので慌てて扉を開けて入ると、ルナティエラ嬢が床に倒れていたのである。
 冷たい床に倒れている彼女を抱き起こそうと駆け寄り腕を伸ばす。
 しかし、伸ばした腕は彼女の体をすり抜けてしまったのだ。

 このとき初めて、夢の住人で過去を見ることしか出来ない無力な自分に、絶望にも似た想いを抱き、この場にいない己を責めながら強く奥歯を噛みしめたのである。

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