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南の辺境ヘルハーフェン
44.必ず制裁を加えてやるから覚悟していろ
しおりを挟むノエルから神石のクローバーの欠片を受け取った私は、ゆっくりと口を開く。
「貴様は、その姿が最も使いやすいのではないのか? では、その姿も失えば貴様は今後、どうするのだろうな」
ひゅっと息をのむような音が聞こえ、黒狼の主は驚愕の眼差しで此方を見つめる。
そんな馬鹿な……とでも言いたげな表情をしていた。
「は……はぁ? まさか……また封印するってのかっ!? 馬鹿な、そんな力、この短期間に何度も使えるはずないだろっ!」
「お前の常識で物事を計るな。私には出来る」
「本当に人間かよ! 理に反してるって言ってんだよっ!」
「知らん」
私が人間かどうか、理に外れているかどうかなど大した問題では無い。
今、重要なのはコイツの力を削いでいくこと。
ただ、それだけだ。
「今後も私は、貴様が使役する全てを封印する」
「できるもんならやってみろ。この姿だって、いくつでも作り出すことができるんだからな!」
「だが、確実に力を削がれているのだろう? 焦りが隠せていないようだが?」
「本当に、お前は性格が悪いよ!」
「貴様に言われるとは心外だが、まあいい。貴様が相手では、性格も悪くなるだろう」
すっと目を細めると、何かを感じたのか、黒狼の主が体をこわばらせたのがわかった。
いつも生意気な態度を取る黒狼の主は、手も足も出ない状況に余裕がないようである。
主神オーディナルを相手にすることが、どれほど危険であるか理解していないのだろうか。
それとも、彼に手を貸す人物も、それだけ力を持っていると言うことか?
主神オーディナルのような神が、何人もいたら困るのだがな。
しかし、今は……この愚か者に、知らしめてやらねばならない。
彼女を傷つける代償が、どれほど大きなものであるかということを───
「貴様には、彼女を傷つけた代償を支払って貰う」
「代償だと?」
「そうだ。私の大切な者を傷つけた報いを受けてもらうだけだ」
私は笑っていたのかもしれない、驚愕の色を宿して此方を見つめる黒狼の主から視線を外すこと無く、淡々と語る。
「これから私は、貴様を徐々に追い詰め、少しずつだが確実に力をそぎ落とす。そして、貴様に死ぬより辛い絶望を味わわせてやろう」
腹の奥底から湧き上がるマグマのような怒りが、言葉となって解放されていく。
しかし、それで静まることは無く、更なる怒りの燃料となり続けるから不思議だ。
それほどの怒りを、知らずに内包していたのである。
「お、お前のほうがよほど悪人っぽいよな。性格がねじ曲がってんじゃないの?」
「何とでも言えばいい。貴様は、ルナティエラ嬢を長年苦しめてきたのだ。それと同じだけ……いや、それ以上の苦しみを与えなければ気が済まない」
一旦そこで言葉を句切り、骨がきしむ音が聞こえそうなほど、黒狼の主の顎を掴んでいる手に力を込めた。
血のような赤い目を至近距離で睨み付け、低く響く声で言い放つ。
「すぐに終わらせはしない。苦しみもだえ後悔しても許すことは無い。貴様の企みを全て明るみに出し、必ず打ち砕く」
私の言葉に呼応するように脈動していた神石のクローバーの欠片は、淡い輝きを強め、まばゆく光り、黒狼の主の体を包み込んだ。
「止めろ! マジで止めろっての!」
「貴様にかける慈悲など無い」
「これだけ短期間に封印の力を使ったら、絶対に反動が起こるぞ! お前の命を蝕むようなことになってもいいのかっ!」
「それがどうした」
「……は?」
「私の命を費やしてでも、貴様だけは許さん」
「お前……気が狂ってんのか? おかしいだろ……変だろ……普通じゃ無いだろ。なんで他人のためにそこまでできるんだよ!」
「他人では無い。ルナティエラ嬢のためだ」
「惚れた女のためだって言うのかっ!? 馬鹿で愚かな男だ! その女もお前の手が届かない場所へ行ったって言うのに哀れだな! お前の物にならない女の為に、命を削るなんて馬鹿のすることだ!」
「馬鹿で結構だ」
何一つ心に響かない耳障りな言葉しか吐かない黒狼の主の体は、だんだんと形を無くしていく。
醜く崩れていきながらも呪いの言葉を吐き続けるが、雑音でしか無い。
さすがに、主神オーディナルがしかけた罠から抜け出す術は無かったのだろう。
哀れなのは貴様だ。
そう思った瞬間、黒狼の主の口から異様な気配を感じた。
カッと開く口の奥に見えるのは、赤黒い光───
考えるより早く体が動き、黒狼の主から距離を取る。
そして、左手に持った神石のクローバーの欠片を掲げながら、右手で腰の短剣に触れる。
短剣は私の意思を感じ取り、まばゆく輝きながら短槍へと姿を変えた。
黒狼の主が動き出すより速く腕を前へ突き出し、口の中の光めがけて短槍を突き刺す。
ガギギィッと金属に金属をこすりつけたような嫌な音がしたが、身を切るような痛みとしびれが走っても歯を食いしばって耐えきった此方とは違い、赤黒い光は衝撃に耐えきれず、内側から爆発するように霧散し、黒狼の口から血と泡が混じった液体が流れ落ちる。
血かと思ったが、やたらと粘度が高い液体は、ただドロドロと地面にこぼれ落ち、草を焼いた。
あまり良くない物だと判断したノエルがすぐに動き、額の宝石が銀色の輝きを宿したかと思うと、その場を浄化し始めたのである。
さすがは神獣……いや、ノエルといったところだ。
「お前だけは……絶対に許さないぞ……四肢をズタズタに引き裂いて、命が尽きるその時まで苦しめてやるっ!」
口の中を槍で突かれても話せるのか……少々呆れながらも、呪いの言葉を吐く黒狼の主に視線を合わせ、不敵に笑ってやった。
「それは此方の台詞だ。命尽きるその時まで、平穏が訪れると思うな。確実に追い詰めて、裏に隠れてコソコソするしか能の無い貴様の本体を引きずり出し、必ず制裁を加えてやるから覚悟していろ」
「お前の……思い通りになんてなるもんか……必ず……力を取り戻し……目的は達成する……そして……絶対に……帰る……」
帰る?
完全に崩れ去る前に呟かれた言葉が気になり、問いかけようとしたが、既に聞く耳も答えるべき口さえも失い、核となっていた結晶のような物だけが転がるだけだ。
まあいい。
次に来たときに聞き出せば良いだろう。
いつ来るかはわからないが、すぐに動くことは出来ないはずだ。
神石のクローバーの欠片に結晶を封じ込め、大きく息をついた。
これで、3つ。
ヤツの使い魔を三種封じたことになる。
「ねー……ベオ……大丈夫? 封印が命を削るって……本当?」
「いや、その心配は無い。体に負担はかかっていないし、もしそうだとしたら、主神オーディナルが止めているはずだ」
「そ、そうだよね。確かにそうだよねっ」
私と主神オーディナルを交互に見ていたノエルに、揃って頷いて見せた。
すると、安心したようにふにゃりと笑ったかと思ったら、素早い動きで私の体を駆け上がり、定位置だと言わんばかりに左肩へと座り込む。
「次からなんて呼べば良いのかなぁ……黒狼の主の黒狼を封じちゃったしー」
異様な静けさに包まれる周囲の空気を、ものともしないノエルの暢気な言葉が響く。
ノエルの無邪気さに救われる思いで目を細めて振り返った私は、腰を抜かして呆然としている要塞のような館の警備兵や護衛たちを一瞥し、放心状態のナルジェス卿へ声をかけた。
「ヤツはこれで暫く動けないでしょうが、何らかの悪事を働いていた可能性がありますから、注意してください」
「あ……ああ……今のが、ベオルフが言っていた……」
「黒狼の主です。まあ、これからは名前が変わるかもしれませんが」
名前の元である黒狼は封じたので……と言って、神石のクローバーの欠片を見せると、意外なことにアーヤリシュカ第一王女殿下が一歩前に出て、手にある神石のクローバーの欠片を一瞥してから、私の顔をジッと見つめてきたのである。
「凄いわね……あれだけの体捌きは、簡単にできる物じゃ無いわ」
「そうでしょうか」
「自覚が無いのは怖いわね。あと、貴方……怒るとメチャクチャ怖いわ。私のお父様なんて足元にも及ばないくらいよ。本当、敵にしなくて良かった……」
心底安堵した様子で深く息をついたアーヤリシュカ第一王女殿下は、今一度神石のクローバーの欠片へ視線を移し、少し思案した様子を見せたあと、何かを思い出したのか苦虫をかみつぶしたような表情を見せた。
「あれだけ禍々しく、人とは違う、人知を超えたような存在を相手にして戦える度胸も凄いわ。本物の黎明の守護騎士は、やっぱり違うのね。元婚約者候補に聞かせてやりたいわ」
ん?
元婚約者候補が……どうしたというのだろうか。
「ああ、言っていなかったけど。王太子殿下と婚約する前に、婚約する予定だったヤツがいたんだけど、黎明の守護騎士だって騙ってたの。『オーディナル様からのお告げがあった』というような事を言って騒いでいたから怪しかったのよねぇ」
「主神オーディナルのお告げ?」
チラリと主神オーディナルへ視線を向けるが、かの神は首を傾げてから知らないというように首を左右に振って見せた。
そういえば、ミュリア・セルシア男爵令嬢も同じようなことを言っていなかっただろうか。
どちらも表だって動くより、暗躍するタイプのようだが、必ず引きずり出して報いを受けてもらう。
どれだけ深い闇に身を隠していても───必ずだ。
「でも、ベオルフって怖いわねぇ。ルナティエラ嬢の為だったら、あんなに冷酷になるんだ?」
その言葉にどう返答して良いのかわからずに押し黙っていると、アーヤリシュカ第一王女殿下はくすくす笑い出す。
「大切な人の為に怒るのは当たり前だし、きれい事や理想論だけ言う人よりも、よっぽど信頼できるし、好感が持てるわ。大切な人の為に、何を賭しても戦う覚悟を持つ戦士は、尊敬に値するもの」
嘘偽り無い言葉と笑顔を向けられ、困惑してしまう。
恐ろしくは無かったのだろうか。
「まあ、貴方の殺気は正直にいうと正面から受けたくないわね。でも、そんなことしないでしょ? 私はルナティエラ嬢に危害を加えるつもりはないし、貴方の敵になる気も無いもの」
「そうなのですか?」
「ええ。もう、そんな考えは捨てたわよ。貴方を敵に回したら、絶対に後悔するし、死ぬまで……いいえ、死んでも後悔させられそうだもの」
そこまでですか?
私の視線がそう問いかけていたのだろうか、彼女は隣に立つナルジェス卿へ「そうよね?」と同意を求め、彼は間髪入れずに頷いた。
「ベオルフ、君の持つ覚悟はとても美しいものだ。愛する人の為に、己をいとわず全てを捧げ、たとえ己のものにならずとも、その心の赴くままに突き進み、純愛を貫く姿勢は賞賛に値する。その深い愛情を称え、私は君に全幅の信頼と協力を約束しよう! これほどまでに美しくも儚い愛を見たことが無い……本当に……本当に素晴らしいっ! 私は、心から感動した!」
いろいろと誤解がある内容を訂正したい気持ちに駆られるが、余計にややこしく面倒なことになることは目に見えている。
ここは口出しすることなく、王太子殿下のアドバイス通りに流しておこう。
しかし、ナルジェス卿は違う意味で、弟のガイに匹敵するほど熱いかもしれない。
いや、二人が並ぶと互いの足りないところをカバーし合う感じだろうか。
熱さに死角が無くなるというのは、どうなのだろう。
絶対に、疲れる未来しか見えない───
『よくやったベオルフ。しかし、少し無理をしたようだな。ゆっくり休まないと、後々辛くなるぞ』
主神オーディナルは心配そうに私の身を案じてくれたが、今のところ不調は無い。
封じる力を使いすぎたというが、体にも精神にも負担がかかった感覚は無かったのである。
ただ、胸の中央、鎖骨の少し下辺りが熱くなったように感じただけで、全く問題はなかった。
一応、今回の件をルナティエラ嬢にも報告しなければならないかもしれないが、黒狼の主の事をあまり詳しく話すと、彼女は自分を責めはしないか心配になる。
彼女は私の身を、誰よりも案じてくれているのがわかるから、余計な心配はかけたくない。
しかし、そうするとそれを察した彼女も、私に言わなくなってしまうのではないか……
やれやれ、内緒事が出来ない相手というのは、こういう時に不便だな。
きっと、お互いにそう感じているだろうと思いながらも、彼女だから嫌では無い感覚をルナティエラ嬢も持っていてくれることを感じるから、笑っていられると思えたのである。
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