黎明の守護騎士

月代 雪花菜

文字の大きさ
上 下
91 / 229
南の辺境ヘルハーフェン

34.俺……惚気られているのでしょうか

しおりを挟む
 
 
 本来なら夕刻に到着する予定であったが、主神オーディナルが、今は忘れ去られてしまった古道を教えてくださったおかげで最短ルートを突き進み、昼を過ぎた頃に到着したのは良いのだが、先ほどの騒ぎから逃れるためにマテオさんの商会へ来ることになってしまった。
 それを考えたら、夕刻に到着してから、あの騒ぎになっていたら───そう考えるだけでも頭が痛くなる。
 やはり、喋るカーバンクルは珍しいのだろう。
 御使いと言われて崇められ、行く先々で人々がひれ伏す姿は見たくない。
 まあ、実際に主神オーディナルがそばにいるのだから、間違った行動では無いのだが、それだけは内密にしておきたいものである。

 マテオさんの案内で通された部屋は、派手では無いが品の良い調度品が並び、普段は商談にでも使われているような場所なのだと感じた。
 彼の人柄を表すように、ゆったりと落ち着いた居心地の良い部屋である。
 進められるままにソファーへ腰をかけ、正面に座ったマテオさんと話し合い、この後、街の様子を見ながら南の辺境伯がいる館へ向かおうという話でまとまった。
 その間は暇ではないかと心配されたが、私は時間があるのなら鍛錬をするのに良いだろうと考えていたし、何ら問題は無い。
 そんな話し合いの中、ノエルは先ほど機転を利かせてくれた少年に自分の宝物を見せてあげると、どこからともなくペンダントを取り出して手渡している。
 全く、自由なヤツだ。
 少年は困惑していたようだが、ペンダントを開いて中を見ると、目を丸くしてから私を見つめた。

 なんだ?
 気になって声をかけると、ノエルは少年の手にあったペンダントをくわえ、私の元へ持ってきてくれた。
 中を見て、少年の反応に納得してしまう。
 そこには、私とルナティエラ嬢の肖像画があったのだ。

「オーディナル様がね。ボクにプレゼントしてくれたの。ボクが寂しくないようにーって!」
「そうか……」

 私の隣でソファーに座っていた主神オーディナルに心の中で礼を言うと、「ノエルに悲しんで欲しくは無いからな」と言って微笑んでくださった。
 ノエルのことを気にしていてくれたことが嬉しく、それだけ私たちがノエルに寂しい思いをさせていた事実が悲しい。
 しかし、ノエルのことだ、ここで暗い顔をすれば過敏に反応して気にするだろう。
 だから、あえてそこには触れず、肖像画の出来映えを褒め称えた。

「ベオとルナの肖像画を、オーディナル様が毎年違う物にしてくれたんだー。その肖像画は、乗馬訓練の時だって教えてくれたよっ」
「ああ、あのときか」
「ベオもルナも笑顔だったから、ボク、すっごく安心したんだー」
「そうか……あのときは、確かに楽しかったな」

 ルナティエラ嬢を笑わせようと……いや、彼女の鬱憤を晴らすために走らせたが、聞いたことも無いような悲鳴を上げていたな。
 思い出すだけで頬が緩む。
 その時だった、扉をノックする音がして、お茶を運んできた少女が扉を開いて中へ入ってきた。

「お茶をお持ちしました」
「ご苦労様」

 彼女はマテオさんの姪にあたる人物だそうで、この建物の管理を任されている弟夫妻の長女だと言うことであった。
 先ほどからノエルに戯れ付かれている少年とお茶を運んできた少女は姉弟で、マテオさんからしたらユリウスと呼ばれている少年も甥になるそうだ。
 弟夫婦は用事で出かけているようだが、長居をするつもりは無いので、会う機会があるかどうかも怪しい。
 マテオさんの弟という人には興味はあったのだが、次の機会にしよう。

「ねーねー、ベオ。この頭についているふさふさ、すごいねー」
「ノエル。そんなところへ登ったら危ないぞ」

 湧き上がる興味を抑えきれずに、部屋の中をウロウロしては高いところへ登ってみるという行動を繰り返すノエルを確保するべく立ち上がる。
 すると、お茶を持ってきた少女がピシリと固まってしまい、どうかしたのかと不思議に思ったのだが、私の身長が高すぎたせいで驚いたのだろうと判断し、とりあえずノエルを回収することに専念した。

「姉さん」
「え、あ……で、では失礼いたしますっ!」

 その声に振り返ってみると、慌てて部屋を出て行く後ろ姿が見え、何か急ぎの用事でもあったのだろうかと考えながらもノエルと共に席へ戻ると、少年が小さく頭を左右に振る。

「まあ……あんな美人と一緒にいたら、相手にもされないわな……」
「うん?」
「あ、いえ、あの……先ほどの肖像画の方がルナティエラ様……ですよね? とても美人な方だと思いまして……」
「美人……か。やはり、そう見えるか?」
「え、ええ。貴族の基準はわかりませんが、ルナティエラ様は美人だと思います」
「まあ、彼女は美人だが、実物はもっと可愛らしい感じだ」
「……えっと、俺……惚気られているのでしょうか」

 何を言っているのだと首を傾げていたら、腕の中のノエルが「やっぱりルナは美人だよねーっ!」と騒ぎはじめたので、すぐに意識がそちらへ向く。
 ノエルは本当に自由奔放だ。
 しかし、それは子供特有の物であり、全身で素直に甘えてくるところは嫌では無い。

『僕の愛し子が美人なのは当たり前だ。可愛らしいのも当然だろう。貴族の基準がおかしいのだ。魂の美しさを見ることが出来ないのは仕方が無いとして、内面からにじみ出る愛らしさに何故気づかない』

 不満げな主神オーディナルの声を聞き、ノエルが「そうだよねー」と同意している様子を見て、主神オーディナルと会話をしているのだと察したマテオさんは、何事も無かったかのようにお茶を飲み、控えるように立っていた少年は視線を彷徨わせる。

 わからないほうが良いのです。
 あんな奴らに渡さなくて済むのですから……と、心の中で呟くと、主神オーディナルは目をぱちくりさせてから納得したように頷く。

『そうだな。価値のわからぬ者たちには勿体ないし、見せる必要も無いな』

 とりあえず、主神オーディナルが落ち着いたところで、再び部屋の扉がノックされたかと思うと、初老の男性がマテオさんに手紙を手渡し、一礼して去って行く。
 戻ってきたマテオさんの手にある手紙の印には見覚えがあった。

「南の辺境伯に報せをやったのですか?」
「はい。どうやら、都合の良い時間を返答していただけたようです」

 手紙の封を切り、中を確認していたマテオさんは、少しだけ眉根を寄せて再読し、ふむ……と思案する様子を見せる。

「何かあったのですか?」
「おかしいですね……いつもと様子が違う感じがします。何かあったのかもしれません」

 とても几帳面な方なので、文面は定型文かと思うほど丁寧な文言がいつもは並んでいるというのに、今回は要件のみであるという。
 これまでの付き合いで、そんなことは一度も無かったというマテオさんの言葉を聞きながら、一瞬だけ黒狼の主を思い出すが、ヤツが何かをしたというのなら、此方から出向いて阻止しなければならない。
 あのろくでもないヤツは、ルナティエラ嬢へ危害を加える算段をしているはずだ。

「ねー……ベオ。腕、気になるのー?」
「ん?」
「さっきから、ずっと左腕を押さえているから、どうしたのかなーって」
「そういえば……そうだな」

 気になっているのだろうか……妙に騒ぐ感じがする。
 ルナティエラ嬢に何かあったのだろうか。
 それとも、彼女の身に危険が迫っているのか───

「ルナのこと? 大丈夫ー?」
「大丈夫だ。ルナティエラ嬢にはリュートがいる。あの男が、そう易々と彼女を危険にさらすはずが無い」
「でも、ルナはお転婆だから……」

 全くもって、その通りだ。
 それを言われると、ぐうの音も出ない。
 彼女の突拍子も無い行動に、私やノエルも困ったことが多々あった。
 思い立ったときの行動力は、人並み以上である。
 ただ、そこに身体能力が着いてこないだけだ。
 まあ……だからこそ、大惨事になるのだろうが───

「気にすることは無い。大丈夫だ。問題ない」
「だったら良いんだけど……」
『大丈夫だ。あちらには僕の子供たちがついている。それに、リュートが頼りなければ、連れて帰ってくるから安心しなさい』

 それのどこに安心を見いだせと……?
 ハッキリと連れ帰る宣言をしているが、ルナティエラ嬢は怒るのでは無いだろうか。
 どちらかと言えば、ルナティエラ嬢が暴走していないかどうかのほうが心配である。
 あの黒いモヤのような物が、虎視眈々と彼女の思考を乱そうと狙っているのだ。
 私がそばにいれば問題無いが、それ以外は常に危険にさらされていると考えた方が良い。
 全く厄介な物だ……

 左腕がピリピリするのは、一番彼女と繋がっていた場所だからかもしれない。
 危険を察知して、排除しようと体が反応している。
 しかし、それは……今の私ではどうしようもないことで───ただ祈ることしか出来ない自分の不甲斐なさに辟易しながらも、隣にいるであろうリュートに任せるしか無かった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

AIN-アイン- 失われた記憶と不思議な力

雅ナユタ
ファンタジー
「ここはどこ?」 多くの記憶がごっそり抜け落ちていた少女、覚えているのは自分が「アイ」という名前だということのみ…そして… 「これ…は?」 自身に宿る不思議な力、超能力〈ギフト〉を使い、仲間と共に閉鎖的な空間からの脱出を試みる。 彼女たちは歩く、全ての答えを求めて   見知らぬ場所から出口目指す異能力脱出物です。 初投稿になるのでご感想、アドバイス励みになります。 よろしくお願いいたします!

処理中です...