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南の辺境ヘルハーフェン
2.確か『うさぎさん』だったな
しおりを挟む基本的な鍛錬を終え、体が温まったところで左手の指にはめられている指輪を見つめる。
武器はそれほど意識せずとも出現させられるが、鎧の方はとても制御が難しい。
ルナティエラ嬢を守るリュートはこれをどれくらい扱えるのだろうか……一度コツなどを聞いてみたいところではあるが、私なりのやり方で会得したほうが良いのだろう。
ルナティエラ嬢はあちらのアイギスは魔物の核を取り込んで形を成すというが、こちらにそのような物は存在しない。
つまり、主神オーディナルが私の為に調整してくださった物だと考えたほうが良さそうである。
私のために創られ調整されたアイギスであるなら、私以上に使える者など存在しないはずだ。
だから、何としても使いこなさなくては───
意識を集中させると、すぐにアイギスの方からも僅かな反応が返ってくる。
主神オーディナルから授かった力であるアイギスは私とルナティエラ嬢の魔力に反応しているようで、集中しながら体内にある彼女の月光のような優しい波長を感じていると鼓動を打つように呼応した。
指輪から腕輪へ、腕輪から腕を覆うアームへ変化していくにつれ、周囲のざわめきが大きくなる。
金属製の鎧を身に纏っているような重さをさほど感じないが、いつも装備している鎧よりも重厚な作りだ。
「上半身を覆うだけでもかなりの時間がかかるな……」
「でも、すごいよベオ! 上半身を覆っちゃったー!」
ぴょんぴょん喜びを全身で表すように跳ねるノエルは上機嫌に左肩まで登ってきて、ショルダーアームが定位置だと言わんばかりの様子で鎮座する。
座りやすそうだな……ま、まさか、そのための形状だとか言わない……ですよね? 主神オーディナル。
首から肩をガードするために覆うような形をしているのだが、内側は腕にピッタリ沿う形状であるのに反し、外側は首から肩をカバーするためか、なだらかなカーブを描いている。
つまり、2枚構成になっているのだが動きづらいということもなく、いつも身につけていた鎧より体の動きを阻害する感覚はない。
しかし、この白を基調としたデザインは目立つな……
これは、物語に出てくる『黎明の守護騎士』そのままのイメージではないだろうか。
少年時代に弟と共に読んだ『主神オーディナルの愛し子』と『黎明の守護騎士』の物語を書き綴った本の挿絵に出てきた剣や鎧に、少年らしい憧れを抱いたものである。
まさかそれを己が身につけることになるとは夢にも思わなかった。
主神オーディナルがくださったマントを身につければ、間違いなくお話の中の『黎明の守護騎士』だ。
弟のガイが見たらなんと言うだろう。
そう考えると、少しだけ愉快になった。
しかし、どうせ弟に見せるのなら、全身に纏えるようになっておきたい。
中途半端な姿は見せたくないな。
「黒髪の乙女『オーディナルの愛し子』を守る『黎明の守護騎士様』の白は、まばゆいほど輝いていたのですなぁ」
いつの間にか来ていたマテオさんがニコニコ笑いながら船長と共に頷いているのだが、どことなく気恥ずかしくなる。
まだまだ鍛錬が足りないので全身を覆えないのだと素直に告げると、やはり主神オーディナルが授けし物は人が扱うには難しいのだと驚き、それでもそこまで纏える私がスゴイのだと言ってくれた。
慰められているというわけでもなく、心からそう感じている様子である。
見物している人たちから少し距離を取り、短槍を構えて盾を出現させると基本の方をなぞっていく。
軽い……
昨日よりも軽く短槍と盾を構えて動かすことが出来るのは何故だろう。
───リィン……リィン
短槍を振るうたびに涼やかな音色がして、その発生源である場所を注視すると、ルナティエラ嬢の髪色のような宝珠が銀色の粒子を動きに合わせて散らしていく。
「ルナの魔力が浄化しているみたいだね。昨日あの変なのが暴れて穢した箇所をキレイにしているんだよ」
「ルナティエラ嬢の魔力か……」
「ルナの浄化の魔力はベオの瞳と同じ色になるから、すぐにわかっちゃうよねー」
青みがかった銀色だものとノエルが嬉しそうに笑い、その粒子と戯れるように跳ねて遊んでいる。
ルナティエラ嬢に遊んでもらっているかのような反応に、自然と笑みが溢れた。
「ベオってルナのことになると笑顔が出るよねー、まあ、昔からだけどー」
ノエルが大きな声で言ったから聞こえたのだろう。
至るところから「愛ですなぁ」という声が聞こえてくる。
い、いや……だから……愛にもいろいろ……いかん、これは聞かなかったことにしよう。
集中が乱れそうだ。
火照った体に心地良いひんやりとした風が吹き抜け、涼やかな彼女の魔力が奏でる音色を聞きながら、ノエルと共にしばらくの間鍛錬に励み、このアイギスがいつか己の思うがままに操れるようになるまで頑張ろうと固く誓った。
「カーバンクル様、釣りたての魚の味はいかがですかっ!」
「美味しーよ! お塩だけでもいけるーっ」
凄まじい勢いではぐはぐと魚を平らげているノエルと、次から次へと釣った魚を調理して持ってくる料理人……
いや、他の客にも作ってやってくれないか?
周囲を見渡しても、ノエルが食べている姿を見るのに忙しい人達ばかりではあるが、さすがに腹は減っただろう。
少し遅れはしたものの、他の客のテーブルにも料理が並び始めたので安堵して食事を取っていると、「これはどうです?」「こっちの魚もうまいですよ」などと言ってノエルの皿に色々置いていくのだ。
「みんな、ありがとーっ! とーってもうまうまだよーっ」
お前は愛敬を振りまきすぎではないか?
ヤレヤレとため息をつきたい気持ちにもなったが、小さな子供までが自分の朝食をノエルにお裾分けしているのを見て天を仰いだ。
いかん……ありがたいが、この子の成長にも関わる。
どうしたものかと考えていたら、ノエルが私の鞄に顔を突っ込み何かを探している様子を見せた。
そして、お目当てのものが見つかったのか、それを咥えて引きずり出す。
「みんなにお礼ーっ! コレあげるねーっ」
ボクの好物なのー! と、最北端の地でよく見かける真っ赤な甘い果実───リンゴをテーブルに一つずつ置いていったが……そこで私は首を傾げる。
確かに最北端の地ではよく見かけるリンゴではあるが、今の季節には実っていないはずだ。
しかも、それをいつ鞄に入れた……
ツッコミどころが多々あり、どこから質問をぶつけてみようかと考えていると、小さな子供が嬉しそうにお礼を言って受け取っている姿が見えたので、まあ……いいかと魚を頬張る。
あの笑顔の前では些細なことのように感じるし、何よりも旨い魚料理を堪能しているところだから野暮なことは言うまい。
王都では新鮮な魚があまり水揚げされることがないので魚料理を食べる機会が少ないから、こうして食べられることが嬉しくある。
やはり、新鮮な魚に塩を振って串に刺し焼いた魚にかぶりついて食べるのが一番旨いと感じるな。
ルナティエラ嬢だったら、また違う調理法を考えるのだろうか。
ハルキと共に相談しながら作る料理は、こちらの常識を覆すようなスゴイものに違いない。
ルナティエラ嬢に乞われて彼が作ったカレーは、刺激的な香りと辛味だった。
もう一度食べたくなるような癖になる味とは、ああいうことを言うのだろう。
ノエルも気に入っていたし、ヘルハーフェンに到着したらハーブやスパイスを探すのも良い。
まあ……その前に、やらねばならぬことがあるし、忙しいな。
王太子殿下がクセのある方だと言っていた南の辺境の領主……噂では偏屈だと聞いていたが、いったいどんな方なのだろう。
「ベオも食べるー? ルナがボクのために植えてくれたリンゴの木の実だから、ぜーったいに美味しいよっ」
「そうか……なら、一ついただこう」
「ふふふーっ、ルナのリンゴはベオも好きだったもんね」
楽しくて仕方がないといった様子のノエルは真っ赤なリンゴを私の前に置く。
ルナティエラ嬢に勧められたジャガイモを料理人にお願いしていたが、それも同時に届いたようだ。
まずは、茹で上がったジャガイモにハーブソルトをかけ、ノエルと一緒に頬張る。
美味しいねーというノエルの頭を撫でながら、リンゴを美味しそうに食べている乗客を見渡した。
仕事以外にも帰省する家族や何らかの理由で船に乗った乗客は様々であるが、誰もが穏やかで優しい顔をしている。
「ノエル、良いことをしたな」
「えへへーっ、ボクいい子?」
「ああ、良い子だ」
「じゃあ、あとでブラッシングね!」
しょうがないなと言うとテーブルの上であろうと跳ねそうな体を抑え込み、急ぎジャガイモを口に運んだ。
すると、はっ!としたように「ルナのジャガイモー!」と言ってはぐはぐ食べ始める。
いや、ルナティエラ嬢のジャガイモというのは少し違うような気が……
しかし、それをいちいち訂正する必要もないだろうと、私はノエルから貰ったリンゴをナイフで切って皿に取り分ける。
甘くて良い香りが漂い、口に運ぶとそのみずみずしさに驚くほどだ。
これはみんなが笑顔になるのも頷ける。
香りが良いだけではなく、とても甘くて歯切れのよいシャクリとした歯ざわりの果実。
たっぷりの果汁を果肉と共に飲み下し、それをとても懐かしいと感じる。
ルナティエラ嬢がよく「うさぎさんです」といって切り分けてくれていたことを、おぼろげにだが思い出す。
そうか、これは庭園にある果実だったな。
ノエルの為にルナティエラ嬢が主神オーディナルにおねだりをして植えてもらった果樹である。
真っ赤な果実が大きくたわわに実った様子を見た彼女は私に抱きつき「見てください! すごいですよねっ」と喜び、とても可愛らしい笑顔を見せてくれたな……
そんなことを思い出しながら次のリンゴに手を伸ばし、記憶の中にある通りにナイフで切り込みを入れてみる。
「わわっ! ベオ、それって……」
「確か『うさぎさん』だったな」
「う……ん……うんっ!」
うわー、うさぎだうさぎーっ!と喜ぶノエルへ、うさぎに見えるようカッティングしたリンゴを手渡す。
懐かしそうに目を細めて一瞬だけ大きな瞳をうるませたが、満面の笑みを浮かべたかとおもうと嬉しそうにかじりつく。
ルナティエラ嬢が作ったうさぎのリンゴよりもいびつであるというのに、それでも喜んでくれたことが素直に嬉しかった。
小さなことではあるが、こうして少しずつ記憶が戻っていくのだろう。
そして、その先に何があるのか……
ただ、大切な妹であるルナティエラ嬢を護り、小さなノエルがこれ以上傷つくことがないように、私はもっと強くならなくてはいけないと思った。
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