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月と華
29.三人で今からカレーを作ろうか
しおりを挟む兄妹水入らずの会話が続きながらも書き出された文字は本来だったら私にはわからなかっただろうに、主神オーディナルの影響か、はたまたルナティエラ嬢のおかげなのか、問題なく頭の中に入ってくる。
まあ、先程見せてもらった攻略本なる物の文字も理解できたことから考えても、なんらおかしくはないだろう。
ハルキはルナティエラ嬢に、今いる世界にしかない食材やスパイスを加えてチャレンジしてみることを勧めているが、その世界だけの食材はその世界の人達に合うだろうという言葉には納得がいく。
しかし、ルナティエラ嬢がそれで思い至った食材に問題があった。
彼女の口から飛び出した食材は『魔物の肉』……こちらの世界で『魔物』は不浄なるモノ、魔神の使いともいわれる存在だ。
それを食べるという世界は、我々よりも遥かに強いのだろう。
以前、ルナティエラ嬢に弱肉強食という言葉を教えてもらったが、まさにその通りだと思えた。
強きモノが魔物であろうとも食らう。
それが強さの証でもあり、魔物の強さすらも己の強さに変える力を持っているようにも感じられた。
紙の上に書かれた文字を目で追いながら、何かを確かめるように呟く姿はいつもどおりなのだが、うずうずとした様子が垣間見える。
これは、私に合う食材を探していたときにソックリだ。
作りたい、作ってみたいと全身で訴えかける彼女に声をかけた。
「この前のように料理をはじめないのか?」
「え?結月ったら、ベオルフの夢でもお料理しているの?」
以前に料理をしている生き生きとした姿を思い出し和んでいると、ハルキに呆れたように問われたルナティエラ嬢は、少しだけ首をすくめる。
悪いことをしたと感じたのだろうか。
とんでもないことだ、あのときのことは感謝しているし、できることならもう一度ルナティエラ嬢が料理をする姿を見たいくらいなのだが……
「そ、それは、ベオルフ様が魔力欠乏症を患ってしまったからで!ほ、ほら、魔力補給が出来るようなお料理を探していたの!私がそばにいて作れるのなら良いのだけど……できないから、覚えていただくしかないのですもの」
「あー……そっかぁ、じゃあ、ベオルフも料理が出来るんだ?」
「ある程度ならな。旅をしている者としては、水と食料の確保は最優先事項だ」
実際問題、これが旅では一番の問題である。
水や食料が手に入らなければ命に関わってくるのだから、最優先事項にもなるだろう。
ハルキの様子から伺えるのは、そういった心配をしたことがないのだろうということだ。
つまり、どこへ行くにも困らない食料と水を常に確保できているということではないだろうか。
備品1つをとっても考えられないくらいの技術力なのだから、食料生産の安定化や冬を越える分の備蓄などが問題のない世界なのだろう。
それに、料理に種類があるということは1つの家族が確保できる食料の量もさることながら、食材や調味料の多さや豊かな食文化の証なのかも知れない。
豊かでなければ、食材の種類や調味料を確保することが難しいのは、最北端の地を見ればわかる。
あちらの主食はジャガイモだ。
王都では小麦を主原料にしたパンを食べるが、彼らにはその小麦すら手に入れることが難しい。
収穫量が少なすぎることが原因である。
寒冷地でも栽培できる物で、病虫害にも強いジャガイモは重宝されていた。
彼らにとってまさに命綱であり、生きるために必要な食材である。
だからこそ、『ジャガイモの聖女様』と呼ばれるルナティエラ嬢は、彼らにとって特別な存在なのだろう。
本人が知ったらどう思うかはわからないが、彼らの思いを汲み取れない人間ではない。
まあ……言葉のインパクトは凄まじいがな───
そんなことを考えているとはつゆ知らず、ハルキは水や食料確保に動く私に対し「プロ意識がスゴイな」というのだが、彼とて生きていく上で必要となれば、こういう選択をするだろう。
物珍しいものではないし、誰だって必要にかられたらこうなるのだ。
「じゃあ、3人で今からカレーを作ってみる?」
ハルキの提案に驚いたのか、ルナティエラ嬢は数回まばたきを繰り返したあと、私とハルキを交互に見てから戸惑う様子を見せた。
「でも、ベオルフ様の環境でスパイスが揃うかどうか……」
なるほど。
己の都合で一緒に料理をして、私には利益にならないことをさせるのはどうかと考えているのか。
そんなことを気にしなくても良いのにな……確かに食材を揃えるのは苦労するだろうが、二人の技術は我が世界の料理人たちが何を差し出しても欲するものであり、きっと役に立つだろう。
なにより、ルナティエラ嬢と料理をすることが楽しいのだから問題などない。
「ヘルハーフェンやエスターテなら手に入る物ばかりだな」
紙に書かれている文字を目で追っていた主神オーディナルの何気ない一言に、ルナティエラ嬢がピクリと反応をした。
それはそうだろう。
彼女が探していた食材がこちらにあるとこの前も判明したところなのだ。
色々ショックも大きいだろと考えていたら、ハルキは周囲を見渡してあることに気づいたのか主神オーディナルへ問いかける。
「そういえば、似通った形の物が多いようですね」
どの辺だろうかと考えていると、主神オーディナルは嬉しそうに顔をほころばせて柔らかい口調で語りだす。
「世界を作る時に、僕の愛しい妻とルゥの三神でよく相談やシミュレーションをしていたから、共通項が多いのは仕方がない」
どうやら、主神オーディナルたち管理者と呼ばれる存在同士が話し合いの上で考えているが故に、世界には共通の物が存在するようである。
しかし、全く同じということではなく、やはりその中でも独自の色を出していき、世界を導くのが主神オーディナルたちの役目のようだ。
「創生理論の中でも度々論議を呼ぶ【多種族主義】と【単一種族主義】は、どちらにもメリットとデメリットが存在する。多種族主義の世界は『カオスペイン』にかかりやすいが『メノスウェーブ』を発生させることが少なく絶滅しづらい。単一種族主義は『カオスペイン』にかかりづらいが、『メノスウェーブ』を大量に発生させてしまい、病気などが主な原因で絶滅してしまうことがある」
専門用語らしい言葉が続き、我々が戸惑っているのを尻目にまだまだ続きそうな主神オーディナルの説明を時空神が一旦遮った。
そして、私たちにも理解できるように時空神は説明を挟んでくれたのである。
先程、主神オーディナルの話に出てきた『カオスペイン』だが───
これは世界がかかる病気の一種で、代表的な症状としては管理者や神々も干渉をすることが出来ない【魔物】を生み出し、神々を食らって『メノスウェーブ』を活性化させる。
続いて『メノスウェーブ』とは……
世界を巡るマナの光とは相反する存在で、人の負の感情から生み出される暗い影のことである。
適度に存在するぶんには、世界の熟成に一役買っているとのことであったが、過剰になれば世界が腐り落ちてしまうらしい。
しかし、文明を飛躍的に進歩させる結果にもなるため、とても管理が難しいとのことであった。
主神オーディナルの手腕を考えれば、この辺りの管理がずさんであることはないだろう。
むしろ、どこの創造神や創世神よりもうまくやっているはずだ。
しかし……なぜだろう。
3神で相談したということは、同じ時期くらいに世界を創造したのではないだろうか。
他の世界に比べてこちらの世界だけ進歩が遅れているように感じられる。
時間をかけているためなのか、他に何か理由があるのか……私が考えたところでわかりはしないだろうが、そんな些細なことが気になってしまった。
いつの間にか話が前時空神の話になっていたのだが、ルナティエラ嬢の様子が少しだけ揺らいだような気がして、私は思わず彼女を見つめる。
ハルキがここで料理するにしても色々準備が必要だよね……と困っている様子で呟いているのに、まるで聞いていない。
夢を管理しているのが私なのでハルキであれば何をしても大丈夫だろうから好きにイメージしたものを作ってくれと許可を出すと「信用し過ぎだよ」と注意された。
なにか悪巧みをしている者ならそんな注意はしない。
悪巧みがあるならば、先程勝手に乱入してきたどこぞの誰かのように好き勝手に暴れるだろうから問題ないと告げると、何故か更に呆れられてしまった。
別段、おかしなことを言った覚えはないのだが?
「それじゃあ、結月。三人で今からカレーを作ろうか」
ハルキの声に思考を遮られたのか、ルナティエラ嬢はハッとした様子で顔を上げ「お料理をするの?」と問いかける。
話を聞いていなかったのは明白だが、そこにツッコミは入れないで話は進む。
「実際にやらないとわからないでしょ?文面やイラストだけでわかるなら良いけど、料理ってそういうモノじゃないじゃない?実際に作って、触って、見て、経験して学ぶことが多いのだからさ」
確かにそうかもしれない。
料理を覚えるときには、目の前で一度は作って欲しい……これは実体験から来る感想だ。
言葉だけで説明をされても、初心者である私には何一つ習得できなかった。
父の言葉だけで料理を作る難しさを痛感した私は、すぐさま我が家の料理長に「簡単な料理を教えて欲しい」と頼んだものだ。
私が過去を思い出している間に、ルナティエラ嬢も何か感じるものがあったのか、一瞬動きを止めて思考したあと、こちらから見てみてわかるくらい表情を明るくした。
「そっか、私が今いる世界でやったほうが良いことが……わかったような気がする」
とても良い表情でそう言った彼女の言葉には力強さがこめられており、何を決意したのかはわからないが、心からそれを応援したいと思う。
ルナティエラ嬢の頑張りが、いつか誰かを幸せにするのではないかと信じられるからかも知れない。
まあ……きっと、料理に関することなのだろうが───
気合を入れるルナティエラ嬢の周りをノエルが跳ねるので、これ以上騒ぎ出さない内に確保して、料理には絶対に参加しないだろう主神オーディナルに預ける。
モノ言いたげな主神オーディナルとノエルを一瞥して「そこでおとなしくしていろ」という思いをこめて見つめれば、一神と一匹は同じタイミングでコクコクうなずいた。
「はい、二人共エプロンつけてねぇ」
ハルキが用意してくれたエプロンという物を手渡され、これはどうやって使うものなのだろうと困惑していると、ルナティエラ嬢が丁寧に説明してくれただけではなく、着用の手伝いをしてくれたのだ。
後ろ手で紐を縛るのは難しいと感じたので、今度は彼女の手伝いをしようと背後に回る。
すると、少しだけ驚いたような表情をしてから、なんとも嬉しそうに微笑んで「お願いします」と頼まれた。
こういうやり取りが嬉しく感じ、何気ない行動に心が浮き立つ。
私たちを優しく見守るように見ているハルキの視線も心地よく、互いの姿におかしなところはないか確認したあと、ルナティエラ嬢は何かに気づいたようにエプロンを再度見つめた。
「これって……」
どうやらルナティエラ嬢にとって身にまとっているエプロンは、とても思い出深い品であったようだ。
目尻に浮かぶ涙を隠れて拭い、照れたように微笑む……のだが、何故かこちらを見て固まった。
何かあったか?
動きやすいように腕まくりをしていた私は問いかける視線を彼女に投げかければ、大げさなくらい首を左右に振られてしまった。
何を考えているのやら……
「いいなぁ、ボクも着たーい」
「今度な」
こういう物には反応するだろうと思っていたノエルが、こちらを見て「いいなーいいなー!」と繰り返す。
とはいえ、お前にはこれを着用できないだろう。
何か布で頭巾でも作ってやるかと考えていた私の横を通り過ぎたハルキがブツブツ言いながら何かを考えているようで、ノエルに触れて「こういうのはどうかな」と問いかける。
どうやら、我々と同じような感じのものになるように考えてくれたようだ。
とてもセンスの良い前掛けをしたノエルは、それを大いに気に入ったのか黒曜石色の大きな目を輝かせてこちらへ駆けてくる。
「ねーねー、ボク、これ似合っているっ?」
「とってもカッコイイし可愛いですねっ」
じゃれ合う二人を見ながら私はハルキに礼を言うと、反対に「権限をくれたからだよ」と感謝されてしまった。
ハルキの方が、私のことを言えないくらい人が良いだろうと思う。
一緒に料理をしたいと駄々をこね始めたノエルを抱き上げ、主神オーディナルの元へ連れて行こうとした時空神が困っている中でも、慣れた様子で「今度は一緒に」と約束をしている。
子供の扱い方を心得ている人というよりは、子供であろうとも相手を尊重しているように感じられ、やはりルナティエラ嬢の兄だった人だと思えた。
こういうところがとても似ている……本当にかなわないなと心から感じた。
ハルキのような人物であったなら、子供に恐れられずにいられたのだろうか。
私は怖がられることが多く、初対面で泣かれてしまうこともあった。
表情が動かないから余計に怖がられ、怯えられることもしばしばだ。
最初のうちだけではあるが、少し気がかりであった想いが言葉となってこぼれ落ちる。
それを拾い上げたハルキは、優しく微笑んでくれた。
「ベオルフの良さは外見で伝わりづらいからね。でもね、子供はそういうところが鋭いからすぐに馴染んでくれるよ」
「そういうものなのだろうか……」
少しだけ心が軽くなったような心持ちがしていたら、何かに気づいたハルキが呆れた表情になり「なにを拗ねてんの。ほら、カレー作りをはじめるよ」とルナティエラ嬢へ声をかける。
拗ねて……?
驚き彼女の方を見れば、唇を尖らせてハルキを見ているルナティエラ嬢がいた。
明らかに拗ねているといった風情であるが、私に「拗ねていたのか?」と問われると慌てて首を振って否定しているところを見ると、そのことを知られたくはないようだ。
しかし、何か拗ねることがあっただろうか。
眉尻を下げてオロオロしているルナティエラ嬢の姿がとても可愛らしく、弄ってやりたい気持ちを抑えるのにとても苦労したことは内緒にしておこう。
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