黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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月と華

9.お前はこの姿も失ったら……どうするんだ?

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 足元でふんふんっ鼻息を荒くしているカーバンクルを尻目に、油断なく短槍を構える。
 確かに、瞬時に盾が使える形態になる仕掛けはありがたい。
 この世界の職人では絶対に作れない代物だからこそ、ひねくれ者のアイツが『主神オーディナルの加護』という言葉を疑いもしないのだろう。
 しかし、大仰なことになってしまった。
 この噂は、ルナティエラ嬢との件と共に瞬く間に広がってしまうだろう。
 良いのか悪いのか……判断に迷うな。
 遠くに離れてこちらを伺っている船員たちが、涙を流さんばかりの勢いで天を仰ぎ祈っている姿は……まあ、主神オーディナルにとっては良いことなのかもしれない。
 私だったら、御免蒙るが……

「あー面倒くさい……何なんだよお前……普通さ、こちらの術が効かないってだけでも変なのに、何でオーディナルの加護まで授かってるわけ?わけわかんない!」
「貴様こそ、何故カーバンクルと主神オーディナルを狙う」
「カーバンクルの額の宝石は希少なんだよ。お前らに言ったところで理解はできないだろ?知らない力と技術なんだからさ」

 わざと挑発するように言う黒狼の主……いや、今は黒い鳥の主というべきか?
 厳密にいうと黒ではないが───などと拘っていたら面倒だから黒い鳥の主でいいだろう。

「カーバンクルはあっちこっちチョロチョロして捕まえられないし、何かが邪魔をするし、全く……思い通りに行かない事ばかりだ。しかも、何で南へ移動してるわけ?」
「愚問だな。私は現在『ミュリア・セルシア男爵令嬢誘拐未遂事件』に関することを再調査中だと知っているはずだろう」
「はぁ?バカじゃないの?あんなところに何もないよ、そんな嘘の情報に踊らされるなんて、君も大したことないねー」
「情報があれば行って真贋を確かめる。おかしなことではあるまい」

 話をしている間にも、相手は奇妙な力を収束させているようであった。
 ルナティエラ嬢から貰った魔力というものが、私の感覚を鋭敏にしているのか、そういう物の流れが多少なりとも見える。

「来るよ」
「わかっている……」

 小さくカーバンクルの声が聞こえ、それに応えた次の瞬間、奴が動いた。
 黒い塊がこちらへ飛んでくるのを捉え、頭で考えるより先に体が動き盾を構える。
 強い衝撃とともに吹き飛ばされそうになるが、伊達に鍛えているわけではない。
 衝撃を全て受け止め、相殺できなかった勢いに押され少し後退してしまったが、何とか防ぎ切ることができたようだ。

「へぇ……思った以上に丈夫だね……普通の鉄で作った盾なら貫通してるのに」

 黒い鳥の瞳が濁った血のように赤く染まっている。
 本能的にマズイと感じ、その視線から逃れ盾に全身を隠すように重心を移動させ、大盾を一気に前方へと押し出す。

「おっと!……ふーん?力の流れが見えるのか……日々進化だね、ベオルフ。どうやって進化している?何が原因だ?やっぱりオーディナルなのか?」
「貴様には関係のないことだ」
「優しい優しい神様は、どうやったらこっちまで堕ちてきてくれるだろう。親しいならわかるんじゃない?教えてよ、あの完璧だとか思われている神の弱点を……さっ!」

 ぐわんっと頭を揺さぶるような衝撃が大盾越しに伝わる。
 なんだ、この力はっ!
 周囲の空気すら震えているように感じるコレを、物理的に防ぐことは出来ないと理解し、耐えながら攻撃に転じた。

 距離はそれほど離れていない、短槍を間違いなく黒い鳥の胴体めがけて突き出す。
 だが、槍の先端は黒い鳥の胴体を刺し貫くこともなく手前で止まり、目測が大きくズレていたことに驚く。
 視覚で捉えていた距離感とは違うということかっ!
 飛んでくる黒い羽を大盾で弾き、大きく息を吸って呼吸を整える。
 近くにあった樽に触れようとするが、その目測も誤っていたようで空を掴んだ。

 なるほど……アイツそのものがどうということではなく、私の感覚が狂わされているということか。

「そういう卑怯な技が得意そうだよねっ!でも、させないもんねっ!」

 カーバンクルの勝ち気な声が聞こえてくる。
 いつの間にか私の斜め後方に位置取り、尻尾を振り耳をピンッと立てたカーバンクルは、額にある宝石の色を変えていた。
 赤ではなく透明であり、光の加減で銀色にも見える額の宝石が、まるで角のように突き出している。

「ベオ、回復してあげるから頑張って!」

 カーバンクルの角から放たれた光が頭上から降り注ぎ、空気が振動しているような感覚が途絶えた。
 問題なく感覚が戻ったのか確認すべく、試しに近くの樽へ手を伸ばしてみると、今度は寸分違うこと無く触れる事ができたのである。
 正確な距離感が戻ってきたか。
 奇妙な術を使うものだ……
 これは、ルナティエラ嬢が言っていた魔法の類なのだろうか。
 だったら、こちらに知識がないため厄介なことこの上ない。

「チッ!やっぱりお前は邪魔だよ!」

 足元のカーバンクルを狙い黒い羽が飛ぶ。
 しかし、それをひらりとかわしたカーバンクルは、黒い鳥の主をバカにするようにお尻を向けてぴょんぴょん跳ねながら尻尾を揺らす。

「あんなに遅い攻撃が当たるほどノロマじゃないよーだっ!ボクは他のカーバンクルと違って、オーディナル様の一番の御使いなんだからっ」

 力も強いし人の言葉も話せるとかスゴイでしょ!と自慢げにふふんっと笑った姿は、何故かルナティエラ嬢を思い出させる。
 言葉にこそしないが、ルナティエラ嬢は時々「スゴイでしょう!」と胸を張る癖があった。
 戦闘の途中であるというのに、子供のように得意げな彼女を見て和んだことを思い出す。
 今度は頭を撫でて「スゴイな」と言ってやったらどういう反応をしてくれるのだろう。
 褒められることに慣れていない彼女は、照れながらも喜んでくれるだろうか……

「本当に面倒くさいな!……あー、もういい。この船ごと沈めてやるよ!」
「私と戦っている間は、他の者に手を出さないのではなかったのかっ!」
「そうだよ?だけどさ、君と戦っていて船が壊れちゃったら仕方ないよね?」
「貴様っ!」

 うわーっ!最低だーっ!とカーバンクルが抗議の声を上げるが、そんな言葉で怯むような相手ではない。
 ハッキリしたことは、私に関わる者は攻撃ついでに傷つけても仕方がないと、今後は平然と言い出しかねないということだろう。
 プライドがあるから、そこまで卑怯な真似はしないと考えていた己の甘さが嫌になる。
 これは本格的にマズイと、私は短槍を構えて黒い鳥めがけて突進した。
 黒い鳥の額の部分に集まる赤黒い力を完成させてはいけない。
 私の中にあるルナティエラ嬢の魔力がそう訴えてくる。
 アレはダメだと───

 考えるより先に飛び出した私は、短槍を何度も突き出し相手を攻撃するのだが、全て弾かれてしまう。
 折角主神オーディナルが準備してくれた武器や盾だというのに、全く使いこなせていないと体で理解するが、改善策を模索できるほどの時間はない。
 このままではマズイと気ばかり焦ってしまう。
 しかし、焦る気持ちとは裏腹に冷静な部分が存在し、その間も頭は次の一手を考えフル回転しているような状態だ。

 全員を巻き込まないような……最善の手、最善の策はなんだろうか。
 現在ここにいる全員を巻き込みそうになっている原因は、他でもない私だ。
 船に私がいるから巻き込まれてしまうのならば、これしかない!

 甲板に短槍を放り投げて自由になった手で、黒い鳥の体を包み込む触れられない何かを本体ごと抱え込み、甲板から大海原へと飛び込んだ。
 カーバンクルや船員たちの名を呼ぶ声が聞こえたが、それどころではない。
 まさか私が抱えて海へ飛び込むとは考えていなかったのだろう。
 額に集まっていた赤黒い力が霧散し、海の中で引きずり込まれたことにより、何とかそこから抜け出そうと藻掻くのだが、私がしっかり押さえ込んでいるために動くことすらままならない。
 お得意の黒い羽も、海の中では威力が半減な上に至近距離なために操作しづらいのだろう。
 甲板で食らった物とは比べ物にならないくらい弱体化されている。
 それでも多少は体を傷つけていくが、問題ない。
 鳥類であるヤツの体は海の中で些細な抵抗しかできないようで、集中が乱れたためか黒い鳥を包んでいた触れられない何かも消失する。
 チャンスとばかりに意識を集中させて大盾を指輪状態に戻し、首から下げていた魔除けのペンダントに触れると、黒い鳥が今までの比にならないくらい暴れだした。
 どうやら、ペンダントの中に収められている神石のクローバーの欠片の力を感じたのだろう。

 さあ、お前はこの姿も失ったら……どうするんだ?

 私の心の声が聞こえたわけではないだろうが、燃えるような怒りを宿した瞳で睨みつけてくる黒い鳥を反対に睨みつける。
 貴様が怒るのは違うだろう。
 怒っているのは私だ。
 彼女を……妹のように大切にしているルナティエラ嬢を傷つけた報いは、これからしっかりと受けてもらう!

 私の心に呼応して新緑色の光が魔除けのペンダントから溢れ出し、神石のクローバーの欠片が浮かび上がる。
 そして、その光が黒い鳥の体を包み込み、黒い鳥から溢れる禍々しい闇を弱めていく。
 黒い霧のような物がどんどん弱まり薄れていく中、もがき苦しむように暴れていた黒い鳥が完全に動きを停止し、新緑の光が黒い鳥の体を取り込み消えていく。
 本当に恐ろしいほどの力を秘めているものだ。
 驚くような光景に感心していたが、そろそろ呼吸が苦しい。
 海面を目指そうと周囲を見回すと、黒い鳥を包んでいた光とは明らかに違う黄金が混じる新緑の輝きが周囲に浮かんでいた。
 こちらだというようにゆらゆら揺れる光に導かれるように手足を動かし、光が進む先にある柔らかな輝きを宿す太陽を目指す。
 呼吸が続くか心配であったが、先程の息苦しさを今は微塵も感じていない。
 どうやら呼吸の心配は無さそうだ。

『頑張って、もう少しだからね』

 励ますように輝く神石のクローバーの新緑と黄金が混じる光から、柔らかな男性の声が聞こえた気がした。
 太陽からこちらへ光が降り注いでいるような錯覚を覚えながら、私は海面に顔を出し胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。

「ベオっ!大丈夫っ!?」
「今船が行きますので、そこで待っててください!」

 カーバンクルの声と船員の声。
 どうやら船は無事だったようだ。
 主神オーディナルに与えられた武器や盾が思うように使えていれば、こんな苦労もしなかっただろう。
 それに、いつもの不可思議な力は今回全く発動しなかった。
 アレにも発動条件があるのかもしれない。
 調べることや今後の課題が山積みではあるが、とりあえず……今回も何とかなったなと、胸をなでおろすのであった。

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