黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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月と華

5.南は考えている以上にマズイようだ

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 細かな打ち合わせと話し合いの後、気になっていたミュリア・セルシア男爵令嬢の様子を聞くためにスレイブの元へガイと共に向かったのだが、その途中、ガイがどうも嫌な予感がするので道を変えましょうと言うので、昨日黒狼と出会った通路を避けて行ったのは正解だったのかも知れない。
 スレイブに話を聞いても、何ら昨日と変わることがなくおとなしいとのことで、妙な胸騒ぎを覚えたのはガイも同じだったようだ。
 珍しく何かを考えているような素振りをしていたが、私と目が合うと嬉しそうに微笑んで弟の顔に戻る。
 もしかしたら、私よりもミュリア・セルシア男爵令嬢の異変に気づきやすいのではないだろうか。
 ならば、スレイブとの連携も視野に入れたほうが良さそうだと、スレイブを紹介することにした。
 柔和な笑みを浮かべて礼儀正しく自己紹介をしているスレイブをジッと見ていたガイは、「頭が良さそうで、忠義心……でしょうか、絶対に兄上を裏切らない人物だということはわかりましたから安心しました!」と言ってから、握手を交わしていた。
 確かに裏切りはしないだろう。
 それがどこからくる忠義心なのかは、さておき……だがな。

 それよりも、スレイブの周囲にいる近衛騎士団の者たちまで、何故同じような熱のこもった視線をこちらへ向けてくるのだろうか。
 どうも、近衛騎士団の様子が以前とは違うように思える。
 いったい何があったというのだろう。
 スレイブ……まさか、洗脳なんてしていないだろうな。
 少しの不安を覚えたが、何の確証もないことであるから気の所為ということにしておこう。
 
 こちらの心配をよそに、ガイとスレイブは気があったのか、私のことについて話が盛り上がっているようであった。
 本人を前に盛り上がるとはどういうことなのだろうか。
 兄自慢を心ゆくまで出来る相手、しかも喜んで聞いてくれているのが嬉しいといった様子である。
 あまりプライベートなことまで話してくれるな。
 色んな意味でピンチになったらどう責任を取るつもりだ……などと言えず、楽しげな二人の会話を名を呼ぶことで一旦中断させた。
 重要な話があるのだから、私がいないところでそういう話はしてくれないか……というのが本音である。

 私が暫く王都を留守にする報告をすると、スレイブだけではなく近衛騎士団の面々も、落胆したような表情をしたが、すぐに戻るから留守を任せたと伝えれば、見るからに表情が明るくなり元気の良い返事をしてくれた。
 いや……スレイブには言ったが、所属が違うお前たちには言っていない。
 思わず、そんな一言をいいたくなった私を誰が責められるだろうか。
 しかし、あまりにもキラキラした目で見上げてくる彼らのやる気を削ぐのも得策ではないだろうと、喉まで出かかった言葉をグッと飲み込み「よろしく頼む」と言っておく。

 すると、スレイブが頬を染めて「お任せください。ベオルフ様の命とあらば、いつでもこの命を捧げるつもりでございます!」などと言い出し始めてしまい、激しく頭痛を覚えてしまった。
 いや……そんな重い忠誠心は求めていない。
 危なくなったら逃げることも大切だと言い聞かせるように言うと、何故か目を潤ませて一歩距離を詰めてきたので自然と下がってしまう。
 ある意味、黒狼よりも私に与えてくるプレッシャーが強い。
 ガイが面白い人だと笑っているのが救いである。

 スレイブにミュリア・セルシア男爵令嬢の件を任せたあと、王太子殿下とこれからのことについて話があると呼び出されたガイと別れて城門を潜り外へ出た瞬間に、ドッと疲れが押し寄せてくるような強い疲労感を覚え、思わず深いため息をつく。
 だがしかし、そこで疲れたからと立ち止まるわけにはいかない。
 街へ出て、今朝の礼の菓子を買い、それと同時に旅支度を整える。
 明日の朝、王太子殿下が船の乗船許可証を持参してくれるとのことだったので、いろいろと急がなくてはならない。
 考えている以上に早く帰ってきた私の体調を気遣った母上に、明日からの予定を報告すると、すぐさま家にいる者たち総出で必要になりそうなものをかき集めてくださった。
 もともと、母上も海を渡る旅をしたことがある方なので、こういう時に助かる。

 結局その日は、ルナティエラ嬢がくれた神石のクローバーの欠片とガイが使い魔を斬ったおかげなのか黒狼に遭遇せず、私の中にあるらしい魔力という物を消費することもなく、比較的平和に一日を終えることが出来た。

 急ぎ整えた旅支度の確認を終えて寝床についた私は、夢の中に彼女が訪れるかと少しだけ心待ちにしちたのだが、力を馴染ませるために深く眠っているため来ることは難しいだろうと、何故か夢の中で優雅にお茶をしていた主神オーディナルが説明をしてくれたので、納得はしたが……
 何故、偉大なる神と共にお茶や菓子を頬張る事態に陥っているのかと頭を悩ませることになったのは、深く考えても仕方がないことなのかもしれない。
 主神オーディナルがそばで見守ってくれることなど、本来はあり得ないことなのだし、失礼がない程度で気楽にいようと心に誓う。
 だが、それも筒抜けであったようで「最初からそうすれば良いものを……」と言われ、既に思考を読まれることにすら慣れてきている自分に呆れたのは言うまでもない。

 ただ、神石のクローバーの欠片を手に握り眠っていたためか、彼女の気配がずっと感じられていたこともあり、色濃く感じていた疲労感は綺麗サッパリと拭い去られていた。

 朝食を終えて荷物を持ち、馬を走らせ港に到着した私を待っていた王太子殿下は、先に出ていたガイを伴い、軽く視察も兼ねていたのか港で働く者たちの様子を書類をめくりながら周囲の様子を眺めている。
 鋭い眼差しに、この国の行く末はどう映っているのだろう。
 黒狼の主という得体のしれないものがいる限り、休まる時はないのかもしれない。
 いち早く私の存在に気づいたガイが、嬉しそうに大きく手を振り、それによって気づいた王太子殿下は、気さくにガイと同じく手を振ってくださった。
 まあ、ガイのように大振りな動きではなく、あくまでも気品が感じられる程度だ。

「王太子殿下……お待たせして申し訳ございません」
「いや、待ち合わせの時間にはまだ早い。こちらは違う仕事をしていたところだ、気にするな」

 厄介な仕事が多いだけだと書類をポンと叩いてウンザリしたような表情を見せたが、すぐに思い出したように懐から王家の紋が入った小さな厚手の紙と封がされた書類を取り出す。

「コレが、乗船許可証と調査依頼申請書だ。国王陛下直々の依頼だから、ある程度の無茶は通るだろう」
「……無茶はしないつもりですが」
「黒狼の主を相手取るのだから、念には念を……だろ?後手に回るのは好きじゃない」
「ありがとうございます。お心遣いに感謝いたします」
「その感謝の分だけ働け。成果を期待している」

 ニッと笑って私の肩をポンッと叩いた王太子殿下は、私の姿を見て「どこからどう見ても、旅は危険だから気をつけろと助言するのがおこがましいほどに、慣れている雰囲気だな」と苦笑を浮かべる。
 さすがは最北端へ何度も赴いているだけはあると笑ったあと一歩近づき、私だけにしか聞こえない声で呟く。

「南は考えている以上にマズイようだ。心して動け。最長でも、ひと月以内に戻るようにしれくれ。ああ、それと……」

 一旦言葉を区切った王太子殿下は、唇の端を上げて意味深に目を細めた。

「南の辺境伯は少し癖がある……が、お前なら大丈夫だろう」

 癖?
 私なら大丈夫というのは、いったいどういう意味だろうか。
 真意が知りたくて王太子殿下の顔を凝視するが、彼は答えを教える気がないようで、貼り付けたような笑みを浮かべるだけであった。
 しかし、最近の王太子殿下を見ていたら、それが仮面の笑顔であると理解できる。
 これは、私やガイの前では浮かべない種類の笑顔だ。
 王太子殿下の視線は、私の後方に向けられており、なるほど……と、体ごと振り返りはせずに、顔を動かして騒がしい音がする左斜め後方を確認する。
 まっすぐこちらへ歩いてくる従者を伴った貴族の姿が確認できた。
 どこで稼いでいるのか金回りが良いとわかる上質な布地をふんだんに使っているのに、センスが壊滅的で品をどこかへ忘れてきたようなゴテゴテとした衣装を着ているセルシア男爵である。

「厄介なことにならないうちに、お前は船に乗れ」
「しかし……」
「あんな小物を相手にしている暇はないはずだ。今後のことはお前抜きでは話が進まん。いいか、できるだけ速やかに帰ってこい」

 行けと船の方へ背を押され、王太子殿下の言葉に逆らうことも出来ずに乗船受付を済ませて船に乗りこむ。
 王太子殿下と背後に控えるガイに向かって唾を飛ばさんばかりの勢いで話をしているらしいセルシア男爵の様子を、船の上から覗い見るが「品の無さは父娘でソックリだな」と悪態をつきたくなった。

 全く……と、ため息をついた私の視野の端に、セルシア男爵が連れていた従者の姿が映る。
 背が低く小太りの中年男性というイメージを抱くセルシア男爵から少し離れた場所に控える男は、セルシア男爵を引き立てるために身にまとっているのではないかと言われそうなくらい地味な出で立ちであった。
 印象に残らない……いや、意図しても残りづらいといったほうが良いのだろうか。
 何も特徴がなく、どこにでもいそうな風体……だか、何故か違和感を覚えたのである。
 なんだ?
 この感覚は……
 私が心の中で、そう呟くのと同時に、その男がタイミング良くこちらを見上げた。
 長いくすんだ金色の前髪から見える、仄暗い緑の瞳。
 その瞳には生気が宿らず、深淵の縁を覗いているかのような底知れない何かを感じる。

 ガイも何かを感じたのか、セルシア男爵よりも従者を注視していた。

 ガイがわかっているのなら、問題はないだろう。
 だが……なんだろうか、この感覚は───

「船が出るぞーっ!」

 船員が大きな声を張り上げ、それを聞いた大荷物を背負った商人が、あたふたと船まで必死に走り、受付で荷物を漁りながら乗船券を探している様子が見えた。
 ようやく見つけたのか乗船券を受付の人に渡したあと、そそくさと船長に挨拶をして呆れた表情をしながらも楽しそうに笑い気合を入れるように大きな音がするほど強く背中を叩く。
 さすがに不安定な甲板の上であり、大荷物を手に持ったままの状態ではバランスを取れず、転がりそうになったところを支えると、商人らしい人懐っこい笑みを浮かべた彼は、セルシア男爵と同じくらいの年齢だと思われる風体であるのに、こちらは腰が低すぎるようで頭を何度もぺこぺこ下げながら礼をいう。
 そこまで感謝されることはしていないのだが……

 船が動き出し、揺れが大きくなる。
 王太子殿下とガイは大丈夫だろうかと、もう一度二人のいる場所に視線を向けると、二人はセルシア男爵から見えないように後ろに手を組み、手のひらを軽く振っていた。
 ……さすがに気取られますよ。
 だが、どうやらそんなこともなく、セルシア男爵が私の方を見ることは終ぞ無かった。
 本当に王太子殿下しか見えていないのだな……

 そして、チラリと従者へ視線だけを向けたが、彼は表情が見えないくらい顔を伏せており、目があうことはなかった。

 天気は快晴、潮風も心地よく、船長や船員も気さくに声をかけてくれる。
 だんだん陸が離れていく様子を眺め、不意に見上げた空はルナティエラ嬢の髪を思い出させるような綺麗に澄んだ青。
 旅路を祝福してくれているような、見事な空と静かな海。
 良い船旅になるという予感しかしない条件が揃っているから何の憂いもないはずなのに、何故かあの男の仄暗い瞳の色が暫く頭から離れそうになかったのである。

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