黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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月と華

3.ヤツは今までのように見え、聞こえているかな?

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 王太子殿下暗殺の件に関して全員で今後の対策を考えた結果、エスターテ王国から王太子殿下宛に届く荷物を注意し、もしもルナティエラ嬢が言うような荷物が届いた場合は、私とガイを伴った状態で、王太子殿下自らが対応するという話でまとまった。
 本人たっての希望ということもあるが、本当に大丈夫だろうか。
 周囲の心配を他所に国王陛下は「これくらいの問題くらい対処できなければ王たる器に値せんだろう」と言い切ってしまったのだ。
 多分、愛する人を貶めようとする輩を見過ごせない王太子殿下にチャンスを与えたかったのだろうが、言い方というものがあるだろう。
 呆れた様子の父と宰相殿の表情が、いろいろと物語っている。
 当の王太子殿下はケロリとしているし、ガイに至っては「王族は、やはり厳しいのですね……」と、まるで自分が言われたかのように苦悩の色を滲ませた。
 いや、ガイ……お前が考えているほど深刻な状況ではないぞ。

「まあ、自らの手で対応できるというのは助かります。父上、感謝します」
「うむ。存分にやればいい。ベオルフとガイセルクがいるのだから、滅多なことにはならんだろうが、怪我だけはせぬようにな」
「心得ました」

 国王の顔というよりも父として王太子殿下に言葉を投げかけたあと、国王陛下は私を見る。

「ミュリア・セルシア男爵令嬢誘拐事件の再調査だけでも忙しいとはわかっているが、1つ頼まれて欲しいことがある」
「国王陛下の頼みとあらば、何なりと……」
「今回の件で、エスターテ王国にも奇妙な動きがあると見た。しかも、王族は関与していないのだろう。そうなれば、この国で一番エスターテ王国について詳しい辺境伯に話を聞く必要がある。海路を使う許可を出すので、会って話を聞いてきては貰えんか」

 国王陛下が辺境伯を呼び出したり、書状により近況を聞いたなどという噂が広がれば、敵は警戒して暗殺の手段を変えてくるかもしれない。
 そうなると、折角ルナティエラ嬢が教えてくれた情報が無駄になるどころか、逆効果になりかねないのだ。
 誰かが足を運び話を聞いてくる必要があるが、ヘタな者には任せられない。
 ここにいる者たちの中で身軽に動けるのは、私とガイだ。

「お話はわかりました。しかし、黒狼の監視がある中で辺境伯に会えば、警戒されるやもしれません。暗殺計画を変更されると後々面倒になります」
「ふむ、確かにそれは一理あるな」

 私の指摘により、国王陛下は低く唸り思考を巡らせ始めた。
 実のところ、現時点で一番厄介なのはソレかもしれない。
 こちらは相手の状況がわからないにも関わらず、相手は多少の制限はあるが大まかに把握できるのだ。
 王太子殿下を暗殺しようとしているのが黒狼の主であるなら、こちらの動きを気取られるのはマズイ。

『さて、ヤツは今までのように見え、聞こえているかな?』

 再び聞こえた主神オーディナルの言葉に、私は思わず背後に視線を向ける。
 おぼろげな光の中で威風堂々と立っていた彼は、口元をニッと歪めて不敵に笑う。

『僕の愛し子が置いていったソレは、彼にとって良くない物のようだ。今頃、術がうまく発動せずに苛立っているのではないか?』

 楽しげな主神オーディナルの笑い声を聞きながら、ルナティエラ嬢が置いていったハート型の宝石を思い出し、懐から取り出した魔除けのお守りであるペンダントの中からソレを取り出した。
 淡く輝く宝石の欠片のような物は、優しい陽光が降り注ぐ森を思わせる清々しい香気を辺りに漂わせる。

「とても良い香りですね。兄上が香水や宝石など珍しい」
「香水はつけていない。この宝石から匂いが漂っているのだ」

 そうなのですか?と驚き、ガイは顔を近づけてすんすん鼻を鳴らして匂いを嗅いで納得したようだ。
 まるで犬のようである。

「ルナティエラ嬢が置いていったものなのだが、コレがあれば黒狼は目が使えないようだ」
「誰がそのようなことを言ったのだ?ルナティエラ嬢か?」
「あ、いえ……その……」

 ガイに説明していると、その言葉に疑問を抱いた父上が首を傾げて質問を投げかけてくるのだが、どう答えていいかわからず戸惑ってしまった。
 さすがに「主神オーディナルが後ろにいて、話しかけてくれている」などと言えるはずもない。

「どうやら、ベオルフには強力な助っ人がついているようだな。我々にはわからない、ルナティエラ嬢の置き土産か。神々に関すること故に、ヘタなことは言えないのであろうな」

 誰かは言えない故に悩んでいた私にとって、国王陛下が発したその言葉は大いに助かるものであった。
 嘘ではないが真実でもない部類に入りそうではあるが、今はそれで十分だろう。

「助っ人ですか、姉上が頼んだ方でしたら、とても強い方なのでしょうね」
「まあな……」

 この方以上にこの世界で強い存在などいるはずがない。
 精霊か何かの類だろうかと王太子殿下とガイと宰相殿で盛り上がっている中、国王陛下は意味深に微笑み、父上はそんな私達を見て訝しげにしている。
 これ以上は話せないことなのだと察して欲しい。

「しかし、不思議な香気をまとう宝石なのだな。初めて見るような透き通る若葉色だな」
「清々しくも爽やかな香りです。兄上にピッタリですね。さすが姉上!よくわかっていらっしゃる!」

 王太子殿下とガイは、私の手のひらの上にある宝石に興味津々である。
 触れても良いか?と王太子殿下が尋ねられ、断る理由もなかったので「どうぞ」と頷いた。
 王太子殿下の長い指がルナティエラ嬢が置いていった新緑の宝石に触れようとしたのだが、宝石を通り抜けて私の手のひらに触れる。

 さすがに驚き全員が絶句する中、我々の反応が余程気に入ったのだろうか、主神オーディナルが吹き出すように笑い出した。

『神石のクローバーの欠片は、持ち主から離れて相手に渡った瞬間から、その者にしか触れることが出来ない。太陽の神と月の女神が力となる光を与え、春の女神が慈しみ育てた物だ。欠片であろうとも、強い力を秘めているぞ』

 神々が育て上げた代物を何故ルナティエラ嬢が持っているのか不思議ではあるが、呪いの類をかけられている彼女を、そういう物で守っているのかもしれない。
 悪知恵が働き陰湿な黒狼の主がやることだ、いつかそれでも対策を取られてしまい、窮地に陥らなければよいのだが……
 悲しみに暮れ、嘆き悲しむ姿など見たくない。
 あの涙は、思いの外堪える。
 もし、また泣いているのであれば、リュート様と呼ばれる彼には悪いが、私が守るから戻ってこいと言い出してしまいそうだ。
 そうならないことを心から願っているが……泣かせるならば容赦せん。
 私の思考を読んだのか、主神オーディナルが「まあ、そうなったら仕方ないな」と頷くところを見ると、かの神もそのつもりであるようだ。

 未だ呆然としている一同を見渡し、私は手のひらの新緑を思わせる宝石……神石のクローバーという物を皆によく見えるように前へ出した。

「どうやら、これは神々の世界にある『神石のクローバー』という物の欠片のようで、持ち主のもとを離れた後は、贈られた者以外に触れることが出来ないとのことです」
「実際に目にしてから聞くと、説得力があるな。ソレだけ聞いていたら触れさせたくないのかと思うようなことだが……」

 王太子殿下は更に何回か試したあと、本当に触れられない不思議な物であると認識したようで、角度を変えてじっくり眺める。
 意外と好奇心の強い方だな。
 ガイも試してみたいと突いてくるが、やはり触れることが出来ずにいた。

「やはり、神の世界の物は我々の想像を軽く越えていきますね。人知を超えた力を持つ黒狼であっても、神々の力の前では無力というわけですか」
「そうでなくては、我々に勝ち目がないだろう」

 宰相殿の言葉に父がため息混じりの言葉を放ち、国王陛下は触れようとしないが興味深げに私の手の上にある宝石を見つめている。
 父も宰相殿も一度は経験しておこうと、わざわざ触れることが出来ないとわかっている神石のクローバーを突きに来るのだから、好奇心は強いほうなのだろう。

 ただ、一瞬だけ不安になる。
 比較対象がルナティエラ嬢である私の基準は、果たして平常値なのだろうか。
 彼女の好奇心に振り回された記憶しかない私は、何とも言えない気持ちになり、手のひらの上で輝く神石のクローバーを見つめるのであった。


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