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漆黒の騎士(コンラッド視点)
しおりを挟む食事が終わり、約束通り兄は隣に座っていたルナティエラという綺麗な女性をエスコートして学園長の下へ行ってしまった。
確かに学園長室は入り組んだ場所にあるが、兄が案内しなくても、付近にいる職員に声をかければ良い話では無いだろうか。
兄が甲斐甲斐しく世話をする理由が何かあるのかもしれないと考えていると、マリアベルが「あら?」と声を上げた。
その視線の先にいたのは、目つきの鋭い濡れ羽色の髪をした男――知り合いなのか?
不可思議な色の瞳は、声をかけられたことにより反応して此方を見るのだが、凄い迫力だ。
何というか……兄と同じくらいの実力を持っているとわかるほどに感じる威圧感が胸を締め付けて、うまく呼吸することも出来ない。
それなのに、マリアベルは平然と挨拶を交わしている。
す、すごいな……
「マリアベル、ルナを知らねーか?」
「先ほどまで此方にいらっしゃいましたが、今はヴォルフ様の案内で学園長室へ向かわれました」
「そうか、ヴォルフがいるなら問題ねーな。他の誰かだったら心配だったが……」
も、もしや……兄上が自ら案内しているのは、この目の前の男性が原因だとは言わない……ですよね?
心の中で兄に語りかけるが、答えが返ってくるはずも無い。
近づかなくてもわかる実力者……それだけではなく、引き締まった体と長すぎる脚が芸術品のようで、男でも見惚れてしまうほどだ。
それなのに、近づいてくると嫌というほどわかる顔立ちの良さは、筆舌に尽くしがたく……イケメンとしか言えない自分の語彙力に泣けてきた。
「お仕事で、一度戻られていたと聞いたのですが、戻ってこられたのですね」
「ああ。大した用事では無かったからな」
「マリちゃんの声なのー」
「まあ、チェリシュ様、やはりご一緒だったのですね」
「あいっ!」
ぬっと彼の背中から顔を出したのは、春の女神様で――え、えっと……どうして春の女神様が人間の背中に張り付いているのですか?
私と同じ驚きと戸惑いが兄の幼なじみ達から感じられる。
全てをこの場で理解しているのはマリアベルだけなので、説明を求めるよう視線で訴えれば、彼女はくすくす笑いながら「すぐに戻ってくると思いますから、ここで待ちませんか?」と漆黒の青年を誘った。
戸惑いの表情を見せたのは、私たちだけではなく向こうも同じだったようで、チラリと一同を見渡してから「折角仲間でくつろいでいるんだろ?」と遠慮がちに問えば、問題無いと言って問答無用とばかりに立ち上がって彼の腕を掴んで椅子に座らせる。
なかなかダイナミックなことをしてくれる。
「くつろいでいるところにお邪魔をして申し訳ない。アルベニーリ騎士団のギルドマスターでリュートという」
今、巷で噂になっているギルドマスターじゃないかっ!
慌ててマリアベルを見るが、彼女は涼しい顔をして「軽く自己紹介をさせていただきますね」と言い、此方が口を挟む間もなく、さっさと紹介を終えてしまう。
「へぇ、ヴォルフの弟か……あまり似ていないからわからなかったが、仲は良さそうだな」
「え、あ……はい、兄とは……親しいのでしょうか」
「ああ。アイツには色々と世話になっているから、いつも感謝している。特にルナとは仲が良くて、面倒をみてもらっているからな」
ああ……それは先ほども感じたと全員が同意した。
兄はルナティエラさんを大事にしているようで、いつも気にかけていたし、なんなら弟の自分よりも大切に扱っていたのでは無いだろうか。
まあ、女性だから仕方の無いことだが……まるで家族のようだと感じたほどだ。
「ルナ様を探して此方まで?」
「あ、まあ、一人で出歩いているから心配になって……」
「ルーが外に出た話を聞いて飛び出して来ちゃったの。心配していたのっ!」
「チェリシュ、シーッ! そういうことは言わないのっ」
慌てて春の女神様の口を大きな手で塞ぐのだが、先ほどまで感じていた圧力は何だったのかと思うほど、微笑ましい様子を見せる。
頬を赤らめてコホンッと咳払いをしているが、彼がルナティエラさんをどう思っているのか、それだけでわかるというものだ。
も、もしかして……兄の……ライバル?
えっと……女っ気の無かった兄が、いきなり三角関係という未知の領域へっ!?
しかも、相手は兄と同じくイケメンで……でも、ルナティエラさんほど美しい女性を取り合うなら、わかる気もするし……いや、でも……兄上、いきなりレベルが高すぎませんかっ!?
「リュー……喉がかわいたの」
「そうだな。マリアベル、何かあるかな」
「メニュー表は此方ですが、お店の味には劣りますよ?」
「そうなのか?」
「キルシュのお料理は、全般的に美味しいのですもの。ココと比べたら雲泥の差です」
「へー……そりゃ嬉しいな」
確か、白と黒の騎士団の間で噂になっている食事処では無かっただろうか。
連日、その店のランチを食べに行くのが楽しみなのだと、兄が父に話していたような気がする。
「とりあえず、ベリリミルクを頼んでおいたから、チェリシュはそれでいいか?」
「あいっ! リューも一緒に飲む……なの?」
「俺はアイスコーヒーを頼んでおいた」
「うー……にがにがなの」
「だから、俺が飲んでいるのは駄目だって言ったろ? ルナかハルくんのにしておけば良いのに……」
「リューはにがにが、からからが大好きなの。チェリシュにはちょっと厳しいの」
「そりゃな……」
すぐに運ばれてきたベリリのジュースとケーキに目を輝かせる春の女神様を膝に抱き、アイスコーヒーのグラスに形の良い唇をつけて飲んでいるのだが、それすら様になる。
な、何だろう……同じ男なのにズルイって思ってしまう。
「随分と鍛えているようだな」
そう言ったのはレオ様だった。
どうやら、気になるらしい。
「数日前まで、ヴォルフやロンバウドやテオドールに訓練を受けていたから、そう感じるのかも?」
「何? あのお二人にか……?」
「ああ、ヴォルフとはいい打ち合いが出来るようになったし、連携技が出来るようになってきたから、訓練も楽しくて仕方が無いんだ」
「ほう……それは一度見てみたいものだな」
「その訓練は、いつでも見られるのですか?」
「今日は午後から白の騎士団の広場を使わせて貰って、一緒に練習だ。それが終わる頃には俺の仲間達がそれくらいになったら転職も終わっているだろうから、夕食を店で一緒にとろうって話になっている」
「ふむ……我らも丁度時間が空いているのだ。一緒に訓練をさせてもらっても良いか?」
「それはヴォルフに聞いてくれ。俺は誘われた側だからな」
「わかった。ならば、ヤツに確認しよう」
完全に楽しい事を発見したというような喜びに満ちた表情をしているレオ様と、目を細めるシモン様……レオ様は見た目通りだが、意外にもシモン様も訓練好きである。
この二人に目をつけられたら、倒れるまで解放して貰えないのだが、大丈夫だろうか。
イーダ様は止めようかどうしようか迷っている様子だが、トリス様は好きにしろというスタンスである。
レオ様を唯一止められるのはイーダ様なのに……
でも、その訓練というものを少し見てみたいと思ったのは、私も一緒だ。
兄とどういう風に戦うのか――そう考えるだけで心が躍り、父も見学したいと言い出すのではないかと苦笑を浮かべ、親子共通の話題が目の前にいる漆黒の騎士のような彼であるのも良いかもしれないと思えた。
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