上 下
44 / 53

召喚術師になる気はないか?

しおりを挟む
 
 
 俺たちがヴォルフの初級訓練を受けるという話を、どこかで聞きつけたラングレイ兄弟が白の騎士団の訓練場に姿を見せたので、ちょっとした騒ぎになったが、何とか皆のチュートリアルが進みそうである。
 話を聞くと、ギルドで対処できない場合は白の騎士団が動いて、冒険者を誘導する手はずになっていたようだ。
 つまり、これは初期地点に人が集まりすぎることを考慮して、開発側が設定していた救済措置だったのだろう。

 ただ、サーバーが多く、大人数を最初から想定していたため、それほど大混乱は起きなかったのか、白の騎士団が出動することにはならなかったようである。
 収益を出せる自信があった為に費用をかけて良いサーバーを構築したのか、それとも腕の良いエンジニアがいたのか……
 どちらにしても、ストレスフリーでゲームをプレイ出来ているのだから、感謝しか無い。

 今現在、ヴォルフから基本的な武器の使い方を教えて貰っている初心者組は、熱心に話を聞いている最中だ。
 どうにもルナの飲み込みが遅いようで、それを想定していたらしいヴォルフは、何度も根気よく丁寧に教えている。
 教師の鑑だ。
 騎士をやめても、教員や指導員として生きていけるぞ。

 基本的なスキルや武器の扱い、冒険に伴う知識、全てをわかりやすく説明してくれる彼に、アーヤも「わかりやすいわー」と感嘆の声を上げるほどだ。
 妹が、こうして人を褒め称えるのは珍しい。
 それほどわかりやすかったのだろう。
 むしろ、俺の説明はわかりやすくても聞いていないところがあるから、ヴォルフみたいな存在は本当に助かる。

「なあ、リュート。ヴォルフの説明……既存のチュートリアルよりもわかりやすいし、余計なことをしないから集中できるし、こっちのほうが良いんじゃ……」
「俺もそう思った」
「私たちが受けてきたチュートリアルって……」

 まあ、チュートリアルを全部経験してきた俺たちからしたら、たらい回しにされたあげく、ここまで詳しく教えて貰えないという事実を知っているので、こういう不満が出てしまうのは仕方が無い。
 だいたい、武器は報酬で貰うだけで、いきなり戦闘して討伐対象を倒してこいと言われるし、変なお使いはさせられるし、いらない話を長々と聞かせられるし……
 生活面のちょっとしたコツや戦闘で有利になる位置取りなんて、教えて貰ってねーしっ!
 時々、ラングレイ兄弟が助言してくれる情報は、魔物の特性や、どの魔物がどういう系の武器に弱いかという物だったりするので、俺たちも「そうなんだ……」と驚いてしまう。
 しかし、さすがは魔物討伐のプロというべきか?
 細かいことまで把握しているし、知識量が半端ない。
 一通りの説明を終えたヴォルフは、俺たちを連れて、少し離れた場所にある石造りの建物の中へと導く。
 そこは、とてつもなく広い空間になっていて、中央には光り輝く球体が浮かんでいた。

「では、戦闘訓練に入ろう。ここでは、これまで黒の騎士団が集めたデータを元に作られる魔物を出現させることが出来る。大地母神様と時空神様と知識の女神様の力を得ている宝珠だから、むやみに触れないように注意してくれ」

 人知を超えた力を秘めた宝珠だということはわかったが……これで擬似的に魔物を作り出すってことか。
 つまり、それを使って白と黒の騎士団は訓練をしているってことか?
 そりゃ、すげーな……
 毎日、移動する必要も無く好きな敵と戦えるのだから、上達も早いだろう。

「初級だから……インプで様子を見ることにしよう。リュートは制限をかけて参加するのか?」
「ああ、俺たち3人も制限付きで訓練に付き合うよ」
「ならば、これくらい……か」

 何かを操作していたヴォルフは、少し離れた場所から様子を見守ることにしたようだ。

「まずは、10体の討伐を目指してくれ」

 インプを10体なら余裕だろうと思っていたのだが、準備をし、それぞれ武器を構えた状態で待ち構えていた俺たちの目の前に出現したインプを見て、思わず頬を引きつらせた。

「待て待て待てっ! アークインプじゃねーか! 初級じゃねーだろっ」
「お前たち3人がいるのだから、余裕だな」
「くそっ! マジで、ギリギリのところを……正確すぎる戦力分析をしてくるんじゃねーってのっ」
「えぇ……物理無効は勘弁……」
「うそぉ……」

 拳星とチルルからも悲鳴が上がる。
 そう、このアークインプは、一時的に物理無効のスキルを使ってくるのだ。
 物理攻撃が多い俺たちとは相性が悪すぎるっ!

「よし、メイン攻撃はチルルとハルくんとフラップに任せる! 青く体が輝いているヤツを狙ってくれっ! 他は光ってないヤツを中心に、マーカーをつけたヤツから攻撃っ! ルナは、俺のHPが半分になったら回復を頼む!」

 魔法攻撃メインなのはハルくんだけだが、今までの経験上、チルルがメインとなって攻撃するだろうし、序盤のハルくんの行動を考えたら、妨害や眠らせることに集中するはずだ。
 拳星とアーヤは、物理無効スキルを使っていないアークインプを攻撃すれば良い。
 俺は、敵全員のヘイトを稼ぎながら、他へターゲットがいかないように注意して動く。
 初戦闘になるフラップも、自分のスキルを確認しながら、言われるまでもなく、チルルと攻撃対象をあわせているようだった。

 ハルくんの足止めや妨害のおかげで他へターゲットが行くこともなく、俺も格段にヘイト管理が楽になる。
 敵の動きに合わせて位置取りをしなくて良くなるからだ。
 何とか10体を討伐し、続いて20体、30体───結局、計300体ほど倒したところで、ようやく休憩が入った。

 鬼だ……鬼教官がここにいるっ!

 時々、系統が違う魔物や中型の魔物を加えてくるところが憎い。
 俺たちの弱いところを的確について、嫌な角度から仕掛けてくるのだ。
 こんな魔王がいたら、人間なんてひとたまりも無いだろう。

 苦笑を浮かべながら食事と飲み物を持ってきてくれたロンバウドに感謝しながら、俺たちは回復にいそしむ。
 このあと、まだ続けられそうな雰囲気があるから、余計なことをしている余裕が無い。
 あの拳星とアーヤもぐったりとしているくらいだ。
 まあ……二人が集中的にしごかれているようだと感じているのは、俺だけではないだろう。
 ヴォルフに問題児認定されたら、鬼の訓練が待っているんだな……恐ろしい。
 同じく問題児認定されているはずのルナは過保護にされているから、能力の判定基準はイマイチわからないが、気持ち的には理解することが出来た。

 休憩中の俺たちを一度だけ横目で見たヴォルフは、戦闘データを確認して「ふむ……」と思案顔である。
 何か……あったのか?
 まさか、もう訓練を再開するなんて言わないよなっ!?

「リュートは戦闘中、状況をよく把握している。お前がやられたらマズイことになりそうだが、その心配も必要ないほど安定していた。しかし、全体的に見て魔法遠距離攻撃が少ないのが心配だな」
「現状では……戦うの……難しい?」

 フラップが小首を傾げて尋ねると、ヴォルフは少しだけ思案する様子を見せた。

「召喚術師になる気はないか?」
「……チルルがエレメンタリストをやっているし、召喚術師でも良い」
「そうだな。そうしたら、もっと良い感じになるかもしれない」

 どういう意味だ?
 召喚獣は完全ランダムだから、物理攻撃メインの場合も考えられるだろうに……
 俺たちがヴォルフの言葉の意味がわからずに首を傾げていると、彼は小さな卵を取り出した。
 なんだろう……すげー綺麗な……七色に光る卵だな。

「これは、召喚術師に授けられる召喚獣の卵だ。私はたまたま手に入れたのだが、召喚術師では無いので扱いに困っていた。魔法属性に強い個体だということはわかっているので、召喚術師になるのなら譲り渡そう」

 私の魔力で育っているから、名前は決められないがな……と、言葉を添えるヴォルフに、フラップはどうしようか考えているのかと思いきや、目を輝かせて卵を見つめていた。
 あ、これは……即決した時の顔だ。
 ゆらゆら揺れる尻尾も、抑えられない好奇心を、これでもかというほどに表現していた。

「召喚術師に……なるっ」
「そうか。ならば、これを受け取ってくれ。名前は『ノエル』という」
「ノエル……可愛い名前」
「大事にしてくれると嬉しい」
「大切に育てる。でも、寂しがると思うから、会いに来てあげて」
「わかった」

 マジか。
 これって、二次職になる前に受ける召喚術師のチュートリアルじゃねーの?
 いやいや、順序がおかしいだろう? って考えていたのだが、いつの間にか、二次職のチュートリアルが受けられるレベルに達していた。
 ああ……鬼教官のおかげで、強制的にレベルアップをさせられたよ……マジで怖いな、この教官っ!
 しかし、譲渡される卵で名前の変更が出来ないって、今までにないケースだよな。
 それに、その卵って自分で見つけに行くのが試練だったんじゃ……

 色々と、公式設定をすっ飛ばすヴォルフの存在に、俺たちは眩暈を覚えながらも、頭を撫でられて嬉しそうに尻尾を揺らしているフラップを見て、まあ……いいかと思うのであった。

しおりを挟む

レジーナブックス公式HPにて、
【番外編リュートの悩める夜】を掲載中!

《現在連載中の作品》
 ・悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!【水・金曜日更新】
 ・黎明の守護騎士【土曜日更新】
 ・龍爪花の門  ー リコリスゲート ― 【月曜日更新】
 ・ロード・オブ・ファンタジア【不定期更新】
 ・ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー【切りの良いところまで書けたら更新】
感想 229

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...