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お前らは来んな
しおりを挟むあの後、俺達はマズイことになる前に一旦、現実世界へ戻って情報を整理しようということになり、あとのことは任せてと快く引き受けてくれたキュステやヴォルフたちに礼を言うと、早く行けと言わんばかりに背中を鼻先で押すトワイライトホースに導かれ、ギルドツリーの宝珠の近くに立つと出現するギルドメンバーだけが通行可能な扉をくぐった。
真っ白な大理石が敷き詰められたロビーの中央には、ギルドツリーの宝珠が浮かんでおり、それぞれの手に鍵が出現する。
ギルドメンバー専用の部屋だな。
カスタマイズが可能で家具は生産で作ることも可能だが、凝った品は課金になることが多いだろう。
まあ、最初はみんな同様の内装になっているので、その辺りに凝る人だったら一日かけてでも足りないくらいのカスタマイズをしそうである。
「男性が右通路、女性が左通路みたいねー」
「部屋のベッドからログアウト出来るだろうから、まずは一度戻ろう。良い時間だし、リアルの飯も考えねーとな」
俺の言葉に「さっき焼き肉したところなのに変な感じー」とぼやくアーヤであったが、慣れているチルルは「拳くん、お買い物へ行くから車を出してね」と主婦モード突入だ。
視覚の右下にずっと表示されている数字は『17:28』であるから、そろそろ夕飯の準備をする時間だろう。
「とりあえず、ログインは様子を見てってところだな」
「今はマズイ」
「暫くすれば落ち着くとは思いますが……」
俺の言葉にすかさず拳星が頷き、ハルくんも苦笑いを浮かべた。
そりゃそうだよな……大騒ぎなんてもんじゃねーし。
親しい人にはゲーム外からでもキャラクター宛にメールで応対することも可能だから、今はうるさい連中から一時的に退避しよう。
特に、最速で届いたどこぞのギルドマスターからのメールなんぞ無視だ。
お目当てのキュステが手に入らなくなったことや、俺への執着からくる気持ち悪い文章など読みたくもない。
ブロックしてやろうか……いや、そうすると今度は直接凸してくる可能性もある。
こういう行動が過激になれば運営にストーカー行為で訴え、キャラクター接近禁止処置でもしてもらえば良い。
メールはそのためにも証拠になるだろうから、今は我慢だ。
本来、ゲームプレイヤー同士のいざこざに運営は関与しないスタンスであったが、フルダイブ型になってから対人関係から生じる問題が深刻化し、現在ではゲーム運営会社が調査して対処を行うことが義務付けられている。
しかも、調査関連はログを辿るだけではなくプレイヤーの行動なども必要になるため、それを専門的に調査する民間企業の『サイバーネット探偵』や『フルダイブ専門調査会社』などという業種まで出てきたのだ。
こういった民間企業には、企業ではなく個人が調査依頼を出すことが多い。
その原因は『フルダイブ型不倫』なんて言葉が誕生したからだと思われる。
アダルト系は儲かるのか、そういう系に特化したところもあると聞くし、のめり込んで出てこなくなったという話もあるから、ある意味この時代には必要になりつつある職業なのだろう。
ただ、民間企業が調査を行う際には、他のプレイヤーたちから『異質』と認識されやすく、反対に「変な行動をしている人がいる」と運営に通報されるケースも多々あるようだ。
それを加味してか、フルダイブを扱う大手のゲーム会社では調査関係の専門部署が必ず存在する。
そこではアカウント停止や対象アカウントキャラクターから数メートル以内に入ると強制的に転移させられる接近禁止処置だけではなく、悪質極まりない者に対しては法的処置を取っているらしい。
フルダイブ型になってからというもの、ゲームの世界であってもモラルが必要であるという認識が強くなったのはこのためだと言われているが……今までが酷すぎたんだよな。
ゲームの性質上で認められている行為はある。
しかし、人間性を問われる案件や人間関係から生じるシビアな問題は、外の世界と同じ方法で対処していくしか無いのだ。
そのうちバーチャルな世界でも、弁護士や警察が活躍し始めるのかもしれないな。
「じゃあ、それぞれが割り当てられた部屋へ移動して、ログアウトしてくれ」
「暫くはログイン時間を出来るだけ合わせたほうが良いんじゃない?」
「家の準備が出来たら隆人のスマホに連絡するわ」
「頼んだ」
チルルの言葉にそのほうが良いかもなと全員が頷いていると、決断が早かった拳星はそう言っていち早く部屋へ戻っていく。
嫁さんの買い物の為に車を出さないといけないからと、意識がそちらへ傾いているのだろう。
こういう時の切り替えは早いな。
さすがは嫁さん第一主義者だ。
「じゃあ、またあとでね」
ひらひらと手を振って割り当てられた部屋へ移動するチルルや会釈をして部屋の方に歩いていくハルくんとルナを見送っていたのだが、アーヤが俺のところへやって来てこっそり耳打ちをする。
「ログアウトってどーすんの?」
ベッドに寝転べばログアウト画面が表示されると説明したら小声で「ユヅ、わかるのかなぁ」とニヤニヤ笑いと共に言われ、説明しにいけということだなと理解した俺は、急ぎ足で移動し部屋へ入る前のルナの肩に触れた。
「ログアウト方法、わかる?」
「あ……わ、わかり……ません」
そういえばそうだった……! という表情のルナに苦笑を浮かべ、俺は部屋に入っても良いかと許可を取り、共に中へと入る。
「わぁ……広いですね」
シンプルなフローリングの床に木製のベッドと机と椅子と収納が出来る小さなタンス。
どこにでもある、初期設定の部屋であった。
やっぱり最初はどの部屋も同じだな……
この部屋がルナの手にかかったら、どんな風に変わっていくのか見てみたいものだ。
「拡張も出来るし、装飾も可能だから、好きにカスタマイズして居心地をよくすればいい。腕のいい木工職人を今度紹介するよ」
「は、はいっ、ありがとうございます」
嬉しいですと微笑む彼女の笑みに釣られたように笑顔を浮かべた俺は、彼女にベッドへ横たわるよう告げると、少しだけためらった素振りを見せたが、おとなしく言われたとおりに体を横たえた。
な……なんか……視覚的に……ヤバイ気がする。
違う、そういうことじゃない、俺はログアウトの説明に来たわけだから、やましい気持ちなど無い。
ぜってー違うからなっ!
アーヤのニヤニヤ笑いを思い出し、妹に向かってそう心の中で言い訳がましい言葉の羅列を繰り返す。
そんな中、不思議そうにこちらを見つめるルナの視線に気づき、俺は慌てて咳払いをしてから平静さを装って声をかけた。
「画面が開いたのがわかるかな」
「あ……はい、ログアウト画面はこれなんですね」
「ログアウトを選んだら切断作業に入る。その時、ちょっと独特の感覚がするから……少し不安になるかもしれない。でも、終わるまで俺がいるから」
「あの……では……その……て、手を……握っていてもらっても良いですか?」
思っても見なかったお願いにドキリとしたが、最初のログアウトは怖かったというコメントが女性に多く見られた点も考慮して、できるだけ近くに居たほうがよいだろうと判断し、ベッドサイドに腰をかけて彼女の手を握る。
我ながら大胆なことをしている自覚はあったが、彼女が不安にとらわれることなくログアウトできるかどうか心配な気持ちのほうが大きい。
ギシリとたわんだベッドに驚いたようであったが、握られた手の感触にホッとした表情を見せるルナに安堵すると共に愛しさが募った。
「近くにいるから大丈夫だ」
「あ、ありがとうございます」
照れを含む、はにかんだような笑みを浮かべたルナは俺の手をきゅっと握ったあと、ゆっくりと目を閉じる。
俺が見守る中、彼女は意を決してログアウトしたようで一瞬だけ手に力がこもったが、それもすぐ消え、ルナティエラというキャラクターの輪郭が幻のようにゆらぎ消えていく。
完全に姿が消えたのを確認した俺は部屋を出ると、彼女のベッドに腰掛けてしまった事実を思い出し、妙にドキドキして赤くなった顔を誰が見ているわけでもないのに片手で覆い隠す。
ったく、これくらいのことで狼狽えてんじゃねーよ……と自らに悪態をつき、気恥ずかしい気持ちを紛らわすように足早に自らの部屋へ急ぐ。
そして、点滅しているメールアイコンが気になり受信メールの一覧を開いた。
「……この数、尋常じゃねーだろ」
ミュリアからのメール件数が二桁とかあり得ない。
知り合いからも来ているが大抵は1件で事足りるし、追記があったとしても2、3件くらいで収まるはずだが、この数は異常だ。
やはり、あの女には極力関わらないスタンスでいこう。
キュステだけではなく、今回の件で出会ったヴォルフやロンバウドやテオドールなども絶対に好みに違いない。
外見だけではなく、内面も素晴らしい男前たちだ。
あんな女に目をつけられて追いかけられるなんて、見ているだけで腹が立つ。
だが、それを言って注意したところで「そんなに私のことが気になるんですかぁ? 心配しなくても、ミュリアはリュートさんのことだけしか考えていませんよぉ」と、的外れなことを言い出しかねない。
やべぇ、想像しただけでこの破壊力。
この悪寒と鳥肌をどうしてくれよう……
「早急な対策は必要だよな」
俺は部屋へ入りベッドに腰を掛けると、新たに追加された項目にある『ギルドハウスの管理』を開き、その中にある経営店情報から入店禁止キャラクター設定に入ると、最初に開いたキャラクター名入力画面ではなく、隣のタブにあるギルド一覧に触れ『ラビアンローズ』を選択する。
「お前らは来んな」
一言そう言って設定を終えるとベッドへ横になった。
ログアウト作業に入った俺は、初心者が恐れを感じるくらい緩やかだが底なし沼に吸い込まれていくような感覚に囚われながらも時間の割には内容が濃かった今回の冒険を思い出し、次のログインはどういう冒険が待っているだろうと楽しみになったのは言うまでもない。
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