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先に釘を刺すんじゃねーよ
しおりを挟む「さて、どうすれば問題なく受け取ってもらえるのだろうな……」
まだ諦めて無かったのかよ、この次期黒騎士団長は結構しぶといぞ。
「んじゃあ、買い取るって形でどうだろう」
「いや、金銭でのやり取りは禁じられている」
どこに禁じられているというか……まあ、国に所属している機関だし、スクロールそのものも貴重な品かもしれない。
そのうえ、信用問題なども絡んできていたら金銭では解決できないか。
確か攻略掲示板に「相手が所持していたもので欲しい物があったから金銭的な取引を持ちかけたら拒否された」という書き込みがあったから、それも似たようなものなのだろう。
「我々黒の騎士団は、最近になって冒険者とのやり取りが多くなってきた。相手が持つ力の特性を知らぬことが多い。それを我々に教えてもらえないだろうか」
テオドールの提案に俺は思わず唸ってしまう。
彼が求めている規模がわからないからだ。
冒険者と一括にされているが、俺たちの職業などほんの一部であるし、全職のスキルを知りたいとなれば、俺には網羅できるほどの知り合いがいない。
「ちょい待ちぃな。それって黒騎士団ばかりにメリットがあるんやない? その情報提供でリュートさんたちが仲間内からバッシングされるようなことになったら、どう責任を持たはるん」
スッと俺達をかばうようにテオドールの前に立ったのはキュステだった。
何もそこまで警戒しなくても……と言いかけた俺を遮るように、キュステは更に言葉を続ける。
「僕らは冒険者がどういう繋がりを持ってるんかあんまり知らんのやから、現時点で『国の役職につく者は、クエスト以外での下手な干渉はせんほうがいい』言うんがこの国の王さんが決めはったことやろ?」
キュステの言葉には驚きを隠せなかった。
確かに、俺たち冒険者はこの世界の者にしてみたらいきなり降って湧いた異邦人だ。
しかも、異世界の創造神であるオーディナルの加護のもと、称号持ちに匹敵する力を持ち、魔物を専門に討伐して素材から様々なものを作り出す稀有な存在───
この世界の人間からしたら、世界の理を根底から覆すかもしれない恐ろしさすら覚える者ではないだろうか。
「スキルや力は知られんほうが良いっていう輩かておるやろう。それも考慮してくれんと困るわ」
キュステの言葉で強面のテオドールは深く考え込み始めてしまったのだが、フォローを入れるようにロンバウドが前に出る。
「説明不足で困らせてしまったね。何も冒険者たちのスキルを全て情報として提供して欲しいというわけではないんだよ。あくまで君たちギルドと俺たち黒の騎士団の間での話なんだ」
何に引っかかっているのか理解したロンバウドがそう言ってフォローを入れると、キュステは少しだけ気配を和らげた。
確かに、俺達の独断で知っている情報の全てを黒の騎士団にわたすのは躊躇われる。
勝手に教えるなというヤツだって現れるに違いない。
キュステは俺たち冒険者が何かしらでつながっていることを知っているから、どこからか情報が伝わり、俺達が黒の騎士団に情報を提供した為に不利益を被る者が出てバッシングされることを危惧したのだろう。
コイツって本当に頭の回転が早いというか、こういうところが凄いよな。
「君たちは冒険者の中でもなかなかの腕前だと思う。連携もそうだし知識力もそうだ。俺たちは冒険者がどういう行動を取っているか報告は受けるけど、実際に見たことはない。つまり、訓練を通して冒険者の戦い方や考え方やチームの連携などを近くで見てみたいんだ」
確かに俺達冒険者がどういう働きをしているのか、報告は入っているだろう。
だけど、彼らが目の当たりにするのは街中での問題行動である。
手助けしてくれているのはわかるが、問題を起こせば対処しなくてはならない。
異世界から来ているのだから、文化や価値観の違いから発生する問題かもしれないと考えている部分もあるだろう。
そこまで深く考えることができる彼らを前に、誰が擬似的に作られた世界だと切り捨て蔑ろにできる。
俺たちの立場を考え庇うキュステや、様々なしがらみがある中で考えて提案してくれているテオドールやロンバウドは、生きている人間にしか見えないじゃないか。
「キュステが心配していることもわかっているよ。だから、俺たち黒の騎士団がリュートたちのギルドと合同での魔物討伐訓練をしたいっていう話なんだ。もちろん強制ではなく、まずは一回、お試しクエストでやってみない?という提案なんだけどどうかな」
承諾を得られるようなら、これは正式に黒騎士団からの指名クエストとしてギルドへ届け出るよという言葉を聞いて、キュステは警戒心を解いたようだ。
自分の立場が悪くなるかもしれないのに、俺たちを守ろうとしてくれたのか。
全く、人が良いというかなんというか……
「キュステ……」
「僕はね。リュートさんたちの立場を正確に理解はしとらへんけど、不利になりそうやと感じたら動くのを躊躇わへんよ。友達やもん、当然やん。せやから礼なんていらへんし、そんな水臭いことしたら怒るで」
「ったく……先に釘を刺すんじゃねーよ」
礼すら言わせてもらえない。
キュステの気持ちに感謝したいのに出来ないなんて、本当に申し訳なく感じてしまう。
しかし、それすらキュステは望んでいないと感じた。
変なところで男前なんだよな、コイツ。
キュステの死角でシロがほんのり赤くなった頬を隠していることがわかっていないのが不憫というかなんというか……
「私の言葉が足らずに申し訳ない。そういうつもりではなかったのだが……配慮が足らなかった」
「テオ兄の言葉足らずはいつものことで他意はないんだよ。珍しく俺に頼らず自分で提案しているからよっぽど君たちに興味を持ったんだと思うよ。本来は無口で戦闘以外ではほぼ喋らない人だから」
「戦闘以外……」
得意分野でしか言葉がスラスラ出てこないタイプなのかもしれない。
それに、彼自身から悪意なんてものは感じないし、強面であるから誤解されそうだなと不憫に思うところはあるが、基本的に人が良いのだと今の言葉からも感じられる。
「まあ、俺たちも黒の騎士団には興味があるし、そういうクエストなら個人的には受けてみたいが……みんなはどうだ?」
振り返り見てみると、聞くまでもなかったかのように全員が良い笑顔で俺を見ていた。
「他の奴らができない体験ができるって貴重だよな」
「そうですね。統率された騎士団の動きというのも気になります」
男だから騎士団という言葉に憧れを持つ部分があるのだろう。
拳星とハルくんの二人はとても乗り気である。
「やっぱり、こういう機会を逃すことはないと思うのよねー」
「黒の騎士団は魔物討伐のスペシャリストだもの。見てみたいわ」
アーヤとチルルが目をキラキラさせているが、コイツラは別の意図もありそうだ。
「イケメン集団みたいだしー」
「イケメン……なの?」
「そうよー」
こら、幼い子にいらない言葉を教えるんじゃありません。
なるほど、二人が目を輝かせていた理由はこれか。
この国の騎士団たちは美形が多いという掲示板書き込みもあったし、目の保養という名目で興味があるんだろう。
ま……まさか、ルナも?
心配になって見てみると、彼女はヴォルフを見上げて「ヴォルフ様は白の騎士団ですから参加できないのですか?」と問いかけ、返答に困った彼にしょぼんとした様子を見せているところであった。
イケメンにはあまり興味がないようで助かるが、頼れるお兄ちゃんにご執心である。
あ、いや、ヴォルフもイケメンか。
それよりも……ルナのしょんぼりした姿に、垂れ下がった耳と尻尾が見えるような気がする。
頼れるお兄ちゃんが来られないと知ってしょんぼりしている妹の図なのだが、やばい、マジで可愛い……これは可愛い過ぎるだろ!
いや、しょんぼりしている様子は不憫なんだけど……表情とか雰囲気が可愛いっていう、この相反する感じはどうしたらっ!?
「テオドール様、ロンバウド様、私の参加も許可していただけないでしょうか」
ルナのしょんぼりした様子に耐えかねたのか、すぐ願い出でる辺りが本当に過保護なお兄ちゃんだよな。
しかし、ヴォルフが来てくれるのはありがたい。
信頼できる相手がいれば、万が一のことがあっても大丈夫だと思える。
カウボア討伐で見たヴォルフの機転が利くところや状況判断の速さなどを考えたら、申し分ない助っ人だろう。
まず、色んな意味でルナを完全に任せられるという点がとても助かる。
男ばかりの騎士団と一緒の訓練で下手な相手に頼んだら、その愛らしさから何をされるかわかったもんじゃない。
「ヴォルフからのお願いだなんて珍しいね」
「わかった。白の騎士団長には私から話しておこう」
ヴォルフの頼みを快諾した二人は、喜び合っているルナとヴォルフ……に、なぜか参加しているチェリシュとのやり取りを見ながら、微笑ましそうな眼差しを向けている。
本来なら恋心でも抱いたのかと邪推するところなのだが、この二人には全くそれを感じられない。
まあ、だからこそ俺もヴォルフに全く警戒しないでいられるんだけどな。
「じゃあ、クエスト扱いでギルドに申請するね。断られないように前渡し報酬がそのスクロールということで異存はないかな」
流れるように鑑定スクロールを前渡し報酬にされたが……え、えっと……これは……はめられた部類に入るのだろうか。
本当にこの世界の人は優しい人が多いよな。
みんなわかってねーんだよ。
この世界は、こんなにも優しくてあったけーってこと。
「ありがとう」
「さっきのキュステじゃないけど、水臭いよ。これくらい良いって思えるほどに、心を許せる関係になっていると思って欲しい。あと、口調もかしこまらず今のままでいてね」
ニッコリと優しい笑みを浮かべるロンバウドに心から感謝し、いつの間にか丁寧さを欠いていた口調を思い出し苦笑しつつも、手元にあるスクロールがこの上ない宝物のように感じた。
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