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俺を本気で怒らせたいのか

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『リュートくん!ちょっと噴水広場までヘルプ!拳星がヤバイの!』

 緊急事態を告げるチルルの通信が入ったのは、ルナに回復魔法をかけてようやく照れたような笑みを浮かべて顔を上げてくれた時であった。
 ギルド専用回線を通しているので、ルナやアーヤにも聞こえているはずだ。
 その証拠に、二人の表情にも緊張の色が走る。

「キュステ、少し出てくる!すぐに戻る!」
「なんか厄介事なん?」
「噴水広場で、拳星がマズイらしい」
「そうなんか……気をつけてな」

 何か言いかけたキュステは、次の瞬間には柔らかく微笑んで俺たちを快く送り出してくれた。
 キュステの様子は少し気になったのだが、チルルの小さな悲鳴がその思考を遮断する。
 ルナとアーヤにはここに居たほうが良いと言って二人をキュステに頼むつもりであったが、心配だし同じギルド員だからという理由でついてくるようだ。
 正直、どいういう状況かわからないから安全な場所に居てほしい。
 だが、真剣な二人の表情を見ているとそれも言えなくなり、危なくなったらこの店まで逃げるという約束をしてから、俺達は急ぎ噴水広場へ向かった。

 そこでは人だかりが出来ていて、その中心に拳星とチルルがいるようである。
 人混みをかき分け中央へ躍り出ると、地面に倒れた拳星に寄り添うチルルが見えた。
 どうやら、メインキャラであるエルフの姿に戻っていたようだ。

「無事かっ!」
「リュートくん……ごめん」

 完全に伸びている拳星は、どうやら状態異常を食らったような痕跡が残っていた。
 街なかでのスキル使用は制限されていない。
 しかし、プレイヤーに向けて使う攻撃系魔法や状態異常魔法は、この街を守る白騎士によって取り締まりを受けるはずなのだが……今はその姿を確認できなかった。
 ということは、どこかで似たような騒ぎが起こり、そちらへ向かっているということなのだろうか。

「なんだ、またお前かよ。硬いだけが取り柄のお前さんが出てきても、俺らは倒せないぜ」

 聞き覚えのある声に溜め息が零れ落ちそうになった。
 厄介事が次から次へと……今日はラビアンローズデーか?
 ガッシリとした風体の大きな剣を担いだ男は、ラビアンローズの特攻隊長と言われている剣士の二次職であるバーサーカーだ。
 名前は……興味がないので覚えていない。

「ラビアンローズは俺たちになにか恨みでもあんのか?」
「うちの可愛いマスターの頼みを断ったそうじゃねぇかよ。しかも、コイツラのせいなんだろ?だったら、コイツラに直接話をつけたほうが早いじゃねぇか」

 やれやれ……そういう短絡思考なところがあるから、お前は問題児だと言われるんだよ。
 まあ、お前のところのマスターも似たりよったりの考えなしだがな。

「俺は俺のギルドを立ち上げたから、そちらには入らないだけだ。拳星やチルルのせいじゃねーよ」
「ギルドメンバーがいなくなれば、問題ねぇ……って話だろうがよ!」

 そう言い放つと同時に状態異常スキルが飛んできた、どうやらバーサーカーと同行している精霊使いの仕業らしい。
 確か『ドライアード・アイビー』という、木の精霊ドライアードの力を借りて対象を拘束する魔法だったな。
 動きを封じられたが、すぐに違うところから魔法の援護が来た。

「キュア!」

 いいタイミングでの解除を受け、拘束したのを確認し抜刀して飛びかかってきたバーサーカーの大剣を身体を捻ってかわしたあと、大きく体勢を崩した相手の顔面目掛けて盾を叩き込む。
 どこからか「反撃のタイミングと盾の使い方が秀逸すぎて、反対にえげつねぇ」という声が聞こえたが、襟首掴んで引き倒したあと盾を後頭部に叩き込んで、勢いよく顔が下がったところを蹴り上げるよりはいいと思って欲しい。

 隙をついての拘束魔法からのバーサーカーの一撃か、この連携に拳星もやられたのだろう。
 状態異常解除の魔法をかけてくれたのは、確認しなくてもわかる。
 うちのギルド唯一の回復職であるルナのスキルだからな……正直、助かった。

「ルナ、ありがとう」
「は、はいっ!」

 パタパタ走って俺の隣に来た彼女は、魔法が決まったのが嬉しかったのだろう、愛らしい笑みとともに目を輝かせてこちらを見上げてくる。
 こういうところが本当に可愛らしくて微笑み返したら、彼女は驚いたようにアタフタしたあと慌てて俯いてしまった。

「はいはーい、バーサーカーのお兄さん、動くと痛い思いするかもよー?」

 弾き飛ばされて顔を押さえていたバーサーカーの後ろに回り込んだアーヤが、腰にあった短剣を彼の首に背後から突きつけている。
 おい……お前なぁ……素早いのは良いが、なんか……こういうことに慣れてねーか?
 我が妹ながら恐ろしいぞ。

「くそっ!仲間が増えてんのかよ……しかも女ばっかりとはいいご身分だねぇ」
「ゲスな勘ぐりはやめてもらおうか」
「リュート様は、貴方たちのマスターとは違いますから!」
「はぁ?『リュート様』だってよ!何様だっての!」

 ルナの手前だから口が裂けても言えないが、俺もそう思う。

「私のギルドのマスターで尊敬できる方ですから、勝手にそうお呼びしているだけですが、何か問題でもございますでしょうか」

 ルナの凛とした声がその場に響き、嗤っていたバーサーカーはルナの迫力に呑まれたように押し黙る。
 一瞬ざわめいた周囲もシンと静まり返ってしまった。

「へぇ……見た目に反して気が強い。いいねぇ、そういう女好きだわ。そいつやめて、俺んとこ来ない?」
「遠慮させていただきます。リュート様ほど優しく気遣いも出来る素敵な方は、そういらっしゃいませんから」

 ニッコリと愛らしい笑みで言われた言葉に、照れてしまって彼女の方を見ることが出来ない。
 る、ルナ……頼むから、そういうのは……こういう人が多いところで言わないで……
 照れる、マジで照れるから!
 そして、ルナの笑顔を見て赤くなるな男ども……気持ちはわからんではないが、赤くなるのはムカつくから見るな。

「ほら、うちの兄って外見も中身もイケメンだから、アンタと違ってルナの心をガッチリ掴んじゃってるわけよ。そんなお兄ちゃんはこれからギルドマスターとして頑張るから、そこんとこアンタのマスターにも伝えておいて欲しいわね」
「兄妹か……そういうムカつくところがそっくりだな」
「褒めてくれてありが……おっと!」

 アーヤの背後に迫った男に気づき声をかけるよりはやく、飛び退って事なきを得たようだ。
 いや……よく見れば、アーヤを捕らえようとしていたアサシン風の男の身体に、無数の蔦が巻き付いている。
 ドライアード……いや、棘がついている実体のない蔦ってことは、妖術師が使う拘束魔法だな。
 長時間動きを拘束するだけではなくスキルも使用不可能にし、微量ながらも徐々にMPも吸い取るという凶悪スキルとして知られている『アストラル・バインド』は、妖術師の要スキルと言っていい。
 でも、誰が?

「アーヤちゃん、危ないよ」
「あー!ハルくん!ありがとうっ」

 がばっと妹が抱きついた綺麗な顔立ちで一見女性にも見える線の細い男性……あー、リアルのハルくんに似ているというか、髪と目の色が違うだけで雰囲気がソックリだ。
 青みがかった見事な銀色の髪に、ルナとは異なる金色の瞳がとても美しく、男女問わず見とれてしまいそうな姿をしていた。
 その姿だと、またアーヤに「天使」と言われるが……もう、諦めたか慣れたんだろうな。
 アーヤを抱きしめたあと、無事か確認した彼は俺の方へ視線を向けてくる。

「リュート様、遅くなって申し訳ございません」
「いや、助かったよ」

 まさか、妖術師をチョイスしてくるとは……周囲をよく見て動ける彼には良い職業かもしれない。
 ハッとした表情をしたハルくんが何かを言いかける前に、俺はルナを背に庇い人混みに紛れ、彼女に向かって魔法を唱えようとしていた魔術師の腕を力任せにひねり上げた。

「あのさ……俺を狙うならいいが、ルナを狙うな。彼女は初心者なんだよ。初心者キラーになりてーの?それとも……俺を本気で怒らせたいのか」

 俺の言葉に反応して、アーヤとハルくんだけではなくチルルと、ようやく意識を取り戻した拳星も状況を瞬時に理解して剣呑な色を瞳に宿す。
 俺たちとマジでやりあうか?
 容赦はしねーぞ……という殺気を込めて睨みつければ、魔術師は短い悲鳴をあげて腰を抜かしたようにその場に崩れ落ちた。

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