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いらっしゃい

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 初心者エリアでの狩りがラビアンローズのせいで難しいと判断した俺は、3人を引き連れて初心者の村ではなく、転移ゲートを使って普段活動拠点にしている聖都へと移動してきた。
 聖都レイヴァリスと呼ばれるこの地は、多くの種族やたくさんの人が行き交う、フォルディア王国の中心部である。
 一番有名なのは、この街のどこからでも見ることができる白い城壁が美しいウィステリアージュ城だ。
 城下町には大きな噴水広場もあり、冒険者の待ち合わせ場所にもなるので、いつも活気がある。
 東側には広大な海が広がり、天気の良い日には薄ぼんやりと中央大陸が見えるという。
 中央大陸は竜族が存在し、世界最強だと言われる竜帝と呼ばれる人が治めていた。
 まだ、この大陸を抜け出して行けるほどのレベルではないから詳細はわからないが、正式サービスになってから実装された大陸であるから、一度は行ってみたいものだ。

 この街には貿易が盛んな大きな港があり、貿易メインの商人や生産メインのキャラクターが多く集まる場所でもある。
 つまり、どの職業についていても拠点とするには、とても良い場所だ。

 その中でも、俺が贔屓にしている飲食店がある。
 聖都の中心部から離れた海沿いにある、寂れたところに建っている小さな店だ。
 店内は綺麗なのだが外観が古ぼけていて目立たないからなのか、利用する人も少なく……いや、俺や拳星たち以外の客は見たことがない。
 多分、噴水広場にあるオシャレなカフェ風の店か、職人通りにあるファンタジー小説に出てきそうな酒場風の店か、王城前の豪華な店に人が集まっているのだろう。

「よう」
「いらっしゃい」

 扉を開いて店内に入ると、いつものように小さな店を切り盛りしている彼が、来ることがわかっていたかのように出迎えてくれた。

「今日は何にしはります?」
「あとで拳星たちも来ると思うから一番大きな席を頼みたい。それと、本日のオススメドリンクを人数分頼む」
「いつものやつやね。今日はお嬢さんがたもいらっしゃるから、席は見晴らしのええあっちがええんちゃうかな。メニューは席に置いてあるから、好きに注文してや」
「わかった」
「ゆっくりしていってなぁ」

 青銀の長い髪を後ろで束ね、ちょっとだけタレ目な瑠璃色の瞳と、笑みの形にすると少しだけ覗く犬歯が特徴的な彼の名は、キュステという。
 いわゆるNPCと呼ばれる存在なのだが、中にプレイヤーがいるかのように感情も豊かであるし思考も柔軟だ。
 可愛らしい世界観に反して、このゲームの世界のシステムはとてもリアリティー重視である。
 それ故に、決められたセリフだけしか言わないNPCが少なく、彼らに搭載されているAIはとても優秀で、プレイヤーとの交流を通して成長していくのである。
 しかし、それは良い成長だけだとは言えないのが困ったところで……
 最近問題になっている事例をあげるなら、ここより南にある小さな村を拠点にしているPK(プレイヤーキラー)ギルドが存在するのだが、彼らが面白半分に好き勝手やった結果、その村に住むNPCは平気でプレイヤーを騙したり、物を盗んだりするという。
 そうなれば、住みづらいのは自分たちだろうに……
 PKを生業とする彼らに、真っ向から対抗できるギルドは少ない。
 そこで、大手PKK(プレイヤーキラーキリング)ギルドが本格的に動き出したようである。
 暫く南方面は荒れそうだな。

 プレイヤーとNPCの関係は、リアルの世界の人間関係と同じだと考えて接する方がいい。
 そちらのほうが、お互いにとって良い関係性を築けるだろう。
 いまだ、それがわからずに乱暴な扱いをしようとする者はいるのだが、NPC側だってバカではない。
 そういう無法者は、街を警備する白騎士と呼ばれる者たちにより、連行されたり投獄されたりするようだ。

 物珍しそうに辺りを見渡していた3人は、ようやく人心地ついたようで、運ばれてきたドリンクに口をつけ、冷たくて美味しい果実ジュースに驚いたようである。

「うわっ!これって本当にゲームの中なの?すっご……美味しい!」
「だろ?この店で一番旨い飲み物だからな」

 一気に飲み干したアーヤとは違い、ルナとハルくんはゆっくりと味わいながら飲み、頬を綻ばせていた。
 どうやら、二人も気に入ってくれたようである。

「このメニューの中から好きなものを選ぶといい」
「え……お金ないよ?」
「おごるから、好きなものを食え」
「やったねー!お兄ちゃん太っ腹ー!」

 本当に現金だよな……お前は……
 呆れた視線を妹に向けていると、ルナとハルくんの二人は兄妹で視線を合わせて困ったような様子である。
 
「遠慮はナシだ。変な遠慮していると、餓死するぞ」

 俺の言葉にギョッとした3人は、どうやらこのシステムの根本的なところを知らなかったようだ。
 まあ、チュートリアルも途中だもんな……

「全員、自分のHPバーが表示されている部分は見えているか?」
「は、はい」

 ルナがコクコク頷き、全員の視線が一箇所に固定されている。
 どうやらちゃんと見ているようだ。

「HPバーの下がMPバー、更にその下に、スタミナゲージと肉マークと水滴マークがあるはずだ」
「あ……ほんとだ!」

 アーヤ以外は気づいていたのか、別段驚いた様子はないが……それが何を意味するのかというところまでは理解していないといったところだろう。
 このゲームは、変なところをリアルっぽい仕様にしているため、この2つのゲージを見落としているととんでもないことになる。

「肉マークが、空腹度。水滴マークが喉の乾き。水分はいま補給したから回復しているだろうが、空腹度を表す数値が随分減っているはずだ」
「……半分以下ですね」
「このゲームはサバイバル要素もあって、空腹と喉の乾きが正直最大の敵と言ってもいい。どんな状況であっても、空腹度が0になるとHPが減りはじめるし、喉の乾きが0になると自然回復がストップした上にスタミナの減りが早くなり長距離を走れなくなるから注意だな」
「HPが減り始めるってえげつなーい!それと、スタミナって?」
「お前なら見たはずだ。走ったときに水滴マークの下に黄色いゲージが出ただろ?」
「あー!」

 どうやら思い当たるところがあったようで、アーヤは納得というように笑い、二人もナルホドと納得した様子であった。
 理解が早くて助かるよ。

「つまり、狩りやクエストへ行く場合は、下準備として食料と水を忘れちゃ駄目だってことだ」
「そうなると、荷物がかなり必要になりますね。ログインした時間から考えて、この減りだと……大量になりませんか?」
「チュートリアルで食事の説明があるから、最初から半分に減らされた状態になっていたはずだ。普段はそんなに減らないよ」
「それは良かったです。しかし、そうなると食事と水分は随分重要なアイテムになるのですね」
「そうだな。大手ギルドのダンジョン攻略では、支援PTを編成して、必ずメインが料理人を連れて行く。料理のステータスUP効果がバカにならないようだからな」

 それに付け加え、メインを料理人にしている人は、基本的に外での戦闘を好まない傾向にある。
 メインが料理、サブが農業というスタイルが主流であり、その他は調合くらいだろうか。
 しかし、それは素材を購入する資金があるサブキャラでの運用が多い。
 メインキャラが料理人という人たちは、お金を稼いで店を持つことを目指しているから、下手をすれば出費のほうが多くなる可能性があるダンジョン攻略へは行きたがらないのだ。

「それに、生産職はLv50から解放される『特殊生産』からが本番だからな。レシピにある素材の配分や新たに加える素材を自分で作っていくことにより、テンプレート生産よりもより効果の高い物を作ることが可能だ……と、言われているけど、結局その配合レシピは秘匿されて公開されることがないから、今後もハッキリとこういうものだとわからないんじゃないかな」
「生産も奥が深いですね」
「むしろ、そちらのほうが作り込まれている感じだな」

 ハルくんの言葉に頷き返していると、アーヤはもともと生産系に興味がないのか、生返事をしながらメニューを眺めていた。
 お前は本当に……

「あの……先程の方なのですが……」

 今まで大人しく説明を聞いていたルナは、ジッとこちらを見つめて問いかけてきた。
 しかも、出来ることなら忘れていたいラビアンローズのマスターについてである。

「彼女はヒーラーだとのことですが、サブの職業は……」
「料理……かな……」

 何故か嫌な予感がした。
 ルナの目が据わっている……えっと……そんなに気に障ることだっただろうか。

「私、キャラクター作り直してきます!」
「ちょ、ま、まった!どうしてそうなった!?」

 ルナがいきなり宣言した言葉に驚き、俺だけではなく今まで無関心だったアーヤまでがギョッとしてルナを見るが、ハルくんだけは冷静に「理由は?」と問いかける。

「な、なんだか……あの人と同じは……嫌です」

 温厚そのもののルナにそこまで嫌われるとか、ある意味スゲーな……
 まあ、あの女のことだ。
 ルナの職業を知ったら、マネしただのと難癖つけてきそうではあるが……しかし、それでルナがしてみたいことができなくなるのは悔しい。

「というのは冗談ですが、今のお話を聞いていて……ゲームの中でお料理を研究できるのかなって考えたら、ちょっぴりドキドキしちゃいました。ワガママを言ってすみませんが、メインを料理にしても良いでしょうか」

 ルナが選択した回復職の三次職は、どちらへ進むかによりPT重視か個人重視か変わるが、基本的に、二次職のスキルに回復量が上乗せされているスキルが多い。
 料理メインで高い効果のある料理を使い、回復量を上げて戦うというスタイルもアリではないだろうか。
 なによりも、やってみたいと考えているなら止める理由もないだろう。

「ルナのやりたい職業をやればいい。これだけたくさんの職業があるんだから、色々な組み合わせを楽しむ方が良いと思う」

 そういうと、ルナは嬉しそうに「はいっ」と言って愛らしい笑みを零してくれた。

「じゃあ、僕もキャラクター変更してきます」
「え?ハルくんも……?」

 思わず俺と妹の声が重なる。

「僕もテンプレート職ではなく、少し冒険してみたくなりました。あと、僕らしい姿にしてきます。逞しい体つきに憧れていたのですけど、いざそうなると……落ち着かなくて」

 なるほど……と、わかってしまうほど、彼は物語の中のハルヴァートらしい姿をしていた。
 リアルのハルくんと比べたら、腕も首も太く男らしい体格だ。

「その姿も素敵よ?」
「もっとリアルの僕っぽい姿になったら駄目かな」
「リアルなハルくんの方が好きに決まってるじゃない!いってらっしゃい!大人しく待ってるね!」

 すげーな……ナチュラルに惚気たぞ、うちの妹。
 しかも、そんなに嬉しそうな顔しやがって……どうせ「私の天使は可愛すぎる!」とか考えているんだろうな。

「それでは、私も行ってまいりますね」
「ま……待った!」

 彼女らしく愛らしい目の前のルナが消えると考えた瞬間、立ち上がった彼女の腕を掴んで引き止めてしまった。
 正直に言えば、折角一緒に作ったキャラクターが消してしまうのは……とても寂しい。

 それだけの気持ちが体を勝手に動かしたのだが、目を丸くしてこちらを見ている彼女に、なんて言葉を返して良いのかわからず、俺は途方に暮れてしまった。

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