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私たちのマスターですから!
しおりを挟む声がしたほうを見れば、案の定だ……どこからその声が出ているのやらと問いたくなるほど、作っているとわかる甘い声。
猛毒を含みそうな甘さなんていらねーんだけど?
今の俺には、ほんわか優しい甘さの癒やしがあるし、毒なら我が妹だけで手いっぱいだ。
何かにつけて絡んでくるが、今まで一度だって来てくれと頼んだことはない。
視野に入れるのも疲れるから勘弁して欲しいのだが、さすがにスルーするわけにもいかないだろう。
綿菓子のようなパステルピンクの髪と、深緑の瞳の小柄な女性は、俺を見て無邪気を装った笑みを浮かべた。
すまねーが、俺にはそういう類の笑顔ってわかっちまうんだよな……だからこそ、第一印象から良くないのだ。
「こんなところで何をしていたんですかね」
「私は、初心者さんに色々教えていたところだったんですよぉ」
そういう彼女の後ろにいたのは、よく付き従っている騎士と戦士が二人と、新人らしい狩人と魔法使いなど数名。
全部男なのが、反対に笑えてくる。
「そうなんですか、俺もいま似たようなことをしていますので、お構いなく……」
「まあ!奇遇ですね!ご一緒してもよろしいですかぁ?」
よくねーだろ。
てか、初心者育成だっていうなら、そっちで勝手にやってろよ。
「いえ、こちらは今さっきキャラを作ったばかりの新人ですし、まだまだ序盤なので」
あっちへ行けと言外に伝えているはずなのだが、こういう類の言葉が彼女に一度たりとも通じた記憶はない。
だから、俺の方から離れようとしたのだが、背を向けた瞬間に左腕を取られてしまった。
思わず苛立ち、チッと舌打ちしたくなる。
「待ってください。この前の件のお返事も聞いておりませんし、少しお話を……」
「この前の件?」
はて、何があっただろうか……首を傾げていると、アーヤから低い声が響く。
「お兄ちゃん、誰かなーその人はー」
気持ちはわかるが、その殺気を抑えなさい。
俺だって抑えているんだぞ。
「大手ダンジョン攻略ギルド『ラビアンローズ』のマスターだ」
「ミュリアと言います……随分と面白いお名前が揃ってますねぇ」
そういえば、そんな名前だったな。
ミュリアって、確か『君のためにバラの花束を』のヒロインじゃなかったっけ?
なるほど。
自分がヒロインだと勘違いしている系か?
大手ギルドとして名が知られているラビアンローズではあるが、マスターが見目麗しい男どもを侍らせて貢がせ、まるでお姫様のようである……ということでも有名だ。
しかも、同伴で入った女性は、すぐさま辞めてしまい、男だけが残るという信じられないことがまかり通るギルドでもあり、関わり合いになりたくないギルドとして必ず名前があがることでも有名であった。
全く、なんで俺なんかに執着してるんだろうな。
わけわかんねーわ。
「うちのギルドに入ってくれるって、お約束したじゃないですかぁ」
「は?もしかして、話ってそれか?」
「はい!私、ずぅっと連絡を待っていたんですよぉ?」
「その話なら、ちゃんと断ったはずだ。俺は、ギルドに加入するなら拳星とチルルも一緒じゃないと困ると言ったのに、そちらは加入人数の枠がないという話だった。つまり、俺が入る理由がない」
先程までの丁寧な口調は消え去り、強い視線で彼女の瞳を睨みつけるように見れば、多少怯んだのか腕の力が少し緩んだ。
その隙を見逃さずに腕を振り払い、出来るだけ距離を取る。
彼女の後ろにいる男どもが鋭い視線を向けてくるが、心配するなよ、趣味じゃねーから。
「ダンジョン攻略をこれからもしていくつもりでしたら、私のギルドほど適した場所はないと思いますよぉ?メンバーも揃ってますしぃ、高難易度のダンジョンだっていけますもの」
まあ、確かに大手ギルドだから出来ることも多いだろう。
俺と拳星とチルルだけでは、決して到達できないダンジョンだって存在する。
しかし……ここのギルドだけは正直ゴメンだ。
一度だけ、このギルドのダンジョン攻略を動画で見たのだが、理解に苦しむ内容であった。
廃課金の騎士とヒーラーがタゲを維持していたから、何とか攻略できているといった様子であり、あれでは今後実装予定である高難易度ダンジョンは難しいだろう。
一番使えねーヒーラーである彼女のお守りをして、ご機嫌取りながらのダンジョン攻略……何が楽しいのかわからん。
「リュートさんほどの実力があれば、うちのギルドのトップに君臨できると思いますしぃ、ミュリアを支えて欲しいなぁ」
だから、距離を詰めてくんじゃねーよ。
すり寄ろうとするな。
先程のような失態は犯すまいと、体を反らして距離を取る。
「俺は別段、ダンジョン攻略をメインでやるつもりはない。親しい身内と楽しくやれたらいいだけだ。それに、アンタのところには騎士だけでもたくさんいるじゃないか。そいつらに頼めばいいだろう?」
「皆さん強いですけどぉ、リュートさんは特別強いんですもの」
「言っておくが、そちらのギルドに入るつもりはない。俺は……」
口を開き言葉を続けようとした俺は、不意に左腕に感じた柔らかさに驚き、思考が停止してしまった。
記憶に新しい感触が再び俺を襲い、紡ごうとしていた言葉は見事に霧散し、口を開いたまま下手に動くことも出来ず彫像のように固まる。
え、えっと、この……感触……は……
「だ、駄目……です……リュートさん……いえ、リュート様は、私たちのマスターですから!」
え……?
さ、様?
なんでいきなり……様をつけた?
「リュート様は、私たちのギルドのマスターなのです。他のギルドに入ることはできませんので、お引取りください」
ルナが凛とした声でそう告げ、視野の端に居たアーヤが「ナイス!」と笑い、ハルくんが嬉しそうに目を細めて頷いた姿が見えた。
いや……そ、その前に……こ、これ……
ルナの今の状況を注意してくれ!
俺の心を読み取ったように、ニヤニヤしている我が妹を無性に蹴りたくなった。
コ・イ・ツ・は!
悪態をつきたい気持ちを抑え、視線だけを横にずらして訴えるように見た最後の頼みの綱であるハルくんも、穏やかな笑顔を浮かべたままで動かない。
駄目だ……この状況は自分でなんとかしないと、どうにもならないと悟った俺は、決死の覚悟で視線をルナの方へ向けようとするのだが、左腕に伝わる熱と柔らかさが決意を鈍らせる。
確認したくても確認できない。
この感触の正体が、先程と同じであるなら……
嬉しくもあり、こんな奴らの前であっても照れてしまうだろう状況に、俺は途方に暮れるのであった。
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