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第十四章 大地母神マーテル
14-22 美味しい料理は幸福感を運ぶ
しおりを挟む昼食の準備が整い、私やリュート様、それにオーディナル様たちとテーブルを囲むのだが、今回は物々しい雰囲気である。
それもそのはず。
いつものメンバーではなく、テーブルについている面々は、聖都で知らない者が居ないと言われる大物の、上位称号持ちの当主たちだ。
先ずは、オーディナル様の失礼にならないよう配慮して、席に着いている右側の男性から順に自己紹介をしてくれた。
一番右側に座るのは、とても物静かで知的なイメージを抱く男性。シモン様の父であり【宰相】のギュンター・ビュッセル様。
その隣には、気を抜けば見失ってしまいそうなほど影の薄い男性。トリス様の父であり【司書】のヤネン・ブラント様。
続いて、威厳溢れる緑を基調としたアースアイを持つ初老の男性。リュート様やボリス様の祖父であり【魔術師】のリガルド・ウォーロック様。
「私の自己紹介は、今更必要無いでしょうが……」
そう言って微笑んだのは、【聖女】のメロウヘザー・カーラー様。
彼女の隣で居心地が悪そうにソワソワしているのは、レオ様の父であり【拳聖】のタデオ・バラーシュ様。
あとは、対面して座るアーゼンラーナ様、時空神様、オーディナル様、私、リュート様、お父様、ランディオ様といった感じだ。
研究者のアクセン家は、アクセン先生が代理となっているらしく、ランディオ様の隣で大人しくしている。
この場にいない現当主たちは、現在城にて結界の修復作業を急ピッチで行っているようだ。
これに関してはタイミングが悪かったとしか言いようが無い。
遠目に見ても判るほど、自分の家の当主がいないことに安堵しているガイアス様をチラリと見て考え込む。
どうやら、上位称号持ちだと言っても、全員がリュート様に理解のある人たちではないようだ。
国王陛下の計らいか、オーディナル様の機嫌を損ねない面子での訪問となったようである。
「偉そうな人間がいっぱいだー」
「現に偉いんだよ」
「えー? 真白ちゃんのほうが偉いよー?」
「へいへい」
テーブルの上でふんぞり返る真白が余計な事をしないように見ているリュート様は、不穏な空気を感じて私の膝上から動かないチェリシュの頭を撫でた。
「大丈夫だ。あっちの厳ついのは俺の爺さんだし、褐色の大男はレオの父親だし、ほら、みんな誰かしらの家族だからな」
「そ、そう……なの?」
「ほら、よく見て見ろ。似てるだろ?」
「……確かに……なの!」
納得したチェリシュは体の力を抜いて、ホッとしたように息を吐く。
私も緊張していたのだろう。リュート様がヨシヨシと背中を数回撫でてくれただけで、詰まっていた息を吐き出せた。
「では、私は配膳を……」
「ルナは座っていてくれ。それはカフェたちがやってくれるから」
リュート様の言葉通り、昼食が盛られたトレイを持ったカフェや三姉妹が私たちのテーブルにセッティングしてくれる。
心配そうなシロに微笑みかけると、彼女は少しだけ安堵の表情を浮かべ、キュステさんが待つテーブルへと戻っていく。
何かあればすぐに駆けつけることが出来る距離で、商会や黎明騎士団がスタンバイしてくれているのが心強い。
「ほほう……これが、シーフードピザとモツスープか」
トレイの上には大きな椀に入っている具だくさんのモツスープと、様々なソースの味が楽しめるシーフードピザ。それに、空の皿がセッティングされていた。
空の皿には、レモン汁と塩の入った小さな器が添えられている。
「空の皿には、焼いた肉やシーフードを取り、お好みでレモン汁や塩を付けて食べてください」
「うむ。これは旨そうだ……おや? 他にもあるのか?」
「パンの実で焼いた丸パンも準備しました。ピザにしてしまうと判りづらいでしょうから、これなら味や食感も感じられると思いまして……」
「なるほどな。気遣いが嬉しい限りだ。さすがは僕の愛し子」
上機嫌なオーディナル様にすかさずチェリシュが、自前のベリリジャムを勧める。
孫娘のオススメに目尻を下げて微笑むオーディナル様は、どこにでもいる孫を可愛がる祖父のようだ。
まあ……何も知らない人が見たら、その外見から父娘のようにしか見えないだろうが……。
「とりあえず、肉やシーフードは俺が焼くから、そっちは何もしなくていいよ」
リュート様の言葉を聞いても対面に座る人たちは一体何を言っているのか理解出来なかったのだろう。
メロウヘザー様を抜いた全員が訝しげな顔をしている。
勝手を知っている黎明騎士団や遠征組は食事を開始しているし、至る所で食欲を誘う香ばしい香りが漂い始めた。
リュート様はテーブルの中央に備え付けられているコンロで肉や魚を焼いていく。
私も同じく焼き始めるが、見た事も無い食事の形式に戸惑っているようだ。
「まずは、この具だくさんのスープを食べたら良いのです。それだけで落ち着くでしょう」
メロウヘザー様はコラーゲンたっぷりなスープが入った椀を手に取り、隠しきれない喜びを口元に滲ませる。
そんな彼女が珍しいのか、他の当主たちはポカンとした表情のまま彼女を見ていた。
彼らを放っておいてスープを飲み、ほぅと息をついてから、プリプリのモツを頬張り、野菜を食べる。
「とても良い味付けだわ。モツもプリプリしていて食べ応えがあるし、野菜も甘い……」
「煮込んだかいがありました」
私の言葉にメロウヘザー様は満足げに目尻を下げた。
オーディナル様もチェリシュにジャムを付けて貰ったパンを頬張りご満悦だ。
お父様に至っては、蛍の勧めるシーフードピザを食べてしきりに褒めている。
「ほら、食えよ。腹は減ってるだろ?」
リュート様はそう言って、目の前に座る当主達へ声をかけた。
全員で顔を見合わせ、平然と食事をしているお父様やランディオ様、メロウヘザー様を見て恐る恐るフォークを手に取る。
事前にモツというものは、カウボアの内臓の料理だと知らされていたから無理も無い反応だ。
「モツに抵抗があるなら、ピザから食えよ。そっちは違うから」
とはいえ、クラーケンが捕ってきた物だと知っている彼らは、コレも警戒している。
そうなると、パンしか残らないのだが、これはこれで、現在問題になっている大地母神マーテル様との確執に繋がりかねない。
「ほう……この前食べたパンとは、また違うのだな」
そう言ったのは、その大地母神マーテル様の加護を持つクルトヘイム家のランディオ様だ。
「種になっているのが違うんだってさ。以前のはルナ自前の天然酵母。こっちはオーディナルが授けてくれたパンの実で出来たパンだから」
「しっとりさや甘みが少し違うが、此方は軽めで更にふっくらしている感じがする」
「天然酵母ほど香りはしないけど、どんな食事にも合う感じだよな」
リュート様とランディオ様の会話を聞きながら、彼らはパンを手に取る。
そして、一口食べて驚いたようだ。
無言のままにパンを平らげ、次へ手を伸ばす。
こうなるとスープも気になってきたのか、おかわりをするメロウヘザー様を横目に、彼らも先ずはスープを飲んでみる。
そこで固まった。
それは見事に固まったのである。
「う、旨い……」
レオ様のお父様であるタデオ様はスープを二度見し、次の瞬間、かっこむように食べ始めた。
隣のメロウヘザー様に「マナーがなっていませんよ」と叱られているが耳に入っていないようだ。
その間にも、リュート様は肉や魚を焼いて、彼らの皿へ載せていく。
焼き肉奉行のようなことをしながらも、彼は真白の面倒も見つつ、自分の食事もシッカリとしている。
さすがはリュート様!
モツスープの椀を覗き込んで転がり込みそうになる真白を片手で防御し、その間に蛍が捕ってきてくれた魚を頬張る。
肉厚な魚は骨が少なく淡泊で、ホロホロの身が口の中にほどけて消えていく。
上品な白身のうま味。かと思いきや、次の魚は食べ応えがあるだけではなく、濃厚なうま味を持つ。
蛍の魚介類チョイスはさすがであった。
「真白ちゃん、この白身魚好きー!」
「判ったから飛ばすな」
リュート様と真白のやり取りにほっこりしつつ、周囲を窺う。
遠征組は慣れた様子で食事をしており、家族に食べ方を指南しているようだ。
そこには、先程のギスギスした様子は無く、美味しい物を食べたという幸福感で笑顔になり、会話が弾んでいるように感じた。
「やっぱさ……旨い物を食べると笑顔になるよな」
私が何を見ているか判っていたのだろう。リュート様から、そんな言葉が聞こえてきた。
「そうですね。美味しい物は人を……いえ、生きている者を幸せにしますから」
「神族も例外では無い」
オーディナル様の言葉に私は力強く頷く。
夢中で食べているチェリシュと、夫婦の会話を楽しみながら料理を味わう時空神様とアーゼンラーナ様。
全員が笑顔だ。
「リュート様。あとは私が焼きますので、食べるのに専念してください」
「いや、これくらい気にしなくていいよ。いつもルナにしてもらってばかりだし……たまには、俺にも手伝わせてくれ」
「でも……」
「俺の事よりも、ルナはシッカリ食べるんだぞ。まだ本調子じゃねーんだから」
「い、いえ、もうそこまで……」
「いつもより顔色が白いのに、何を言ってやがる。ほら、蛍オススメの魚だ」
「あ、ありがとうございます」
有無を言わさず皿の上に焼けたばかりの魚を載せる。
促されるまま、皿の上の魚介類へ箸を伸ばした。
一口食べて唸ってしまう。さすがは蛍が大絶賛するだけある。
魚もそうだが貝類もいい塩梅で、焼けた時に溜まっているスープを飲むだけで濃厚なうま味を感じられて頬が緩む。
シーフードピザもプリプリの食感と濃厚なうま味が感じられて大満足だ。
やはり、ソースは三種類用意していて良かった。
サッパリとしたトマトソース。
濃厚なホワイトソース。
香り豊かなバジルソース。
どれもシーフードによく合う。
たっぷりのチーズと、パリパリのピザ生地。
申し分ない出来である。
「メロウの婆ちゃんさ……モツスープばっか食ってないで、他のも食えよ。それ、何杯目だ?」
「好きな物は沢山食べたいのです」
「ハマってんなぁ……わからなくもねーけど」
食にこだわりを持ってこなかった彼女の心を鷲づかみにしたモツ料理は、他の人が聞けば驚く物だろう。
しかし、一度口にすれば、その感想も違ってくるようだ。
シモン様のお父様、ギュンター様も笑顔で「美味しいですよね」と同意している。
その様子を、少し離れたテーブルから見ていた子供達――レオ様やシモン様たちも安堵したようだ。
マイペースの黎明騎士団は、此方の様子を適度に窺いながら食事を楽しんでいるし、商会メンバーも然りである。
弟子であるカフェたちは、初めて食べる味に驚き、その食べっぷりから抵抗感はなくなったようだと察し、一安心だ。
幼いモカはカフェたちよりも柔軟な思考を持っているのか、全く抵抗感無く食べている。
「それほど人々が気になるか?」
不意に声をかけられ、オーディナル様へ視線を移す。
呆れたような視線を投げかけてくるオーディナル様に、私は苦笑を返した。
「そうですね。やはり、料理を作った者としては反応が気になります」
「こんなに旨いのに?」
「リュートくんが美味しいって感じるのは当然デショ。だって、リュートくん好みの味付けだもんネ?」
「時空神様」
それは言わない約束ですよ? と、私は目で語る。
まあ、隠し立てすることでもないが、改めて言われると気恥ずかしい。
自分で「リュート様の為」と宣言するより、人に指摘された方がドキッとしてしまうのは何故だろう。
そこに首を傾げていたら、口元をソースでベトベトにしたチェリシュがにぱーっと笑った。
「ルーは、いつもリュー好みなの! でも、それはとても美味しいことなの。大丈夫なのっ」
「そ、そうですか?」
「あい!」
「ふーふーふー、リュート好みが真白ちゃん好みでもある……つまり、とーってもお得なことだよねー! あ、でも、リュートよりも真白ちゃんのほうがお上品な味付けは似合いそう?」
「は? お前は何でも美味しいって食ってるだけだろ」
「ルナの料理は、なんでも美味しいもーん!」
「……まあ、それは間違いねーな」
ケタケタ笑うリュート様とチェリシュと真白。
やはり、身近にいる人たちが褒めてくれるのが一番嬉しい。
「うむ……本当に良い味だ。ベオルフが聞いたら悔しがりそうだな」
オーディナル様の機嫌もそうだが、周囲の人たちの異様な雰囲気も霧散している。
やはり、美味しい食事がもたらす幸福感は人々に幸せを運ぶのだ。
これなら、あとで話し合っても、先程のような騒動にはならないだろうと安堵する。
「とりあえず、食を司る者が最強ってワケだよな……」
悪戯っぽく笑うリュート様の真意はわからなかったけれども、理解したオーディナル様は全面的に同意して声を上げて笑う。
お父様やランディオ様。メロウヘザー様も静かに頷いている。
顔を見合わせて首を傾げるのは、私とチェリシュと真白のみ。
ただ、リュート様が嬉しそうに笑っているので、深く突っ込むことは辞めた。
この笑顔だけで十分。
チェリシュの口元を綺麗にしながら彼の笑顔を眺め、食事とは違う幸福感に頬を緩めるのであった。
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