上 下
542 / 558
第十四章 大地母神マーテル

14-18 オーディナル様の下準備

しおりを挟む
 

 オーディナル様の動向を見守っていたのだが、少しだけ思案する様子を見せていたかと思いきや、リュート様の方へ向き直る。

「リュート。お前なら、この辺りの土地を購入できるか?」
「へ?」

 いきなり問われた内容に驚き目を丸くしていたリュート様であったが、素早く頭の中で計算を完了させたようで、コクリと頷く。

「まあ……この辺り一帯だったら可能だな。郊外の土地を買おうって言う酔狂な連中はいないから、そこまで高くもねーし、海沿いの崖っぷちだからな」
「此方側なら、お前の店も近かろう?」
「ん? ……あ、壁を挟んで店の裏手になるのか」

 改めて場所を確認した彼は、自分の店の裏手にある壁際の場所だということを認識したらしい。
 私は理解していなかったのだが、思った以上に広大な土地を所有しているようだ。

「海岸沿いの崖際の土地は買い手が無いと嘆く国王のために出資したのをお忘れですか?」
「あの頃は国も新制度を導入したばかりで資金繰りが厳しく、本当に困ってたからな……まあ、言うほど俺も稼いでなかったんだけどな」
「銀行に融資をお願いしたのは、あの一度きりでしたね」

 ブーノさんの言葉にリュート様は苦笑を浮かべる。

「出来るだけ自分たちの資金の融通が利く範囲で回したいからな」
「ふむ……ならば、今であれば問題はない……ということか?」

 オーディナル様の問いかけに、リュート様は力強く頷く。
 
「ああ、資金的に問題は無い」
「もしもの時は、我らが低金利で貸し付けますのでご安心ください」
「そうか。ルブタン家がそういうのであれば心強いな」

 満足そうに頷くオーディナル様に対し、リュート様は確認をするように質問する。
 
「……つまり、ここら一帯を購入しろってことか?」
「そうだな。お前の店の裏手で、まだ購入していない土地があるなら、それも含めてこの場所まで……そうだな、この辺りまで購入してくれ」

 オーディナル様が指し示した場所は、とても広々とした空間で……今のお店が何軒建てられるのだろうかという広さを有していた。
 東京ドーム3つ……いや、4つ分はあるだろうか。
 
「広大な土地だな……ブーノ。コレ……どれくらいになる?」
「そうですね……ざっと見積もって、聖銀貨12枚ですね」
「……一億二千万かよ。さすがに俺の独断で動かせる金額じゃねーな」
 
 リュート様は溜め息交じりに呟いたあと、すぐさまキュステさんにイルカムで連絡を取った。
 私は彼の口から飛び出した言葉に驚き過ぎて固まっていたが、指定された土地の広さから考えても破格かもしれない。
 それでも億単位のお金が動く衝撃は凄まじい物だ。

 連絡を受けて駆けつけたのはキュステさんだけではなかった。
 アレン様やサラ様、カフェとラテが走ってくるのが見える。
 一緒になって優雅に空を駆けてきたのはグレンタールだ。
 その背中には、聖泉の女神ディードリンテ様――いや、ディード様と、何故かモカの姿も見える。
 大きく手を振っていて暢気なものだと苦笑したが、チェリシュと真白が大はしゃぎして手を振り返す姿に和んでしまった。

「勢揃いで……お前ら、店は?」
「リュートたち遠征組が帰ってくると聞いて、店は臨時休業にしたんだよ。きっと疲れているだろうから……それより、怪我は無いかいっ!?」

 サラ様は駆けつけてきてリュート様の無事をまずは確認する。
 怪我は無いか、疲れていないか、それは心配した様子だ。
 カフェとラテも私の側で、サラ様と同じく無事を確認して泣きそうな顔でうにゃうにゃ言っているが、何を言っているのかわからない。
 ただ心配してくれていることだけは伝わった。
 お礼を言いながら安心させるように頭を撫でると、ようやく落ち着きを取り戻したようである。

「で? 大至急ってなんなん?」
「キュステには悪いんだけどさ、急ぎの仕事を頼まれてくれ。聖銀貨12枚で、この辺りまでの土地を購入したいんだけど……できるだけ早く手続き完了させて欲しい」
「まあ、多少無理言うたら出来るやろうけど……かなり資金繰りが難しゅうなるよ? いま買い付けてる素材や食材もあるしねぇ」
「金銭的に難しいなら、銀行で融通します」

 すかさずブーノさんが助け船を出す。
 それを聞いて、キュステさんはニッコリ微笑んだ。
 
「そっか、それやったら問題あらへんわ。でもええん? そんな約束しはって……お父はんに怒られへんの?」
「潰れそうな商会を相手にしているのなら怒られますが、ラングレイ商会なら問題無いでしょう。むしろ……ルナ様がいらっしゃる間は、絶対に倒産しないと断言できますね」
「あー……胃袋掴まれた口やね」
「そこは、ご想像にお任せします」

 軽やかなキュステさんとブーノさんの会話が続く中、サラ様が一点を見てピシリと固まる。
 テオ兄様でも見つけたのかと彼女の視線の先を辿れば、そこにいたのはリュート様たちの会話を熱心に聞いているオーディナル様――。
 どうやら、オーディナル様の存在に気づいて硬直したようだ。
 やらかした時にでも会ったのだろうかと考えていた私の耳に、オーディナル様のご機嫌な声が聞こえてくる。

「話はまとまったな。ならば、ここで何をしてもリュート以外に文句を言われる心配は無いと言う事になるな?」
「いや、ちょっと待っといてください。まだ手続きしてへんから……」
「その辺りはどうとでもなる。むしろ、無理矢理でもリュートの土地にするよう手を回す。金があるなら文句もなかろう」
「力業じゃな……」
「そこまでして、購入させようとする意図をお教えいただけますか? リュートには世話になっている身として……あまり無体なことをさせたくはありませんので」

 げんなりしているアレン様の横から歩み出て、ふんわりと笑うディード様に視線を向けたオーディナル様はニヤリと意味深に笑う。

「別段、リュートに負担をかけるつもりは……いや、全くかけないとは言わないが、悪い話では無い。それに、僕の愛し子のためになるからな」
「ルナのため? それでしたら、リュートは断れませんね……」
「まあ、俺自身、オーディナルのやることに反対はしてねーからな。一応、色々考えてくれてるみたいだし」

 リュート様の口から『オーディナル』という言葉が飛び出した途端、サラ様が泣きそうな顔をして口をパクパクさせ、私の両足にカフェとラテがしがみついた。
 目の前に創造神がいるという事実が受け入れがたく、とても驚いた様子だ。
 しかも、この様子から見るに、オーディナル様の事を知らなかったと見える。
 そうなれば、サラ様はいつオーディナル様に出会ったのだろうか……。
 
「よし、手続きは滞りなく出来るということだから、思う存分やってやろうではないか!」
「オーディナル様……お手柔らかにお願いしますね?」
「うむ。できるだけ穏便に……な!」

 ああ……これは言葉だけだ――と理解し、私はガックリと項垂れる。
 時空神様が肩をポンポンと叩いてくれるのだが、コレばかりは止められないという意味なのだろう。
 彼が止めないということは、この先の未来に必要なことであると判断し、私は止めることを諦めて動向を見守る。

 その場にいた全員が、オーディナル様の動きを注視する中、突如現れた凄まじい光が地上から天へ向かって伸びていく。
 それはとても強大な神力だったはずだ。
 しかし、周囲に被害が及ぶことは無い。
 どうやら、その辺りもシッカリと計算してくれたようだ。
 光の柱が次々と増え、リュート様が購入予定の土地を囲い込む。
 その間も、仕事の出来るキュステさんは土地購入の手続きを開始し、交渉を完了したのかニンマリと笑って『OK』のハンドサインをリュート様へ送る。

「さすがはキュステ、仕事が早い。これで、誰も文句は言えねーだろ」
「あの……土地の購入って、そんなに簡単な手続きで済むのですか?」
「あー、郊外だったってこともあるな。聖都を囲む壁を拡張したらわからないが、その外の土地を好き好んで買うヤツはいないから、国としては買い手がいるならすぐに売りたいわけだ。あと……キュステは、個人的な伝手があるから、直接交渉が出来て早いんだよな」
「書類は後回しでええっていうから、とりあえず振り込んどいたわ。あっちも入金の確認が出来たみたいやし、問題あらへんよ。国の資金繰りが最近厳しい言うてたから、大喜びしてはったわ」

 本当だったら色々と審査があり、書類も準備しなければならないのだが、そこはリュート様とキュステさんコンビ。
 人脈を駆使して早急に手続きを完了させてしまったということだ。
 多少弱みにつけ込んだ感は否めないけれども……
 リュート様の商会の力。
 ラングレイ家の後ろ盾。
 それに、おそらくシグ様も手を貸してくれているのだろう。
 この国の王太子殿下が協力しているのであれば、反対される心配も無い。

 むしろ――

「はぁはぁはぁ……や、やはり……父上っ! な、何が……何が起こっておるのじゃっ!?」

 そう、彼女――アーゼンラーナ様がいるのだ。
 オーディナル様が希望していることを叶えるのが当然と思っている彼女が、王族すら力業でねじ伏せてしまうだろう。
 珍しく息だけでは無く髪も乱して駆けつけた彼女は、力をふるっている最中のオーディナル様を見て、最早涙目である。

「うぅぅ……父上がお怒りなのじゃ……ど、どうすれば……」
「やあ、愛しい奥さん。父上は……ちょっと覚悟を決められてネ」
「ゼル! リュートやルナもいて父上を止めていないとなれば……何かあったのじゃな?」
「そこは俺が説明するヨ」

 時空神様はアーゼンラーナ様だけではなくディード様とアレン様を引き連れ、何やら密談を開始したようだ。
 いつの間にか時空神様の両脇に抱えられていた、アクセン先生とオルソ先生が哀愁を漂わせている。
 厄介ごとに巻き込まれたと言わんばかりの両名に同情の視線を向けるが、助けることはない。
 気心知れた時空神様とアクセン先生とオルソ先生の三人トリオなのだから、おそらく問題は無い……はず。
 
 彼らの会話が私たちに聞こえないという事は、裏で何かやろうとしているのだろう。
 今聞かれるのはマズイのか、はたまた知る必要の無い神界やそれに連なることなのか……。
 何はともあれ、オーディナル様と時空神様が動き出したのだから止められない。
 ただ、力をふるう前、オーディナル様が一瞬だけ寂しげな表情を浮かべたのが気に掛かる。
 どこか辛そうなオーディナル様に何事も無ければ良いと願いながら、私たちはただ見守ることしか出来ずにいた。

しおりを挟む
感想 4,337

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。