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第十四章 大地母神マーテル

14-17 対立煽り

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 手紙はオーディナル様へ託し、メロウヘザー様だけではなくルブタン家のブーノさんとウーノさんが参加した遠征組。
 食事のたびに賑やかな様相を見せていたが、その旅路はとても穏やかなものであった。
 魔物との遭遇も少なく、体調の不調を訴える者もいない。
 むしろ、食事内容が充実していて健康になったくらいだという会話が聞こえてくる頃、聖都が見えてきた。
 ようやく聖都郊外へ到着したのである。
 皆は安堵した表情を浮かべ――何故か、絶望の色を含んだ溜め息をこぼす。

「俺……今晩から何食おう……」
「ヤバイよな……」
「ルナ様からいただいたレシピだけじゃ、絶対に足りなくなる」
「定期購入を検討するわ」
「私、もうお小遣い全部投入することにしたもの!」
「俺もそうする!」

 遠征組の絶望の原因は、どうやら食事関連のことらしい。
 途中から参加した補給部隊も何だか憂鬱そうな顔をしているし、最初の頃にあった一部の攻撃的な態度も今はなりを潜めていた。
 全てが食事だというわけでは無いだろうし、リュート様の働きを見ていての改心だとは思うが、大人しすぎて不気味なくらいだ。
 そして、ここにも渋い顔をした人が一人――メロウヘザー様である。

「黒の騎士団は予算を組みましたよ」
「そういう時の行動は早いのね……」
「うちの家族はリュートを筆頭に、ルナちゃん無しでは生きていけませんのでね」

 お父様の言葉を聞いて呆れるメロウヘザー様と、どこか満足げな蛍。
 結局蛍はお父様が気に入ったのか、終始一緒に行動していた。
 私のほうも眷属なだけで、従者ではないのだから好きにしていいと言ってあるから当然だ。
 おそらく、気分次第で彼方へ行ったり此方へ来たりしてくれるだろう。
 それくらい自由にさせているほうが、私も気が楽である。

「でも……いくら安価な料理レシピでも、ルナ様のペースで出されたらヤバイよね……」
「家のキャットシー族たちも覚えてくれないかなぁ」
「俺、学食のキャットシーたちに、お金を支払ってでも覚えて貰いたい!」
「良い考えだな! 学園長に直談判して無理なら、募金活動でもするか!」

 色々なところから聞こえてくる、今後の作戦にリュート様は吹き出した。
 今まで沢山の人がリュート様の食事への執着は異常だと言っていたが、遠征組というメンバーも加わることで、学園内の立場も変わってくるはずだ。
 今までは変人扱いであった。
 しかし、今は違う。
 少なくとも、この遠征組の人たちは彼の味方だ。

「私、ルナ様のレシピを集めることにしたんだぁ。料理ってしたことなかったけど、やってみたら面白いし、美味しいって食べてくれるのが嬉しいしねぇ」
「それわかるー!」

 聖都に近づけば近づくほど、全員の会話が私のレシピへ傾いていく。
 い、いや……皆さん?
 ご家族との対面とか、安心出来る場所への帰還とか……他に話すことがあるでしょう?

「1つ良いことを教えてやろうか。ルナのレシピを使って、意中の相手に料理を振る舞ってみろ」

 近くで会話を弾ませていた遠征組にリュート様が声をかける。
 そのグループの人たちは彼へ「どうして?」という視線を投げかけてきた。
 近くに居た人たちも興味津々と言った様子だ。

「特に男はさ、胃袋を掴まれたらヤベーから。絶対に逃げられねーからな」
「あ……なるほど。今の私たちみたいな感じなんですねぇ」

 女生徒が納得した! と笑い出すと、すかさずモンドさんが声も高らかに余計な一言を発してしまう。
 
「やっぱり、経験者が言うと説得力があるっすね!」
「……俺は逃げたいわけじゃねーから違うし、それだけじゃねーよ!」

 ゴスッという鈍い音と共にモンドさんのうめき声が聞こえてくるけれど、これは自業自得だ。
 モンドさんの余計な一言が多くなってきたが、これは安全な場所へ移動が完了した証なのだろうか。
 それは全員が感じ取っていたのか、無邪気に笑う人が多い。
 さすがに聖都が見える距離だ。
 魔物に襲われても、すぐに救援が来るだろう。

「そういえば、オーディナル様が俺たちの寮をリュート様の店の隣に作ってくれたって、本当っすか?」
「隣っつーか……崖際の危ねーところがあるから、そこにお前らをあてがったらしい。黎明ラスヴェート騎士団は黒の騎士団だが、出来るだけ離れない方が良いという判断だとさ」
「それは、いずれリュート様も黎明ラスヴェート騎士団になるからじゃないですか? オーディナル様は先の先を読んで、仕事場を近くへ持ってきてくださったのですよ」
 
 ダイナスさんの考えが正しい。
 私もそう思うのだが、リュート様は困った顔をしている。

「親父的に大丈夫なのかな……」
「オーディナル様の粋な計らいに文句を言った方がマズイよ」

 ロン兄様の言葉に黎明ラスヴェート騎士団の全員が頷く。
 先頭を歩くお父様とテオ兄様に私たちの会話は聞こえていないが、おそらく、この話を聞けば一緒になって頷いていたことだろう。
 それくらいオーディナル様の影響力は強い。
 そのことを、私はこの遠征で痛感していた。

 つまり……私という存在も、この世界にとっては異質で扱いが難しい。
 
 五体目の人型召喚獣だという事実だけでも腫れ物扱いであるというのに、まさかの『創造神オーディナルの愛し子』である。
 十神が最近地上へ降りてくる機会が増えたのも、神族達がざわついているのも、大方私のせいであると言えた。
 
「ん? 遠征組のラスト休憩だな。昼食はどうすんだろ……早めの昼食を郊外でとるのか、それとも休憩だけで帰還するのか……」
「リュート……何かマズイかもしれんぞ」

 動きを止めた遠征組を見ていたリュート様は、走ってきたレオ様の言葉に反応し、肩にいた私と頭上でふんぞり返っていた真白も一緒にポーチへ入れると、一足飛びでお父様達の居る先頭へ移動する。
 とんでもないスピードで驚いたが、六花りっかはちゃんとついてきているし、チェリシュは大人しくロン兄様に抱っこされたまま見送ってくれた。

「何があった?」
「大地母神マーテル様の神官と聖都の一部の者たちが、我々の帰還を妨害しているのだ。今、メロウヘザー様が説得しているが……マズイな」
「オイオイ……マーテルとセレンシェイラの姉妹喧嘩だとか言って、聖都で問題が起こり始めるぞ……」

 それぞれの信者が対立すれば、とんでもないことだとリュート様は顔を顰める。
 十神は対立すること無く仲が良い。
 だからこそ、穏やかに過ごせている部分もあるのだ。
 しかし、今回の大地母神マーテル様の神官達は、それを狙っているかのように無理難題を私たちに言ってくる。
 いくらメロウヘザー様が問題無いと説明しても、魔物から貰った病を聖都に持ち込み、人々を恐怖へ追いやるのかと抗議しているのだ。

「いい加減にしてくれませんかねぇ……」

 そこへ現れたのはアクセン先生だった。
 遠征組が聖都に帰るため、裏で休む間もなく動いていたのだろう。
 目の下には濃いクマが見える。
 いつも飄々としている先生なのだが、今回ばかりは余裕など無く、走り回るしか無かったのだと知った。

「王室からの発表もありましたよねぇ? それでも信頼できないというわけですか?」

 王室ともやりあうつもりなのか……と、リュート様の低い声が私と真白の耳に届く。
 それだけ敵に回しても、自分たちが勝つと信じているのは、民衆を味方に付けていると錯覚しているからだろう。
 そこにいる人たちは一部である、聖都に住む人たちの代表というわけではない。
 しかし……この騒動を治めるのは一苦労だ。

「ふむ……ならば、暫く聖都の外で待機すれば良かろう。数日くらいであれば問題なかろう? むしろ、聖都の郊外で待たせるのであれば、此方が何をしても文句を言うでないぞ」
「何を偉そうに……!」
「偉そうではない。事実、偉いのだ」

 そういって遠征組の最前列に立ったのはオーディナル様であった。
 間違いない。
 オーディナル様は偉い。
 でも、ここでソレはダメですよ、オーディナル様っ!

「まさか、ここで神力を解放される気ではありませんよねっ!?」

 ポーチから飛び出し、慌ててオーディナル様を止めにかかる。
 しかし、意外にもオーディナル様は穏やかな表情で、彼らの無礼も気にしていない。
 むしろ、悪戯っぽい笑みを浮かべてウィンクしているほどだ。

 あ……何か、企んでいますね?

「あのさ、オーディ……もごもご」

 話しかけたリュート様の口を塞いだのは時空神様だ。
 あの昼食後から今の今まで姿を見せていなかった二神は、自分たちの身分を隠しているような素振りを見せる。
 確かに、この二神に会ったことのある人物など稀だろう。
 遠征組の面々は、もう免疫が出来てしまって普通に接しているが、本来はあり得ないことだ。
 現にアクセン先生の顔色は青を通り越して白くなっている。

「我々は大人しく郊外待機するとしよう。しかし、面会に来る者は構わんだろう?」
「そ……それは問題無いが……」
「ふむ。それでは、ハロルド。ここから少し海寄りの郊外へ移動だ。蛍は昼食用に色々捕ってきてくれんか?」
「~♪」

 オーディナル様からお願いをされた蛍は上機嫌でお父様に「いってきます!」というようにクルクル回って見せてから海へ飛んでいく。
 お父様はオーディナル様に考えがあるのだろうと、反対すること無く従い、遠征組の人たちも『昼食』という言葉に反応して素直に従った。
 大地母神マーテル様の神官達や一部の過激派たちから距離を十分にとってから、リュート様はオーディナル様へ問いかける。

「何を企んでいるんだ?」
「なに……我が子達の対立を煽るような愚か者には、色々と判らせねばな。郊外に待機していれば何をしても問題無いと言っておるのだから、色々とさせてもらおう」
「だから、それが怖いんだって……」
「ちなみに、僕の愛し子よ。ここならば、誰にも迷惑はかけまい? この前のようにドワーフ族や人の迷惑になることは……」
「え? な、内容によりますが……おそらく、郊外は何もしていないと思いますので……。ですよね? リュート様」
「ああ、それは問題無いと思うけど……何を企んでんだ? むしろ、アーゼンラーナが悲鳴を上げて卒倒する姿が見えそうだが?」
「あの子は飛んでくるだろうな。だからこそ、軽く話し合いが出来るような……休憩の出来るような場所を創らねばならんだろう?」

 何故か右腕をグルグル回し、何かの意欲に溢れるオーディナル様を目の当たりにした私とリュート様は、とても嫌な予感を覚えた。
 しかし、こういう時に止めるはずの時空神様が動かないとなれば、何か目的があるのだろう。
 お父様とメロウヘザー様、駆けつけてきたアクセン先生とオルソ先生も話を聞いて顔を引きつらせている。

「まあ……子供達をダシに使おうというのだから、それなりの覚悟はしておいてもらわねば……なぁ?」
「じーじ、やる気いっぱいなの!」
「うむ。こんなふざけたことを今後は考えられなくなるくらいには、色々やってしまおうか」

 このときになって私たちは悟った。
 オーディナル様は大人の対応をしていただけあり、怒っていないわけでは無い。
 我が子達に害をなす者たちへ、まとめて警告するために一度引き下がったのだと――。

「お、オーディナル様っ!? お、お手柔らかに……できるだけ、穏便にお願いしますねっ!」
「判っている。何も力尽くでどうこうするつもりはない。むしろ……そういうやり方よりも、人に効果的な方法というモノがある」

 それがなんなのか言葉にしない。
 しかし、私はどこかで理解していた。
 それが、とんでもないことであり、人の理解の越えた先にあるものなのだと――。

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