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第十四章 大地母神マーテル
14-15 ワフードの葉とトレニスの葉
しおりを挟むある程度、胃の中に食べ物が入り、最初はがっつくように食べていた一同が落ち着きを見せ始めた頃。
タイミングを見計らったように、ブーノさんが口を開いた。
「リュート様が大地母神マーテル様の神殿とやりあうという話が巷で噂になっておりますが……事実ですか?」
いきなりの言葉にリュート様は肉をつまんでいた箸を止める。
しかし、小さく溜め息をついてからソレを口へ運び、咀嚼して飲み込んだ後に口を開いた。
「お前、本当に怖い物知らずだよな。オーディナルと時空神の前だぞ?」
「だからこそ、嘘はつかないでしょう?」
「……そういう考え方もあるか。んー……まあ、事を構える可能性が高いな」
「メリットは? 神殿を敵に回しても何も得られませんよ?」
「んー……」
どう返答すれば良いのだろうかと考えあぐねていたリュート様に助け船を出したのは、時空神様であった。
「俺が依頼したから、リュートくんには断る術が無いんダヨ」
「時空神様が……直接……ですか」
十神の中でも最高神と言われる時空神自らが彼に依頼しているという事実に、ブーノさんは目を見開いた。
今までにも数少ないが、時空神様からの依頼はあったらしい。
しかし、どれも歴史に残るほどの大事になっているのだと、リュート様がコッソリと教えてくれた。
リュート様がそれを知っていながら引き受けたのは、おそらく大地母神マーテル様が心配だからだ。
この方は、基本的に知り合いに弱い。
特に、食いしん坊という共通点を持つ彼女を放っておけないのだろう。
「キミたち一族であれば、大地母神の神殿の動きがおかしいって気づいていたんじゃ無いカイ?」
「ここのところ、お金の動きがおかしいので……警戒はしておりました」
時空神様が相手でも臆すること無く会話を続けるブーノさんに感心しながら、私は会話に耳を傾ける。
勿論、オーディナル様のお肉を焼きながらだ。
「資金の流れか……誰かが着服している……とか?」
「まあ、そういう感じですね。銀行のシステムを知らないのか、判っていないのか……不用心なことです」
「その警戒心が無い馬鹿は、枢機卿だろ?」
「……調べていたのですか?」
「色々とな……。だいたい、アレンの爺さんが居て、バレないはずがねーだろ。仮にも元竜帝だぞ」
「あのお方が動いていたのなら納得です」
何気ない会話のように聞こえるが、内容が濃い。
しかも、普通に聞かれたらマズイ会話だ。
そこは時空神様が動いているようなので、マズイ会話が漏れる心配はなさそうだけれども、あまりにも堂々としている二人に此方の肝が冷える。
「で? お前は何を掴んでるんだ?」
「ウーノが相談に乗っていたドワーフの一族が神殿の改修工事を受諾したようです。その後、大きくお金が動くのは判っておりましたが……それと同時に、神殿側が奇妙な物を購入しておりました」
ウーノさんがドワーフ族と資金繰りについて話をしていたのが二日前。
それから、ずっとブーノさんは動きを追っていたらしい。
彼の話を聞きながらリュート様は黙ってシロコロを頬張り、視線で先を促す。
「この国では取り扱いを禁止されている、ワフードの葉を大量購入したようです」
その言葉に反応したのは、リュート様と時空神様。
そして、黎明騎士団の一部――ダイナスさんとヤンさん、そしてジーニアスさんの班だ。
「物騒な物に手を出したな……」
「目的は言わずともわかっている……と考えて良いですか?」
「知ってるも何も……俺のところはドワーフ族を沢山雇っている工房だ。彼らの害になるような物は取り扱わないよう、細心の注意を払っている」
「気遣いの出来る商会長ですね。ワフードの葉は人間にとって毒とはなりませんが、ドワーフ族にとって最悪の代物です。それを何故……このタイミングで仕入れたのでしょう」
このタイミング――神殿の改修工事をドワーフ族へ依頼したのに、彼らの毒となる者を仕入れた意図が判らない……いや、判りたくない。
もし、ソレを意図して準備しているというのであれば、キュステさんの友人であるドワーフ族が危ない。
「よほど見られたくねーところを改修するようだな」
「僕が……もっと詳しく話を聞き出せていたら……」
ウーノさんが小さく震えるが、新人の彼には難しい話だし、粘ったところで怪しまれるだけだ。
こういう時は引き際も大事である。
相手に警戒されること無く情報だけ引き出すのは、とても難しいことだ。
貴族社会で育った私は第二王子の婚約者であったがために、そういう交渉ごとも必要になった。
だからこそ、理解出来る。
「ウーノ。それは違いますよ……というか……リュート様の召喚獣様の方が、その辺りは理解されているみたいですね」
「ん? ああ……ルナは頭が良いし、貴族社会で揉まれてきたからな。交渉ごとや相手の考えている事を察する能力はずば抜けている。本人が無自覚なのはスゲーよ」
「リュート様も人のことを言えないでしょう。腹芸は出来ずとも、それが出来そうな人たちは周囲にいるようなので安心ですが……」
キュステ様やサラ様、アレン様に敵う者などいません――と、ブーノさんは笑う。
「それに、ナナト……彼もいいですね。独自のルートを持っているので、ある程度のことであれば彼に聞けば良いはずです。特に、今回のワフードの葉には詳しいかと……」
「へぇ? タイミング的にアイツは今、ルナや俺たちのお願いを断れないからな……よし!」
そう言うが早いか、リュート様は早速ナナトへイルカムの通話を繋げたようだ。
リュート様や私の装着しているイルカムは最新型で高価だが、それと同じタイプの物を商会用――つまり、日本で言うところの社用として配布したと聞いた。
常に装着できて邪魔にならず、日常生活を送っていても壊れる心配がないほど強度に関しても問題はない。
費用はかかったけれども、これからは色々と厄介ごとが増えそうなので、連絡を取りやすい方が良いという判断からである。
「ああ、ナナトか? ご禁制の品を扱うルートってわかる? ……いや、俺が必要なんじゃねーよ。神殿関係だ。物はワフードの葉なんだけどな。……ああ、そうだ。ん? へぇ、そんなことができんの? じゃあ、任せた。特別に手当を出しても良いぞ。そうか、引き受けてくれるか。じゃあ、頼んだ」
どうやらナナトはリュート様のお願いを快諾してくれたらしい。
おそらく、特別手当に引かれたのだろう。
しかし……一部、リュート様の反応で気になる部分があった。
ナナトは何ができるというのだろうか――。
「ナナトは話が早いですね」
「しかも、面白い事を言ってたぞ。ワフードの葉の購入ルートを調べるのは簡単だし、それによく似た全くの別物とすり替える事も出来るらしい」
これには全員が驚いた。
言葉も無くポカンとしていたら、オーディナル様が笑う。
「ああ、そうか。何故、ワフードの葉がドワーフ族にとって毒だと判ったのか――それを知らぬのだな」
「何か事故があったのか?」
「元々、強い酒が好きなドワーフ族だ。その強い酒の香り付けに使っていた『トレニスの葉』という物があったのだが、それとワフードの葉は瓜二つでな。葉っぱの裏の根元に産毛のあるのがワフードの葉だと覚えておけば良い」
つまり、ニラと水仙の葉のように日本でもよくある事故があって、『ワフードの葉』がドワーフ族にとって毒になると判明したという事だ。
ジックリ見なければ判別出来ないほど似ているのであれば、すり替えも簡単かも知れない。
いや……それが出来るほどの伝手があるのは驚きだけれども……ナナトだからアリのような気もする。
それを納得させてしまう強かさが、ナナトにはあった。
「へぇ……香り付けってことは、かなり良い香りなのか?」
リュート様は違うことが気になったようだ。
何気なく呟いた言葉に時空神様が反応した。
「リュートくんなら『甘くてスモーキーな香り』と言えば判りやすいカナ?」
「……ってことは、トレニスの葉を漬け込む酒ってウイスキー?」
「ソウダネ」
「そっか、キュステが喜びそうだな」
そうしてキュステさんの仕事がまた増えるわけですね?
心の中で呟くが、確かに喜びそうではあると頷く。
無類の酒好きであるキュステさんとアレン様が、とても頑張ってしまいそうな話題だ。
「スモーキーな酒って好みが分かれるからな……。万人受けはしないけど、ドワーフ族には受けが良いのか。ギムレットたちが喜ぶなら、トレニスの葉を仕入れて見るのもいいな……」
「リュート様、話が逸れていますよ」
「申し訳無い。つい……」
ブーノさんに軌道修正されたリュート様は苦笑して、姿勢を正す。
「まあ、ナナトのおかげで、そのワフードの葉騒動は何とかなりそうだ」
「それは一安心です。しかし、直接手を下す可能性も捨てきれません。一応警戒しておいた方が良いのでは?」
「そこは、キュステと作戦会議をするつもりだ。ドワーフたちを仲間に引き入れる事も視野に入れて、情報収集を行う予定だな」
「何が知りたいのですか? 私が持っている情報かもしれませんよ?」
「いや、さすがに持ってねーだろ。しかも……とんでもねー内容だぞ」
「リュート様に関わった時から、その『とんでもねー内容』に巻き込まれる覚悟はしておりますよ」
ブーノさんのシレッと言った言葉を聞いたリュート様は苦笑しつつ、今回の騒動について話し出す。
それを最初は真面目に聞いていたブーノさんとウーノさんであったが、次第に頭を抱えだしてしまった。
「大地母神マーテル様の神殿関係者……しかも、上層部は馬鹿なんですかっ!? そんなことをすれば、十神の怒りを買って、跡形も無く消し飛びますよっ!?」
ブーノさんはそう言ってから、ハッとして時空神様を見る。
「ま……まさか……聖都もろとも……?」
「そうならないように、リュートくんに頼んでいるんダヨ。彼が引き受けてくれたと言えば、他の十神も黙るからネ」
「で、では……リュート様が聖都の危機を救ったのではありませんか……。それなのに……あの馬鹿どもは……!」
「ブーノ、落ち着け。俺的には、ソレはどうでもいい。とりあえず、マーテルを救いたい。そして、ルナのメシを一緒に食って、こんなにも旨い物があるって教えてやりてーんだ」
彼のその言葉に時空神様が微笑む。
その目が少しだけ潤んでいたように感じたが、気のせいということにしておこう。
オーディナル様が慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、時空神様の肩を抱く。
「リュートや僕の愛し子に任せていれば大丈夫だ」
「きっと、あの子は……沢山の事を後悔しているんデス……。これ以上は……彼にも申し訳無くテ……。兄なのに……何も出来ない自分が不甲斐ナイ」
「制約が働いているのだ。我々が手を出せる範囲は限られているのだから、あまり思い詰めるな」
「……ハイ」
落ち込む時空神様を初めて見たかもしれない。
いつも飄々としていたのに、それだけ心配していたという事なのだろう。
神々の手にかかれば、どんな問題だって簡単に解決することが出来るはずだ。
しかし、人が関与した問題を神々が片付けていたら、人は神々に全てを押しつけて堕落してしまう。
制約は、神々がやりすぎぬよう、人が頼りすぎぬよう、バランスを取っているようにも感じる。
何でも出来てしまう神々から見たら歯がゆいことだろうが、その辺を理解しているからこそ、全てを飲み込み我慢しているのだ。
「まあ……任せろ。必ず助け出すし、ちゃんとルブタン家も巻き込んで追い詰めていくからさ」
「お話を聞いた以上、知らんぷりはいたしません。この件、我々ルブタン家はリュート様側に着くと確約いたします」
「ウン。アリガトウ」
安堵したのかホッと胸をなで下ろした時空神様は、心からの笑みを浮かべて目を細めていた。
どうやら、今回の件。
ルブタン家の協力を得られるかどうかで大きく結果が変わったようだ。
それを感じていたのは、私とリュート様だけである。
オーディナル様が『よくやった』と直接語りかけてきて驚いたが、リュート様もピクリと肩を振るわせていたので、私たちにしか聞こえない声で褒めてくれたらしい。
穏やかな笑みを浮かべるオーディナル様を見ていたら、少しだけ誇らしくなる。
そして、徐々に好転していく大地母神マーテル様の問題は、きっと私たちが心配するような悲惨な結果にはならないだろうと心から思えるのであった。
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