悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第十四章 大地母神マーテル

14-10 豊穣の塔

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「つまり、大地母神マーテル様の神殿で一騒動あったってことだよな?」
「そ……そうなるかと……。現地視察をしたドワーフさんが言うには、自然な崩落ではないというお話でしたから……」

 魔王と化したリュート様を筆頭に、圧の強い黎明ラスヴェート騎士団たちに囲まれたウーノは、プルプル震えながら話している。
 本来は顧客先で聞いた情報を他者へ流すのは御法度だ。
 だから勘弁して欲しいと懇願していたが、大地母神マーテル様に関わる情報であるため、リュート様に容赦は無い。
 下手をすれば被害が拡大するおそれのある案件である。
 多少強引であっても、彼が必要だと判断したのであれば口を挟まずに状況を見守ることにした。

「そんな判りやすい崩落があったら、アレンの爺さんたちが気づかねーハズがねーんだけどなぁ」

 ボソリとリュート様が呟く。
 現在、大地母神マーテル様の神殿は、アレン様の配下が監視している。
 一部崩落の報せなど受けてはいないと、リュート様は『崩落』そのものをいぶかしんでいるのだ。
 
「考えられるのは、表向きはそういうことにしているか……崩落した場所が、かなり奥まった場所にある場合……か」
「奥まった場所というと……女神様が滞在されると言われる神殿の聖域でしょうか」
「まあ、そこが一番妥当だよな。もしくは地下か――どちらにしても、一般人の見学は許可されない場所だな」

 神殿そのものが怪しい中での、今回の情報だ。
 責任者は枢機卿。
 神殿の修繕を行える建築技術を持つ者は限られる中で、キュステさんの友人を頼ったのは偶然なのだろうか。
 いや、知っていたら頼んでいないはずだ。
 変に詮索されることを恐れ、裏でコソコソ動いているのだから……。
 
「んー……ルナはどう思う?」
「地下はないと思います」

 キッパリと言い切った私に、リュート様は少しだけ驚いた顔をした。
 小首を傾げる仕草をする彼に、私は微笑む。

「今の問いだけで、俺が何を意図して聞いたのか判った?」
「当然です。リュート様は神殿に幽閉されていると想定しているのですよね? 何らかの騒動があって崩落したというのなら、タイミングから見て、オーディナル様の来訪時期と重なる……と」
「大正解。どういう状況で幽閉されているかわからねーけど……オーディナルに反応した可能性が高いかなーって。オーディナルも俺たちに任せているから本人が乗り込むわけでもなく黙っているけどさ……ディードの件もあるし……」

 十神を捕らえるなど、本来ならできるはずのないことだ。
 元々、大地母神マーテル様の力が弱まっていたか、他にも理由がなければ説明がつかない状況である。

 だが、あえてリュート様は『幽閉されている』と考えた。
 それは、ディード様の件があったからである。
 人知れず……いや、神族すら気づくこと無く力を削ぎ落とし弱体化するモノ――【深紅の茶葉ガーネット・リーフ】の存在。
 私のいた世界にある物だと考えていたのに、ディード様はその犠牲者となった。
 力を取り戻すのは時間がかかるだろうし、たとえ十神であっても、【深紅の茶葉ガーネット・リーフ】を飲んでいたのであれば、ただでは済まない。
 つまり、想定外であった【深紅の茶葉ガーネット・リーフ】の存在が明らかになったことにより、十神ですら策謀を巡らせれば幽閉することが可能になったのだ。
 何とも恐ろしいことである。
 
「おそらく、地下はありえません。何せ、地下は大地の力に満ちた場所。大地の力が強い場所にいて、相手へ悟られずに連絡を取れないとは考えられません」
「なるほど……確かに地下ならバレずに動くことも可能だよな。弱まっていても大地母神……」
「言い換えれば、大地母神マーテル様にとって大地に触れる事が出来ない状況というのは、一番マズイことです」
「だよな……あの神殿で一番高い場所は――大地母神マーテルの聖域と言われている『豊穣の塔』か」
 
 その言葉にウーノがピクリと反応する。
 それだけで十分だった。
 リュート様は迷うこと無くイルカムを使ってアレン様へ通信を繋げる。
 
「アレンの爺さん、『豊穣の塔』を重点的に調べてくれ! 一部崩壊したって言う情報も入ってきたが、どうも怪しい」

 早速連絡を取るリュート様を見上げていたウーノは、話の壮大さにポカンと口を開いているだけだ。
 さすがに自分が聞いてきた話が、ここまで大きな話に繋がるとは考えてもみなかったのだろう。

「せっかく、大地母神マーテルが命をかけて発信したメッセージなんだからさ。ちゃんと受け取ってやんねーとな」

 アレン様と軽く打ち合わせをして通話を終えたリュート様が不敵に笑う。
 魔王そのものの笑みであるが、何とも頼もしく思えるのは気のせいでは無い。
 今まで大した抵抗もせずに黙っていた大地母神マーテル様がいきなり暴れて、さぞ、神殿側は混乱しているはずだ。
 今が絶好のチャンスである。
 アレン様の配下の者たちが、きっと良い情報を掴んできてくれるはずだ。

 それを受けて、サラ様も動き出す予定らしい。

「サラ姉が無理しねーように、テオ兄をつけておきてーな」
「お父様に相談ですね」
「しかし……神界にいたら制約なんて、ほぼ関係ねーのに。地上にいるだけで大変そうだよな……神族って本当に……面倒な物に縛られて辛そうだ」

 チェリシュを筆頭に、様々な制約に縛られる神々を思い出しているのだろう。
 リュート様の表情が少しだけ曇る。
 しかし、次の瞬間、何かを思い出したように片眉を上げて口角をつり上げた。
 あ……悪い顔をしていますね……何を思いついたのでしょう。

 静観している私の目の前で、リュート様はウーノを見下ろした。

「さて、ここまで話を知ったからには……ルブタン家にも協力して貰おうか」
「え……あ、あの……まさか……最初から……そのつもりで話を聞かせたのですかっ!?」
「さあ? どうだろうな」

 絶望しているウーノに対し、爽やかな笑みを浮かべてとぼけるリュート様。
 黎明ラスヴェート騎士団の面々は「あーあ」と言わんばかりに天を仰ぐ。
 魔王モードのリュート様に目を付けられたが最後だよな……という声が、どこからともなく聞こえてくるけれども、気のせいだろうか。

「さーて、交渉交渉! あー、ブーノ? お前の弟は預かった。返して欲しかったら、すぐに来い」
「リュート様、それはもう悪役ムーブですよっ!?」

 いそいそと通話をしはじめたと思ったら、とんでもない台詞が飛び出し、私は思いっきり突っ込んでしまう。
 魔王どころの騒ぎではない。
 そういえば、ゲームの中のリュート・ラングレイは俺様キャラだったな……なんて、今更どうでも良いことを思い出す。
 そして、そんな台詞すら似合ってしまうこのイケメンが罪なのか、彼にこう言わせるしか無かった現在の状況が罪なのか。
 答えの出ない疑問に頭を悩ませるのであった。
 
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