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第十四章 大地母神マーテル
14-9 やらかしの内容と意外な繋がり
しおりを挟む「よーし、これで最後だな!」
元気いっぱいな生き生きとした声が、人気の無い街道沿いへ響く。
大地に転がるのは、この世界の最大戦力により命を刈り取られた、大量のカウボア。
それを黎明騎士団のメンバーが少しだけ引き気味に見ているのが印象的だ。
現在のリュート様には、この大量のカウボアも網の上で焼かれる美味しそうな肉にしか見えていないのかも知れない。
こんなテンションで狩られてしまった魔物に、一瞬だけ同情してしまうが、リュート様の笑顔を見ていたら、それも一瞬。
彼らの命は一切の無駄など無く、リュート様の糧となるのだと考え、心の中で手を合わせて冥福を祈りつつ、美味しく調理しようと誓った。
まさに弱肉強食である。
「このカウボアたち、あの森から逃げてきたヤツじゃないっすか?」
手にしていた武器を収めながらモンドさんが呟く。
「それは俺も同意見だな。森の香りがする」
「まあ、その可能性を考えて既に親父に進言しておいたから、今頃は他の黒の騎士団が動いているはずだ」
「さすがリュート様……抜かりが無い」
モンドさんとヤンさんの言葉に驚くこと無く返答したリュート様の言葉に、ダイナスさんが唸り、ジーニアスさんが頬を引きつらせる。
自分たちのリーダーの有能さに改めて気づき、遠い背中を見ても不貞腐れること無く食らいつこうと、すぐに作戦会議をしている黎明騎士団の面々。
おそらく、このままいけば『黒の騎士団に黎明騎士団あり』と言わしめるまでになるだろう。
それも見越しての采配であったのならば、流石はオーディナル様としか言いようが無い。
「リュート様、真白様の浄化が完了したら、全部解体していいですか?」
「任せた。あ……今回は内臓も持って帰る。さすがに量が多いし腐敗する恐れもあるから、俺のアイテムボックスへ入れるんで分けておいてくれ」
「了解です」
解体ができるヤンさんは、早速作業へ取りかかる。
鮮やかな手際で肉、骨、血、革など、素早く裁いていく姿は職人のソレだ。
黎明騎士団には、こういう解体スキルを持つ人が多い。
やはり、魔物を討伐する人たちには欲しいスキルなのだろう。
魔物をそのまま持って帰るほどのアイテムボックスを持たない人が多いのだから、現地で取捨選択できるのは効率的である。
しかし、毎回捨てる側にあったはずの内臓が、今回から持ち帰りリストに入ったため、カウボアの持ち帰り分が多くなった。
負担は増えたが、これも美味しい食事のためだと諦めて貰いたい。
「やっぱ、炭火焼きかな」
「そうですね。……あ、でも、焼き肉って……この世界のルールで考えたら……アウトですか?」
「あ……」
盲点だった……と、リュート様がガックリと肩を落とす。
リュート様は『自分で焼いて食べたい派』なのだろう。
いや、それよりも、ここぞとばかりに面倒見の良さを発揮している可能性もある。
前世のリュート様が肉を焼きつつ、良い具合になった肉を、可愛がっている妹さんや尊敬してやまない母の小皿へ配っている姿が見えるようだ。
「じゃあ、一度焼くまでをレシピ化しましょうか。それで希望者には配るという形でどうですか?」
「大盤振る舞いだな」
「そこまで希望される方が多いとも思えませんし……」
「ま、まあ……モツを食らうっていう食文化が、そもそもないもんな」
「塩辛もそうですが、内臓ごと調理することが少ないかもしれませんね」
「アレがまた旨いのになぁ」
私とリュート様の会話で期待を膨らませているのか、浄化を終えて返ってきていた真白が、リュート様の肩にとまってポンポンに膨らみ、フンフンと鼻息も荒く頷いている。
「真白……よだれ……」
「はっ! いけないいけない」
「あ、あのぅ……」
焼き肉を食べる鳥……まあ、真白だから何でもアリかと考えていたら、控えめな声がかかった。
先程、リュート様の氷の壁に守られていた人だろう。
視線を向けた私は、驚き過ぎて固まる。
少し……いや、かなりぽっちゃりとした体つき。
お尻からはクリンッとした細い尻尾が生えており、頭には小さな耳が見える。
何より特徴的なのは、豚さんのような鼻だ。
「お? ピギィブー族じゃねーか。銀行の仕事か?」
「は、はい! 建築を生業とするドワーフ族の村からの帰りで……」
「この方向にある村で建築って……キュステの友達か。もしかして、借り入れの話か?」
「え、あ、えっと……キュステ様のお知り合いで?」
「ああ、自己紹介が遅れた。俺はリュート・ラングレイだ」
リュート様が名を名乗った瞬間、そのビギィブー族と言われた子豚の獣人族の彼は、目を丸くして固まった。
どうした? と、リュート様は心配そうにピギィブー族の彼を見つめる。
リュート様の腰ほどまでしかない身長の彼は、ほぼ真上を見るような角度で固まってしまって動かない。
「もしかして……俺って……ピギィブー族に嫌われてる?」
「い、いえ、違います! 大口の取引先ですし、銀行業界でラングレイ商会の事を知らない者などおりません! し、しかも、命まで助けていただいて……あ、ありがとうございますぅぅぅぅ」
金細工の眼鏡がずり落ちそうになるくらい必死に首を振り、大きな声で否定しながら感謝を述べる。
少し情緒が心配になったけれども、どうやら再起動に成功したらしい。
「いや、当たり前のことをしただけだしな。あ……もしかして、オーディナルのやらかしのせいで、ドワーフ族にシワ寄せが……」
「え? オーディナル様が何をしたのですか?」
「あ……」
あからさまにしまったという顔をするリュート様を見つめ、私はニッコリと微笑む。
小鳥の姿であっても、彼には判るはずだ。
気まずそうに視線を逸らしていた彼は、ジッと見つめる私に観念したのか、溜め息をついてポツリポツリと話し始めた。
「あー……実はさ……あっちへディードたちを送り届けたあと、オーディナルがやっちまったらしいんだよ」
「何を?」
「えーと……建築?」
「具体的にお願いします」
「まず、ディードとキャットシー族が、今までみたいに住めるよう、泉に併設された住居を創った。次に……神族が来店する別棟。それと……ルナの調味料工房を……」
「あれ? 神族専用の別棟と調味料工房って……リュート様とキュステさんが既に手配していたはずじゃ……」
「そうなんだよな……。材料の仕入れが滞っていて着手するのに時間がかかっていたみたいなんだけど……オーディナルが建てたから、全てキャンセルになっちまって……。一応、俺たちの都合でのキャンセルだから、発生した費用は全額支払うってことで交渉していたはずなんだけど……」
その話を聞いた私は、思わず頭を抱える。
私が知らない間に、オーディナル様が色々とやらかしてくれたという話はチラッと聞いたが、こんなに大事だったとは思っても見なかった。
「オーディナル様……やりすぎです!」
「い、いや、よかれと思ってやってくれた事だしなぁ」
「多方面に迷惑をかけているではありませんか!」
私の怒りに真白が驚き、リュート様の肩から転げ落ちる。
それをキャッチしながら、彼は私をなんとか宥めようとするのだが、コレはちゃんと言い聞かせないといけない案件だ。
オーディナル様は神だから、人の生活にどういう影響を与えるか、イマイチ判っていない。
まあ……本来は、この世界を創った神なのだから、文句を言うほうが間違いだと言われるのだろうが、私にとってオーディナル様は父のような方だ。
だからこそ、こういう問題を放置するのは間違いであり、私しか言えないのだと理解している。
「オーディナル様とは、キッチリお話させていただきます。勿論、お礼も言いますから、ご安心ください」
「そ、そうか? まあ、オーディナルも悪気があったわけじゃねーから。できるだけ穏便に……な?」
リュート様はそういうが、リュート様の商会とドワーフ族の方々に大きな損失が出ているのだから、そこはキッチリと説明しなければ!
これを放置したら、ベオルフ様のところでもやらかしかねない。
まあ……あちらでやる分には、神らしいので良いことが多いのだけれども――。
此方は、ある程度文明が進んでいるため、人同士の関わりが複雑に絡み合いすぎて、下手に創ってしまえば、どこかに損失が出る恐れもある。
この世界の神々が、あまり力を行使しないのは、そういう理由があるのかもしれない。
「もー……オーディナル様ったら!」
「まあまあ。今回の件は、ルナやディード。それにキャットシー族の為を思っての事だしさ。そう考えたら、ルナや神族だけでなくキャットシー族の事も考えてくれたって、凄くないか?」
「それはそうですが……」
「黎明騎士団もそうだけどさ。ルナを通して見て、色々と考えているんだよな。そういうところ、素直にスゲーって思う。一番偉い神でも、娘のために頑張ろうって努力しているんだからさ」
「う……うぅぅぅ……リュート様にそう言われると、キツく言えないではありませんか」
「今回の件で建築を依頼したところが困っているなら俺たちの商会で融通を利かせるし、その出費だって、もともと建築する予定だった資金から出すから問題無い。ドワーフ族も本来かかる工期を他の案件に回せるんだし、そこまで大損害ってわけじゃねーだろ」
「あ、はい! 詳しく話はできませんが、断っていた神殿の案件を受ける事が出来るし、今回入手した建材もそこで使えるというお話でした」
リュート様とピギィブー族の青年の言葉を私の中で考え、昇華し、オーディナル様に話す内容を精査していく。
全く困ったオーディナル様だと考えながらも、先程、ピギィブー族の青年が言った『断っていた神殿の案件』というのが妙に気になり、私は黙り込む。
何かが……私の中の何かが騒ぎ出す。
それを無視してはいけない。
そう感じた私は、少しだけ気になった風を装い呟いた。
「神殿の建築ができるのですね」
「え……? あ、はい。どうやら、大地母神マーテル様の神殿が一部崩壊したとかで……」
その言葉を聞いたリュート様は、表情を変えずに、素早くダイナスさんへ目配せをする。
それに気づいた彼は頷き、数人に声をかけて周囲に結界のようなモノを敷き始めた。
「そういえば、ピギィブー族の説明をルナにしていなかったな。彼らは、聖都で銀行業を一手に担う一族なんだ。俺の持つカードも、この銀行が発行しているモノなんだよ」
「へぇ……カード決済を構築した一族なんですね」
「え、ええまあ……」
話をそらして彼の気を此方へ集中させる。
その間に、黎明騎士団たちは見事な結界を敷き詰め、この中のやり取りを外へ漏らすことの無い空間を見事に作り上げた。
リュート様や時空神様が簡単にやってのけるから見落としがちだが、本来はこれくらい手間のかかることなのだと、改めて思い知る。
「そういえば、名前……まだ聞いて無かったな」
「あ、すみません! 僕はルブタン家の三男坊で、ウーノと言います」
「お? じゃあ、頭取の息子か。今は修行中ってところだな」
「はい、いつも父や兄たちがお世話になっております。ラングレイ商会の方々には、言葉では言い表せないほどのご恩があり……」
「その恩を、今返して貰えるとありがてーな」
「……え?」
ニコニコと笑うリュート様は、私のいるポーチへ真白を戻し、ウーノと名乗った青年と距離を詰めていく。
彼の迫力に気圧されて後退したウーノは、周囲からも感じるただならぬ気配に腰を抜かしそうになっている。
可哀想なほど顔面蒼白になり、涙目で小刻みに震えているが、ここへ助けは来ない。
それはまるで、オオカミの群れの中に放り込まれた子豚のように無慈悲で……なんとも哀れな光景であった。
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