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第十三章 グレンドルグ王国
13-14 私の演技力
しおりを挟むこれは、かなりマズイ状況だと、すぐに理解した。
城内での彼女の評判がどうであるか判らないが、彼女自身に『強力な魅了』の力がある場合、男性の多い場所は不利に働く。
いくらベオルフ様の力で彼女の能力を中和していたとしても、長くは続かない。
実際に、彼女自身が持つ『強力な魅了』のような力が、どれほどの影響を持つのか見極めるのも良いかもしれないが、ここには国の要が集まりすぎている。
危険な賭けを行った場合のデメリットが大きすぎた。
セルフィス殿下に寄り添う脳内お花畑のパステルピンク――ミュリア様は、熱心にベオルフ様を見上げている。
その眼差しに籠もる熱を感じるだけで、イラッとしていたら、訓練場の入り口がにわかに騒がしくなった。
「授業中に窓から抜け出すなんて、淑女にあるまじき行為です!」
家庭教師らしき女性と、数名の騎士達。
その騎士を引き連れていた、とても綺麗な顔立ちの男性が、ベオルフ様を見て目を輝かせる。
頬をほのかに赤く染め、夢見る乙女のようであった。
若干、ベオルフ様が引いているので、彼が噂のスレイブなのだと察したのだが……うん、これは確かに逃げたくなるような熱の籠もった視線である。
しかし……ミュリア様は、とても良い家庭教師をつけて貰っているのに、何をしているのだろうか。
厳しいことでも有名だが、彼女の手にかかれば、どんな問題児でも超一流の淑女になれるという話は聞いたことがある。
そんな彼女でも、ミュリア様には手を焼いているようだ。
まあ……中身が日本人で、数年前にミュリア様の体に入り混んだというのであれば、マナーなんて知らなくて当然。
学ぶ姿勢も無い彼女では、到底、誰の前に出しても恥ずかしくない淑女になどなれないだろう。
「スレイブ……ちゃんと見張っていろ」
「も、申し訳ございません、ベオルフ様……戻ってこられたのですね……少し見ない間に……凜々しくなられて……とても感動しておりますっ!」
ベオルフ様が、その返答を聞きながら一歩下がる。
語尾にハートマークがつきそうな声で語られたら、そうなっても仕方が無い。
鳥肌を立てていそうな彼には申し訳無いと思う反面、なかなか見られない状況に笑いを堪えるだけで精一杯だ。
「世辞は良いから仕事しろ」
「本心です!」
「わかったから、仕事しろ」
「はい! 申し訳ございませんでした……以後気をつけます」
大事なことだから二度言いました。
みたいなベオルフ様に何かを察したのか、彼は素直に頷く。
今のベオルフ様を取り巻く環境は、『前門の虎、後門の狼』ならぬ『前門のミュリア様、後門のスレイブ』である。
どちらもベオルフ様に対して、精神をゴリゴリ削る系の攻撃力が凄まじい。
さすがのベオルフ様も、これには参っているようだ。
「ベオルフ様、酷いです。手加減をしてくださっても良いのではありませんか? それに、セルフィス殿下が何をしたというのですか……こんなに傷つけて……!」
ベオルフ様に色仕掛けをするのかと思いきや、やはり王族が目の前にいることもあり、セルフィス殿下側についたようである。
これ以上、心証を悪くするのは得策では無いと考えたのだろうか。
いや……悲劇のヒロインを演じてみたかっただけかもしれないと、考えを改める。
「ミュリア、違う……ベオルフは、訓練に付き合ってくれていたのだ」
「泣くほど辛い訓練など聞いたことがございません!」
セルフィス殿下も劇団入りしたらどうですか? と考えて視線を向けるが、意外なことに彼は真剣な表情で話をしていた。
あれ?
今までと……雰囲気が変わった?
それは、ベオルフ様も感じていたのだろうか、先程までセルフィス殿下へ向けていた厳しい視線を、今はミュリア様へ向けている。
「ベオルフ様は、ルナティエラ様と親しくするようになって変わってしまいました。以前はもっと優しい方だったのに……どうして……」
「は?」
おや? 私とベオルフ様の声がハモりましたよ?
さすがに開いた口が塞がらない。
しかし、それよりもベオルフ様の纏う空気が変わった。
明らかにヤバイ空気を纏い始めたことに気づいたラハトさんが動くけれども、それをマテオさんが止める。
あの室内のワケを知る者達の前であれば、多少何かあっても問題にならないが、ここはマズイ。
ヘタに入っていけば、ラハトさんが処罰されてしまう。
ここは、マテオさんの判断が正しい。
二人のやり取りを見ていたのか、ベオルフ様は深呼吸をしてミュリア様に向き直る。
「以前はもっと、私のお話もきいてくださいましたし、手を差し伸べてくださいました。困っていたら助けてくださいました。それがベオルフ様の本質でしょう? それなのに……私を誘拐するような方に騙されて……ほだされてしまうだなんて……優しさが仇となったのですね……でも、私は貴方の優しさを知っています。ですから、元に戻ってください。罪は罪です。私の誘拐を企てた彼女は、神の慈悲があったとしても罪を償わなければなりません。かばい立てしてもベオルフ様が辛くなるだけです!」
ここで、2回目の「は?」が出てしまいそうになった。
何を好き勝手なことを言っているのだろうか――
ベオルフ様が手を差し伸べた?
困っていたら、手助けはしたでしょう。
しかし、それを過大解釈していませんか?
ミュリア様だから特別という事では無く、彼は誰にでも分け隔て無く接する。そういう考えを持った方ですが?
むしろ、私は貴女との縁を作りたくなくて避けていたのに、どうして誘拐なんて考えるのですかっ!?
ベオルフ様ならまだしも、セルフィス殿下を自分の元へ止めておくために人生をかけるほど、愛情など持っておりませんよっ?!
しかし、一気に頭を埋め尽くしていた彼女への言葉は、次の瞬間に消滅した。
ベオルフ様の纏う空気感。
その瞳から、私は全てを悟った。
彼は、この場で彼女を亡き者にしようとしているのだと――
彼の手が武器に触れてしまえば、それで終わる。
ベオルフ様は自分がどんな状況になったとしても、それが私の為になると考えたら躊躇うことは無い。
それくらい想われていると、今の私は知っている。
決して、うぬぼれや思い込みでは無いのだ。
だからこそ、マズイと感じていた。
「オーディナル様、時空神様、力を貸してください」
すぐさま声をかける。
緊急事態だと察したのだろう、二神が私の言葉に耳を傾ける気配が伝わってくる。
「私は今から真白になります。ですから、ベオルフ様が馬鹿なことをしでかす前に、ミュリア様の頭を目がけて、私が着地できるようにしてくださいませんか?」
『ふむ……それくらいは容易いな』
『任せて。ちゃんと、着地させてあげるよ』
心強い返答に満足した私は、私を包み込むように守ってくれている母を見上げた。
さすがに投げろというのには無理があるかもしれない。
だから……
「ラハトさん、私をミュリア様目がけて投げてください!」
「……はい?」
「なーげーてーくーだーさーいー」
「イヤイヤイヤイヤ! 俺がベオルフに殺される!」
「その前に、ミュリア様が殺されてしまいます!」
「……っ!」
事態を察したラハトさんは、私の側に駆け寄り、お母様を見つめる。
お母様は私を見つめてから、ゆっくりとラハトさんへ私を預けた。
「無理はしないのよ?」
「怪我はしないようにな……」
優しい言葉をかけてくれる両親に見送られ、ラハトさんの手のひらへ移動する。
両親を安心させるために「はいっ!」と元気よく返答をした私は、状況を理解し、躊躇わず投げるだろうラハトさんへ身を預けた。
彼はふりかぶると、私をミュリア様目がけて投げつける。
多少のズレは時空神様とオーディナル様のおかげで修正され、見事に頭目がけて弾丸のように飛んでいった。
かなりのスピードに驚いたけれども、ベオルフ様が近づくにつれ恐れる気持ちが薄らぐ。
あとは……私の演技力!
普段から真白とリュート様のやり取りを見てきた私なら、絶対にやれるはず!
「真白ちゃんのベオルフに手を出そうとは良い度胸だあああぁぁっ!」
彼女の頭上に着地した感覚は、あの夢の再来だ。
こうなれば、やることは決まっている。
私でなくても、真白ならこれくらい暴れても不思議では無い……はず!
翼をばたつかせて爪を立てて足踏みをし、嘴で髪を引っ張る。
プチプチ音が聞こえて何本か抜けている感じだけれど、これまで沢山の人が感じていた苦痛に比べれば可愛い物だ。
なによりも、恋人がいる目の前でベオルフ様に色目を使うことが許せません!
そんなふしだらな娘には、容赦の無いお仕置きですよ!
「何よ、この鳥! しかも……真白ってなによ!」
「ま、真白ちゃんは真白ちゃんだい! 神獣の王で偉いんだぞ! アンタみたいなのは、ケチョンケチョンにしてくれるー!」
お芝居を忘れるところでした……危ない危ない。
お芝居でいうのなら、先程までのしおらしいヒロインの姿はどこへやら、キーキーわめくミュリア様の姿に、全員がドン引きだ。
ふふふ……その仮面も、髪の毛と共に引っこ抜いて見せます!
仮面を引っこ抜くのは言葉としてはおかしいかな? などと考えつつも、私はミュリア様の頭上で暴れ回る。
円形脱毛症になる呪いをかけながら髪を嘴で引っ張る私を、ベオルフ様はただ呆然と見ていた。
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