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第十三章 グレンドルグ王国
13-11 危惧していた危機の到来
しおりを挟むその後は、手紙に書いていた【深紅の茶葉】に対抗して出す緑茶の茶畑についての話をしていた。
真剣に全員が話を聞いてくれているので、これも考えているより早く実現できそうだと安堵する。
ピスタ村の事についても、その重要性を知るために時空神様が手を貸してくださったようだ。
しかし、ベオルフ様からとんでもない話が飛び出したのは、この直後だった。
「ルナティエラ嬢には、まだ報告していなかったが……【深紅の茶葉】を食べた牛が……魔物となった」
魔物――その言葉を聞いて、ついにその時が来てしまったのかと全身から嫌な汗が噴き出す。
オーディナル様から聞いていた世界の成り立ちを聞いたときから、そんな予感があった。
魔物の恐ろしさは身をもって知っている。
魔物を討伐するために赴いた遠征訓練で、これでもかというほど無慈悲な魔物の攻撃を見てきたのだ。
神々の『加護』を持つ人たちでさえ、手も足も出ない状況に追い込まれている場面だってあった。
リュート様と黎明騎士団くらいしかまともに戦えなかったのは、実戦経験と知識の違いである。
この世界の人間に、魔物の知識など無い。
経験を積んでいる者も、いるはずがないのだ。
だが、この世界に魔物が具現化したというのなら、今後、人類が苦境に立たされる。
おそらく、魔物に立ち向かえるのはベオルフ様だけ――
彼に、今まで以上の負担がかかるだろう。
黒狼の主ハティだけではなく、魔物まで……そう考えるだけで言葉が胸につかえる。
「マテオさん、核をルナティエラ嬢へ」
「は、はい」
マテオさんから手渡された核は二つ。
一つは、何の変哲も無いが傷だらけの魔核。
そして、もう一つは……魔核に似せた何かである。
強いて言うなら、魔石に術式を彫り込んだ物に似ていた。
「これ……持って帰っても良いですか?」
「何故だ?」
「私は専門外なので詳しく調べることは出来ませんが……おそらく、此方の核に刻まれている物は術式では無いかと……」
おそらくだが、これはリュート様に確認して貰った方が良い。
魔核を誰よりも見てきた人だし、おそらくこの術式らしきものを刻み込んでいる石は、魔石だ。
そうなると、どちらもスペシャリストであるリュート様の意見が欲しかった。
きっと、私たちとは違う切り口で何かを見いだせるはずだ。
「オーディナル様、この石は魔石……ですよね?」
「質は悪いが、まあ、あちらの世界で魔石として使っている物に酷似しているな」
やっぱり……
私自身、リュート様のおかげで質の良い物に囲まれている生活をしているので、質の悪い魔石など見たことが無い。
だが、魔力の流れというか……痕跡が似ていると感じたのだ。
「この魔石には何も残っていませんし、おそらく魔力を込めようとしても漏れ出てしまうはず……再利用はできないようですね」
「ふむ……使い捨ての魔物ということか」
「はい。でも……使い捨てでも魔物が擬似的に作成可能だという事は、脅威以外のなにものでもありません。そして、もう一つの核ですが、此方も、これだけ傷ついていたら復活も出来ないでしょう。核を攻撃したのですか?」
「一部はしたが……これは何もしていない、比較的綺麗に残っていた物だ」
あちらの世界に居る魔物ではあり得ないことだ。
つまり……
「それでしたら、魔物というには不完全な存在なのでしょうね。本物の魔物は、この核がある限り復活して襲ってきます」
「では、それほど警戒する必要は無い……と?」
「いえ、使い捨てでも作ることが出来るということは、数を揃えて王都を襲う事も可能だということです。この材料となる魔石もどきの鉱石がどこで手に入るか掴む必要がありますね」
「そうだな……それは早急に手を打とう」
私が危惧していることを素早く察してくれるベオルフ様は、頭の回転が速い。
他の方々は、イマイチ状況を掴めていないようだけれども、王族だろうと何だろうと平気でもの申す彼がいるなら問題は無いだろう。
しかし……引っかかる。
質が悪くとも魔石を発見したのは、偶然なのだろうか。
それに、この術式らしき物――リュート様の物にも似ているが、それよりも低品質であるということは見ただけで判断することができた。
何と言えば良いのか言葉に困るが、直感的に『古めかしい』というイメージを抱いたのも確かだ。
黒狼の主ハティは、今一番何を求めて動いているのだろう。
やはり、自分の力を回復することだろうか。
ベオルフ様に削り取られた力は膨大だったはず……
「どうした?」
「……あの……黒狼の主ハティは今現在依り代がないのですよね?」
「ああ。そうだな」
「つまり、情報を集めるのに人を使っているのですよね?」
「おそらくな」
「それと同時進行で……力も集めたい……ということですよね」
「欲張りなヤツのことだから、間違い無いな」
それを補うには、沢山の人の命が必要だ。
この国で、大量虐殺などすれば、発見は遅れたとしても商人の間で情報が出回るはず……それをマテオさんが見落とすとは思えない。
それに、それが事実だとしたら、騎士団だって動き出すはずだ。
出来るだけ暗躍したい黒狼の主ハティとしては、動きづらくなる。
では、どうやって沢山の人を亡き者にするのか――答えは出ていた。
おそらく、十年前の悲劇が繰り返されるのだ。
「予想でもいい。根拠が無くても良い。何か気になる事があるなら言ってくれ」
私の中では、おそらくコレだろうと思っていても、何の根拠も無い。
今のところ、私の推測の域なのだが……それを見透かすようにベオルフ様が声をかけたのだ。
どうやら、言葉にして伝えた方が良い案件なのだろうと考え、私は口を開く。
「えーと……予測の範囲というか……もしかしたら……なのですが……それでも?」
「ああ、勿論。どんな些細な事でも良い。貴女にしか見えない何かがあるだろうからな」
「見当違いかもしれませんが……一つ確認したいことがあります」
「なんだ?」
「王都ではなく、辺境などの離れた場所で、病が流行っていませんか? 風邪などの症状でも良いのですが……何か病気ですね」
ベオルフ様の表情が険しくなる。
同時に、周囲からもざわめきが聞こえた。
この世界には、まだ衛生観念が無いからだ。
無菌状態にしてほしいという話では無いが、汚れた手や不衛生な場所でも平気で食事をする。
下水道も完璧とはいえない。
城でも異臭がする場所もあるくらいなのだから、街はもっと凄い事になっているだろう。
まあ……日本人が公衆の場を綺麗に保ち、気持ちよく過ごせるようにしているのはいつものことだが、そのレベルをこの国に求めるのは、現状難しい話だ。
魔物は穢れた場所を好む。
リュート様の言葉通りなら、この世界ほど魔物にとって過ごしやすい場所は無い。
「ベオルフ様……人を病にするのは、案外簡単なのです。この世界では特に――」
そこまで言いかけて私は口を噤む。
病にする方法を教えるのはマズイ。
この場にいる人たちを信用していないわけではないが、必要の無い知識だ。
それよりも今は、病気に関しての知識や予防法を教えた方が良いだろう。
「治すのは難しいですが、対処法は必ずあります。何せ、此方にはオーディナル様と時空神様がいらっしゃいますし、紫黒とノエルもいるのですから」
「そうだな……」
ベオルフ様の表情に浮かぶ不安を拭い去るように微笑むが、効果はあったのだろうか。
幾分、彼の表情が和らぐ。
「あの……病にするのは、本当に簡単なこと……なのですか?」
声の主は宰相様だった。
やはり、この国の中枢を担う方だ。
十年前に大流行した熱病があったからか、病に対して敏感になっている。
流行病が広がれば、国そのものが危うくなることを誰よりも理解しているからこそ、その打開策があるのなら知りたいと考えているに違いない。
さて……どこまで情報を開示するべきだろうか。
ヘタに教えれば、世界のバランスを崩す原因にもなりかねない。
しかし……と、考え込んでいた私は、不意に強い視線を感じた。
それと同時に、何故か総毛立つ。
ゾワゾワとした嫌な物を感じて、恐る恐る顔を上げた。
そして、宰相様の後ろにある窓から、ジッと此方を見る目と目があったのだ。
あ……ヤバイ……ですっ!
そうだった……あの方も一応は王族だった!
「どうした?」
私の異変を察したベオルフ様が声をかけてくれたことにより、私の頭がめまぐるしく動き出す。
危険なのー!
隠れるべしー!
何故か脳裏に浮かんだチェリシュと真白が叫ぶ。
「マズイのです……いま……完全に……目が合ってしまいました……ベオルフ様! 私、隠れます!」
言うが早いか、私はエナガの姿になって彼の懐へ飛び込み、離れてなるものかという強い意志を表すようにピッタリとくっつく。
この世界で、ここが一番安全なのです!
「あー……しまったな。一応は……王族か。これなら紫黒に頼んだ方が良かったかも?」
「なるほど……王族であれば、外から中を見ることは可能だったか。そこは考慮していなかったな」
私の動きから察したのか、オーディナル様と時空神様も動き出した。
彼らの会話から察したのか、ベオルフ様の気配が変わった。
「紫黒……」
「判っている。視界を遮断するのに特化した結界を重ねがけしたから、もう大丈夫だ。しかし、この国の王族であれば身内も同然なのではないのか?」
「覚えていないか? 椅子を蹴った覚えがあるのだが……」
「あ、ああ、あの時の!」
ん? 蹴った?
気になるワードが出てきたので、一瞬思考が停止する。
そういえば、以前、真白がそんなことを言っていたような……?
そんなことを考えていると、部屋の扉が大きな音を立てて開かれる。
「失礼! いま……確かにルナの姿がっ!」
久しぶりに聞いた声の主は、元婚約者のセルフィス殿下だった。
やっぱり……目が合ってしまいましたものね。
「愛称呼びはやめてください」
すかさず、ベオルフ様の低くて不機嫌極まりない声が響いた。
チラリと見上げると、彼は先ほどまでの穏やかさはどこへやら。
とても厳しい表情で、セルフィス殿下を睨み付けている。
一触即発――まさに、その言葉が似合うような状況だと私は羽毛を膨らませ、見つからないようにベオルフ様の懐の奥深くへ潜り込むのだった。
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