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第十三章 グレンドルグ王国
13-8 優しい味
しおりを挟む昼食となり、みんなが用意されていた席について食事を開始する。
遠征組からしたら慣れた食事風景であり、目の前の新しい料理にも抵抗感無く口へ運ぶ。
「うわ……つるっとして、なんか凄いな……初めての食感だ」
「これなら、食が進まないときにでも食べられそうね」
「このソース、すごくいいな……これが、本当に水辺の雛菊なのか?」
「俺、この植物はポーションでもあまり使われない薬草だと思ってた……」
口に運び、殆どバジルと変わらない爽やかな味わい。チーズの濃厚さ。ナッツの香ばしさ。ガーリックの力強い香りを次々に感じていく。
食感もさることながら、味の移り変わりに感動を覚えている遠征組とは違い、胡散臭い物でも見るように警戒して食べる補給組の一部の辛気くさい空気は、真白を苛立たせていた。
「むぅ……」
「真白、食事中ですよ?」
「でもー……」
補給部隊の中でもリュート様に対して良い感情を持たない人たちは、ロン兄様が一番遠い場所へ配置した。
しかし、それでも目に付く。
リュート様は慣れた様子だが、真白は過敏なまでに反応している。
それだけ、リュート様への想いが強く、また、相手の負のオーラというものが大きい。
ああいう手合いは相手にしないほうが良いと知っているし、今現在、何が出来るわけでもないので、真白の意識を逸らそうと声をかけた。
「真白、負のオーラに目を向けて食べるのは体に良くないですよ? 蛍とお父様の和やかなやり取りを見て、和みながら食べていれば良いのです」
「んー……」
ふてくされた顔をしていた真白は、私の言葉の通りに蛍たちへ視線を向ける。
すると、何を思ったのかチラチラと私へ期待の入り交じる視線を向けてきた。
「ねーねールナ。真白ちゃんも、蛍みたいに『あーん』して欲しいー!」
そんな素直で可愛らしいおねだりを断ることなど出来るはずが無い。
フォークでパスタを巻き取り、真白の前へ差し出す。
「はい、あーん」
「わーい!」
嬉しそうにパスタを啄む真白と同じように、お父様から直接パスタを貰っていた蛍は、嬉しそうにパスタを食べている。
まあ、角度が違うと蛍がフォークに刺さっているように見えるかもしれないが、口の位置の関係上、仕方が無い事だ。
私からパスタを貰った真白も、機嫌を直してパクパク食べている。
こういう素直なところが可愛らしい。
今頃、チェリシュもオーディナル様や創世神ルミナスラ様と一緒に、食事を楽しんでいる頃だろう。
オーディナル様と創世神ルミナスラ様も、チェリシュの可愛らしさに和んでいるはず!
懸念点があるとするなら、知識の女神様が、その現場に凸していなければ良いのだけれども……
「うん、いい塩加減ダネ」
「こういう絶妙な味っていうのかな。俺好みの塩梅がルナの料理って感じなんだよなぁ。不思議なほど味覚に合うっていうのかな、文句なしに旨い」
しみじみと、一口一口を噛みしめるように食べるリュート様は、やはり我慢してくれていたようだ。
彼の口ぶりに黎明騎士団の面々は気分を害さないか心配だったが、彼らも同感らしく、リュート様と同じように頷きながら口いっぱいに頬張っていた。
あの……モンドさん? それ以上、口に詰め込んだら咽せますよ?
アルコ・イリスたちも、パスタを取り込んでぴょこぴょこ跳ねたり、フルフル体を震わせたりしている。
美味しい表現も人それぞれであるように、従魔によって違う。
特に、六花は、ぽよんぷるんっという感じで跳ねて震えるのだ。
これも可愛らしい!
フォークに巻き付いて必死に食べている蛍も可愛い。
私のフォークから啄んで食べている真白も可愛い。
何だろう……私の周囲は癒やし空間かな?
「夜はカルパッチョにしますから、蛍の好物を並べましょうね」
私の言葉が嬉しかったのか、もくもく食べていた蛍がピタリと動きを止めて、両腕を上げてバンザーイをして見せた。
「そうか、蛍ちゃんは生魚が好きなのだな。私か? う、うむ。最初は苦手だったが、ルナちゃんのおかげで美味しくいただけるようになった」
お父様の言葉で更に嬉しくなった蛍がプルプル震える。
どうやら、夜が楽しみだと言っているのだろう。
通訳の必要など無いほど、完璧に意思疎通をこなす蛍とお父様に、奇妙な縁を感じる。
こういうのを相性というのだろうか。
「真白ちゃん、この水辺の雛菊のジェノベーゼソースパスタ好きー! 蛍がとってきてくれたマールがプリプリして美味しい!」
「だな。新鮮で、冷凍処理を行っていないのに、こんな身が締まった新鮮なマールは初めてだ。キャットシー族もマールが好きなんだぞ」
「そうなのっ!? 真白ちゃんと気が合いそう! ……って、あれ? モカたちとはもうお友達だったー!」
「良かったな」
リュート様の大きな手で撫でられて嬉しかったのか、真白は「えへへ」と笑う。
昼食のメニューは、パスタとパン。あとは、簡単なフルーツヨーグルトであるが、どうやら満足して貰えたようで安心した。
パスタの作り方は、ある程度の人が習得したようで、夕食時に誰が何を担当するかという話題で盛り上がっている様子がうかがえる。
特に腕を上げていたのは、黎明騎士団だ。
おそらく彼らは、リュート様との遠征を考えて、私が居ないときでも満足させられる食事を提供しようと頑張っているのだろう。
私がリュート様から長時間離れる事が出来るようになるのは、まだまだ先の話だけれど……それまでに、どこまで上達していくのだろうか。
「ルナちゃん……パスタよりパンばかりダネ。やっぱり、ベオルフが作った料理のほうが口に合うのカナ」
「え、あ……無意識……ですね」
もくもくと食べていたパンに視線を落とす。
丸くて食べやすい、なんとも優しい味わいのパンである。
これは、私の体を考えた時空神様とオーディナル様が、ベオルフ様に頼み込み、物々交換で入手してきてくれた物だ。
最近気づいたのだが、ベオルフ様の作った料理は他の料理と違い、何の抵抗感も無く食べられる。
言葉にすると変な現象なのだが、自分も含めたベオルフ様以外が作った料理を口へ運び咀嚼し、飲み込むときに薄膜を通すような違和感を覚えるのだ。
おそらく、何らかの理由があるのだけれども、その真相を知るオーディナル様と時空神様は、語って聞かせてくれない。
私が思うに、オーディナル様が私やベオルフ様が作った食事以外を口にすることが出来ないという、その現象と似ている気がする。
ただ、オーディナル様とは違い、全く食べられないという話では無いが……
私にも、何らかの制約が発動していて、ベオルフ様の料理以外は、まともに食べられない……とか?
「ルナ。ジャムもあるからつけて食べたらどうだ? ベリリジャムとノエルのリンゴジャムもあったよな」
「そうでした! いただきますっ」
リュート様に勧められてパンにジャムをつけて食べる。
ノエルのリンゴは美味しくいただけるし、チェリシュのベリリジャムも同様だ。
しかし、自然と手が伸びるのはノエルのリンゴジャムだ。
これも、ベオルフ様が作ってくれたらしい。
むぅ……自分の料理よりも、ベオルフ様の料理に手が伸びる……
「まあ、回復量が違うのと、彼の力はルナちゃんにとっての薬だからネ。弱っている今は、更に体が欲しているんデショ」
「なるほど……時空神、迷惑かけるけど……」
「そこは任せテ。父上達から許可を貰っているからネ」
「負担にはならねーのか?」
「今回、それだけ二人が頑張ってくれた証ダヨ。物々交換の条件は色々あるけれども、ユグドラシルが本人達の料理を交換するなら……と、手を加えてくれたんダ。本当にお疲れ様」
何を頑張ったのだろうと、問いかけたりはしなかった。
思い当たる節はある。
ユグドラシルが関与していることで、大変では無い事などありはしないのだから。
不思議なことに、ベオルフ様関連では五月蠅い真白も、このパンだけは私から奪おうとしない。
本当は食べたいのだろうと判っていたので、ちぎって渡すと、ぱぁっと顔を輝かせる。
しかし、戸惑ったようにパンと私を交互に見て、どこか遠慮がちだ。
「一緒に食べた方が美味しいので、遠慮しなくて良いですよ?」
「う、うん……でも……ベオルフがルナの為に作った物だし……」
「一緒に食べて、ベオルフ様にお礼を言いましょうね」
「……わ、わかったー! えへへ……美味しいねっ」
「そうですね。とても優しい味がします」
何の変哲も無い素朴なパンだ。
おそらく、旅の中で時間を割いて作ってくれた物だろう。
だからこそ、その気遣いや手間を惜しまない彼の心遣いが嬉しい。
それは、真白も同じだったのだろう。
喜びを全身で表現しながらパンを食べている。
「んー……俺もパン作り、本格的に頑張るかなぁ」
「リュート様はお忙しいのですから、無理はしないでください。それよりも私が作った料理を、美味しそうに食べてくださる方が嬉しいです」
「俺もルナになにかしたいんだけどなぁ」
「普段から十分よくしていただいております。これ以上求めたら罰が当たると思いますよ? むしろ、これ以上は仕事を増やさないでください」
「うーん……」
「リュート様もベオルフ様のパンを食べて、少し休んだ方が良さそうですね」
何か言おうとした彼の口にベオルフ様特製のパンを押しつける。
それをもぐもぐ食べたリュート様は、目を見開き、数回瞬きを繰り返す。
丁寧に咀嚼して飲み込んだリュート様は、私を見て微笑んだ。
「すげー優しい味だな。なんつーか……ベオルフのルナへの想いが込められていて、俺が食べるのはもったいねーって思っちまう」
「あー! それわかるー!」
リュート様と真白が意気投合している様子だが、そうなのだろうかと手にしたパンを見つめる。
想いが込められたパン――
誰かが相手を思い作った料理は、とても美味しくて……心が満たされてあたたかくなるものだ。
遠い過去。
前世に、そのぬくもりを持つ記憶が残っている。
優しい両親と兄に囲まれて過ごした楽しい思い出たち。
少しだけ、母と兄の手料理が恋しくなる。
兄の料理ならまた食べられるだろうと、そろそろ夢で会うことになるはずの兄に、少しおねだりをしてみようかと考えた私は、意味深に微笑むのだった。
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