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第十三章 グレンドルグ王国
13-1 混ぜるな危険
しおりを挟むニア・ファクティス先生の魂を送った日から三日が経過した。
私たちは、未だ砦に滞在している。
それは、エキドナが振りまいた病を聖都に持ち込まないための対処であった。
イーダ様とマリアベルのお祖母様が派遣した神殿の神官が全員を検査し、病状が落ち着くのを待ったのである。
エキドナ達の問題は未だ解決していないままではあるが、二日後に聖都へ戻る許可が下りたところだ。
「ポーションとルナのレシピで作った料理のおかげで、想定していたよりも短期間で乗り切ったな」
眼鏡をクイッと上げて笑うリュート様を見上げて、私はウンウンと頷く。
デスクワークが終わらない彼は、ここ数日、書類とにらめっこしていることが多かった。
周囲の確認は黒の騎士団が主に動き、内部の連絡役は黎明騎士団が受け持っている。
いや……それだけではない。
彼らは、動けない私の代わりに、食事当番を買って出てくれたのだ。
ナナトやキャットシー族が手伝ってはくれているようだが、彼らの腕前は、ここ数日で格段に上がっていた。
「これなら、リュート様がルナ様を置いて討伐へ出ることになっても、食事で文句を言われることは無いっすね!」
……と、これまた一言多かったモンドさんが、ガッ! と音がするほど蹴られたのは言うまでもない。
普段、どんな攻撃からも守っていたモンドさんのアルコ・イリスも、これはスルーしていた。
モンドさんと契約をしているけれども、リュート様の命令が最優先とでも思っているのではないだろうか。
それだけが心配である。
そして、ここ三日。
何より問題だったのは、暇な時間を見つけてコソコソと話し合いをしているリュート様とオーディナル様だ。
この二人、放っておいたら何をしでかすかわからないと、このときになって初めて気づいたのである。
その原因となったのは、彼らの完成させた『ある物』が原因であった。
「ルナー! 見てくれ! これ、凄くねーかっ!?」
「……あの……リュート様? これは?」
「このボウルの部分に、小麦粉と卵、水と塩を入れて捏ねるモードにするだろ? で、捏ね終わったら、今度は圧縮して押し出すんだ。そうすると、下の穴から生パスタが出てくる。それを乾燥させれば乾燥パスタも出来るんだ! どうだ? 凄くねーかっ!?」
「まあ、僕とリュートにかかったら、こんなものだな」
嬉しそうに報告してくれるのは有り難いのだが、この二人は何をやっているのだろうか……あ、いや、一人と一柱だった。
呆然としている私の目の前で、リュート様とオーディナル様は「ここが大変だった」「この微調整が……」と、詳しい説明をしてくれるのだが、そういう話では無い。
何と言って良いか困っていると、私の様子を見に来たマリアベルがリュート様を一喝した。
「リュートお兄様? そういう物を作る暇があったら、さっさと報告書をまとめてください。提出期限が迫っているのですよ? オーディナル様も、邪魔をなさらないでください」
「は、はい」
「そ、それは……すまん」
怒るマリアベルの気迫に、リュート様とオーディナル様が反射的に謝罪するが、慌てて口を塞いだロン兄様の顔色は真っ青だ。
リュート様に怒っているだけならまだしも、オーディナル様に怒鳴りつけているのだから、そうなっても仕方が無い。
しかし、怒鳴られたオーディナル様は気にした様子も無く、私に笑いを含んだ声で呟いた。
「さすがは、僕の愛し子の弟子……」
「オーディナル様がリュート様の仕事の邪魔をするからですよ?」
「いや、つい……こういう物作り談義になると楽しくなってしまってな」
「全くもう……そういえば、ベオルフ様の方は大丈夫そうですか?」
「あちらは今、ナルジェスの館へ移動中だ。ピスタ村も無事に浄化されたから問題はあるまい。あの鎮魂歌が、全てを洗い流してくれたからな。二人ともご苦労だった」
「それなら良いのですが……犠牲者が多く出たと聞いたので……ベオルフ様が心配です。何せ、会話ができておりませんから……」
「そうだな。それは……うーむ……今回、力を無理に使った代償というより……僕の愛し子の力が安定していないせいだろうという結論が出た」
「え?」
これまで、ベオルフ様と会話ができないのは、ベオルフ様サイドでは無理に力を使い、私サイドでは『保険』が発動したせいかと思っていた。
だが、どうやらそうではないらしい。
「何と言えば良いのか……おそらく、これからも毎月、こういう期間が出来てしまう」
「毎月……? え、あ……あの……もしかして……」
「うむ。まあ……そういうことだな」
「そんなああぁぁっ……あ、アイタタタ……うぅぅ……体が正常な状態へと戻りつつあるというだけなのに……酷いです……」
リュート様の作業用デスクに備え付けられたカゴの中で、シクシク泣いている私を見て、慌てて真白が飛んでくる。
「ルナ、どうしたのっ!? あー! オーディナルが虐めたんでしょー! もー! ベオルフに言いつけてやるー!」
「ち、違う、誤解だ! 僕では無い!」
「……じゃあ、リュート?」
「冗談はやめろ! ヘタな事いったら、ルナが連れ戻されるだろうが!」
「そうだぞ。僕と違って、ベオルフは容赦の無い男だからな……そういうところはキッチリしてくるぞ。ベオルフの『お兄様ガード』は最強だ。つまり……何人たりとも近づくことができんから、二度と会うことは……」
「マジでやめて!」
真白を必死に止めようとするリュート様とオーディナル様を見て、「この二人、いつの間にこんなに仲良くなったんだろう……」と考えながら、カゴの中でくすんっと鼻を鳴らした。
とりあえず、オーディナル様の説明で、毎月一週間とは言わずとも、五日ほどは確実に会えない期間ができたことを理解したが……さすがに辛い。
それは、私にとって、とても辛いことであった。
「まあまあ……大騒ぎですね」
穏やかな声をかけて部屋に入ってきたのは、聖泉の女神ディードリンテ様だった。
朗らかな笑みを崩さず、相変わらず清楚で優しいお姉さんという感じである。
「あ、丁度良いところに! ディードリンテ様……」
「ディード」
「いや、でも……」
「私も仲間……でしょう?」
「あ……うん、そうだよな。ディード、頼む……真白を止めてくれ!」
「うふふ、しょうがないですねぇ」
情けない声を出すリュート様の言葉に頷いた聖泉の女神ディードリンテ様は、ヒョイッと真白を拾い上げて「ダメですよ?」と微笑みかける。
彼女の足元にいるラエラエたちも「くわくわっ」と何かを訴えかけていた。
「しょうがないなー。あ、そうだ! ディード、ルナのために温泉卵を作りにいこうよー!」
「ええ、そうしましょう。チェリシュも誘って参りましょうね」
温泉卵の味に目覚めた真白は、早速食事に一品を加えるべく行動を開始する。
こういう時ほど素早い。
「あ、待て待て、ディードリンテ。二日後には帰還するらしいから、それまでには準備をしておくようにな」
「オーディナル様の創った温泉も、移動するのですか?」
「いや、ここへ置いていって欲しいと僕の愛し子に頼まれたからな。それはナシだ」
「わかりました。では、そのように準備いたしますね」
真白を回収した聖泉の女神ディードリンテ様――いや、ディード様は部屋から出て行ってしまった。
最近では「ディード」と呼ばなければ拗ねてしまうくらい、私たちに仲間意識を持ってくれている。
おそらく、リュート様も「ディードリンテ」なら躊躇いもしなかったのだろうが、愛称呼びには多少抵抗があったようだ。
しかし、彼女には全く他意がないことも判っていたので、リュート様は愛称呼びをするようにしたようである。
これでディード様が心から安心し、気兼ねなく笑ってくれるなら安い物である。
そして、先ほど彼女が言っていた温泉だが、勿論、元々あったものではない。
此方の世界へ戻ってきたオーディナル様が、足湯を褒め称える人々の声を聞き、本格的な疲労回復を考えて創ったのだ。
おそらく、この砦の名物となるに違いない。
旅人の体を癒やし、安全な寝床を提供する砦は、これからも沢山の人を守ってくれるだろう。
「しかし、先に聖都へ送り届けるのは、アレンとアクセンだけで良かったのか?」
「ああ、本当はキュステに戻って欲しかったんだけど……母さんが戻らねーからストッパーが必要で……」
「なるほどな。それは仕方あるまい。僕の愛し子の母代わりとして気遣っているのだ」
「まあな……ずっと母親の顔でいるなら問題ねーんだけどさ……聖都から出ると血が騒ぐのか、ついつい……な」
「困った母親だな」
「そういう人だから、親父みてーなのをなんとかできたんだと思うし……」
「それは間違いないな」
ふぅ……と、同じタイミングでリュート様とオーディナル様が溜め息をつく。
……やっぱり、この二人……前よりも仲良くなっていませんか?
カゴの中で、殆ど動けない置物と化している私は、二人を下から見上げ、ピトリとくっついてくる蛍と六花に肩をすくめて見せるのであった。
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