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第十一章 命を背負う覚悟
11-50 アップルパイ
しおりを挟む全員が薬味たっぷりのスープとガーリックトーストを食べ終えたのを見届け、私と元クラスメイトたちが動き出す。
お手伝いとして、キャットシー族も来てくれたが、立とうとしたリュート様にはチェリシュと真白だけではなく、召喚獣たちもお任せしてしまった。
今回は、食べ物が食べられるようになっても彼から離れることなく戯れ付いている様子なので、リュート様が動くだけでとんでもないことになってしまう。
「では、手はず通りに――」
私がそう言った瞬間、時空神様が此方を見て「ちょっと待っテ」と声を上げた。
「どうかされましたか?」
「アップルパイを出せば良いんだよネ?」
「あ……はい」
「ご飯を食べている間に動くのも面倒ダシ……これくらいイイヨネ」
パチンッと指を鳴らした時空神様は、得意げに笑う。
何が起きたのかと目を瞬かせていたら、テーブルの上にあった食器が綺麗に消え、次の瞬間にカットされた熱々のアップルパイと、冷たいアイスクリームを添えた皿が出現した。
シナモン有りと、シナモン無しのアップルパイが並び、キャットシー族の子供達が頑張って作ってくれたアイスクリームが添えられているプレートは、とても華やかで人目を引く。
「まぁ……見た目が素晴らしく美しいですわね……お花が可愛いですわ」
「甘いリンゴの香りがする……」
すぐにイーダ様とトリス様が反応してくれたが、その言葉に、チェリシュと真白が得意げな笑みを見せる。
「チェリシュと真白が頑張ってくれたんです。網状で小さなお花が乗っている方がシナモン無しで、花形にくりぬかれている方が、シナモン有りです」
私の説明を聞きながら、大きく反応を示したのは召喚獣たちだ。
リュート様の背中からアップルパイを眺めているのだけれども、もふもふたちからもみくちゃにされているのに、怒りもしないで「おーちーつーけー」と言っている姿は、心優しい青年でしかない。
さすがはリュート様! チェリシュや真白以外の扱いもなれていますね!
主以外には、他人行儀なところが残る召喚獣たちだが、リュート様相手だと勝手が違うようで、全力で甘えているようだ。
本能的な部分で、絶対に守ってくれそうな安心感を抱いているのだろうと納得した私は、うんうんと頷いていた。
「リュート・ラングレイは、召喚獣たちに愛されているのですねぇ……羨ましい限りですねぇ」
「アクセン先生も頼られていると思います。あの子たちが困ったときは、アクセン先生の話を聞きたいと言っていますから」
「本当ですかっ!? それは嬉しいですねぇ」
本当に嬉しそうに微笑むアクセン先生は、ラミア襲撃時に見た姿とは別人のようだ。
鋼線を操り戦う。
あの姿だけ見ていたら、教師として授業をしているよりも、戦っている方が得意なのではないかと思える。
まあ……召喚獣愛が凄まじすぎて溢れ出る知識と暴走という姿も、また……召喚術師の教師としては適性があると考えられるのだが――
「ほら、ルナちゃん。準備は終わったカラ、アップルパイを食べようネ」
「あ……でも、これも説明を……」
「リュート様に見とれて聞いてなかったっすか?」
「シーッ! えーと、俺たちとマリアベル様で、あちらにも説明しておきましたから、もう大丈夫です」
「此方は僕が担当しておりましたので、問題ないと思います」
問題児トリオにそう言われた私は、全く耳に入っていなかった事に驚き、小さな声で「すみません」と謝罪する。
さすがに、もふもふと戯れるリュート様を見ていて話を聞いていなかっただなんて……恥ずかしすぎます!
「アップルパイも、食べて良いのですわよね?」
「あ、はい。どうぞ、お召し上がりください。おかわりは自由ですが、アイスは限りがありますので……」
「わかりましたわ!」
満面の笑みで頷いたイーダ様は、フォークを手に取って、先ずは、熱々のアップルパイを一口大に切り取って頬張った。
「っ!?」
あ……もしかして、火傷したかも?
心配になっていた私を見つめ返してきたイーダ様は、明らかに奇妙な動きを見せる。
手をパタパタさせて、めまぐるしく表情を変えていた。
「落ち着けイーダ。アップルパイは逃げはせん。それよりも、火傷はしておらんか?」
コクコク頷くイーダ様に、私とレオ様はホッと安堵の息をつく。
丁寧に咀嚼してコクリと飲み込んだイーダ様は、頬を紅潮させて私に興奮した様子で話しかけてきた。
「凄いですわルナ! サクサクッとして、中のリンゴがトロトロで……本当に美味しいですわ!」
「今食べた方はシナモン無しの方ですが、シナモンがあると、また風味も変わりますし、試してみてください。あと、アイスクリームを絡めて食べると絶品です」
「この白い物よね? ……え……あ、えっ!? つ、冷たいですわ! クリームだと思っておりましたのに……」
「凍らせてあるんです。キャットシー族の子供達が、頑張って作ってくれました」
「僕たちは、遊んでいただけですにゃ~」
「楽しかったのに、美味しいですにゃぁ」
「うまうまにゃー」
アップルパイを頬張って、パイの食べかすを口の周りにつけて、それでも嬉しそうに食べているキャットシー族の子供達が可愛らしくて……その姿を見てニコニコしていたら、リュート様から「マジかぁ……」という声が漏れたことに気づく。
「リュート様?」
「いや……すげーなって思ってさ。このパイ生地……すごいな。何層になってるんだ? サクサク感が半端ねーんだけど……しかも、バターのコクと香りもシッカリ残ってるし、軽いんだよなぁ」
「ご満足いただけたようで、良かったです」
「これを作るの大変そうだったからさ……」
「皆さん苦戦してましたものね」
「いつもと勝手が違ったみたいだし……いや、それもそうなんだけどさ、このリンゴを煮詰めた中身も旨いんだよな。トロッとして甘みと酸味が絶妙っていうの? それに、アイスクリームも、熱いのと冷たいのとで、絶妙なバランスだなって感心しちまった」
「シナモンはどうでしょう」
「ああ、俺は断然シナモン有り派だな。香りがすげーいいわ」
「そこまでおっしゃっていただけたら、作った甲斐がありました。ノエルも喜ぶと思います」
満足げに食べているリュート様の周囲では、アップルパイを食べた召喚獣たちが先ほどのイーダ様のように、小さく悶えている。
もしかしたら……気に入ったのかな?
よく見ると、真白はいつも以上に高速で啄んでいるし、チェリシュもベリリのデザート並みの頬張り方をしている。
ノエルのリンゴなので、チェリシュの新たな好物になりそうだ。
「上品な甘さですね。僕もリュートと同じくシナモン有りが良いですね」
「私は少し苦手だ……」
「じゃあ、交換しましょうか」
「うん」
相変わらず仲が良いようで、シモン様とトリス様が交換して食べているが、黙々と食べているイーダ様の横では、苦笑を浮かべたレオ様が肩をすくめていた。
「回復力が凄いな……これで、少しでも動けるようになれば良いのだが……」
「無理すんなよ。この砦がある間は、なんとか持ちこたえられるはずだ。親父たちが夜までには到着するだろうし……それまで冷静に動かねーとな」
「判ってはいるが……その夜までが一番危険だという事も理解している」
レオ様の言葉に、リュート様の眉がピクリと動く。
「お前ばかりに負担をかけるわけにもいかんだろう。いつものように動けずとも、何か出来ることをしたいではないか」
「だったら、食ったら寝てろ。襲撃があったときは、嫌でも動かなきゃならねーんだからさ」
「……そうだな。焦っても仕方が無いな」
「お前……少し変わったか? 今まではイノシシみてーに突っ込むばかりだったが……視野が広くなった感じだ」
「いつまでも、お前の背中を追っていられない。自分の成すべき事くらい――判っているつもりだ」
「そうかよ。だったら、今回は我慢の時だって判ってんだろ? 大人しくしてろ」
「……時々、お前のその豪胆さが羨ましくなる。年不相応な貫禄というか……うーむ……言葉で言い表すのは難しいな」
それはそうだろうと私とロン兄様と時空神様は無言で視線を合わせてしまう。
リュート様は前世の記憶がある。
この世界の実年齢とは違う経験を積んできたため、とても落ち着いたものの考え方をしているが――いや、これは彼の性格もあるのだろう。
合理的なだけではなく、マルチタスクであるため、彼の考え全てを把握しようとするのは難しい。
特に、危機管理能力がずば抜けている。
それは、前回の襲撃の時に痛感した。
彼は、私たちの見えない何かを見ることができ、予測して動く。
一本の矢に込められた意図を瞬時に理解して阻止した手腕には、誰もが驚いたことだろう。
「んー……おそらく、リュート様がマリアベルを守ったときの衝撃が忘れられないのかもしれませんが……アレは、リュート様だったから理解出来たのだと思います。そこへ達するのは、何年も危機管理を意識して積み重ねないと無理ではないでしょうか。積み重ねてきた時間が違うと思うので、焦っても仕方がありません」
私の何気ない発言に、レオ様はぐぅと唸って黙り込む。
さすがにストレート過ぎただろうか……
少しだけ考えて、私は再び口を開く。
「自分に無い物は、よく見えます。でも、出来ないことを求めるより、いま自分に出来る事を探す方が有意義ですし、心の平穏や成長にも繋がる……。そう、私の兄代わりの方が言っておりました」
ベオルフ様によく言われたことだ。
自分に出来ないことが見えて、相手が普通に出来ていたら焦ってしまう。
特に、ベオルフ様のように優秀な人が側にいた私は、焦ることが多かった。
前世の記憶を取り戻す前は、その傾向が顕著であったように思う。
まだまだ幼かったからだと言えば、それまでだが……彼は当時から落ち着いていたし、考え方が大人だった。
「ルーも……よく言われた……なの?」
「ええ、私の側には、とんでもなく優秀な人がいましたからね。それはもう大変でした。よく、焦らなくても良い、自分のペースで前に進むのだと諭されて……でも、その後の言い方が酷いのです。厄介ごとを起こすほどの好奇心に振り回されない日々は、それはそれで退屈だとか言い出したのですよっ!? 私、そんなに振り回してなんて――」
そこまで言ってから、はたと気づく。
振り回して……いた気がする。
好奇心の赴くままに動き、フォローしてくれていたのは彼だ。
常に繋がっている感覚があるからか、記憶が無かったので当時は今ほど意識できる物では無かったが、それでも時間があれば様子を見に来てくれていた。
私の記憶が改ざんされて、言っていることがおかしく、辻褄の合わないときがあったとしても、気にすること無く来てくれていた事には感謝しか無い。
「振り回していた……なの」
「これは心当たりがあったみたいだよねー」
お子様組の声が聞こえてきて、私は返す言葉も無く両手で顔を覆った。
「うぅぅ……」
「ルナちゃんにも、そういう時期があったんだねぇ……リュートにもあったよ、そういう時が」
「ロン兄っ!」
リュート様が私を微笑ましそうに見つめながらアップルパイを頬張っていたのだが、飛び火した方向が悪いと言わんばかりに声を張り上げる。
「騎士科に入ってきた時も、色々とやらかしてくれたからな……」
「オルソ先生までっ!?」
「それは興味がありますねぇ」
「悪先は止めろよ!」
途端に賑やかになったリュート様の背中に、召喚獣たちがのしかかる。
『なになに~? 聞かれたらマズイことなの~?』
『何やらかしたの~?』
『聞きたいー!』
もふもふたちに戯れ付かれているリュート様は、「違う、誤解だ」と言っているけれども、彼らは聞く耳を持たずに騒いでいた。
「きっと、真白ちゃんより大変なことをしていたに違いないー!」
「お前のバグ騒ぎで、オーディナルが右往左往している状態なのに、よく言えたな……」
「あーあーあー、真白ちゃんは何も聞こえないー」
「まーしーろー」
「にぎゃーっ! モニモニはやめてええぇぇ、いま……今はアップルパイを食べてるのにぃぃぃっ!」
「チェリシュが責任を持って、食べておきますなのっ」
「その責任の取り方はしないでええぇぇぇっ!」
哀れ真白は『モニュモニュの刑』となり、チェリシュと召喚獣たちに笑われている。
リュート様の周囲だけ、本当に可愛いが溢れていてどうしましょう!
この光景を、お母様にも是非見ていただきたいです!
「まあ、焦らずやるとイイヨ。その気持ちがあれば、少しずつでも前へ進んでいけるはずダ。リュートくんだって、最初からできたわけじゃナイ。これまで積み重ねてきた時間があるんだからネ。時間をないがしろにするものじゃないヨ」
さすがの時空神様である。
時間に関する言葉の重みが違う。
レオ様もそれを感じ取り、神妙な面持ちで頷いた。
「特に、リュート様は極限状態で長期間放置されている事が多かったっす」
「むしろ、自分をないがしろにした結果、ああなったから……褒められたもんじゃ……」
「見ている此方の寿命が縮まりそうなので、レオ様はレオ様らしくあってください」
「……俺らしい……か」
「病気になっていると、心が弱ります。心身共に健康であらねば……ですよ?」
時空神様だけではなく、問題児トリオと私に言われた言葉を噛みしめ、レオ様はいつもの笑顔を見せる。
「そうだな。らしくもなく悩んでしまった。いや……実際、今も悩んではいるが……積み重ねてきた物を無視して、持っている物だけを考えるのは違う。リュートに失礼であったな」
「んー? お前は俺と背負っている物が違うんだ。俺と同じであっては困る。そろそろ、覚悟を決めろよ」
「……そうだな。今回、色々考えさせられた。覚悟の時かもしれん」
「遅ぇーんだよ」
「本当ですよ」
「お前ら……皆まで言うな。それは、俺が一番理解している」
ガックリと肩を落としたレオ様だったけれども、その表情は晴れ晴れとしていた。
長く悩んでいたことに答えが出た――そんな感じだ。
その悩みを共有していたらしい、リュート様とシモン様は、ニッと笑って満足げである。
つまり……良い方向へ、レオ様は答えを出したという事なのだろう。
「これから、忙しくなるぞ……」
「教師には心当たりがありますから、遠慮無く相談してくださいねぇ」
「アクセン先生は、お見通しだったのか……」
この教師は侮れん……と、レオ様は深い溜め息をついて皿の上にあったアップルパイを食べて笑う。
「このパイ生地というのは、何層にも積み重ねられて作られていると言っていたが……こういう風に沢山の事を積み重ねて、それを感じさせない、サックリとした人でありたいな」
「そんな大層なものでは……」
「いや、それくらい凄いものだ。よし、もう一つ食べよう。縁起が良いかもしれん!」
晴れ晴れとした顔つきでアップルパイを頬張るレオ様を見て、「ああ、この人はもう大丈夫だ」という言葉が頭に浮かぶ。
ここのところ思い詰めた表情をしていたので、自分が考えていた以上に心配していたようだ。
思い詰めた顔をしている人は、もう一人知っているが……此方は根が深そうである。
それでも、今は元気になったレオ様を見て嬉しいのか、ニコニコしながらアップルパイを食べている。
彼女の笑顔があまりにも優しくて綺麗だったので、「おや?」と首を傾げてしまう。
幼なじみ相手に持つ感情なのか、それとも――そう考えていた私の背後に、人の気配がして振り返ると、マリアベルがコーヒーの入ったピッチャーを手に持って立っていた。
「お姉様は鈍いですから……お師匠様、コーヒーのおかわりはいかがですか?」
「……え、えーと……お願いします」
前半の言葉は私にしか聞こえなかっただろう。
ボソリと呟く鋭い妹には、何が見えているのだろうか。
笑顔のままコーヒーのおかわりを注いでくれる弟子を見上げ、意味深なその微笑みに含まれる何かに、引きつった笑みを返すことしか出来なかった。
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