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第十一章 命を背負う覚悟
11-31 彼がもたらす安心感
しおりを挟む前世の実家――夢野家の定番ドリンクは効果があったのか、ヤトロスの顔色は良くなっていた。
私がハーブや香辛料を使って作る料理に効果があるのなら、食べたり飲んだりするだけで体調は良くなっていくはず……
しかし、出血量が多かった分の回復は見込めないので、出来るだけ安静にして欲しい。
おそらく、リュート様もそういう考えなのだろう。
自分を悪し様に言う相手でも、魔物の被害者に優しくできるリュート様は人が出来ている。
そんな彼が相手だからか、ヤトロスは何も反抗することなく大人しくしていた。
明らかに元気の無い姿である。
体が辛いのか……それとも別の理由があるのか。
彼の心情は判らないが、リュート様と事を荒立てる気は無いようである。
「最後のピザを焼くぞー!」
「うーっす」
作業をしながらもリュート様の方を気にしている元クラスメイトたちは、慣れているのか何も言わない。
しかし、不満を持っているのは確かだ。
ロン兄様なんて笑顔を貼り付けているだけなので、マリアベルからキツめの肘打ちを食らっていた。
ま……マリアベル……強いですね。
「マリアベル……」
「ロン兄様……弟思いなのは良いことですが、いい加減にしないと怒りますよ?」
「……ごめんなさい」
珍しい物を見た。
ロン兄様はリュート様だけではなく、マリアベルにも弱いらしい。
年下の親しい子には弱いのだろうかと考えながら、チェリシュと真白が作業台から落ちないようにフォローする。
真白とチェリシュは、モンドさんに生地を作って貰って、特製の一枚をリュート様用に作っているようだ。
チェリシュと真白と元クラスメイトたちのサプライズプレゼント? なのだろうか。
キノコやベーコンなどの見慣れた具材の他に、見慣れない何かを混ぜている。
私の見たことが無い食材だ。
それが何なのか気になったが、チェリシュに「内緒なの」と言われてしまった。
「きっと、リューは喜ぶの!」
「そうなのですか?」
「あいっ!」
自信満々なチェリシュの事だから大丈夫だろう。
おそらく、春に収穫される野菜の一種だと思い、完成したピザをモンドさん達に追加で焼いて貰うように頼んだ。
真白も器用に翼を使って具材をちりばめて満足したのか、お子様組はきゃっきゃと可愛らしく笑っている。
「今焼いているので、終わりっす」
「ありがとうございます。セッティングも、ほぼ終了ですね」
「リュート様が出してきた料理を冷めないように加工したプレートがすげーっすね」
「ずっと前に必要で作ったのを思い出したらしいのですが……凄いですよね」
「リュート様の頭の中ってどうなってんのかなー」
「料理へのこだわりが凄すぎだろ」
「まあ、異名通りだよな」
楽しそうに笑いながら作業をしている元クラスメイトたちの言う通り、リュート様が準備してくれたアイテムは、食べ物が冷めないように保温をしてくれるプレートであった。
マリアベルは被災地で見たことがあると言っていたので、その時に冷めた料理を食べさせたくないという彼の配慮で作成した物なのだろう。
「焼きたてのピザが冷めないのは良いネ。しかも、時空間魔法の着眼点が良いヨ」
時空神様はご満悦の様子でプレートを指で突いていた。
外見は黒い石に見えるプレートに、リュート様の技術が詰まっている。
「保温プレートなんだろうけど、加熱じゃなくて熱を逃がさないというところがポイント高いヨネ」
「チェリシュが触ったときに焦りましたが、火傷する心配がないというのは有り難いです」
「おそらく、それを考えて造ってあるんだろうネ」
常に子供の行動を考えて造られる製品。
小さな子供を持つ親の心を鷲づかみにしそう……と考えながら、周囲を見渡した。
最後に焼いているピザ以外は、全てセッティングが終了している。
しかも、冷めている様子もない。
これなら、人が揃えば問題無く朝食を食べる事が出来るだろう。
朝食の準備は終わったし、セッティングも済んだので昼食のメニューは何をしようか考え出した私に、全員が「え?」という顔をして此方を見る。
「ルナ様……ちょっとは休みましょうよ」
「え? 考えているだけですから」
「いや、ずっと料理のことを考えるのは……」
「楽しいですよねっ」
私が声を弾ませて返答したら、何故か曖昧な笑顔を返された。
解せません。
「どうやら、人が集まってきたようダネ」
時空神様の言葉を聞いて、扉の方へ視線を向ける。
チェリシュたちポーション製造班が作ったポーションを飲んで歩けるまで回復した人たちが大食堂へとやってきたようだ。
みんな熱があるので一見顔色が良く見える。
しかし、目がうつろであったり、足元がおぼつかなかったりと、人によって症状は様々。
栄養をとって安静にしておく必要がある。
まあ……あんなものが体内に入って暴れる予定だったのだから、体にも負担がかかって当然だ。
詳細を聞けば、全員がショックを受けること間違いなしの事態である。
アクセン先生のはからいで、詳細は元気になってから伝えることにしたのは英断だ。
誰も反対する者はいなかったようだし、精神的な負担を考えれば当然かもしれない。
「チェリシュたちのポーションは、効果があったようですね」
「良かったの! リューとチェリシュの持っていたハーブも沢山提供させてもらったの!」
「まあ、念のために持っていた薬草が必要だったからな。しかし、チェリシュが育てた野菜やハーブは、品質が格段に良くなったな」
「努力の賜物なの」
ふふふーっと真白のマネをして胸を張るチェリシュの頭上に、ぽふんっと音を立てて飛び乗った真白も、何故か一緒になって胸を張る。
どうだ、参ったかー! とでも言いたげな様子にリュート様は「凄い凄い」と言いながら此方へやってきた。
そして、チェリシュの頭を撫でるのに邪魔な真白を指で弾き落とす。
すぐさま、ぴーっと私に泣きついてくる真白を受けとめて慰めていたら、何を思いついたのかぴょこっと顔を上げて無邪気な瞳で私を見つめた。
「ハーブがそれだけ効果あるなら、いっぱい食べさせたらいいんじゃないのー?」
「それはいけません。体に良い効果はありますが、摂取しすぎると毒になります。真白なら分析出来るでしょう?」
「んー……あ! ルナの言うとおりだー!」
「何でも体に良いからと摂取しすぎてはいけません。無害な物も摂取しすぎると体にとっては毒になる可能性もあるのです。何にでも適切な分量があるのですよ?」
「人の体って複雑で繊細なんだねー」
そういう捉え方もあるかと笑っていたら、真白は「ベオルフなら大丈夫そうだけど……」と言い出した。
確かに、ベオルフ様なら毒を含む食事をしてもケロっとしていそうだ。
本人に回復能力があるのも大きいが、元々そういう物を寄せ付けないというか……防御する何かがある。
「ベオルフ様と一般人を一緒にしてはいけません。あの方は、少し……いえ、かなり特殊ですからね?」
「ベオルフでも、【深紅の茶葉】は無理なのかな?」
「……判りません。案外ケロリとしてそうですが……試して欲しいとも思いません」
「ベオルフは体がタフだけど、ルナは精神面がタフだよねー」
「そうですか?」
「普通なら壊れちゃうような衝撃を受けているっていうデータが残っているものー」
「こら、勝手に調べては駄目ですよ?」
興味本位で私の事を調べている真白を注意していたら、奇妙な気配を感じた。
圧というのだろうか……思わず視線を上げてしまう。
視線の先に居たのはリュート様だ。
いつもの優しい笑顔ではなく、無表情の彼――
剣呑な色を瞳に宿しながら、腕の中にいた真白を見つめていた。
な、なんだか良くない感じが……
「真白……詳しく」
一瞬、リュート様のものだとは判らないような低い声に、私と真白は顔を見合わせた。
再度リュート様を見るが、彼は更に低い声で「まーしーろー」と言った。
「ぎゃーっ! リュートの声と目が怖いいぃぃぃぃっ!」
たまらず私の腕から抜け出して跳んで逃げる真白を、リュート様が追いかけていく。
「待て真白! 詳しく話せと言ってるだろ!」
「いーやー!」
いきなり始まった追いかけっこに、私たちはヤレヤレと溜め息をつく。
本当に元気なことである。
食堂へ来た生徒たちは、その様子を唖然とした様子で見ていた。
料理が並んでいない場所を選んで追いかけっこをしているリュート様と真白へ、「朝から元気だな……」「病気は無縁か……」「わかっていたけどさ……」という呟きをこぼしながら苦笑を浮かべる。
むしろ、元気なことで安堵を覚えている人が多いようにも感じた。
戦える人が動けないとなれば不安にもなるだろうが、リュート様が元気であれば何とかなるという安心感があるのだろう。
食堂に入ってくる人たちに笑顔が増えた気がする。
「リュート様……仮眠しかとってないっすよね?」
「愚問だ。あの方に常識は通用しない」
「忘れたのか? 三日三晩寝ていない状態でもあのテンションを保っていたぞ」
「そうだった……」
「俺たちは今にも倒れそうだったのにな……」
「あの訓練は思い出したくねー!」
「心の平穏のために忘れろ、俺!」
元クラスメイトたちが不穏な空気を漂わせる会話をしている。
なんの訓練をしていたか気になるけれども……うん、聞かなかったことにしましょう!
ヘタをすると、私も彼らのようになりかねない。
心の平穏は大事ですよね?
その間も弾んで逃げる真白を追いかけるリュート様を、何故かラエラエと召喚獣達も追いかけ始めた。
朝から元気が有り余っているのだろうか。
それにしては、どこか必死な様子で……
さすがにリュート様は自分を追いかけてくるラエラエと召喚獣達に疑問を覚えたのか、足を止めた。
すると、ラエラエや召喚獣たちと一緒に居たヌルが、何かを訴え始めたのである。
ここからでは状況を掴みづらいと判断して、チェリシュを抱き上げた私と時空神様、ロン兄様とマリアベル。
そして、何とかひと心地着いたらしいアクセン先生と、元クラスメイト代表のモンドさんとダイナスさんが、リュート様の元へ移動した。
近づくにつれて緊迫した空気を放つ召喚獣達に私たちは状況が掴めない。
これは何かあったな……そんな予感を覚えつつ顔を見合わせるのであった。
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