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第十一章 命を背負う覚悟
11-26 件の生徒たち
しおりを挟む朝食作りは順調に進み、あとは焼くだけという状態まで持って行けた頃、重い扉の開く音がした。
何だろうかという疑問と共に、音の発生源へ自然と視線が向けられる。
魔法科の誰かが後ろにいる青年達に注意をしつつも、違う生徒に呼ばれて足早に去って行く。
残された青年は4人。
4人とも熱があるのか、顔が赤い。
まだ動けるだけマシという判断も出来るが、その足取りは重かった。
おそらく、真白の診察を受けるために移動してきたのだろうと判断して、すぐに視線を手元へ戻す。
万が一ピザを食べられない人のために、ジャガイモのポタージュを用意していたのだ。
チェリシュが沢山出してくれたジャガイモを細かくしてタマネギとバターで炒めた後、チキンからとったスープを加えて柔らかく煮込んでいる最中である。
「ルナ様、次はこれを焼いたらいいっすか?」
「はい、えーと……そうですね、ここからここまでのピザを焼いていってください」
作業台に並べられたピザを確認したモンドさんが、魔石オーブン用の大きな鉄板にピザを載せていく。
その作業を眺めながら、更に口当たりの良い果物でも用意しようかと考えていた私の背後でピタリと動きを止めた気配を感じた。
普段なら気にもとめないことであったが、何か違和感を覚える。
そう……なんというか……殺気? 警戒心? ――そんな気配を感じたのだ。
「どうかしたのですか?」
振り返り見上げながら質問をした。
いつもなら笑顔を交えて返答してくれるはずのダイナスさんが、無表情のままで此方を見ようともしない。
明らかな警戒の色を見た私は、彼の視線の先に何があるのか気になって辿っていった。
ダイナスさんの視線の先には、先ほどの青年達――
ローブの色から魔法科の生徒であると理解して合点がいく。
間違い無い……彼らがリュート様と事を構えた生徒たちなのだと理解し、緊張で体が強ばった。
彼らは此方をまっすぐ見つめたまま移動してくる。
何をしに来るのだろうか……それは、私だけでは無く、背後の彼らも抱いている疑問だっただろう。
「何用だ」
聞いたことも無いようなダイナスさんの冷たい声に、先頭を歩いてきていた青年が体を震わせる。
まあ、ダイナスさんは体つきが良いので、正直にいうと怖いですよね……
おそらく、リュート様の次に元クラスメイトたちの中で怖く見える人だろうと考えながら、私も「何かございましたか?」と声をかけた。
いつの間にか、モンドさんとジーニアスさんが両サイドを固めている。
これでは意味が無いかも知れない。
しかし、彼らの気遣いが嬉しかった。
問題児トリオの迫力に一瞬気圧された様子であったが、先頭にいた青年は口を開いて声を絞り出すように話し出す。
「あ……あの……差し入れをくださったのは……貴女だと聞いたので、お礼を言いたくて……」
「俺たち、大きな魔法を使ったせいで魔力がかつかつで……」
「本当に辛かったから、助かりました!」
先頭に居た青年の言葉を皮切りに、他の二人も口々に昨夜の状況を語る。
そして、深々と頭を下げた三人は、心から感謝してくれているのだと理解した。
しかし、一番後ろにいる青年は忌々しげに舌打ちをしている。
どうやら、前にいる三人は一晩かけて考えて反省し、差し入れに感謝をしてくれたようだが、一番後ろにいる彼は納得がいかない様子だ。
「私に礼は不要です。貴方がたがそういう状態になっているだろうと察して、差し入れを頼んだのはリュート様ですから……お礼なら彼に言ってください」
「リュート・ラングレイが……?」
「あの方は、その苦しみを誰よりも知っています。長年苦しんできたので……」
私の言葉を聞いた三人は、初めて知った事実に戸惑っているようであった。
リュート様はそれを感じさせないくらい、たくさん努力をして頑張ってきたのだ。
苦しんでいる姿を見せないようにして、奔走してきた結果だろう。
しかし、その彼の努力は様々な憶測と悪意を持った嘘に塗り固められ、彼を陥れようとする者たちにとって都合の良い虚像を作り上げてしまう結果となったのだ。
否定するのは身内ばかり。
親しい者しか、彼の真実を知らない。
誤解が誤解を招くという悪循環――
リュート様は、本当に不器用な人だと思う。
ある意味、ベオルフ様のように他人へ関心を持たない人であれば良かったのだが、優しすぎるからこそ誤解を招いてしまったのだ。
自分が苦しければ苦しいほど隠してしまうのは、彼の性分である。
それを知る者が、あまりにも少ない……
「膨大な魔力を持つのに……ですか?」
「膨大な魔力を持つからこそ、補給が大変だと思いませんか? 私は魔法に詳しくありませんが、貴方たちなら予想できるはずでは?」
私の問いかけに、彼は思い当たる節があったのか俯く。
「なんだよ……凄い凄いって言われながら、ポンコツなんじゃねぇか」
無礼極まりないその一言に、背後の元クラスメイトたちが殺気立つ。
ダメですよ。
こんなことで喧嘩をしたら、リュート様の立場が悪くなります。
抑えてくださいね?
後ろを一瞬だけ振り向いてニッコリ微笑みかけた。
それだけであったのに、何故か全員が一瞬体を強ばらせ、必死に頷いて見せる。
…………なんですか? その反応は……わかったのなら良いのですが。
「先生たちに一目置かれているのも、『聖騎士』の称号を持つ家だからだろ? 神々にパシリにされているだけなのに、信頼されているとか言われて有頂天になっているだけだしさ、力だって多少強いだけだ。あんな効率の悪い魔法なんて見たことがねぇよ! 馬鹿じゃねーの?」
「おい、ヤメロよ! それとコレは別問題だろ?」
「差し入れしてくれたのだから、お礼を言うのは変なことじゃない」
「人として最低限の礼儀だろうが!」
「俺は食べてねーから知らねぇっての! テメーらが勝手なことをしてるだけなのに、なんで俺まで……」
仲間内で意見が割れているのか、頭を下げて感謝してくれた三人に諫められる焦げ茶色の髪の青年は、忌々しげに舌打ちをする。
彼からは、不満、怒り、妬みなどの感情が溢れ出てきているように感じた。
なんだろう……嫌な感じがする。
「お前も熱があるんだから、大人しくしてろよ」
「だいたい、この人達には関係ないだろ? 親切にしてもらったのにお礼すら言えないのかよ」
「ヤトロス、お前最近おかしいぞ……どうしたんだよ」
「うるせーな! みんな、リュート・ラングレイの話ばかりしやがって……何が稀代の魔法使いだよ、アイツは黒の騎士団で……魔法の力なんて必要ないだろうが!」
「必要無いことは無いだろう? 何をそんなに熱くなってんだよ」
「おい、そんな興奮するなって」
3人がかりで抑え込もうとしているのに、ヤトロスと呼ばれた青年は手負いの獣のような凶暴性を秘めた視線をまっすぐ此方へ向けてくる。
申し訳ありませんが、それくらいで私は恐れませんよ?
言っておきますが、ベオルフ様が本気で怒った時の視線の方が万倍怖いですから!
それに、そういう視線には慣れておりますし……伊達に侯爵令嬢をしていたわけではありません――と、心の中で呟く。
思い出しても憂鬱になる悪意を持った視線の数々に溜め息が漏れそうになったが、何とか笑顔を貼り付ける。
ここまでくると、『侯爵令嬢』という名の職業病では無いかとさえ思えてきた。
「ルナ様、豪胆……」
「意外と恐れ知らずだな……」
「ほら、リュート様がずっとそばにいるから麻痺してるっていう可能性も……」
「あー、リュート様は目つきが鋭いからなぁ」
後ろでヒソヒソと会話をしている声が聞こえてくる。
あとでリュート様に報告しますよ?
そう、思わなくも無いが……それよりも、ヤトロスと呼ばれた青年には、何か引っかかるものを感じるのだ。
レオ様に感じていた物に近い。
そんな考えが浮かんだ瞬間、私は迷うこと無く意識を集中させ、短く息を吐いてからジッと見つめ返す。
その瞬間、先ほどまでは全く見えなかった黒い炎のようなものが、青年を燃やし尽くすように包んでいるのが見えた。
「え……黒い……炎?」
「ルナ様、どうしたんっすか?」
「その人から離れて! 黒い炎が……!」
私の焦った言葉を聞いた魔法学科の三人は、「え?」と私の方へ視線を向けた。
それと同時に、ヤトロスが左胸辺りを押さえて呻き始める。
一番炎が燃えさかる部分だ。
「ダメ!」
何がダメなのかも判らず叫ぶ声に同調するように異変は起こった。
ボコリとヤトロスの左胸に球状の膨らみが出現する。
まるで、服の下にもともとボールでも仕込んでいたかのようにも見えるが、ソレは明らかに異様であった。
ボコ……ボコボコと動き出し、誰の目から見ても生き物が這いずっているようにしか見えない光景に声も出ない。
それでもこの状況は極めてマズイ状況だと理解した私は、必死に声を上げる。
「リュート様ああぁぁっ!」
悲鳴にも近い私の呼びかけに反応してくれたのだろう。
彼は隣室からヒラリと身を翻して駆けてくる。
私たちの異様な様子と、悶え苦しむヤトロスを見た彼は、迷うこと無く腰の刀へ手を伸ばした。
まさか――
息を呑んだ私の目の前でリュート様は無言のままに刀を構え、問答無用で斬りつけた。
冷たい刃が閃き、全てがスローモーションのように見える。
迷うこと無くヤトロスを切り裂いた刃。
その体から吹き出す赤い飛沫。
理解の追いつかない光景を、私たちはただ見つめることしか出来ずに居た。
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