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第十一章 命を背負う覚悟

11-24 奇妙な共通点

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「しかし、ルナたちを探していた竜人族か……キュステ以外に心当たりが無いな」
「キュステさんだったら、私が判ります」
「だよな」

 私の頬を指で撫でながら冗談めかして言っているが、リュート様は心当たりが無いようであった。
 交友関係が狭いから……というワケでは無い。
 むしろ、広すぎて判らないといった様子である。

「まあ、個人的に恨んでいるヤツなんて沢山居るだろうし……」

 その一言が悲しい。
 リュート様が頑張ってきた結果を見て妬む人もいれば、ジュストの件で恨みを抱いている人も居る。
 それこそ、面識も無いのに悪意を抱いている相手だって居るだろう。
 特定は難しいと断念したのか、リュート様は溜め息をついていた。

「まあ、ルナに何事も無くて良かった」
「ベオルフ様が抱えて走り出したので……相手を出し抜いて、ニヤッと笑ってました」
「それは見たかったな」

 ベオルフ様は時々性格の悪いことをするのですよ? と言っても、リュート様は笑うばかりだ。
 私にも意地悪なことをしますし――と、口を尖らせながら報告していたら、彼はぷっと吹き出した。

「それだけ、ベオルフにとってルナは可愛いんだよ」
「むー……」
「俺も時々、可愛すぎて虐めたくなるしなぁ」
「……え?」

 な、何を言い出すのでしょうかっ!?
 バッと顔を上げてリュート様を見ると、彼は既に違うことを考えていたのか、私の耳を指先で弄りながら遠くを見ていた。
 あ……あの……どうして私の耳を?
 ものすごく、くすぐったいのですが……

「ダメだな。やはり心当たりが無い。相手から接触してくるのを待つしか無いな」
「そ……そうですね」

 耳をふにふにと指で揉むようにして弄っていたリュート様の手が不意に止まったかと思ったら、次はぎゅーっと抱きしめられる。
 あ、あの……ですから……私の心臓が持たないので、急な接触は……!
 心の中で悲鳴混じりの声を上げながらも、遠慮がちにリュート様の背中へ手を回す。
 ポンポンと叩いてはいるが、彼が何を考えているのか判らない。
 どうしたのだろうか……
 心配ではあるが、落ち込んでいるという雰囲気では無いので、充電中なのかもしれない。

「あっちも大変だったか?」
「そうですね……一つ、大きなことが明らかになりました」
「大きなこと?」
「黒狼の主ハティの――力の源です」
「力の源……あまり良くない報告っぽいな」
「はい……黒狼の主ハティの力は、どうやら本人では無く他者が死ぬ際に放つマナを力としているようなのです」

 その言葉を聞いてリュート様が体をビクリと震わせた。
 私の髪に顔を埋めていたはずの彼は、私の顔を覗き込んでくる。

「それは……本当か?」
「はい。紫黒が調べてくれたようですから、間違いありません」
「ジュストが研究していた方法だな……」

 リュート様の言葉に驚きを隠せず、彼のアースアイを見つめ返す。
 ジュスト……あのジュストが、同じ研究を行っていた?

「ジュストのヤツは、人が死ぬ際に放つマナの研究を行っていたからな。母方の祖父に聞いたが、研究内容は興味深いが不可能だという話だった……それを、実現させたということかよ……」
「実際に、それで力を得ているようです。十年前の蔓延した疫病も、黒狼の主ハティのせいではないかとベオルフ様は考えているようでした」
「人の大量死を偽装するのに丁度良いということか……俺たちの世界では不可能だったが……ルナの世界には魔法そのものがないから、変な方向に魔法っぽい物が発現したのかも知れないな」
「ですから、今回の戦争も……」
「なるほど、そういうことか。奴等にとったら一石二鳥ということだな」

 私が何を言わんとしているか理解したリュート様は、とても複雑そうに眉根を寄せた。
 十年前の熱病で死んだ人たちは多い。
 その全てとは言わないが、そこから十年の間、好き勝手に力を使っていたのだ。
 力が尽きかけている今回も、同じようなことをするだろう。
 王太子殿下が死亡してからの【聖戦】は、ミュリア様と黒狼の主ハティの思惑が共に叶う計画なのだ。
 必ず阻止しなければならない。

「私たちも、そうだろうと考えて、戦争を回避させるための手段を講じておきました。切っ掛けになるのは、王太子殿下の死ですから……」
「まあ、小説の通りだと……そうなるよな」
「おそらく、今後も手駒として扱いたいミュリア様とセルフィス殿下を手中に収めるには、王族の監視下にいる二人を取り戻さなければなりません。王族の力が及ばないのは神殿なので、既に神殿関係者は取り込まれている物だと考えております」
「そうか……なるほど……でも、オーディナルがソレを許すか?」
「ヘタに干渉が出来ないようなので、今回、オーディナル様には違う方法で協力を仰ぎました」
「ああ、制約が悪さしてんのか」

 アレって厄介だよな……と、リュート様は溜め息をつく。
 しかし、その制約がなければ、神々は好き放題に力を使ってしまうので、仕方が無いのである。
 ことあるごとに干渉してしまうオーディナル様を見ていればわかるのだが、彼らは自らの力を使うことに躊躇いが無い。
 それが世界にどういう影響を及ぼすか……などということは考えていないのだ。
 制約は一種のストッパーみたいな物であると認識していた。

「で? 協力を仰いだって言うけど、大丈夫なのか?」
「はい。簡単なことなので……暴走はしないかと。ベオルフ様もいらっしゃいますし」
「あの神は結構好き勝手やるタイプみたいだし……ちょっと心配だな」
「とりあえず、ミュリア様を聖女として神殿は取り込むつもりでしょうが、【黎明の守護騎士】はベオルフ様であるということを周知させておきたいので、その為に色々と……」
「なるほど……神殿に【聖女】と【黎明の守護騎士】というカードを揃えさせたらダメなのか」
「その二枚のカードが揃えば、【聖戦】と言いながら近隣諸国に戦争をしかける可能性がありますから……」
「聖女だけでは難しいのか?」
「はい。それは、よほどのことが無い限り難しいと思います」
「そっか……ルナは意外と策士だな。エライエライ」

 そう言って私の頭をよしよしと撫でてくれる。
 リュート様にも褒めていただけて、私は大満足です!
 ふにゃりと笑う私にご褒美だとでも言うように、顎先へ口づけをしてくれたのだが、一瞬心臓が止まるかと思ったので、ご褒美というよりは……心臓の強度を試されている気分になる。
 そ、それに……だんだん……唇へ近づいているのは……気のせいでしょうか。
 い、いや、まさか、そんなはずないでしょうっ!?
 自分の考えを即座に否定して真っ赤になる頬を両手で押さえていると、その手をやんわりと掴まれて、さらに頬へも口づけられた。
 全身が赤く染まっているのでは無いかと感じるくらい、体が熱い。
 このまま気を失ってもいいのでは……?

「頑張ってきたルナに、俺からの感謝の気持ちだ。ベオルフを助けてくれて、ありがとうな」

 優しく柔らかなリュート様の声に意識を引き戻され、慌てて首を振る。

「と、当然のことなのです。ベオルフ様は、私の兄みたいなものなので……」
「俺も、なんか……親友か戦友みたいだって勝手に思ってる」
「きっと、それを聞いたら喜ぶと思いますよ?」
「だったら嬉しいな」

 ふわりと笑うリュート様には、どこか切ない色が混じっていた。
 失ってしまった幼なじみを思い出しているのかも知れない。
 彼とベオルフ様が似ているといっているから、もしかしたら重ね合わせてみているのかも……
 それくらいで怒るような人ではないし、おそらく「好きにしろ」と言ってリュート様を止めたりはしないだろう。
 まあ、そこで「好きにしろ」なんて単語で済ませようとするから、ベオルフ様は誤解されてしまうのだ。
 彼の真意は「それで、少しでも心が安まるなら、辛くなくなるのなら好きにしろ」という意味である。
 でも……と、リュート様を抱きしめながら思う。
 もしかしたら、リュート様にはそんな説明が必要無いのかも知れない。
 私とリュート様の間にある絆と、リュート様とベオルフ様の間にある絆。
 それは、考えている以上に強いものであると感じたからだ。

「リュート様、そろそろ充電は完了しましたか?」
「んー……あと少し」
「そうなのですか?」
「ん……もうちょっと」

 沢山頑張っていたリュート様が満足するまで私は彼を抱きしめていよう。
 彼の行動一つ一つに驚いて、心臓は跳んだり跳ねたりしているが、今は穏やかで……
 今日は何か起こるかも知れないといったベオルフ様の言葉を、不意に思い出す。
 そうだ、もしかしたら何かあるかもしれない。
 彼の予感は外れない。
 だったら、私も……と、リュート様に身を預ける。

「私たちの充電タイムですね」
「そうだな。俺で良ければ、たっぷり充電してくれ」
「嬉しいです……ありがとうございます」
「俺がこんなことするのは、ルナだけだからな」
「えー、真白ちゃんはー?」
「チェリシュもなのー」

 はっ!
 慌てて振り返ると、ベッドの上でもーちゃんをぎゅーっと抱きしめるチェリシュと、その頭の上に乗っている真白がジーッと此方を見ていた。
 気恥ずかしさにオロオロする私とは違い、リュート様は判っていたのだろうか、動じた様子も無く笑い出す。

「しょーがねーな。お前らも来い!」
「きゃーなのー!」
「えーい!」

 私たちの間に飛び込んでくるチェリシュと真白を抱きしめ、そんな私をもろとも抱きしめるリュート様は、幸せそうな顔で微笑む。
 先ほどまで私を翻弄していた色気はどこへやら、今は優しいパパの顔だ。

「ルーとリューの間はあったかなの」
「ぬくぬくだよねー」
「ルーは……ベリリなの?」
「ち、違いますからね?」
「素直になればいいのにー。でも不思議ー、ベオルフには抱きついても赤くならないのにねー」
「へー……真白、そこんところ詳しく!」
「リュート様っ!?」

 いつものように賑やかな空間だけれども、優しくてあたたかい。
 愛らしい子供達と、それを見守る私たちという感じである。
 他愛ない会話をしながら笑い合うことができる、心が癒やされ、笑顔の絶えない空間だ。
 リュート様とチェリシュと真白がいれば、何があったとしても大丈夫。
 不吉な物すら払えるはずだと、私はちびっ子組とリュート様を抱きしめる。
 抱きしめ返してくれる小さな手と翼。
 それをもろとも包み込む力強くて大きな手を感じ、今日一日を無事に乗り越えてみせると心の中で誓った。

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