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第十一章 命を背負う覚悟

11-18 憎悪の瞳と夢の中にある家

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 世界が違っても、同じ時間軸で生きている者たちが存在する数だけ、扉が存在する場所――
 それが、今現在私たちがいるところである。
 安易に立ち入ることが出来ず、害を及ぼすことも難しいはず……
 しかし、先ほどの黒い亡霊も、目の前にいる黒いフードの男性も、私たちの大まかな位置を把握して監視するほど力を持つ、人ならざるなにかだ。

『良いですか? 夢を繋ぐ世界にある扉は、それぞれの意味を持ちます。貴方たちは夢の力が強く、受け継がれし力なので、どうしようもありませんが……時には、その力故に悪意のある者が引き寄せられます。その場合は注意してくださいね』

 優しい声を思い出す。
 誰の声であったか記憶には無い。
 しかし、こういう手合いには注意しなさいと教えてくれた。
 だから……

「注意して観察しないと……」

 誰にも気取られることが無いほど小さな声で呟く。
 相手が何を求めているのか。
 何故ここにいるのか。
 それは判らないが、観察することならできそうだ。

 私の夢の入り口を見張っているらしい黒いフードの男性は、行ったり来たりを繰り返している。
 何か意味があるのだろうかと観察する私の前で、黒いフードの男性は不意に腕を伸ばしたかと思うと、小さな生き物を引き寄せて捕まえてしまった。
 それを確認して舌打ちをし、無造作に放り投げる。
 この反応――
 もしかして、私が小動物に変化出来ることを知っているのだろうか。
 しかし、不思議な力である。
 フードから見える瞳と無造作に伸ばされた腕から、奇妙な力を感じた。
 神石のクローバーが私とベオルフ様を繋いでくれているから、今までこんな危険な状況にはならなかった。
 しかし、他の人の夢にお邪魔するということは、こういうリスクを負うことになる。
 これでは、ベオルフ様以外の夢へ出入りすることも難しい。
 タイミングが大事であるし、少し対策を練らなければ……と、考えている間にも、黒いフードの男性は小動物を捕まえて放り投げている。
 投げられた小動物が可哀想だ。
 先ほどよりも手元を注視していたから気づいたが、どうやら彼の手に光る何かが作用して引き寄せているようである。

「ベオルフ様……あの手に光る物は何でしょう……」
「どうやら、あの瞳で相手を固定して、指輪のようなもので引き寄せているようだな」
「力を制御するアイテム……でしょうか」
「その可能性は高い」

 燃えるような真紅の瞳で見つめて、指輪のような物を使って力を制御し、能力を発動させている――
 厄介な事この上ない力ではあるが、発動するまでに時間が必要な様子なので何とかなるかも知れない。

「ルナティエラ嬢、もう少し距離を取ったら移動するぞ」
「はい……」

 相手が私たちの位置を把握していないうちに、どうにかしようと考えているらしい。
 よし……彼に遅れを取らないように走ろう!
 そう気合いを入れていたのに、私の考えを見透かしたような言葉が彼の口からこぼれ落ちる。

「走らないからこけないだろう」
「っ!?」

 それはどういう意味ですかっ!?
 ジトリと見上げると、彼は楽しそうに目を細めている。
 こういう時に人をからかうなんて余裕ですね!
 唇を尖らせて文句の一つでも言いたい気分だが、それどころではない。
 全くもう!
 その間にも、ベオルフ様は黒いフードの男性との距離を測っていて……「今だ」という小さな声と共に抱え上げられた私は、慌ててベオルフ様にしがみつく。
 ベオルフ様は、彼の距離と力を使った直後を狙ったようで、黒いフードの男性が驚き振り向いたのだが、遅い。

「貴様っ!」

 焦ったような声が聞こえてきたけれども、ベオルフ様の方が速い。
 頬から首にかけて大きな傷がある男性の真紅の瞳は、怨念を抱いた……とても暗い色を宿していた。
 その色に、少しだけゾクリとしたが、私を抱えているベオルフ様は違ったようだ。

「残念だったな」

 扉を潜る寸前に黒いフードの男性に向かって挑発的な言葉を残し、相手が何かを言うまでに扉を閉めてしまった。
 敵対している相手に対して、ベオルフ様はこういうところがある。
 心理戦というか……煽るのが上手なのだろう。
 敵愾心を自分に向ける方法を心得ているのだ。
 危ない真似を……そう思いながらも、味方を守るための手段として取っていることが多いので、どう注意して良いのかもわからない。
 ただ、もっと自分を大事にして欲しいものである。

「ルナティエラ嬢、大丈夫か?」
「わ、私も……走れましたよ?」
「抱えて走った方が速い」

 片目を瞑って笑うベオルフ様に「もー!」というが、彼は満足げに笑うだけだ。
 まあ……おそらく、隠してはいるけれども……微かに震えていることを悟られたのだろう。
 あの暗い目を見た瞬間に、体が震えたのだ。
 黒いフードの男性が持つ憎悪が恐ろしかったのかも知れない。
 みんなに心配されてしまったが、震えもすぐに収まったので、問題はないので大丈夫です!

「しかし、あの状況でよく見ていたな」

 はて?
 一瞬なんのことだろうと考えたが、おそらく彼の手に輝いていた指輪のことだろう。
 奇妙な力を放っていたから気づいただけなのだが、褒められたみたいで少し嬉しい。

「なんだか妙に気になってしまって……」
「まあ、アレは連発できないし、色々と使用条件がありそうだ」
「そうなのですか?」
「再び出会ったら、調べておこう」
「危険ですからやめてください」
「アレは、また会うことになる。私かルナティエラ嬢か……どちらかわからないがな……」

 出来れば、どちらも御免被りたい。
 出会うことなど無いことを祈るばかりだけれども……こういう時の予感は当たる。
 できれば……リュート様と戦わせたくない相手だと感じた。
 背中をポンポン叩いてくれるベオルフ様に微笑み返していると、ベオルフ様が無造作に右手を横へ突き出す。
 ん?
 いったい……なにが?

「ルナああぁぁ、ベオルフうぅぅぅ、ノエルうぅぅっ! 無事だったああぁぁぁっ!?」

 ベオルフ様の手の中から、真白の声が響いた。
 あ……真白が跳ねてきたのをキャッチしたのですね。
 というか……握りつぶす勢いでしたが、大丈夫なのですかっ!?
 無言でベオルフ様は真白を見せてくれたのだが、涙で濡れてべしょべしょになっている。
 すぐさま、紫黒も追いついてきて、みんなで泣いている真白を宥めていると、先ほどの黒いフードの男性の目が嫌だったのだと怯えた様子を見せて、更に泣き出す。
 真白が生まれてから、あんな憎悪の瞳を見たことが無かったのだろう。
 人の悪意、怨念、憎しみ――負の感情というものを向けられたことも無いはずだ。

「怖かったですね……よしよし」

 宥めるように真白を撫でるが、泣き止む気配が無い。
 どうしたものかと考えていたら、ベオルフ様が私たちをまとめて抱きしめてくれる。
 珍しい行動に出たものである。
 だけれど……心からホッとするほど安堵してしまうのは何故だろう。
 そんな私たちの輪の中へノエルが「ずるーい! ボクもー!」と言って飛び込んでくる。
 それだけではなく、ようやく姿を現したオーディナル様が倒れ込むように参加した。
 しかし、勢いよく倒れ込んできたので、それに巻き込まれた私たちは全員で地面へ倒れ込んでしまった。

「主神オーディナル……何をしているのですか……」
「すまん、ふんばりがきかなかった」
「あーあー、父上……何をやっているのやら……ルナちゃんは大丈夫?」
「はい、ベオルフ様が雪崩をガードしてくださいましたからっ」

 さすがはベオルフ様!
 私が凄いなぁと思っている間に復活したノエルと真白は、オーディナル様にぴょんぴょん跳ねながら文句を言いだした。
 まあ……仕方ありませんよね。
 ぺこぺこ頭を下げているオーディナル様を眺めていたら、ベオルフ様に「大丈夫か?」と尋ねられた。

「ええ、私は全然……ベオルフ様はどこか痛いところは?」
「全く問題ない」

 彼は平然と私を抱えたまま腹筋を使って体を起こす。
 え……ベオルフ様の腹筋って……すごくないですか?
 思わずペタペタ触ってみるが、硬い。
 私のお腹とは違い、しっかり鍛えられた体つきをしている。
 リュート様よりも筋肉に厚みがあるのは、体質的な物だろうか。

「うー……硬いですね……羨ましい筋肉です」
「貴女はふにふにしてそうだな」
「むっ! しておりませんー!」

 ――とは言ってみたものの、最近はすこーし……ぷに感が増した……かも?

「そうだな。むしろ……もう少し肉をつけてくれ」
「え?」
「折れそうで心配だ……」
「え、えっと……これでも今頑張って食べているのですよ?」
「……そうか。少しずつでも変わっているのなら良い」

 とても嬉しそうに微笑むベオルフ様に安心して貰うためにも、食事にはより一層注意しよう。
 でも……折れそうなほど細く無いような?
 ベオルフ様の体が筋肉に覆われているから、そう感じるだけですよ?
 とりあえず、私たちがこんなやり取りをしている間も、ずっとノエルと真白に謝り続けているオーディナル様が不憫に思え、私とベオルフ様で、真白とノエルを回収した。
 そして、私の夢である世界にひっそりと建つ家を見上げる。
 本来なら、左右にも大きな家が建っているが……今は我が家だけだ。
 前世で生まれ育った家――
 懐かしさに鼻の奥がつんとするが、これは私の記憶が創り出した物なので、今は違うところもあるだろう。
 生まれ変わっても記憶があるからか、慣れた感覚で扉を開いて玄関に入る。
 家の匂いだ――
 変わらない匂いと、懐かしい記憶で構成された家は、奥から兄が出てきそうだと感じるくらい、あの時の変わらない日常を感じさせてくれる。

「……ただいま」

 思わず口から滑り出した言葉に、答える人は居ない。
 でも、言わずには居られなかった。
 本当は帰りたかった。
 でも、もう帰れない――
 そこまで考えて、私は目を閉じる。
 違う……私は、夢野 結月ではない。
 ルナティエラ・クロイツェルだ。
 懐かしんで悲しむなんて事をしている場合では無い――と、意識を切り替える。
 ベオルフ様たちに心配をさせるために、ここへ招いたわけでは無いのだから……

「あー、ルナちゃんの元実家は落ち着くね」
「時空神様にとっても実家のような言い方ですね」
「現在進行形でお世話になっているし、居心地が良くて……」

 そんな時空神様の言葉に、なんだか救われた思いになる。
 照れくさそうに語る時空神様は、手慣れた様子で人数分の飲み物を準備して戻ってきたのだが、それはつまり……今現在も、私が持っている記憶と変わらない家であるという証だ。
 それが嬉しくもあり、ちょっぴり切ない。
 私の夢に前世の実家がある……私は、自分が考えている以上に家へ帰りたかったのだと実感してしまうと同時に、今世の実家である屋敷では無かったことが少しだけ悲しかった。

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