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第十章 森の泉に住まう者
10-42 私の知らないリュート様のお話と進化していくパン
しおりを挟む真白とチェリシュが私の膝の上で大人しく話を聞いているが話し合いも終盤で、今後の動きはリュート様が単独でアクセン先生と合流、ヤンさんは広範囲の警戒、問題児トリオは話し合いが終わってから村の修繕に取りかかる事で話はまとまっている。
一番の問題は、やはり今にも倒壊しそうな家だろう。
ダイナスさんが「今までよく崩れなかったな……」と周囲を見渡して冷や汗をかいているところを見ると、かなりマズイ状態らしい。
修繕を最優先にする理由も、集落を襲撃してくる魔物から身を守るためだ。
結界やアーゼンラーナ様がくださった香炎の神石があっても、ラミアが相手では油断できないというのがリュート様の見解であった。
「ラミアは、そんなに大変な相手なのですか?」
「知恵が回るからな……アイツらを相手にするのは骨が折れるんだ」
「討伐経験があるのですか……」
「まだ、精神訓練を受け始めた頃に遭遇して、元クラスメイト数名を持って行かれそうになった。ヘタをすると内部分裂しかねない動きをされたから気づけたけど、それがなかったら今頃全員無事で卒業できたかどうかも怪しい。そういうこともあって、訓練を受けていない奴等は要警戒ってところだな」
「操って内部から崩壊……聞いているだけで恐ろしいことですが、リュート様が相手だったから助かったという感じですね」
「普段のアイツらの動きじゃなかったからわかっただけだし、それほど凄いコトじゃないよ。しかし……知能ある魔物は色々なタイプがいるが、個人的には厄介な魔物ランキングでベスト3入りする魔物だな」
俺個人を狙ってくるヤツのほうがやりやすい……と断言するリュート様に、オルソ先生を筆頭として問題児トリオとヤンさんも呆れ顔だ。
ちなみに、いま居る4人は魅了にかからなかったようである。
ダイナスさんは警戒心が強いので距離を取っていたし、ジーニアスさんとヤンさんは元々、精神攻撃への抵抗力が高かったという。
最後のモンドさんは、何故か引っかからなかった……原因は未だに不明だというから不思議なこともあるものだ。
「もしかしたら、モンドは数値化できない何かがあるのかもな」
「コイツは単純すぎるからかもしれませんよ?」
「ラミアは蛇だって言っていたので、意識的なものもあるかもしれませんし……」
「もしかしたら、無意識下で『ラミア=蛇=女じゃない』という方程式が出来ているのかも?」
当の本人は不思議っすねー……と暢気に呟いているのだが、リュート様たちはモンドさんを一瞥してヤンさんの考えが濃厚そうだと溜め息をついた。
単純だからこそ思い込んだら最後――ということでしょうか……チラリとオルソ先生を見るが、彼は心底呆れた視線をモンドさんへ投げかけるだけである。
しかし、それで助かったのだから良かったのでは無いかと考えているのは、私だけのようであった。
「モンドの件はさておき。多少騒がしくなっても、幼い子供達が安心して眠れる場所の確保はしないといけない。そこはダイナスが中心となって動いてくれ。その他、俺がいない間に問題が起こった場合はオルソ先生の指示に従って行動すること。以上だ」
「わ、わかりました」
「まあ、リュートくんが離れたからといってヘタに突っ込んでくることは無いと思うヨ。内部から理解出来ない奇妙な力を感じているはずだからネ」
「奇妙な力……ですか?」
問いかけながら真白のことだろうか……それとも、時空神様のことだろうかと考えていると、何故か私に視線が集まる。
……はい? 何故私を見るのですか?
「まあ、真白ちゃんが魔物に圧をかけていても不思議じゃないよねー!」
「あー、はいはい。お前はすげーよ」
「もっと褒めていいよー! すっごい圧をかけておくからねー! むむむむーっ」
「まっしろちゃんは、さすがなの!」
圧というよりは呪いでも発動しそうな念の込めかたをする真白を褒め称えるチェリシュに和み、両名の頭をよしよし撫でる。
すると、私の隣にいた時空神様が身じろぎをした。
何かあったのかと視線を向けるのだが、彼は少し遠くを見て考え事をしている様子である。
それから、「そろそろカナ……」と小さく呟いた。
「とりあえず、リュートくんが出発してもいいように、ご飯を作ろうカ」
「それもそうですね。では、私たちはお昼ご飯を作って参りますね」
立ち上がる私と時空神様に、リュート様が小さく頷く。
「いつも無理をさせてすまない」
「いいえ、お料理をするのは大好きですから! それに、子供達が頑張ってアイスクリームを作ってくれているので、是非とも食べた感想を聞きたいです」
「そうだな。きっと驚くぞ」
「驚きますよね」
顔を見合わせてふふっと笑う私たちの様子を見ていたモンドさんたちが、アイスクリームに興味を持ったようであった。
冷たくて甘くて美味しい物だと告げるのだが、イメージが出来なかったのだろう。
首を傾げている姿が、そこかしこで見受けられた。
「此方も、キュステたちの根回しがそろそろ完了すると思うから、それについても話して置こうと思うが……オーディナルは、本当に大丈夫か?」
「問題ないよー! もし、オーディナルに出来なくても真白が紫黒にお願いしてあげるー!」
「そうか、真白の片割れは優秀なんだな」
「真白ちゃんも優秀だよー!」
失礼しちゃうー! と、座卓の上で不満げにコロコロ転がる真白を拾い上げる。
「真白もお手伝いしますか?」
「やるー! アイスクリームを見てみたーい!」
「チェリシュも、チェリシュもなのーっ!」
勿論そのつもりだったので、一緒に行きましょうねと言いつつチェリシュを抱き上げた。
小さな手でぎゅっと抱きついてくる力加減で、「絶対にお手伝いをするの!」という強い意志を感じたのだが、そんなにアイスクリームが気になるのだろうか。
「あ、そうだ。リュート様……濃いめの熱いコーヒーを準備してくださると嬉しいです」
「飲みたいなら、今から淹れるが?」
「いえ、お料理の仕上げに使いたいです」
「え? お、おう……わかった。準備しておく」
意味深に笑う私から、どうやって使うか想像できなかったリュート様は少しだけ戸惑った様子を見せたが、すぐさま嬉しそうに笑みを浮かべた。
「なんか……俺もそうやって手伝えるのが嬉しいな」
「私も嬉しいです。それに、リュート様のコーヒーが一番美味しいですから楽しみです」
「お……おう……道具が揃ったらドリップ方式で淹れるから、楽しみにしていてくれ」
「はい!」
「あ、それは俺も飲みたいナ」
「ケチくさいことは言わねーよ」
「楽しみにしているヨ」
時空神様も美味しい物が好きですよね……という会話をしながら移動し、キャンピングカーのキッチンベースへ来ると、チェリシュと真白をおろした。
ボールを投げたり転がしたりしてモカとヌルと遊んでいる子供達は、まだ遊び足りないようだ。
子供達の一団が走り抜け、その後を追いかけているラエラエたちが可愛らしい。
狭い空間で限られた生活をしていたせいか。それとも、猫に似た気質を持っているためにボールなどの丸い物を追い回してしまうのか……どちらにしても楽しそうなので、もう暫く預けておくことにした。
先に他の料理を作ろうと冷蔵庫を開く。
卵液に漬け込んでいるパンは、いっぱいに卵液を吸収したようでぽってりとしているが、此方ももう少し時間が欲しい。
フレンチトーストサンドのパンは卵液に潜らせて少し時間を置くだけで良いから、今から仕込むつもりである。
ミルクを取り出し、ラエラエの卵をつかった卵液を素早く作ってパンを浸していく。
少し硬くなったパンも、こうすれば美味しく食べられるから本当に助かってしまう。
しかし……人数も増えたこともあり、手持ちのパンが心細くなってきた。
そのタイミングを見計らったように、モンドさんがひょっこりと顔を見せる。
「ルナ様ー、パンをお届けに上がりましたっす!」
「話し合いは良いのですか?」
「リュート様とオルソ先生がいるので問題ないっす。難しいことは、大抵リュート様にお任せっす」
まあ、モンドさんは理解していなくて良いとリュート様が判断した話の内容なのだろうと思い、彼からパンを受け取った。
箱の中に並べられたパンを確認したのだが……だんだん腕を上げている気がする。
これはもう、職人レベルだと断言できる出来映えだ。
丸や小判型は、もう完璧といえる。
しかも、今回は立方体……つまり、食パンタイプのパンがあったのだ。
聞いてみると、パン作りが一番上手だった人が成形するよりも型にはめてみた方が楽じゃないかと考案して作ったらしい。
元々は、細々した物を保管するために購入した金属製の箱だったようだが、すぐに軽くて丈夫な素材にチェンジしたので、お蔵入りになっていたようだ。
意外な使い道があったと、全員がホクホク顔で作っているというから驚いてしまう。
私やキャットシー族のレシピがなくても作る事が出来るパンで、アレンジしてはいけない枷を外した途端にコレである。
おそらく、彼らがリュート様の影響を受けていたからこそ出来た進化ではないだろうか。
「すごいですね……綺麗な出来映えですし、売り物にできますよ?」
「それを聞いたら、皆も喜ぶっす!」
「でも……いつ作っているのですか?」
「休憩中っすね。他の奴等はすぐ動けなくなるっぽいので、俺たち暇になって……そこで、参謀に許可を貰ってパンを焼いていたっす。本当は参謀もやりたがっていたっすけど……さすがに責任者だから忙しくて無理だったっす」
パンを焼くほど暇になるとは一体どういうことなのだろうかと頭痛すら覚えるが、今年は特に進みが遅いとアクセン先生がロン兄様に珍しくぼやいたらしいので、かなり大変なのだろう。
「魔法科と聖術科が体力不足っすね。しんがりを務めてくれている白騎士たちが大変そうっす」
「そういえば、白騎士の方々はお知り合いなのですか?」
「同学年の同じ科だったっす。つまり、ルナ様の特殊クラスと他の召喚術師科みたいな関係っすね。顔は知っているし、訓練も同じような内容を途中まで受けるので知ってるっていえば知ってるっす。それに、リュート様に世話になった連中も多いっすから」
「……リュート様にお世話になったのですか?」
「魔物の討伐訓練は騎士科なら誰でも通る道っす。リュート様はオルソ先生も呆れるくらい魔物に関してスペシャリストっすから、教員がフォローできないところはリュート様がしてくれてたっす」
確かに、リュート様の知識量は凄い。
魔物の特徴や習性を頭の中にたたき込んでいる感じがしたので、間違いないだろう。
そうでなければ、教科書を読み上げているように魔物の詳細を説明することなど出来ないはずだ。
「リュート様に命を救われたヤツだって多いから、しんがりを務めながらもリュート様のコトを気にしているヤツは多いっすよ」
「そうでしたか……彼らも苦労していそうですね……」
「特に神殿関係者がいる聖術科の連中が一緒だから、食事面は大変っすね」
普段は豪勢な食事をしているのに、人前では質素倹約をしていると口うるさい者も多いのだとモンドさんが教えてくれた。
どこの世界でも、神殿関係者は変わらないのかも知れない。
全員が全員そうだとは言わないし、清廉潔白な人物だって存在する。
それこそ、聖人のような人だって居るだろう。
私とベオルフ様が知る司祭様は、とても良い方だった。
神殿にいる方が全て、その方のようであればと何度考えたかわからない。
「レオ様とイーダ様が居た頃は良かったっすけどね……」
「やはり、上位称号持ちの方がいらっしゃると違ってくるのでしょうか」
「全然違うっす。特に、リュート様の幼なじみは凄い人が多いっすから……でもまあ、一番はリュート様っすけど!」
「やっぱり、リュートは凄いんだねー!」
「さすがリューなの!」
早速、真白とチェリシュと仲良く戯れ出すモンドさんを見ていたのだが、キャットシー族の子供達がチラチラと此方を見ていることに気づいた。
「モンドさん、あの子達が遊んで欲しいみたいですよ?」
「で、でも……お手伝いをしろって言われてやってきたっす」
「あのボールにアイスクリームが入っているので、遊んで転がして完成させてください。それも立派なお手伝いですから」
「……わ、わかったっす! 全力でボールを転がしてくるっす!」
「チェリシュと真白も行ってきていいですよ」
「で、でも……ルー……大丈夫……なの?」
「俺がいるから大丈夫ダヨ。ほら、遠慮無く行っておいデ」
時空神様に送り出されたチェリシュと真白は、顔を見合わせてにぱーっと笑い、モンドさんと共に駆けていく。
その姿を見送っていた私と時空神様は顔を見合わせて微笑んだ。
「さて、こっちはこっちでやっちゃいますカ」
「はい! パンの追加も入りましたし、これで問題ありませんね」
「リュートくんのお弁当?」
「……時空神様は、本当に察しが良いですよね」
「万が一に備えるのは悪いことじゃないヨ」
えらいえらいと頭を撫でられ、兄に似た行動にくすぐったさを覚える。
とても懐かしい感じだ。
さて――時間にそれほど余裕もないのだから、さっさと動き出そうと、私と時空神様はそれぞれの持ち場に着く。
言わずとも察して動き出す時空神様に感心しながら、私はスープクッカーの保温機能で作っていたチキンを確かめるため、湯気に注意しつつ蓋を開けるのであった。
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