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第十章 森の泉に住まう者
10-40 知能ある人型の魔物
しおりを挟む「さて、それじゃあ、外での収穫してきた事を教えてもらおうカナ」
時空神様の言葉で会議は始まった。
元々広げてあった地図に加え、リュート様の手書きの地図と、水色を基調とした七色に光る大きな鱗のような物がテーブルに並べられる。
何の鱗だろうか……私の握りこぶしほどの大きさもある鱗ということは、かなり大型の魔物が現れたのだろうかと考えていると、リュート様が何かの道具を取り出した。
「魔力探知レベル7……鱗だけでも魔力に対する抵抗が見られるが、特筆すべきは内側と外側の両面から魔力が放たれていることだ。つまり、この鱗の主は、魔力を使う――魔法系を操る魔物ということになる」
「厄介ダネ……目星はついているのカナ?」
「十中八九……いや、間違い無く知能ある魔物――ラミアだ」
知能ある魔物――その言葉にゾッとした。
とうとう……遭遇してしまったのだ。
言葉にならない衝撃を受けている私の隣でリュート様が放つ気配はいつもと違い、戦士のそれだったのだろう。
ピリピリと肌を刺すような鋭さが感じられる。
「一番厄介な相手ダネ」
「ラミアが厄介なのは、魅了の力だな。俺ら騎士科上がりは特殊な訓練を受けているからいいが、他の学生はヤバイだろ。ヘタすると死人が出る」
「ラミアは男と子供が好物っすから……」
「この集落が襲われたのは、おそらく……」
彼らは明言しなかったが、この集落は小さな子供が多い。
つまり、好物である子供がいたから執拗に狙った……聖泉の女神ディードリンテ様は関係無く、ただ、そこに自分たちの捕食対象がいたからだ。
しかも、今回はラミアにとって良かったのか悪かったのか、遠征討伐訓練に赴いた学生が多数近づいてきている。
正面切って戦わなければ、自分たちの餌場に餌が迷い込んできたも同然だ。
「どれだけの知能を持っているか不明だが、この魔力レベルだったら、魅了の力を使っての同士討ちも計画してきそうだな」
オルソ先生の言葉に、リュート様たちが無言で頷く。
魔物の脅威を知り尽くしている彼らがいうのだから、間違いはないだろう。
「同士討ちが一番ヤバイ。それに、ラミアは魔力を持つ男を一番好む……召喚術師科と魔法科の連中が狙われる可能性は高い。アクセンには既に……」
「ああ、連絡は入れておいた。探知担当のトリス・ブラントが微かに何かを察知したらしい。おそらく偵察隊にバレたと見ていい」
重い沈黙が落ちる中、『魔力を持つ男』というところで気になっていた私は、ソッと手を挙げて「質問してもよろしいでしょうか」と問いかける。
すると、オルソ先生が目を細めてコクリと頷いてくれたので、私の中にあった疑問を口にした。
「魔力を持つ男性って……リュート様が一番狙われるということでしょうか」
「あー……」
私の質問を聞いたリュート様は苦笑を浮かべ、オルソ先生や問題児トリオとヤンさんも、なんだか半笑いのような感じで私を見てからリュート様へと視線を移す。
「いや……俺は魔力が強すぎて……反対に警戒されるっていうか、逃げられる。つまり、ラミアは自分の魔力よりも強大な魔力を持つ者に興味を示さないんだ。種を残す為なら自分より強い相手を選ぶが、それも魅了の力が通じる相手に限る」
「リュート様は魅了されないのですか?」
「んー……俺を魅了できる相手って……」
何故か此方をジーッと全員が見つめてくるのだが、どういうことだろうか。
私に魅了の力はありませんよっ!?
……はっ! もしかしたら、いつの間にか私にそんな力がっ!?
「ルナちゃん、また考えが言葉になっているヨ」
「はっ……し、失礼いたしました……」
慌てて周囲を見渡すと、にこやかに微笑む者、笑いを堪えている者と様々な反応をしてくれているが、リュート様は顔を背けて肩を振るわせている。
も、もうっ!
思わずペチペチとリュート様の腕を軽く叩くと、少しだけ驚いたような顔をして此方を見たリュート様は、とても嬉しそうに微笑んだ。
な、何故微笑まれたのだろうか。
あ……でも……ベオルフ様にするみたいに叩いてしまった……これは大失態です!
「す、すみません」
「ん? いや、謝らなくて良いから」
「まあ、とりあえず……ルナちゃんが心配しなくても、ラミアはリュートくんやオルソたちを狙わないということダヨ。彼らは訓練されていて魅了が通用しないからネ」
「そ、そうなのですか……」
尊敬の念でリュート様たちを見渡すと、彼らはどこか誇らしげである。
リュート様とオルソ先生だけは、何か違うことを考えているのか、顔を見合わせて視線で会話をしているようであった。
「学生に知能ある魔物は荷が重い……黒の騎士団を初めとした、新人にも厳しいだろう」
「いや、こいつらは経験済みだ。後れを取らないから、問題無い」
「……そうだったな。おそらく、学生はアテにならん。恐れて動けなくなる可能性が高い。教員も動きたいが、全員が動けない。特に魔法科は新人教員だからな……」
「指示を出すどころか、パニックを起こしそうだ。……こういうときは反発していてもエイリークがいてくれたら助かったな」
「そういう分別はつく……というか、お前よりも知能ある魔物が嫌いだというだけの話だ」
知能ある魔物>リュート様……ということですね?
ヤレヤレといわんばかりの周囲の反応に、私も想わず溜め息がこぼれた。
人の命がかかっているのだから、もっと素直に動けないものだろうか。
しかし、彼らの話を聞いていて思ったのは……やはり、知能ある魔物との戦いは衝撃が大きいということである。
「あの……この世界では……ラミアという魔物はどういったものなのでしょうか」
「ああ、上半身は美しい女性の姿をしていて、下半身は大蛇だな。全長は3m~5mくらいで知能が高く集団で動く。偵察隊を作って巣の周辺を警戒する習性があり、武装していることも多い。魔法は水と氷系が多く、惑わしの魔法を得意としている。腕力はそこまでではないが、尻尾の一撃を食らえば命を失う可能性もある」
リュート様がスラスラと教科書でも読み上げるかのように説明をしてくれるのだが、よく覚えているものだと感心してしまった。
特に追加する情報もなかったのか、オルソ先生は頷いただけで口を挟まないし、ヤンさんやダイナスさんやジーニアスさんもウンウンと頷いている。
しかし、モンドさんだけは視線が泳いでいたのを見逃さなかった。
覚えていないことがあったのですね……
「先ほど言っていた、魔力探知レベルというのは……?」
「魔物の痕跡や体の一部から魔力を計測して、だいたいどういう魔物なのか調べるんだが、レベル5以上だと知能ある魔物の可能性が高く、レベル7以上は確定だな。例を挙げるなら、マールはレベル1で、シュヴァイン・スースはレベル6だ」
「知能が低くても魔力が高いと、レベルが高くなるのですね」
「そういうことだな。知能ある魔物は総じて驚異となる。シュヴァイン・スースみたいに単体が強くても知能が低い分、人数がいれば何とかなる場合も多い。ちなみに、クラーケンはレベル10の最強クラスな?」
「じゃあ、撃退できただけでも凄いことなのですか?」
「アレンの爺さんとキュステがいたし、神器を使ったことを差し引いても、凄いことだと思う」
「特に、ルナ様のクラーケンへの精神攻撃は凄かったっす!」
「……え?」
ハテ? 何のことだろうと首を傾げている私に、当時を思い出したらしいリュート様と時空神様が同時に吹き出した。
「アレは見物だったヨネ! 捕食する側が捕食されそうになってフリーズしちゃってたシ!」
「食物連鎖の頂点が誰か知って震えてたな!」
アハハハッ! と笑い出す二人に、私は思わず口を尖らせる。
「だ、だって、アレは、クラーケンの腕を使った料理を時空神様が考えてって言ったからで……」
「でも、あんなにスラスラ次から次へと出てくるとは思わなかったヨ」
「それに驚愕していたフシはあるよな。あ、これはヤバイ、料理して食われる! って引いてたし」
「でも、残った腕は、皆で美味しくいただきましたでしょう? 私だけではありません、皆同罪です」
「あー、アレは旨かった! もう残ってないんだっけ?」
「まだありますよ。さすがに大きかったので、またたこ焼きを作りましょうね」
「ルナにかかったら、クラーケンもタコ扱いなんだよな……」
「リュート様は、たこ焼きがいらないのですね?」
「いります! 食べたいです! 申し訳ございませんでした!」
ガバッと此方へ向き直り、何故か正座をして頭を下げるリュート様に一同はポカーンとしているが、彼にとっての美味しい料理はそれだけの価値があるのだ。
さすがに意地悪だったかと反省して、「今度も皆で食べましょうね」というと、嬉しそうに顔を上げて少年のようにキラキラした表情でウンウンと頷いた。
か、可愛い……!
あ、いけません、可愛いはダメですね。
コホンと時空神様が咳払いをしたので、私たちは慌てて座卓へ向かって座り直す。
話が脱線してしまった……あれ? でも、これはモンドさんの失言が原因では?
そう考えている私の横で、リュート様が手書きの地図を中央へ置いて、この集落から少し離れた場所に丸を付けた。
この集落の海側ではなく、私が嫌だと感じていた場所……その方角だと察する。
「おそらく、ここにラミアの巣がある。何の準備もなく偵察へ行ったらバレちまうから戻ってきたんだが……俺の魔力に怯えて、現状はこもっているようだ」
「さすが……というべきカナ」
「あまり良い状態とは言えないな。多分、作戦を練っているんだろう。悪先たちの方へ偵察隊が出ていたから、間違い無い」
「暫くは大きな動きがないってことでいいカナ?」
「ああ、その間に悪先たちを迎えに行ってくる。時空神は、結界を広げられるか?」
「んー……この集落優先にするなら厳しいネ」
「わかった。じゃあ、此方はとっておきを出しておくか……」
リュート様はそういうとアイテムボックスから比較的大きめな結晶を取り出す。
「お、お前……ソレは!」
オルソ先生が驚きの声を上げるのだが、リュート様は苦笑交じりに「緊急事態だからな」と言って、問題児トリオとヤンさんに一つずつ渡していく。
「配置はわかっているな? 全員が収容できる範囲で四方に設置してくれ。くれぐれも、内部に魔物がいる状態は作るな」
「了解っす!」
「久しぶりに使いますね……」
「起動するワードは変わっていないのでしょうか」
「変更していないようだぞ。ほら、この印……」
リュート様から預かった彼らの拳くらい大きな塊……オパールのような遊色効果を持ち、深い青色を基調とした美しさを持つ。
魔除けの神石に似ているが、その内に秘められた魔力――いや、これは神力だと悟り、リュート様を見上げた。
「魔除けの神石では効果が薄いから、香炎の神石を使う。この石は世界最高峰の魔物避け効果を持ち、魔除けの神石よりも扱いが難しく、ある一定の魔力を持つ炎でないと着火もできないんだ」
「そ、そんな凄い物があるのですね……」
これは流石に聖泉の女神ディードリンテ様も驚いたようで、香炎の神石をまじまじと見つめる。
見た目は宝石のように美しいので、とんでもない威力を持っているとは思えない。
「黒の騎士団様は、不思議な物を持っていますにゃぁ」
今まで黙って話を聞いていた長老も興味津々だ。
全員が、問題児トリオたちの持つ香炎の神石を眺めている中、オルソ先生がボソリと呟く。
「学園での負担は……難しいぞ?」
「金銭的価値はわからないから、別にいいよ」
「そ、そんなに……お高い物なのですか?」
私の疑問を代わって聖泉の女神ディードリンテ様が質問してくれたのだが、リュート様は言葉を濁して金額は言わなかった。
しかし、オルソ先生は軽く首を振って大きな溜め息をつく。
「軽く、聖銀貨50枚ほどの金額がつきます……」
聖銀貨って……確か一千万円の価値があるって真白が教えてくれたはず。
つまり、5億円……っ!?
「いや、これはもらい物だから金銭的価値はわかんねーよ。しかも、魔除けの神石とは違うからさ」
「そうなのか?」
「これだけの大きさだと、魔除けの神石のような使い切りタイプじゃないんだよ。使った分の神力を充填するのに時間がかかるんだけど、再使用可能なんだ」
「そんな貴重な物を、誰からいただいたのだ……」
「え? アーゼンラーナだけど?」
「さすが、俺の可愛い奥さんはわかってるネ!」
いきなり時空神様がアーゼンラーナ様を賞賛するのだが、なんだかうさんくさい。
それを感じ取ったリュート様とオルソ先生が顔を見合わせて「まさか……」と呟くが、時空神様はそちらを見ないようにして後頭部で腕を組み、素知らぬ顔をした。
「時空神様……」
「まさかだよな?」
「ナンノコトカナ」
視線をわずかに泳がせた時空神様にリュート様は疑いの視線を向けるが、私は確信していた。
おそらく、断片的に見えた未来がより良い方向へ進むために、アーゼンラーナ様の手を借りたのだろう。
こうやって数年前から手を回してくれていたのだと知り、感謝しかない。
「ったく……助かったよ」
「ルナちゃんと楽しくお料理させてもらっているカラ、それでいいヨ」
「……俺がいない間、ルナ達のことを頼んだ」
「勿論ダヨ」
ニッコリと裏表のない笑顔で快諾してくれる時空神様に対し、オルソ先生も嬉しそうな笑みをこぼす。
聖泉の女神ディードリンテ様は、一連の様子を見てホッと安堵の吐息をつき、近くにいた長老達と微笑みあっていた。
「じゃあ、お前達がソレの設置ができたら俺が炎を灯すから……」
「それは真白ちゃんがやってあげるー!」
突然のことであった。
チェリシュたちと遊んでいたはずの真白が、ぽーんっと跳んできてリュート様の後頭部に激突したのだ。
考えもしなかった方向からの襲撃で座卓に突っ伏したリュート様と、その拍子に座卓の上へコロリと転がる真白。
それを、全員が唖然と見ていたのだが、復活したリュート様の動きは速かった。
転がっている真白を鷲づかみにして、力を入れて両手で揉み始めたのだ。
いつもの『もにゅもにゅ』なんて可愛らしい感じではない。
怒りを込めた『も゛にゅも゛にゅ』である。
「ぎゃー! 許してー! ギブギブギブギブー! コーヒーが出ちゃうううぅぅぅ」
「おーまーえーはー!」
「わざとじゃないのー! 目測を誤っただけなのー! ごめんなさあああぁぁいいぃぃっ!」
「もう少し考えて行動しろ!」
「真白ちゃんの可愛らしい姿が変形しちゃううぅぅぅっ」
「反省してねーなっ!?」
とりあえず、今回の作戦の要になりそうな香炎の神石は、真白が火を灯すことになりそうだと、何故かその場に居た全員が、瞬時に悟ってしまったのである。
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