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第十章 森の泉に住まう者
10-30 可愛らしい種明かし
しおりを挟むキャンピングカーのキッチンスペースへ戻ってきて保温中のスープクッカーの蓋を開き、中を確認する。
どうやら分離することも無く、綺麗に仕上がってくれたようだ。
スチーマーで蒸していたプリンとオーブンで焼いていたプリンもできあがったらしい。
見た感じはとても綺麗で、すは入っていないようである。
バニラエッセンスを入れていないので少々心配ではあるが、これなら大丈夫ではないだろうか。
さて、粗熱を取らないと……と、考えていた私の後ろから着いてきてくれたのだろう時空神様が、できあがった大量のプリンを集めてニッコリ笑う。
な、何を――と問いかける前に、時空神様がプリンに力を注いだのがわかった。
リュート様のように氷魔法を使ったわけではない。
「ちょっと時間の流れを変えて、粗熱を取っただけダヨ」
どうやら、部分的に干渉して時間の進み具合を早めてくれたようである。
さすがは時空神様……
最近は兄の親友という感覚が強くなっていたが、やはり神様なのだと実感した。
「そういう使い方は問題にならねーの?」
「これくらいは大丈夫ダヨ」
問いかけられた声に振り向いた私の視線の先には、チェリシュを抱っこし、頭には真白を乗せ、背中にモカを貼り付け、足元にはラエラエたちを従えているリュート様の姿があった。
お子様とモフモフに大人気ですね。
「リュート様、コーヒーはいいのですか?」
「ああ、ヤンに任せてきた。他の加護持ちも練習するって張り切ってるし、大丈夫。それよりも――」
「プリンなのー!」
「種明かしー!」
「種明かしってにゃんにゃ~?」
「くわっくわーっ」
うん、大騒ぎ……ですね。
一気に賑やかになったキッチンではあるが、漂う甘い香りにチェリシュ達は大興奮のようだ。
それに、真白が気にしている「種明かし」は私も気になるところである。
粗熱が取れた卵型の器に入った蒸しプリンをリュート様に差し出し、質問することにした。
「時空神様のおかげで粗熱は取れましたし、この卵型の器に何か手を加える予定なのでしょうか」
「よし、じゃあちょっと見ていてくれ」
穴が空いた部分を確認しながら、リュート様はどこからともなく取り出した白い粘土らしき物をぐにぐにと揉んで柔らかくしたかと思うと、空いた穴を塞ぐ大きさの突起を作る。
しかし、穴を塞ぐだけにしては長い。
ぴょこんっと絶妙なカーブを付けたソレに、今度は赤い粘土のような物でリボンを作り飾り付ける。
続いて、黒い粘土で小さな円形と菱形を作って完成と言わんばかりに微笑んだ。
それらを水に浸して固めた後、蒸しプリンが入った器に装着して――
「わ、わ、わああぁぁっ! まっしろちゃんなのー!」
「え? え? ええぇぇっ!? 真白ちゃんができたー!」
「召喚術師様は器用だにゃ~!」
リュート様が作った部品を卵の器に装着した瞬間、全てを理解したチェリシュからは歓声が上がり、真白とモカは大はしゃぎである。
穴を塞ぐように装着された冠羽にリボン。
黒くて小さな丸は真白の瞳を、菱形はくちばしを表していたのだと理解し、できあがった可愛らしい卵の器に入った蒸しプリンを見つめる。
「リュート様……す、すごく可愛らしいです!」
「だろ? コレを見て思ったんだ。似てるよなーって……コレだったら出来るんじゃねーかなってさ」
タイミング的にも良かったと笑うリュート様とはしゃぐチェリシュ達。
真白は卵の器と並んで「どっちが真白ちゃんだと思うー?」と、質問をしてくるくらい気に入ったらしい。
せっせと次々に作って全部装飾を終えて冷やしている間に、リュート様は手に持っていた粘土のような物を説明してくれた。
「これで、食べ物の模型を作ろうと考えているんだ。クラスメイトにこの粘土を使った造形師と着色を担当する絵師の家の者がいるんだけどさ、ルナが寝たあとでそういう話をしていたんだ」
「リュート様……私が寝てもお仕事をされていたのですか?」
「仕事っていうか、ちょっとした確認だな」
リュート様は頭の回転が速い人だが、どうやったらこんなに次から次へとアイデアが浮かぶのだろう。
休む間もなく頭を働かせているのでは無いかという疑問さえ浮かんでくる。
「ナルホド、つまりは食品サンプルを作るんダネ?」
「その通り! 料理の見本を立体的に作って並べたら、メニューの文字よりイメージが掴みやすいし、わかりやすいだろ?」
「良いアイデアだとは思うヨ。それに、造形師は最近仕事が減ってきていると聞いていたからネ」
「元々――」
そこで一旦言葉を切ったリュート様は、チラリとモカの方を見た。
チェリシュ達と一緒に真白風プリンになった卵型の器に夢中で、此方の会話は聞いていないようだ。
「映像技術が発達していない世界だ。写真が無い時点で他の物でどうにかならないか考えたんだよ」
「写真も何とかして欲しいんだけどネ」
「……あのさ、俺は何でも屋じゃねーんだぞ?」
「でも、あと一歩まで来ているデショ?」
「そっちは、もっと先の話になるが……こっちなら、すぐに実現可能だからな」
「ウンウン、造形師たちに家族の姿を残すよう依頼する人が減ってきた事を考えると、その仕事を依頼することで色々な可能性が見えてくるよネ」
「そうだよな。話をしていたヤツも驚いていたし、同じ事を言っていた」
なるほど……リュート様の作っていた粘土のようなもので、自分たちの姿を残すという仕事をしていた方々がいたのですね。
日本で言うところのフィギュアか、蝋人形に近い物だろうか。
写真だったら手軽に残せるが、この世界で何かを残そうとすれば、グレンドルグ王国同様の絵か、その造形師による人形しかなかったのだろう。
ギムレットさんの造ったカメラが今後、彼らから更に仕事を奪いかねない。
「この計画がうまく行けば、ゆくゆくはキーホルダーやストラップみたいな感じの物も作りたいよな」
「リュート様……まさか、そこまで考えているのですか? それは、造形師や絵師の仕事が減ってきたところに、カメラがトドメをささないか危惧して、先手を打っているのですよね?」
私が問いかけると、リュート様は驚いたように目を軽く見開き、ニッと嬉しそうに笑ってくれた。
おそらく、自分の真意に気づいた事が嬉しかったのだろう。
「まあ、クラスメイトの仕事を奪うわけにもいかねーし、俺たちも困っていることがある。つまり、どちらにとっても良い方法を提示しているだけだな」
Win-Winの関係になるだろう?
そう言うリュート様の頭の中がどうなっているのか不思議になってくる。
同郷の出だけれども、ここまで考えられるものだろうか。
「ねーねー、リュート! どっちが可愛いー?」
驚きと多少の高揚感と、格の違いを見せつけられたような気がして『リュート様凄い!』と心の中で叫んでいた私の耳に、真白の暢気な声が聞こえた。
どうやら、チェリシュやモカやラエラエたちと考えた質問だったのか、何故か小さい子&モフモフ組が期待に満ちた眼差しをリュート様に向けている。
「そうだなー……こっちは美味しいから最高だけど……こっちは手がかかってしょうがねーのに、可愛いから仕方ねーよな」
ツンッと指先でつつかれた真白がコロリと転がり、チェリシュとモカとラエラエたちが顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
「やっぱり、まっしろちゃんが一番なの!」
「召喚術師様はわかってますにゃ~」
「くわっ!」
「ぐわわっ」
リュート様が手を加えた卵型の蒸しプリンは、子供に人気が出そうだと時空神様と顔を見合わせて笑い、こういう仕事が増えることで、助かる工房も沢山あるのだろうと考えるだけで楽しくなってしまう。
私たちが持つ知識は、持っているだけでは意味が無いのだ。
必要なときに、無理の無い方向へ指し示すことで活きる道がある。
「私はまだまだですね……」
「何言ってんだ。ルナの料理があるから、今回の件は活きてくるんだから、胸を張って旨い料理を沢山作ってくれ。きっと、それが良い方向へ向かうからさ」
「ソウダネ。ルナちゃんが来たからこそ、リュートくんは柔軟な発想が出来るようになったんだカラ、もっと自信を持って……ネ?」
そうそうと笑うリュート様に、自分が一番可愛いと言われて嬉しかったのだろう真白が顔に向かって飛びつき、「真白もリュートは可愛いと思うー!」と言い出した。
顔面に張り付いた真白をつまみ上げたリュート様は、ジトリと見つめながら「男に可愛いは褒め言葉じゃねーからな」と、多少剣呑な色を宿した声を放つ。
そんな彼を見て、面と向かって「可愛い」というのはやめようと密かに思うのであった。
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