悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第十章 森の泉に住まう者

10-28 漂う香り

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 とりあえず、顔のほてりが収まってきたので、中断していた作業を開始し、全ての器にカラメルとプリン液を注ぎ終えた。
 私の様子を暫く見ていたリュート様はヤンさんに呼ばれて脱穀作業へ戻り、彼の足元に何かを察してか、ラエラエたちが「くわっくわっ」と鳴いて催促している様子が見える。
 彼の長い脚に、白くてぽよんぽよんしている丸いラエラエ達がまとわりつく姿は、何となく愛嬌があって可愛らしい。
 リュート様も「はいはい、わかったから」と、慣れた様子であしらっている。

「お行儀が悪いですよ、ララ、キキ」

 聖泉の女神ディードリンテ様の口から飛び出した名前を聞き、リュート様が吹き出し、私と時空神様が固まった。
 い、いや……べ、別に変な名前では無いのですよ?

「えーと……ディードリンテ? その子達、名前があったのカイ?」
「ええ、絶滅寸前のこの子達を保護した、ヤマト・イノユエがつけた名前ですけれども……」
「やっぱりかー!」

 思わずリュート様が叫ぶ。
 私も心の中で同じ事を考えていたのだが、かろうじて言葉を飲み込んだところであった。

「リュート様?」
「あ、い、いや……ヤン、こっちも脱穀をしてくれ。脱穀で出たいらないものは集めておいてくれ」
「あ、はい」

 リュート様は慌てて自分の叫びを無かったことにしようと必死だ。
 モカたちに脱穀の際に出たクズのようなものを渡して、ラエラエに与えるよう言っていた。

「あの……名前が何か?」
「あー、うん……まあ、あとで説明するヨ」

 まさか、日本のマスコットキャラクターが名前の由来かもしれないだなんて、ここでは言えませんよね……

「あ、あの……先ほどの絶滅寸前とはどういう意味でしょうか」
「この子達は、元々は地上にいたのです。しかし、卵を食べると病気になるため、害獣として毛嫌いされておりました。魔物とまではいかずとも、場所によっては討伐される対象だったのです」

 火を通して食べても、殻を触った手で皿などに触れれば菌が付着する。
 徹底しなければ衛生管理が出来ないことを知らない人たちに、ラエラエは病気を振りまく害獣だったということなのだろう。

「神界では卵を食べる者はおりませんし、掃除をしてくれるので重宝しました。庭園も綺麗に保ってくれたので、とても助かっていたのです」
「ラエラエがいなくなって、お掃除する子がいなくなったの。それを知って、初めてみんな後悔したって聞いたの」

 ラエラエがいらないものを食べてくれていたから綺麗に保てていた場所もあるだろう。
 それが無くなったために魔物が徘徊するようになり、ラエラエたちのありがたさが身に染みた――人は、何度もそういう過ちを繰り返す存在だとわかっているし、自分だって例外では無い。
 それが何とも言えない苦い思いを抱かせてしまう。
 ラエラエたちが意図してやっていることではないから、余計に何とかならないのかと頭を悩ませる。

「ラエラエの卵は適切な処置をしたら安全なんだって、ちゃんと周知させないといけないネ。モルルのような便利な子は、他の国や村にはいないんだから……ネ?」
「嫌われたままでは困りますよね。問題となっているのは卵だけなのでしょうか」
「ソウダネ。卵の表面に付着している有毒性の物質が問題であって、他は問題無いヨ」
「まあ、ラエラエは有精卵以外に興味関心を持ちませんから……その辺に転がっておりますし……」

 聖泉の女神ディードリンテ様の言葉を聞いて、それはそれで困った……と、私は苦笑するしかない。
 今のところ、リュート様が改良した新しい洗浄石でしか菌を排除できないのだから、地上にいるこの子達の管理は、聖泉の女神ディードリンテ様に任せるしか無いだろう。
 その辺にポコポコ卵を産んで放置されても困ってしまうから……
 現に、モカたちに脱穀した際に出たクズを貰って、新たに卵を産みだしている。
 食べれば食べるほど卵をポコポコ産んでしまうラエラエは、誰かが管理していないと危険であるのも事実だ。

「でもさー、ある意味いいんじゃないー? リュートの造った洗浄石だけが無毒化できるわけでしょー? 他の洗浄石よりも有能だって証明できるし、卵も食べられるしー、これが一石二鳥ってやつじゃないー?」
「確かにそうかもしれませんね」

 いつの間にかリュート様の頭の上では無く、チェリシュの頭の上で寛ぐ真白を見て頷く。
 この子……羽ばたいて移動することを諦めたのだろうか。
 跳ねてばかりいるような気がする。

「まあ、何が出来て何が出来ないのか、新しい洗浄石の説明書は必要かもネ」
「えー、面倒くさいー!」
「きっと几帳面なリュートくんなら作っているはずダヨ」
「あー……確かにー」

 時空神様の言葉に激しく同意する真白。
 私もその意見には同意だ。
 リュート様は、そういうところをないがしろにする方では無い。
 だからこそ、テスト運用をしてデータを集めているわけで……
 そういえば、グレンドルグ王国ではそういう考え方が無かったことを思い出す。
 テスト運用をするには、サンプルを配って情報を集めなければならない。
 そのための費用もかかってくることを考えたら、利益を優先しがちな商会では絶対にやらない事であると納得してしまった。
 リュート様は、品質管理やその後の責任などを考えている。
 つまり、販売したあとのことや保証などを考えているのだが、そこまで考えている人たちは少ないのかもしれない。
 だが、イルカムなどはサポートがあるというし……

「もしかして、販売後のサポートや保証がついている商品って……リュート様が全て関わっていたりするのでしょうか」
「あー、それはあるかもネ。彼が、そういう考えを広めているからネ」
「今では、それが当たり前になったの!」

 凄いよねーと、時空神様とチェリシュが顔を見合わせて笑う。
 リュート様の考え方が日本にいた時の当たり前を実現しているのだと知り、思わず笑みがこぼれる。
 やっぱり凄いな……
 リュート様は沢山のことを考えて、沢山の人に影響を与えているのだと知り、胸が熱くなってしまった。
 生クリームを泡立て、フルーツをチェリシュと一緒にカットしていた私は、ふと辺りに漂う香りに気づいて顔を上げる。
 どこか甘い香りが漂い始めたのだ。
 それはだんだん変化していき、カラメルのような香ばしい香りへ――
 キャンピングカーのキッチンからは見えないが、どうやら焙煎が始まったようである。
 気になって一旦手を止めた私は、時空神様やチェリシュや真白と顔を見合わせて頷き合うと、キッチンから出てリュート様の作業を見学することにした。

「リュート様」
「お? まだコーヒーの香りにはなってねーけど、焙煎しているから……そろそろ……かな?」

 彼の前には、大きな焙煎機と思わしき道具があった。
 青銀色の細かな編み目の金属は回転ドラム式になっていて、自動回転しながら中の物に火を通しているようだ。
 術式を刻んだ魔石の影響なのかドラムそのものに熱が行き渡っていて、近づくと熱を感じる。
 編み目の周りをプロトクリスタルが取り囲み、飛び散っている何かのカスを周囲にまき散らさないようにカバーしていた。

「……リュート様……コレを今、造ったのですか?」
「いや、コレは元々ほうじ茶を作る装置で、コフィーの実を焙煎するときに使うとは思わなかった」
「え? ほうじ茶があるのですかっ!?」
「あ……まだ飲んだこと無かったっけ?」

 どうやら、緑茶を広めたのはヤマト・イノユエのようで、その緑茶の葉を手に入れたリュート様はほうじ茶が飲みたくなって、カフェとラテに頼んで作って貰っていたそうだ。
 それを飲んだキュステさんがいたく気に入って、お母様にプレゼントしたところ、そこから広まって大量に作る事があり、カフェとラテに手間をかけさせないためにリュート様が考案したのが、この焙煎機だったらしい。

「ほうじ茶もお抹茶もスイーツと相性が良いですし、こんなに立派な焙煎機があるなら、ポップコーンや甘栗も作れますね」
「……ぽっぷ……こーん……甘……栗……」

 リュート様がボソリと呟き私を見る。

「その考えは無かった……え? マジで……?」
「え、えっと……基本的には同じ構造で……作れますよね?」
「あー、確かにそうカモ……」

 ポップコーンはトウモロコシの粒を取り出して乾燥させる必要があるし、甘栗は小さな粒石を一緒に焙煎すれば良いが……共に、もう一手間かかる。
 それでも、その労力を厭わない彼は説明を聞きながら目を輝かせた。

「よし! 帰ったらポップコーンと秋には甘栗だろ? あ、ほうじ茶とお抹茶もスイーツが作れるくらいの分量を、いつでも加工できるように準備しねーと……あとはー」
「リュート様……あの……無意識にお仕事を詰め込もうとしないでください!」
「いやいや、今まで造ったやつで代用出来るから大丈夫! 今回考案した乾燥の術式も、魔石に刻んだし、コレをうまく使える専用の容器も考えないと――」

 だめだ……リュート様は、すぐに仕事を作ってしまう天才だ。
 しかも、目をキラキラさせて次々に考えているので、止める手段が無い。
 オーバーワークにならない限りは静観して、少しでも無理をしていると判断したら止める方が効率が良い気がしてきた。
 リュート様の考えや行動を事前に止める方が難しい。本当に、ベオルフ様と似ているのだから……と、溜め息が出てしまう。
 ベオルフ様もそうだが、彼の場合はリュート様よりも酷い。
 私が止めるとわかっているから内緒にするのだ。
 悟られないように振る舞うから止めるのが遅れ、彼の思うとおりに事が進み、事態が収束してから知ることになる。
 そういう強硬手段をとる場合は、全て私に繋がることなので、怒るに怒れない。
 リュート様がそうならないことを願うばかりだ。

「ねーねー、香りが変わってきたよー? なんだろうこの香りー……すごく好きー!」

 真白の言葉にリュート様が微笑む。

「いいだろ? 豆が持つ個性的な香りっていうのかな……ピチッていう音が聞こえているだろ? これが合図だ。今回は深煎りしないで、中深煎り程度で止めておくか」

 そういって焙煎機を止めたリュート様は、金属製のトレイに中身を取り出した。
 ザラザラと音を立てて出てきたコフィーの実の種子は、私の見慣れたコーヒー豆で……

「うわぁ……リュート様、コーヒー豆です! すごく綺麗に焙煎されていますね!」
「んー、均一で綺麗だな。やっぱり、全体に通る熱の調整をしたのが良かったか。ムラが出なくて良かった」
「調整?」
「ああ、火魔法で熱するだけじゃなくて、風魔法で熱が均一になるように循環させたんだ」

 リュート様の発想は凄い……というか、そこまで術式を理解しているからこそ出来る手法なのだと感心してしまう。
 彼の術式を見た聖泉の女神ディードリンテ様は驚いて目を丸くしているし、何故か真白が「凄いでしょー?」と自慢げに胸を張っている。

「まあ、オーディナルが刻んだ術式から、色々と学んだこともあるし、ルナが言っていた、魔力を流す方向性っての? アレは今も研究中だけどさ、上手くいけば魔力の消費を今以上に抑えられるかもしれない。それで洗浄石や生活に必要なアイテムの術式を変更していったら、みんながもっと楽になる」

 以前、確かに面を塗りつぶすのでは無く線を引っ張るように魔力を流した話をしたが、それがそこまで凄い物だと考えていなかった私にとってみれば、彼の言葉はとても嬉しい物であった。

「みんなが……もっと楽になりますか?」
「ああ、間違い無い。きっと、楽になる。生活水準が確実に上がる!」
「良かった……私に方法はわかりませんが、リュート様……お願いします。お手伝い出来ることはしますので、どうか……形にしてください」
「任せろ。俺の専門分野だからな」

 ニッと笑う彼に迷いは無かった。
 つまり、ある程度形になっているのだ。
 こんなに心強いことがあるだろうか……こんなに誰かの為に頑張れる人がいるのだろうか――
 私もリュート様の為に、もっと頑張らなければと気合いを込めた。

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