398 / 558
第十章 森の泉に住まう者
10-19 意外な関係と、意外な特技?
しおりを挟む「信じられないいぃぃぃー、リュートのばかあぁぁぁ」
「あー、はいはい、ゴメンナサイ」
「心がこもってなーい!」
「まっしろちゃん……ごめんなさいなの……」
「チェリシュはいいの! わかってたくせに止めなかったリュートが悪いのおおぉぉ!」
大慌てでリュート様の頭上に逃げてきた真白は、痛む体でゴロゴロ転がりながらリュート様へ不平不満をぶつけている。
必死に謝るチェリシュには怒っている様子が無く、止めなかったリュート様へ怒り心頭といった感じだ。
「ルー……どうしようなの……リューとまっしろちゃんが……喧嘩してるのっ」
「あれは戯れているだけですから大丈夫ですよ」
泣きそうになりながら此方へやってきたチェリシュを抱き留め、時空神様も笑いながら頭を撫でている。
「嬉しくて力が入っちゃったんダネ」
「あい……チェリシュも、ルーやリューみたいにやってみたかったの……まっしろちゃんに喜んで欲しかったの」
必死に泣くのを堪えているチェリシュに影響されたのか、空がどんどん暗くなってくる。
どこからともなくやってきた雲は、春の嵐の前触れだろうか。
心なしか風も強くなってきたような……?
「チェリシュ、真白に喜んで貰う為にも力加減を覚えましょうね。チェリシュは、リュート様の背中を移動できるほど腕力や握力が強いですからね?」
「チェリシュ……つよつよなの?」
「やっぱり、神界で自分の牧場を持っているだけあって、チェリシュは力持ちさんダネ」
「牧場ですか?」
話を聞くと、どうやら季節の女神達はそれぞれ割り当てられた土地で、好きなことをしているらしい。
チェリシュは牧場を作っているらしく、畑と神界に住む動物たちに囲まれて、春以外の季節は過ごしているそうだ。
チェリシュがいない春の時期は、両親である太陽と月の夫婦神が面倒を見ているようなのだが、「とても良い環境なのか全く手がかからない」と太陽神に愛娘自慢をされたと時空神様がおっしゃっていた。
「うわぁ……チェリシュの牧場、見てみたいですね」
「はっ! ルーをご招待しますなの!」
「いつか神界へ来るとイイヨ。ルナちゃんなら問題無く活動できるだろうからネ」
「私なら?」
「自覚が無いようだケド、神界へ普通の人間が来たらぶっ倒れて動けなくなるからネ」
「そ、そうなのですか? では、神族以外で動けるのは天族と呼ばれる方々くらいなのでしょうか」
「彼らだって、母上が作った神具がなければ長時間活動することは出来ないヨ。ルナちゃんは、元々神界みたいなところで生活していたから耐性ができたんだろうネ」
小さな声で告げられた言葉は、暗に『庭園』の事を指し示していた。
私とベオルフ様とノエルが過ごした、オーディナル様の領域――
確かに、オーディナル様の神力が満ちていた空間であったと、おぼろげに思い出せる。
鮮明な記憶ではないが、封印を徐々に解除して、あの頃の自分を取り戻しつつあるのだと再確認した。
「どうやら、それくらいは記憶を取り戻したって感じカナ」
「は、はい……おぼろげ……ですが」
「順調ダネ。ベオルフの方は意識しない程度に色々思い出しているカラ、バランスが取れていないんじゃ無いかって心配していたケド。杞憂だったみたいダ」
互いの記憶について、詳細を語り合って確認作業を行ったことはない。
しかし、何故か同じタイミングで、同じような内容を思い出していると感じる。
先ほどまで真白にしたことで泣きそうな顔をしていたチェリシュだったが、私と時空神様の話を必死に理解しようと大きな目をキョロキョロさせ、黙って聞き入っていた。
頭上の曇天はあっという間に快晴となり、嵐の気配も消え去っている。
春の嵐……気配だけでもおそろしや――
「ほら、痛くない痛くない」
「うー……もっと優しく撫でてくれたら許してあげるー」
「オルソ先生も撫でてみる? ふわっふわなんだ」
「え、いや……神獣様だろう?」
「リュートの恩師なら、特別にいいよー!」
「で、では……」
私たちの濃い会話の内容などお構いなしに、真白たちは戯れているようだ。
恐る恐るといった様子で真白を撫でるオルソ先生に、真白も上機嫌である。
おそらく「神獣様」と呼ばれて機嫌を良くしたのだろう。
あとは、リュート様の手と口調が優しくて嬉しかったのかもしれない。
「……ガンバなの」
腕の中にいたチェリシュがそう言ったかと思うと、私の腕から抜け出してリュート様……いや、真白へ近づいた。
「まっしろちゃん、今度はちゃんと気をつけるの……だから、もう一度チャンスをくださいなのっ」
「いいよー!」
チェリシュの言葉にも驚いたが、アッサリと許可を出した真白にも驚いた。
痛い思いをしたので、嫌だと駄々をこねるかもしれないと考えていたのだが、心配いらなかったようである。
リュート様が笑顔のまましゃがみ込み、頭を傾けて真白を触れられるように高さを調整した。
彼の頭上では、真白が待ってましたと言いたげな様子で丸まっている。
「どーんとこい!」
「ゆっくり、優しく、丁寧に……なの」
恐る恐る手を伸ばし、優しく撫でるチェリシュの手を気持ちよさそうに受ける真白の姿を見ただけで、なんだか嬉しくなってしまう。
「子供の成長は早いネ……」
「そうですね……日々驚かされます」
「こういうのを、『男子三日会わざれば刮目してみよ』って言うんだったカナ」
「有名な慣用句ですね」
「あ、でも、女の子だから違うカ」
「この場合の『男子』は『人』という意味ですから性別は問題ないと思います」
「へぇ……本当に日本語って難しいヨネ」
いえ、その語源は日本では無く、中国の三国時代、呉の孫権に仕えていた呂蒙という武将が言った言葉です――とは言えずに黙って微笑み返した。
チェリシュが真白だけでは無くリュート様の頭も撫で始め、真白とチェリシュが楽しげに会話を楽しみ、リュート様が相槌を打つ。なんとも微笑ましい光景だ。
私や時空神様だけではなく、此方へ歩いてきたオルソ先生も微笑んで見ている。
「色々と気にかけてくれたみたいだケド、心配いらないヨ。十神がリュートくんの敵になることはナイ。君には断言しておくヨ」
「……そうですか。何故断言できるのか気になりますが、私だけというのは信用してくれた証と考えておきます」
「怖い怖い……リュートくん――いや、教え子のためだったら、迷うこと無く牙をむきそうなんだカラ……昔からその性分は変わらないヨネ」
「お褒めに与り光栄です」
一見他人行儀に聞こえるが、その実は軽口をたたき合うような会話に目を丸くしていると、少しの間だがオルソ先生とアクセン先生と時空神様は一緒に行動していたことがあったのだと教えてくれた。
え……どういう組み合わせですかっ!?
その話が気になってしまったが、どうやら何かの封印にまつわることで、その内容に関して語ることはできないのだという。
そういえば、アクセン先生とも気さくに話をしていたことを思い出し、ナルホドと納得してしまった。
あまり此方の世界に長居は出来ないが、オーディナル様の依頼なのか、十神の責任者としてやらなければならないことがあるのか、意外な繋がりを持っている。
今回だって、オーディナル様の依頼で此方へ来ているのだ。
ミュリア様の魂を探すという仕事や、時空神として本来成すべき仕事だってあるというのに、大変な話である。
「アイツは、いい父親になりますね」
「ソウダネ……元々面倒見がいいカラ」
「はい。だからこそ、アイツに部隊を統率する術をたたき込みました。優しすぎるからこそ責任を持たせて、何が何でも生きて帰ってくるようにしたのですが……それがなくても、今はもう帰ってきますね」
「帰ってくるヨ。帰る場所があるからネ」
二人の視線が此方へ向けられる。
何を言っているのだろうか、リュート様は家族が悲しむから必ず帰ってくるのに……
そう考えながら首を傾げていると、真白がぽよんっと弾けて私の膝上に着地した。
「ルナも撫でてー」
「チェリシュとリュート様はいいのですか?」
「今は、チェリシュがご褒美タイムなんだー」
ほら……と促されて見た方向では、リュート様がチェリシュを抱え上げて良い子だと褒め称えていた。
その姿はまさしく父娘で――うん、やはり良い父親になる。間違い無くそう思えた。
そして、それを邪魔しないように此方へやってきた優しい真白を撫でる。
「真白も良い子ですね」
「ふふー、さすがは真白ちゃんでしょ? リュートはいいパパになるけど、ルナも間違い無く良いママになるよねー」
「そうでしょうか……」
自信が無い。
思い出すのは、今世の両親のこと……私もああやっていきなり無関心になったりしないだろうか。
呪いの影響で、子供に辛く当たることは無いだろうか。
そう考えるだけで胸が痛い。
ある意味、一番厄介なのは記憶よりもこの身に巣くう呪いのような気がした。
「大丈夫だってー! ルナは絶対に大丈夫! この真白ちゃんが保証するから!」
何の根拠も無い言葉であるのに、何故か心強い。
白くてふわふわでいて、お餅のように触り心地が良い真白をもにもにしながら、「ありがとう」と感謝の言葉を伝える。
すると、真白はでろーんと伸びながら変な声で笑いだし、その声を聞いたリュート様とチェリシュが慌てて駆け寄り、私の手を握ったリュート様は強い視線で顔を覗き込んでくる。
「ルナ。真白のもにもに禁止な」
「え? どうしてですか? 真白……喜んでません?」
「まっしろちゃんがとろけて、まっしろ~ちゃんになっちゃったの!」
「おーい、真白……ダメだこりゃ、暫くもどらねーぞ」
「困った……なの」
「とりあえず、ルナのもにもには真白を溶かしちまうから……でも、そんなに気持ちいいのか?」
リュート様に問われて、そういえば――と、思い出す。
「ベオルフ様にも時々マッサージをしていたのですが、上手だって褒めてくださいましたから……そこそこなのではないでしょうか」
「へぇ……」
こんな風に……と、手袋をはずしているリュート様のゴツゴツした手を取り、マッサージをしはじめた。
最初は「上手だな」と褒めてくれた彼は、だんだんと無言になり、急に蹲ってしまう。
「ダメだ……これは……ヤバイ……絶対にマズイ、真白がとろけるわけだ……」
「ルー、チェリシュにも、チェリシュにもー!」
「え? あ、はい……」
今度はチェリシュの手を取って、もにもにと揉んでみる。
小さくてふにふにの手の感触が気持ちいいなぁと思っていたら、チェリシュの体から余計な力が抜けた。
「ふにゃぁ……なの~」
「あー……どこぞの誰かさん仕込みかぁ……そりゃ、大変ダ」
どこか遠い目をした時空神様の呟きと、蹲るリュート様を心配して声をかけているオルソ先生を順々に見ながら、私のマッサージって……そんなにマズイものなのだろうかと、自らの手を凝視するのであった。
336
お気に入りに追加
12,219
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。