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第十章 森の泉に住まう者

10-5 朝食の下準備中!

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「ルナ様、パン作りは俺たちの方でやれますから大丈夫ですよ」

 簡易キッチンというには、あまりにも重厚なかまどが付いたセットを取り出したのはダイナスさんであった。
 他の二人も、それにあわせるように動き出していて……素早いですね!
 どういうパンを焼くのか教えるだけで、ほぼ任せっきりになってしまうことに、少々申し訳なさが募ったが、彼らは気にした様子も無い。
 むしろ、軽い足取りで作業台に出して並べた二次発酵を終えている生地を手に取り、もう職人のように慣れた手つきで丸めて焼いていく。
 この様子だけ見ていたら、パン職人だと言われても納得しそうだ。
 問題児トリオだけではなく、朝食を作る担当になっている元クラスメイト数名も参加して、わいわいと賑やかであった。
 シモン様やレオ様も、その様子が気になったのか、彼らの手慣れた手つきに感心して声をかけ、談笑をしているようだ。
 そんな彼らを尻目にキャベツの千切りとゆで卵を準備している間、ロン兄様がシッカリ見張りをしているので、見学だけになってしまった時空神様はチェリシュを抱っこして、私の手元や彼らの様子を良い笑顔で眺めている。
 リュート様はというと、私と一緒にキャンピングカーのキッチンに乗り込み、私からベオルフ様の状況や黒い羽虫の報告を、外部に音が漏れないように魔法で遮断しつつ聞いているところである。
 このキャンピングカーならオーディナル様の力が強く働いているので、何があっても話を聞かれる心配が無いだろうという、時空神様のアドバイスを受けてそうしたが……やはり、管理者が関わる案件なので慎重にもなっているのだろう。
 リュート様は説明を聞きながら、フードカッターにキャベツをセットし、難しい顔をする。

「ベオルフの方も大変だな……その男……自業自得な部分もあるが、十分に同情の余地もあるし……難しいよな」
「そうですね……ただ弟を助けたかっただけというのが……やるせないです」
「俺も妹がそういう状況だったら、同じように何とかしようと躍起になるし……わからなくもない。しかし……もっと情報があったら、違った道もあったかもな……」

 おそらく、自らの経験から出た言葉なのだろう。
 たんに同情するのでは無く、見えてしまういくつもの道筋に、悔しくなったのかもしれないリュート様が顔をしかめる。
 そんな彼の頭上では、そこまで深く考えていないだろう真白が、うんうんと頷く。
 貴女……やはり、そこが定位置なのですね。

「それにしても……その黒い羽虫は外見がヤバイな。蟻に蝶の羽って……肩にとまったら肉を食いちぎられそうだ」

 その言葉を聞いて頭の中でイメージしてしまった私が軽く青ざめていると、リュート様の頭上にいた真白がすっくと立ち上がる。

「だいじょーぶだよ! 真白がケチョンケチョンにしてあげるからね!」
「反対に食われそうというか、窮地に立たされそう……」
「これでも真白は強いんだからー!」
「そうかそうか。ほら、真白、次はタマネギをスライスするぞー」
「はーい!」

 真白の扱いに慣れてきたなぁ……と、考えながらシュヴァイン・スースの肉の塊を取り出し、ほどよい大きさにスライスしていく。
 食べたという満足感を得られる厚みが欲しい。
 火を通すタイミングは難しいが、兄とともに何度も料理したことがあるのだから問題は無いだろう。
 スライスした肉の筋を切り、下味を付けて置いておく。
 同じく、湿地帯の主の身もほどよい大きさに切り、塩をして放置だ。

「ん? 二種類とも使うのか?」
「はい。とーっても美味しくなりますから、楽しみにしておいてくださいね」
「了解!」

 ふと外を見ると、どうやら動けるようになったイーダ様を引き連れ、マリアベルとトリス様だけではなく、食事担当の人たちも起きてきたようである。

「ルナ、遮音効果を解除するぞ」
「はいっ」
「えー? 内緒話は終わりなのー? 真白はもっとしたーい!」

 内緒話をする内容が無いのに? 私は小首を傾げていたが、リュート様は頭上の真白を手に取り「お前はただ単に遊びたいだけだろ」とジト目で見つめた。
 どうやら、いつもの攻防戦が始まったようである。

「イーダ様、体は大丈夫ですか?」

 真白の「なんで、もにもにするのー!?」という叫び声を聞きながら、イーダ様へ声をかけた。
 いつもより顔色が悪く、少し心配になってしまう。今日は前日ほどでは無いが移動するらしいので、筋肉痛の体には厳しいだろう。

「え、ええ……筋肉痛は……大変ですわね……」
「運動を怠るから……」
「お姉様、体がなまっているのではありませんか? 一緒にランニングしましょう!」
「嫌ですわ! 貴女に付き合っていたら、体がいくつあっても足りません!」

 トリス様に呆れられ、妹からの提案もすげなく却下したイーダ様だが、今の会話を聞いていると、マリアベルが体力馬鹿のように聞こえてくる。
 でも……マリアベルって結構動きますし、疲れている様子もありませんよね。
 やはり、タフなのかも……

「お師匠様! お料理をお手伝いしますね!」
「此方はリュート様が手伝ってくださっているので、マリアベルはスープをお願いしても良いですか?」
「はい! お任せください!」

 朝から回復魔法を使って疲れているはずなのに元気すぎるマリアベルには、以前、野菜をふんだんに使ったスープのレシピをお願いされていたので、ミネストローネのレシピを渡しておいたのだ。
 今回のメニューとあわせるスープとして申し分が無いだろう。

「あ、あの……私たちも一緒に作って……良いでしょうか……」

 そういって遠慮がちに声をかけてきたのは、ガイアス様の班の料理担当である女生徒だ。
 クラスメイトなのだから遠慮しなくても良いのに……と考えていたら、私の隣にいるリュート様へチラチラと視線を向ける。
 彼は真白に夢中で気づいていないが、どうやら上位称号持ちの彼が気を悪くしないか様子を窺っているようだ。
 私は気にならないが、リュート様の目つきが鋭いというだけではなく、彼のアースアイが全てを見透しそうで怖いと感じる人もいるのだろう。
 とても綺麗なのに……勿体ない!

「料理は全くの素人だから、コツとか教えてくれると嬉しいな」
「あ、一応、レシピ関連はレシピギルドで購入してきたけど……基本的な物ばかりなの。私も料理をしたことがないから、どうしていいのかもわからなくて……」

 ガイアス様の班の料理担当は、6枚の透明な翼を持つクリオネのような召喚獣を連れているシャンテーニュ様。
 パシュム様の班の料理担当は、小さくて丸っこい蜂のような召喚獣を連れているハーゼル様。
 ボリス様の班の料理担当は、ハムスターみたいだが、耳が長くて垂れている召喚獣を連れているアルメンドラ様。
 声をかけられた順に視線を移していく。
 男子生徒は寮で会うこともあるから顔を覚えていたが、クラスでもあまり目立たないのか、シャンテーニュ様とアルメンドラ様は言葉を交わした記憶が無い。
 存在感が薄くてガイアス様の圧に消されないだろうかと心配になってしまうシャンテーニュ様と、料理を知らないためにどうしたらいいか途方に暮れているアルメンドラ様は、まっすぐに私を見ていた。

「そうですね。でしたら、一緒にお料理をしましょう」

 笑顔でそう返すと、三人は安堵したようにホッと息をつく。

「ほら、ルナは怖く無いでしょう? あの食い意地の張っている聖騎士が無駄に顔面が怖いだけですのよ」
「うるせーわ、筋肉痛聖女」

 お二人のジャレ合いを見ながら、トリス様と一緒に苦笑していると、妙案を思いついたというように、マリアベルが声をかけてくる。

「お師匠様、こちらの方々とスープ作りをしていてもよろしいでしょうか!」
「あ、はい! マリアベルなら大丈夫でしょうからお任せしました。他にも、黒の騎士団の方々がパンを作っているので、そちらのフォローもお願いして大丈夫ですか?」
「お師匠様のパン作りを、責任持って広めて参ります!」

 い、いえ、そういう意味ではないのですが……
 止める間もなく、3人を引き連れて問題児トリオへ突撃するマリアベルを見送り、苦笑を浮かべてしまった。

「アイツ……本当に人の話を聞かねーな」

 私の表情から察したのか、リュート様が苦笑交じりに呟く。

「真白でももっと聞くっていうのにねー」
「いや、どっちもどっちだろ……」
「失敬な!」

 羽毛をぽんっと膨らませて抗議している真白を横目に、私はゆで卵の殻をむく。
 いつもなら私が料理を作っているとメモを取りつつお手伝いをしてくれるマリアベルがいないのは、少し寂しい。

「ルナに料理を任されて、張り切ってんのはわかるけど……アイツ空回りしねーかな」
「んー……そういうときって、失敗しがちだよねー」

 そう言ってリュート様と真白が心配していたら、ロン兄様がすっくと立ち上がり、マリアベルの方へ向かって歩き出す。
 どうやら、私たちの心配を取り除くために動いてくれたようである。
 さすがロン兄様!
 だけれど……そうなると時空神様がフリーになるわけで――

「よし! 監視役がいなくなったネ」
「そうなりますよねー」
「アレを作るつもりなんデショ? サポートは必要だよネ」
「それは大いに助かりますが……って、何を作るか察しが付いているのですか?」
「勿論ダヨ」

 うきうきした様子で此方へやってくる時空神様に、私は苦笑を返す。
 なんだか、兄と料理をしている時の感覚に似ている。
 ベオルフ様やリュート様に感じる物とは、また違うものだが心地良い。

「ルナ、野菜はほどよい大きさに全部カットできて、下ごしらえバッチリだぞー」
「真白も手伝ったよー!」
「んにゅぅ……チェリシュもー……チェリシュもやるのぉ」

 意識が覚醒しはじめたのか小さな手で目を擦り、時空神様から降りてふわあぁっと大きなあくびをしたチェリシュは、ぺちぺちと小さな両手で頬を叩いてから此方を見上げた。
 どうやら、シッカリと覚醒したようである。

「出遅れた……なの! チェリシュも、頑張るの!」
「では、卵サンドと野菜サンドの具材は出来ましたので、続きまして……カツサンドと白身のフライを作りますよー!」
「オーッ!」

 時空神様とチェリシュと真白が手を腕や翼を突き上げて返答している中、リュート様だけがぽかーんとした顔をして私を見つめていた。

「……へ? カツサンド? 白身のフライって……え? ま、マジでっ!?」
「はい! 本日のメインは、カツサンドとフィレオフィッシュです」
「マジか……マジかよ……すげー……すげーなルナ!」

 リュート様の大きな声に周囲の人たちが驚き此方を一斉に見るが、そんなものどうだっていい。
 何よりも目を輝かせて喜ぶリュート様が大事なのだ。
 茶目っ気たっぷりに「私って凄いでしょ? さすがはリュート様の召喚獣でしょ?」と尋ねると、彼は私をぎゅーっと抱きしめて「最高だ!」と言ってくれるのが幸せで……
 その幸せに突撃してきた真白と、よじ登ってきたチェリシュを加えて、より幸せを噛みしめる。
 おそらく、今頃……あちらではラルムと呼ばれた青年がベオルフ様の話を聞いているはずだ。
 彼には守りたい者がいる。
 いつか、彼にもこんな幸せが訪れることを祈りつつ、ぎゅっとリュート様たちを抱きしめた。

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