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第九章 遠征討伐訓練

9-37 高価なものたち

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 それから、何の邪魔も入ることなく時間だけが過ぎ、無事に目的地へと到着した。
 小高い丘の上は、植物が生い茂っているだけで本当になにもない平らな場所である。
 もともとは、とても大きな岩があったようなのだが、それを人間の魔法使いが竜人を追いかけているときに吹き飛ばしたという伝説が残っていると、ジーニアスさんから聞いた。
 リュート様並みに凄い魔法を使う人もいたものだと感心していると、海の向こうに小さな島が見えたような気がした。

「島……ですか?」
「ああ、あそこは無人島だ。天気が良い時にはここから見えるようだな」
「へぇ……凄いですね、大きな山があるようですし」
「そうだな。あの辺りは海流が激しくて、人の寄りつけない島が多いんだ。確か、キュステが一時期住み着いていた島も、あんな感じじゃなかったかな」

 私と真白が一緒になって「へぇ……」と感心している中、リュート様は丘の中央部分と思われる場所に旗のような物を取り出して設置する。
 白で縁取られた青い旗には、銀糸で何やら複雑な模様が刺繍されていた。
 旗の柄の部分は、青銀色に輝く金属で作られており、旗の真下辺りが円形に膨らんでいて、何かを収納するような形になっている。
 リュート様は、何か小さな石を取り出して、円形の収納出来る場所へ設置すると、ふわりと旗が揺らめき、波紋のように魔力が広がっていく。

「リュート様……これは?」
「魔除けの神石という物で、グレードによって効果範囲や能力が変化するんだ。かなり高価な物だから、黒の騎士団ではもっとグレードが低い物を使うが、今セットした物は最上位クラスだろ……すげーな」

 どうやら、学園長経由でアクセン先生に持たされたらしい魔除けの神石というアイテムをセットしたリュート様は、その品質に驚いているようである。

「どうせ、団長が手配したっすよ」
「やりそうですよね」

 モンドさんとダイナスさんが苦笑を浮かべ、リュート様は肩をすくめて笑みを浮かべた。
 どうやら、お父様が心配して手配をしてくださったようだ。
 普段使うグレードの低い魔除けの神石は、効果範囲も狭く、効果を及ぼす魔物の数も少ない。
 それでも、魔物を寄せ付けないという効果があることから重宝されているが、恐ろしいほど高価で一般人は手に入れる事が出来ないというから驚きだ。

「ルナ様やリュート様がいるから、奮発したっすね」
「遠征が終わったら高い酒でも持参して……いや、もしかしたらルナと一緒に礼を言いに行くだけでも喜びそうだ」
「絶対に喜ぶと思いますよ。リュート様たちが寮に帰るのを寂しがっていましたから」
「……そっか」

 ダイナスさんの言葉に、何とも言えない顔をしたリュート様は、何かの測定をし終えたジーニアスさんへ視線を移した。

「どうだ?」
「上質な魔除けの神石ですね……予定範囲を余裕でカバーしていました。発動させてから20時間で、どれだけのお金が消えていくのやら……」

 目的地に着いたし、魔除けの神石の効果範囲内だということもあり、リュート様のポケットから抜け出して人型に戻った私は、ジーニアスさんに問いかける。

「そんなに高価な物なのですか?」
「聖銀貨……1枚、いえ、2枚はするのではないでしょうか」
「え、えっと……」
「この世界の聖銀貨は、1枚で一千万円くらいの価値があるよー」
「馬鹿! 真白! ルナに貨幣価値を教えるな!」
「えー? どうしてー?」
「買い物の時にルナが遠慮するだろうが!」
「ちなみに……真白、赤金貨1枚って?」
「え? 10万くらいかな」
「まーしーろー!」

 私の準備金にかかった金額は、金貨1枚と赤金貨3枚……その赤金貨が10万円ということは、金貨が100万くらい? つまり……私の支度金が130万もかかっているということに――
 そこまで考えて、私の顔からサーッと血の気が引いていく。
 上質でもリーズナブルな物が多いとトリス様は言っていたのだが、さすがにお金がかかりすぎなのではっ!?

「あのな、ルナ。それくらいの金額で驚かれたら困るぞ。だいたい、ルナが元の世界から持ってきたドレスや宝石はもっと金がかかっている可能性があるんだからな?」

 それもそうだ。そういう出費については父が一手に引き受けていたので、知らないことの方が多い。
 人目にさらされることもあり、卒業パーティーの時は第二王子の婚約者として恥ずかしくない程度の身なりはしていたはずである。
 普段は付けない大きな宝石があしらわれたアクセサリーや、フリルなどで無駄なほど派手に装飾されたものを嫌う私に合わせて仕立てられたドレスも、高価な物だったに違いない。
 そういう物は自分で用意しなくても、必ず両親が準備をしてくれた。
 私が居ると存在を無視していた両親も、その時ばかりは考えてくれていたのかも知れないと思うだけで、心の底にある暗いところにわずかな光が射したような気がする。
 ベオルフ様から聞いていた両親は、とても後悔しているというし、今は黒狼の主の呪いも取り払われたようなので、平穏に暮らしていて欲しいと願うばかりだ。

「ま、まあ、それに……数も買ったし? そりゃ、それくらいするだろ? むしろ、安いくらいだ」
「い、いえ、安くはありませんよっ!?」
「いいの。俺の剣……あ、刀じゃなくて、今まで使っていたヤツな? アレは一振りでその倍はするからな?」
「命を預ける武器に、お金をかけるのは当たり前です!」
「じゃあ、俺の命よりも大事なルナにお金をかけるのも、当然だよな」
「リュート様の命より大事なものなど、この世には存在しません」

 何を馬鹿なことを言うのだろうと、私は彼の目を見つめながらそう反論していたのだが、彼の頭上から大仰な溜め息が聞こえてきた。

「ねー、その痴話喧嘩はいつまで続くのー?」

 え? ち、痴話喧嘩っ!?
 驚いて私とリュート様が顔を見合わせていると、既に問題児トリオたちは離れた場所で探索をはじめており、真白は呆れた様子で此方を見ている。

「いいじゃん。リュートがやりたいって言うんだしー。ルナがリュートに料理を作りたいって思っているのと一緒だよ? 相手が喜ぶことをしてあげたいって考えた結果なんでしょ?」
「で、でも……」
「ルナは、嬉しくないの? リュートが自分のために考えて用意してくれたんじゃないのー?」

 確かにそうだ。リュート様は、私の事を考えて、気を遣わなくて言いように配慮して手配してくれた。
 私がこうして気にするだろうとわかっていたから……
 その気持ちを大切にしなければならないのに、私は何をしているのだろう。
 確かに驚きはしたが、それよりも大切なことがある。

「真白……そうですね、私が間違っておりました。リュート様……私のことを考えて用意してくださったのに、すみません」
「あ、いや、わかっているんだ。ルナの感覚が日本に居た頃の一般庶民感覚なんだろうって……俺だって、その頃の感覚だったらポンポン使える金額じゃねーよ。でも、俺はこの世界のラングレイ家の三男で、聖都では名の知れた商会長だからな」

 ニッと笑ったリュート様に頭を下げて謝罪するのだが、彼は私の両頬を大きな手でやんわりと包み込み、上を向かせる。
 不可思議に煌めくアースアイが、優しく細められた。

「前にも言ったろ? 俺は金持ちで心配しなくてもいいくらい稼ぎがある。何も無理をしているわけでもないし、無駄な出費をしているわけでもない。ちゃんと考えて使っているから大丈夫だ。それに、ルナが心配して言っていることくらいわかっているから、そんな顔をしないでくれ」
「リュート様……ごめ……」
「違うだろ?」

 唇に押し当てられた指先が私の言葉を遮り、彼の優しい声が耳朶に響く。
 あたたかくて優しい、とても深い思いのこもった声だ。大切にされている――と胸を満たす想いに涙がこぼれそうだ。

「リュート様……ありがとうございます。大切にしますね」
「ああ、そうしてくれると嬉しい」
「ちなみに、ルナが左耳に付けているイルカムってやつは、百万円くらいするらしいよー?」
「ば、馬鹿! え、えっと……それは、最新モデルで、貴重な魔石を選んだから、金額が跳ね上がったっていうかなんていうか……俺の魔力でも壊れない物ってなったら、それくらいするから! そ、それに、ほら、宝石だったら……も、もっとするだろ?」

 彼の焦った弁明を聞きながら「百万円……が……み、耳に……ついて……」と、コクリと生唾を飲み込み、恐る恐るイルカムに触れる。
 リィンと澄んだ音を立てるイルカムは、あの頃とは違い、ロン兄様が用意してくれたオプションまでついているのだ。
 総額がいくらくらいになっているか、考えるだけでも恐ろしい。
 その様子を見ていたリュート様は、無言で頭上の真白を鷲づかみにすると、いつもよりは少し力がこもったモニュモニュを開始した。

「いやああぁぁぁっ! 力強いモニュモニュは本当に色々出ちゃうううぅぅぅっ!」
「うるせーわ! いらねーことを言いやがって!」
「空気が和むかなぁって……思ったのにー!」
「和むかああぁぁっ!」

 リュート様と真白の絶叫が響き渡る中、金額は忘れたほうがいいかもしれないイルカムも大切にしようと心に誓い、遠くから呆れたように此方を見ている問題児トリオに苦笑を返した。

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