悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第九章 遠征討伐訓練

9-33 優秀な片割れ

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 私と微笑み合っていたリュート様は、「そういえば……」と呟き、視線を上に上げていぶかしげにしている。
 察しの良い――というよりも、いつも激しいくらいに自己主張をしてくる真白の反応がない事に疑問を感じ、頭上にいる小さな白い毛玉を両手で掴んだ。

「どうした?」

 ソッとおろされた真白を覗き込んだ私たちは、驚きのあまり目を丸くしてしまう。
 何故なら、あの真白が目に一杯涙をためて、ぷるぷるしていたのである。

「え? は? お、おい?」
「真白?」
「うぅ……うー……うーっ!」
「待て待て、どうしたんだよっ!」

 リュート様と私の焦った表情を交互に見た真白は、我慢の限界だというように丸い瞳から大粒の涙をポロリとこぼす。
 それから、火がついたように泣き始めたのだ。

「うー! うああぁぁぁぁぁんっ! ぱぱぁ、ままあぁぁっ、会いたいよおおぉぉぉぉっ」

 ぴーっ! と泣き出した真白から飛び出した言葉に、私は何も言えなくなってしまう。
 真白の父と母である鳳凰は、すでにこの世界にはいない。
 むしろ、鳳凰のおかげで世界は存続していると言っていいほどの事を成し遂げて、消えてしまったのだ。
 その鳳凰に会いたいと言われても、私たちにはどうすることもできない。
 何とか宥めようと真白をリュート様が撫でていたのだが、私はハッとして顔を上げる。
 そう、感じたのだ……この感覚は間違いない――

「寂しかったのか、真白! ベオルフはああ言っていたが、やはり泣いていたではないか!」

 天空から姿を現したのはオーディナル様で……もはや言葉にもならない。
 呆然としている間にも、オーディナル様はリュート様の手から真白をさらい、包み込むように抱きしめている。
 いきなり出現した濃密な神力に、さすがのリュート様も片膝をつき、問題児トリオなど立っていられずに地面に突っ伏している。
 よしよしと宥めるオーディナル様の腕を伝って真白のそばまで来た紫黒は、心配そうに妹を見つめた。

「うああぁぁんっ、紫黒ううぅぅぅっ! パパとママの力があぁぁっ」
「感知した。わかっている。だが、今はそれよりも泣き止め。でないと、リュートが潰れるぞ」
「……ふぇ? あああぁぁぁぁっ! リュートがああぁぁぁっ! オーディナルのばかああぁぁっ!」
「え、いや、その……ええぇぇ……?」

 そばに来た紫黒に抱きつきながらぴーぴー言って泣いていた真白だが、リュート様の状態を知るやいなや、オーディナル様に向かって激しい怒りをぶつけ始める。
 さすがにこれは理不尽……いや、神力を制御せずに地上へ突っ込んできたオーディナル様も悪い。
 どっちもどっちだと溜め息をついて、私は腰に手を当て、二人に厳しい視線を向けた。

「真白はオーディナル様と紫黒にごめんなさいでしょ? そして、オーディナル様は神力を制御して、リュート様たちにごめんなさいですよ?」
「え……でも……」
「しかし……」
「ご め ん な さ い は ?」
「ご、ごめんなさいぃぃぃっ」
「す、すまない」

 紫黒の後ろへ隠れる真白は叫ぶように謝罪をして、神力を慌てて制御したオーディナル様は、片膝をついて息を整えているリュート様の肩に手をかけて「大丈夫か?」と問いかけていた。
 問題児トリオは息も絶え絶えな状態で未だ起き上がることも出来ない状態ではあるが、そこは……タフなので、何とかなるだろうとあえて触れないことにする。
 ヘタに声をかけてオーディナル様が興味を持てば、彼らの体が心配だ。
 そんな中でもリュート様は流石である。
 すぐさま復活してオーディナル様を睨み付け「神力を地上では抑えるっていうのが、この世界のルールだろうがっ! 自分で決めておいて、率先して破るんじゃねーよ!」と怒鳴りつけている。
 本来なら、そんな言葉遣いをすればとんでもない事になりそうだが、オーディナル様はオロオロしながら「いや、その、すまん」と言うばかりだ。
 まるで親子のようだと笑っていると、真白はぐしぐし泣きながら、紫黒にすり寄っている姿が見えた。
 優しく包み込む紫黒に、真白が甘えている。
 そんな姿を見ていると、ベオルフ様を思い出してしまい、なんだか寂しくなってしまった。

「ったく……マジで勘弁してくれよな……」
「以後、気をつけよう。ベオルフがあまりにも平然としているから、お前も平気かと思ったのだが……やはり、難しいか」
「ルナと一緒で平気なのか……すげーな」
「まあ、この子たちは僕と一緒に過ごしている時間が長いからな」

 そういって、私の頭にオーディナル様の大きな手が乗せられる。
 懐かしく感じるとともに、少しだけ寂しい気持ちが和らいだ。
 本当は、ベオルフ様に撫でて貰いたかったが、無理を言ってはいけない。
 それに、私の気持ちをおそらくオーディナル様は理解しているのだろう。苦笑して「仕方が無い子だ」と言うような表情をしている。
 とりあえず、一旦冷静になる必要があるだろうと人の姿に戻り、キッチンカーの鍵を取り出して召喚すると、椅子とテーブルを設置して、オーディナル様たちを座らせるとともに、動けない問題児トリオも何とかしてあげて欲しいとリュート様にお願いした。
 彼はすぐさま動き出し、新たに簡易テーブルセットを取り出して設置してから、動けず地に伏している三人を綺麗にしてからテーブルに突っ伏すような形で座らせている。
 私の方も、オーディナル様たちに座っていただく椅子やテーブルを取り出して配置して、オーディナル様に声をかけた。

「ふむ……どうやらうまく使ってくれているようで安心した。……しかし、調理をする内部が狭いな……」

 確かにそれは感じていたが、本来のキッチンカーを思い出せばこんなものであると説明しようとした瞬間、オーディナル様が紫黒と何やら話をしてから車体に触れた。

「こんなものか」
「ユグドラシルのデータベースで調べても一般的だろう。厨房ほどではないが、問題の無い広さだ」

 ……え? ま、まさか――!
 慌ててキッチン部分へ続く扉を開くと、開いた瞬間にわかった。今までとは明らかに違う。空間を拡張してしまったのだ。
 ああ……これで……また……動く要塞感が……

「あのさ……触れるだけで改造していくの辞めてもらっていいか? 人間の領域じゃねーって、あとで説明するのが面倒なんだよ」
「何を言う。この殆どが、僕の愛し子への加護や寵愛だと話せば良いだろう」
「大本は俺が造ったの! お・れ・が・つ・く・っ・た・の!」
「細かいことは気にするな」
「前々から思っていたけど、俺に対しての遠慮がなさすぎねーかっ!?」

 文句を言うリュート様に対してオーディナル様は「ふふんっ」と笑って見せるのだが、仲が良いのか悪いのか……いや、これはある意味、信頼感があるから成せる業だろう……と、思いたい。

「狭い故に断念した物を設置できるようになったのだから、大目に見ろ」
「あ、それは助かる」

 どうしてそこですぐに意気投合するのだろうか――と、リュート様とオーディナル様のやり取りを見ていたのだが、リュート様が急にハッとした顔をして視線を彷徨わせた。

「あの、えーと……助かります」
「……今更だろう」
「いや、さすがに……その……マズかったな……と」
「それこそ今更だ。それに、お前の敬語など寒気がする。その口調でいろ。これは命令だ」
「そういう……ことなら……しかたねーか」

 何で十神も創世神ルミナスラも創造神オーディナルも俺に普通の態度を求めるのだろうかと首を傾げているリュート様を、満足げに眺めるオーディナル様を観察する。
 心から喜んでいる様子はうかがえるのだが、普通はあり得ない。
 ベオルフ様は別格として、本来、創造神であるオーディナル様が許可するなんて……例外中の例外である。

「誰もツッコミ入れないことに驚きだケド……父上、いきなり来られたので、神界は大騒ぎですヨ?」

 その時になって、そういえばそうだった……ここは、グレンドルグ王国ではなかったのだと思いだし、当然のようにたたずむオーディナル様に、初めて違和感を覚えた。
 ベオルフ様が知ったら「遅い」というお叱りを受けそうである。

「ゼルか。いや、まだバグが残っているから、作業に戻らなければならないが、あの力と真白の泣き声が聞こえたのでな……」
「その件なら仕方がありませんネ」

 やれやれと溜め息をついているが時空神様も降臨したことにより、問題児トリオは虫の息なのはスルーして良いのだろうか。
 神力の圧で……というよりも、この現実からかけ離れた神の降臨に、言葉が出ないのである。
 リュート様がチラリと見て、何らかの術式を展開しはじめたので、おそらく多少は持つだろう。
 心の中で三人に謝罪しながら『あの力』について、オーディナル様に問いかけた。

「アレは……何だったのでしょうか。真白から力を貸して貰ったはずなのですが……」
「本来、聖炎の魔法は人に扱うことは出来ない力だ。しかし、僕の愛し子が手を貸したことにより、完成させてしまったのだ」
「つまり、ルナちゃんがいないと、あの力は使えないってことダヨ」

 オーディナル様と時空神様の言葉に驚きながらも、確かに手を貸して完成させたのだ。
 手本を見せれば出来るというわけでも、補い方を示したから使えるようになるというわけでもないらしい。

「リュートの詠唱は不完全であったが、暴発せずに抑え込んだことにも驚きだ。それに、まだ魔法の訓練中だというのに、召喚獣という立場をフル活用して、リュートの術式に干渉するとはな……さすがは僕の愛し子だ」
「詠唱が……不完全……?」
「聖炎をこの世界に具現化させるには、ユグドラシルの言葉が必要だ」

 リュート様の問いに、今まで真白を宥めていた紫黒がそう呟き、真っ直ぐ彼を見つめる。
 その真剣な眼差しに気づいたのか、リュート様は黙って紫黒の言葉に耳を傾けた。

「ルナやベオルフのように、ユグドラシルのシステムを掌握する言語を完全に扱える者は少ないのだ」
「おい……そんな情報をここで……」
「勿論、神族はおろか管理者にも感知出来ないレベルの結界を張ってある。今の言葉は、そこの三人にも聞こえてはいないだろう。知っていた方が良いヤツにしか話はしない。ちゃんと相手は選ぶ」
「……お前、本当に真白の片割れか?」

 リュート様がそう言いたくなる気持ちもわかるほど、紫黒は優秀であった。
 私が見ても、うっすらとしか判別出来ないほど、違和感の無い結界が敷かれている。
 しかし、弱々しいというものではなく、これほど強固で人の体に負担をかけないよう計算された結界は初めて見た。
 突っ伏している三人がこれ以上ダメージを受けることがないように、配慮してくれたのだ。
 そういう配慮の出来るところが、どことなくベオルフ様に似ているなと感じた私は、思わず目を細めて礼を言いながら紫黒を優しく撫でるのであった。
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