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第九章 遠征討伐訓練
9-32 朱金の双翼
しおりを挟む「これは……ルナが……干渉して制御したの……か?」
リュート様の驚きの声に瞼を開いて見上げて彼へ向かって目を細めた。
額から流れ落ちる汗が、どれほどこの力を制御することが難しかったのか物語っている。
彼だけでは難しかった。
漠然とした感覚ではあったが、膨大な力の方向性を指定すれば良かったのだが、彼には見えていなかったから、必要以上の力を消費する結果となったのだろう。
どうして……と、問われたらわからない。
しかし、私には見えていたのだ。
聖炎を使いこなすに必要な力や、意識の向け方を――
真白の力であったから、可能だった。
これが紫黒であったら、私はここまでうまくやれたかわからない。
同じ浄化の力を持つから、相性が良かったのだろう。
「リュート様。今なら、やれますよ」
「あ、ああ……ルナ、助かった」
「私はリュート様の召喚獣ですから!」
「……マジで助けられてばっかりだな。サンキュー……」
リュート様は深い呼吸を数回繰り返したあと、ゆっくりと目標であるシュヴァイン・スースを睨み付けると、戦闘でかなり移動してしまった彼らに追いつくために駆け出す。
「モンドは正面、ダイナスは左へ回り込め! 俺は右から炎を繰り出す! ジーニアスは補助魔法で援護!」
「了解っ!」
3人がリュート様の指示で動き、シュヴァイン・スースを囲むように展開する。
乾いた大地から水気の多い足場へ移動してきたというのに、全員そんなことを感じさせない動きでシュヴァイン・スースに立ち向かう。
リュート様が消費した魔力は膨大だが、動けなくなるほどではない。
スムージーはまだ残っているので、ある程度の回復なら可能だ。
食事を許可して貰えたら良いのだが、初日からルールを破っていたら、彼の立場上うるさい者たちもいるだろう。
厄介ごとは押しつけるのに、その対価を得られないし望んでもいけない彼が不憫でならなかった。
「真白、シッカリしがみ付いていろ!」
「りょ、りょうかいー!」
言うが早いか、彼は跳躍して腰へ手を伸ばし、三日月宗近・神打の柄へ手をかける。
目にもとまらぬ速さで白刃が閃き、シュヴァイン・スースの体を切り裂く。
体に感じる風で、リュート様がどれほど素早い動きをしているのか体感できるが、ジェットコースターという例えが生ぬるいと言いたいほど、鋭くて力強い。
耳が痛くなるほどの乱高下に加えた魔力と魔物が放つ瘴気の攻防は、ピリピリ肌を刺激するほどだ。
これほど近くで長時間続く戦闘を見たことが無かったために、息を呑まずにいられない。
これが……リュート様の世界なのだ――
彼の当たり前の世界であり、これからも続く戦いの世界……何も出来ない、戦闘する力も持たない……いや、持っていたとしても簡単に手助けをしたいだなんて軽々しく口にしてはいけない世界だった。
以前、どういうスキルが発現したら喜ぶかと問われたとき「できれば、リュート様と一緒に戦う力が欲しいです」と言ったのだが、それを聞いた彼が困った顔をして笑った理由が、当時の私にはわからなかった。
今ならわかる。
私ではこの世界に着いてこられないと、彼は理解していたのだ。
だから、言っていたのだろう……「ルナは戦えなくていい。戦いと無関係なスキルが発現するといいな」と――
あの言葉に、彼はどれだけの想いをこめていたのだろう。
浅はかで無知な私を包み込む優しさに、全く気づいていなかったのだ。
戦いを知るからこそ……どれだけ過酷で厳しいものか知っているからこそ、私を戦いから遠ざけようとした。
私は……何もわかっていなかったのだ。
わかっているようで、全くわかっていなかったのだ。
後悔の念を抱くとともに、彼の優しさに気づけなかった自分の不甲斐なさに腹が立つ。
おそらく、この遠征討伐訓練で、この苦しい想いを何度も感じるだろう。
苦くて痛くて……言葉にならない感情を抱く。
でも、忘れない。
同じ過ちを繰り返さないように……リュート様の領分を何も知らない私が土足で踏みにじることがないように、シッカリと心に刻みつけよう。
もっと、もっと強くならなければ――力ではない、心を強く持て。
彼の隣にいたいのなら、私はもっと強くならなければ!
戦いを知らない私の目の前で繰り広げられる戦闘は、命のやり取りだ。
生物が己の命をかけ生きるために戦っているのだと理解した今、目を覆いたくなるような凄惨な光景すら強い気持ちで乗り越えようと思えた。
心が折れたら、死へ直結する世界に彼はいる。
戦えない私ができることは、全力でサポートすることだと本当の意味で理解し、戦闘に関するスキルを発現しなかった未練や願いなど、力への執着は綺麗さっぱり消え失せた。
私の心に変化があったからかはわからないが、七色に輝く術式が色を変える。
一瞬白く染まり、朱金へと移っていく。
まるでそれは……
「パパとママの……光……」
真白の震える声が私の考えと一致した。
知るはずの無い鳳凰の輝きに似ていると感じた私と真白の言葉がキーワードになったわけではないのだろうが、術式の中央が輝き、朱金色の炎が集まる。
「ルナの力……か? いや、なんかわかんねーけど……高密度の魔力が収縮しているだとっ!?」
大きく変化し始めた術式を制御しながら大きく一歩下がったリュート様にあわせて、問題児トリオも距離を取ったのが見えた。
それを待っていたかのように術式が光を強め、そこから誕生した朱金色の炎の塊が大きくゆらめく。
朱金色の炎は、ゆっくりとした動きで丸まっていた体をのばすように、見事な双翼を広げる。
まさか……鳳凰っ!?
目の前の光景がにわかには信じられずに固まっていると、朱金の炎を纏いし鳥の形を為した高密度の魔力の塊は、一直線にシュヴァイン・スースの翼めがけて飛んだ。
甲高い鳥類特有の鳴き声が響き、火の粉をまき散らした羽ばたきを見ていると、胸に迫る何かを感じて涙が溢れてくる。
本物ではないとわかっているのに、何故こんなに胸が締め付けられるのだろう。
涙を拭い鳳凰を象った炎を見つめると、朱金色の炎の塊はまるで意志を持っているかのように動き、シュヴァイン・スースの翼を二枚同時に貫いたかと思うと旋回し、すぐさま違う翼を貫く。
それを繰り返して全ての翼に大きな穴を空けたあと、地上へ落下するシュヴァイン・スースを見届けて天空へ飛び上がり、火の粉をまき散らして消失したと同時に術式も砕け散った。
幻想的な光景に、リュート様を含めて全員が言葉を失っていたが、シュヴァイン・スースはまだ諦めていない。
もがき苦しみながらも此方へ攻撃を加えるために力をみなぎらせる。
「リュート様!」
「っ! そうだな……そろそろ、決着をつけよう」
「リュート様、魔核の位置は額です!」
ジーニアスさんの言葉に頷き、リュート様は三日月宗近・神打を構える。
精神を研ぎ澄ませ、それに呼応するように刀身が淡く輝く。
突進してくるシュヴァイン・スースの前に飛び出すモンドさんとダイナスさんは、盾と大剣の肉厚な刀身を使って勢いを出来るだけ殺すように防ぎ、ジーニアスさんは二人の強化に専念したようであった。
ある程度勢いが削がれたところで、リュート様が動く。
それは一瞬のことであったが、問題児トリオたちはわかっていたのか、彼と入れ替わるように後方へ下がった。
リュート様の気合いがこもった声とともに三日月宗近・神打が閃き、パキリと何かが砕けた音が聞こえ、暫くして凄まじい地響きがしたかと思ったら、シュヴァイン・スースが力なく地面へ横たわっていたのである。
「うわぁ……4人でシュヴァイン・スースを討伐なんて、前代未聞のことっすよ」
「本当にな……マジかよ、本来二十人くらいで数時間かけて討伐するのに……」
「早い段階で翼が使い物にならなくなったから助かりました。しかし、凄い魔法ですね」
「あ、いや……アレは、俺の力じゃねーよ……強いて言うなら、ルナ……か?」
問題児トリオの言葉に戸惑った様子を見せたリュート様は、私を見ているが、私の力かと問われたら困ってしまう。
「あくまで力はリュート様のもので、私は方向性を示しただけですから……」
「方向性?」
「説明すると難しいのですが……」
リュート様に三角形を地面に描いて欲しいとお願いしてみると、彼はその辺に落ちていた枝を拾って、水没していない地面に綺麗な三角形を描いて見せた。
「仮に上にある頂点に到達すれば力を使う条件をクリアできることにしますね」
ふむふむと全員が頷くのを見て、私は話を続ける。
「リュート様の場合、三角形の中を全て塗りつぶすように魔力を注いでいたのです。これでは、必要以上の魔力が消費されてしまいます。だから、目標地点を設定して、力の方向性を決めただけなのです」
「なるほど……クリア条件まで塗りつぶして到達させるのではなく、線を引かせて到達させたってわけか……」
「面白い考え方ですね」
「いや、それよりもそれが見えるってことが重要なのでは?」
「ルナ様って運動神経は人間以下なのに、変なところで人間離れしているというか、思いっきり規格外なことしてくるっすよね」
一応、私の説明を理解したらしい彼らの反応は様々であったが、とりあえずモンドさんが一番失礼だと言うことは理解した。
運動神経が人間以下ってなんですかっ!?
私がぷっくり頬と羽毛をふくらませていると、無言でリュート様とダイナスさんとジーニアスさんが、モンドさんの頭をはたく。
「お前は、もうちょっと考えて発言しろ」
呆れたようなリュート様の言葉に、頭を抱えていたモンドさんは「痛いっす」と抗議していたが、それを軽くスルーして彼らは倒れているシュヴァイン・スースへ近づいた。
「ここで解体していきますか?」
「いや、このまま回収しよう。俺が保管しておく。ダイナスは、念のためにロン兄へ連絡を入れておいてくれ」
「湿地帯の主のことも報告しておきましょうか」
「アイツは海岸方面へ逃走したから、遠征討伐訓練参加者と出くわすことはないだろうが……一応、報告を頼む」
「了解しました」
「ジーニアスは、浄化が必要な場所は無いか調査してくれ。あそこで蹲っているヤツを使って念入りにな」
「承知しました。モンド、ほら、行きますよ!」
「まだ頭が痛いっす……」
ずるずる引きずられるように連れて行かれるモンドさんと、慣れた様子で周辺調査を開始したジーニアスさんを見送り、ダイナスさんは少し離れた場所でイルカムを装着してロン兄様と通話を開始したようだ。
リュート様は大きなシュヴァイン・スースを回収しながら、どこか嬉しげである。
「こいつの肉は旨いんだよなぁ……あまり手に入らないんだが、肉は柔らかくて脂身も甘くて旨いんだ」
上機嫌で語る彼に、好戦的な笑みの理由はコレだったのかと思わず苦笑が浮かんでしまう。
もしかしたら、過酷な戦いの最中であっても、こうやって上質な食材が真っ先に入手できることが彼にとっての幸運なのかも知れない。
過酷な環境下でも、何か楽しみがあれば人は頑張れますものね。
「命を余すこと無くいただくのは、日本人の精神なのかもな。でも、黒の騎士団の連中は、みんなそんな感じだから、とても似ているって思う」
「そうですね……命をいただくということを、私は……ちゃんと理解した気がします」
私のその言葉に、リュート様は表情を曇らせる。
そして、遠慮がちに問いかけてきた。
「辛く……ねーか?」
「辛くないといえば嘘になります。でも、強くありたいと思いました」
「……ルナは強いな。俺はそこへ行き着くのに、随分と時間がかかったよ」
「リュート様がそばにいてくださるおかげです。だから、私は強くなれますし、強くあろうと思います」
その言葉を聞いた彼は、驚いたように目を丸くしてから、柔らかく微笑む。
そっか……と、呟く声色も優しくて、ついつい甘えたくなってしまうから困ってしまった。
私は気づいていない彼の優しさに包まれて、厳しい理や魔物がいる世界でも変わりなくここにいるのだと改めて感じたのだ。
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