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第九章 遠征討伐訓練
9-31 聖炎の魔法
しおりを挟む「先手必勝っす!」
そういって一番初めに駆け出したモンドさんは、次の瞬間、何故か地面へダイブした。
え、えっと?
驚き見ていると、リュート様の長い脚が彼の行動を遮ったようである。
「待てモンド。様子がおかしい」
「……そういう……ことは……口で……まずはいって……ほしい……っす」
「お前が俺の言葉で止まるのか? あの状況のお前が?」
「リュート様、今は目の前の主に集中しましょうよ!」
「だーかーらー、様子がおかしいって言ってんだろ。アレ、俺たちを狙っているわけじゃねーぞ」
倒れているモンドさんの首根っこを掴んで、主の進路を邪魔しないように退避したリュート様は、そのまま此方に見向きもせずに通り抜けていく主を見送る。
え? す、素通り?
巨体がものすごいスピードで通り抜けていく様は凄かったが、それよりも気になることがある。
あの強そうな沼の主が逃げていたのだ……つまり、何かに追いかけられいた――
ハッとしてリュート様を見上げるが、彼は既に追いかけてきている相手へ視線を移しているようであった。
好戦的な瞳が、爛々と輝く。
それは、とても美味しそうな料理を目の前にした時にも似ている。
こんなに戦闘狂な一面を持ち合わせていたのかと意外だと感じていたのだが、とても嬉しそうな笑みは変わらない。
そして、そのままの表情で頭上の真白へ声をかけた。
「真白、お前の炎は目標物だけを焼くんだな」
「そうだよー」
「それだったら、早速使わせて貰う」
「OKー! どーんとこーい!」
まだ魔物の姿は見えていない。
相手が誰だかわからないのに、魔法の準備に入るリュート様を、ただ私は見上げるしかない。
問題児トリオは、リュート様を守護するように油断なく構え、周囲の様子を窺っている。
遠くから何か奇妙な音が聞こえてきたので、そちらへリュート様以外が視線を向けると、うっすらと影が見えた。
まだ距離はあるが、言い知れぬ圧力を感じる。
な……何でしょうか、この力は――
「受け継がれし魂 慈悲深き小さな翼 崇高なる使命を背負いし者」
リュート様の詠唱がはじまる。
今までで一番濃密だと感じる魔力が、心地良い波のように彼の体を中心として広がっていく。
それに同調するように、頭上の真白がぴぃっと一声鳴いた。
魔力の波紋は水平に広がり、今まで見た中で一番繊細で緻密な術式が練り上げられていくのだが、そこまでしないと真白の力を行使できないことに驚いてしまう。
やはり、神獣の王……鳳凰が最期に残した子たちである。
「猛き魂が織りなす清浄なる炎 赤にして青 青にして白 星の輝きよりも光を放ち 悠久の時を超え 神々しく燃えさかる戒めの聖炎よ 這い寄る混沌の闇を慈悲の心で包み込み 不浄なるものを――」
息もつかせぬような詠唱と共に強くなる魔力と輝く術式は、いつもの彼が使っている術式よりも緻密で、見慣れているはずの問題児トリオも言葉無く息を呑む。
術式に魔力が行き渡ったのか、リュート様の瞳の色に染まったかと思うと、チリチリ音を立てて火の粉が散っていく。
その光景をどこかで見たことがあると感じながらも、思い出せないでいたのだが、その考えを一旦中断しなければならないほどの轟音が耳をつんざく。
「ゲッ! そ、そりゃ主も逃げるわけっすよ!」
「まさか……空飛ぶ厄災、シュヴァイン・スースだったとは……」
「翼を早く落とさなければいけません!」
音の発生源を見た問題児トリオから「シュヴァイン・スース」と呼ばれた魔物は、今まで見てきた魔物の中でも異形であった。
簡単に言えば豚である。
しかし、日本や元いた世界で見ていた豚とは明らかに違う。
角が額から大小6本も生えており、下顎から発達した鋭い牙が突き出しているし、爪だって鋭く尖っている。
だが、問題児トリオが言ったとおり、これが一番マズイのだろうなと感じたのは、コウモリのような翼膜を持つ6枚の翼だ。
禍々しいほどの瘴気を放つ翼は大きく、巨体を浮かせるために蓄えられている魔力は計り知れない。
「だから炎だったのですね……シュヴァイン・スースは風魔法を半減しますから……」
「てか、よくわかったよな……」
「主の体にどこかで嗅いだ匂いがあったっすけど、シュヴァイン・スースの匂いっすね」
なるほど……それで、リュート様も気づいたのだ。
主は交戦して勝てないと悟ったために逃走し、そのあとをもっと厄介な魔物が追いかけてきていたというオチである。
だが、既にリュート様は戦闘態勢に入っており、魔法も完成した状態だ。
狙い澄ましたようにリュート様が力強い言葉で言い放つ。
「神聖なる炎で焼き尽くせ!」
力ある言葉が放たれたと同時に、リュート様の術式が反応して赤い炎がシュヴァイン・スースの背中にある翼へ目駆けて飛んでいく。
翼だけを包み込んだ赤い炎は青へ色を変え、白へと変わっていくのだが、意表を突かれたらしい
シュヴァイン・スースがうめき声を上げて暴れ回る。
「モンド!」
「ダイナス、行くっすよ!」
モンドさんは盾を、ダイナスさんは大剣を手に、暴れ狂うシュヴァイン・スースへ突っ込んでいく。
リュート様は扱いが難しいのか炎魔法の維持に入り、ジーニアスさんが二人の強化魔法をかけているようであった。
炎に包まれた翼をどうにかしようと暴れるシュヴァイン・スースの攻撃をモンドさんが盾で受け、反対側からダイナスさんが大剣で攻撃し、反撃されてあわやというところを、ジーニアスさんが操る風の攻撃魔法が飛ぶ。
良いコンビネーションであるが相手もかなりタフなのか、背中の翼を焼かれながらも立ち向かってくる。
しかし、リュート様が制御に成功したのか、炎の色が白に変わった瞬間に状況が変化した。
凄まじい叫び声を上げて、シュヴァイン・スースが地面に落ちて転がりだしたのだ。
今までは浮いていたので、何とか届く足元を狙っていたモンドさんとダイナスさんは、慌てて回避行動を取って距離を稼ぐ。
水と泥にまみれたシュヴァイン・スースは、それでも消えない炎に業を煮やして術者であるリュート様に狙いをつけて突進を開始したのだが、そこは問題児トリオである。
彼らは3人がかりでそれを阻み、それぞれが得意とする攻撃を加えていく。
いつものリュート様なら、魔法を放ったあとは攻撃に参加しているはずだが、彼は額に汗を浮かべながら、荒れ狂う力を抑え込むのに必死な様子で、音がするほど強く奥歯を噛みしめている。
「この……じゃじゃ馬が! 言うこと……きき……やがれっ!」
その時になって初めて気づいたのだが、大量の魔力が術式へ容赦なく流れ込んでいっているのだ。
リュート様の魔力を大量に食らい、暴れ狂っているのである。
いけない……これは、マズイです!
真白はリュート様の頭上で「あわわ、ま、マズイマズイ、ダメだってー!」と騒いでいるが、何をしても状況が変わらないのか右往左往している。
リュート様と真白を見て焦る気持ちを抑え、これほど荒れ狂う原因を見極めようと目をこらす。
魔力の流れ、術式、リュート様と真白、どれにも問題は無いように感じられるというのに、暴走する理由は?
元来、鳳凰の力であった炎が、人に使われることを許さないのだろうか。
それとも、引き継がれた力は私たちが考えている以上に真白の中へ定着していない……ということだろうか。
何故かわからないが、後者のような気がした。
定着していないのだ。
真白は一見使いこなしているように見えるが、本当の意味で使えないのではないかと感じたのである。
再生の炎は、難しいからな……
そんな声が聞こえたような気がした。
誰の声だったか思い出せないが、その声に私は笑顔で頷いていたような気がする。
<昼と夜 破壊と再生 生と死 導きにより流転する魂……>
私の唇から零れ落ちた言葉に、どういう意味があったのかはわからないがリュート様の術式がかすかに反応するのを感じた。
<全ては、ユグドラシルの願いとともに――>
詠唱なのか、それとも祈りであったのか。
今となってはわからないが、ただ、それが足りないと私の魔力と共に補われた【力ある言葉】と【膨大な魔力】は、術式に吸い込まれて七色の輝きを放つ。
耳の奥で、羽ばたく音と澄んだ鳴き声が聞こえた気がして目を閉じる。
目を開けていなくてもわかった。
欠けていたピースが揃い、これで完成したのだ。
炎の魔法ではなく、破壊と再生を司る【聖炎の魔法】が――
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