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第九章 遠征討伐訓練
9-15 カレーうどんと被災者生活再建支援制度
しおりを挟むチェリシュと真白を抱えて、カレーうどんが楽しみだなと話しているリュート様を背後に感じながら、カカオとミルクとマリアベルの協力を得て料理を仕上げ、セバスさんたちにバトンタッチをした。
朝食までにいつもの訓練をしなかったリュート様の予定は大丈夫なのか心配になったが、どうやら朝食後の腹ごなしにロン兄様や今回一緒に行動する元クラスメイトの方々と軽く体を動かすそうだ。
どうせなら朝食を一緒にとれば良かったのに……と思わなくも無かったが、リュート様は「アイツらが甘えすぎるからダメ」と言いだし、それに同意したロン兄様が深く頷いていた。
そうこうしている内に、朝食を取る準備が整ったようで、私たちはそれぞれの席に着く。
真白はと言うと、リュート様の膝上にいるチェリシュの頭の上から興味深げに見渡している。
私の方へ来るかと声をかけたら、目を輝かせてぴょんっと弾け飛ぶように此方へ飛んできたのだが、やはり飛び方がおかしいと感じてしまう。
これもいつか慣れてしまうのだろうか。
私はシッカリ飛ぶ練習をして、この子みたいにならないようにしよう……と、心の中で誓う。
出来ることなら、鳥類らしく華麗に羽ばたきたいと思うのは当然だ。
「さて、ルナちゃん特製のカレーうどんを食べたら仕事へ行かねば」
「あなた……大事をとって休まれた方が……」
「いいや。先ほども言ったが調子は良いのだ。それに、テオが無理をしているから休ませてやらなければな」
「貴方たち3人で仕事を回しているわけではないのですから……」
「しかし、内通者がいるかもしれない現状で、大事な仕事を他に任せてはおけないのだ。時空神様の頼みでもある、大地母神様のことも捨て置けん」
「此方も探りを入れてみますが……」
「あー、モアちゃんは動かんとって。僕が行く」
「キュステ……」
「モアちゃんが動くと魔術師ギルドや宮廷魔術師どもがうるさいやろ? それに、爺様からちょっと助っ人を手配して貰ったから、問題無く情報収集が出来るわ」
さすがは、元竜帝陛下。こういうとき、頼りになります!
むしろ、そういう方々の信頼を勝ち得ているリュート様が凄いのかもしれないと、改めて感心してしまった。
「キュステ、例のアレ……欠片でも見つかったか?」
「いや、それなんやけど……跡形も無く消えてたんよ。普通、あれだけ大きな物やったら、小さい破片でも残ってるはずやん? それが、跡形も無く言うんは……おかしゅうない?」
「ルナ……アレは、ルナだったら探知出来るのか?」
アレ――おそらく、お父様の腕とクラーケンの後頭部にあった黒い結晶のことだと察し、小さく頷く。
「近くにあればわかります」
「あー、アレってあの黒い結晶のこと? オーディナルが【混沌結晶】って名付けたみたいだよー? ……っていうか、食べて良い? おあずけが辛いーっ!」
「それは俺も同じだっての!」
「じゃあ、食べながら話そうよーっ」
「いや、それ……絶対に食う方に集中しちまう……」
「でも、冷めちゃうよっ!?」
「ソレはダメだ。熱いうちに食わねーと、料理への冒涜だ」
テンポ良いリュート様と真白の会話に思わず吹き出しそうだったが、お父様たちも何気に視線が泳いでいるし、珍しくロン兄様もジーッとカレーうどんを見つめたままだ。
チェリシュとマリアベルは、目を爛々と輝かせてスタンバイOKの状態……これ以上待たせるのは酷というものだと判断して口を開いた。
「お食事が落ち着いたらお話をしませんか?」
「そうしよう。ダメだ、無理、限界、食いたいから食う!」
「真白もー!」
「チェリシュもー!」
食うぞ、おー! といわんばかりに、リュート様と真白とチェリシュが顔を見合わせてニーッと笑って手を合わせて「いただきます!」と声を揃える。
真白は、リュート様とチェリシュのまねっこをして、慌てて手を合わせてペコリと頭を下げるのが可愛らしくて……
な、何て可愛い人たちなのでしょうっ! も、もう、リュート様の少年のような笑顔がまぶしいですし、真白は翼をぱたぱたさせて愛らしいですし、チェリシュはふっくらほっぺをピンク色に染めて可愛らしくて仕方ありません! ほ、本当に……いっぱい食べてください!
私の白いどんぶりくらいの深さがある白いボウル状の器に入ったカレーうどんの横には、同じくらいの大きさのどんぶりがあり、小さな真白には食べきれないだろうと思われる量が入っていた。
大丈夫かしら……
何故か不安を覚えて見ていると、どんぶりの縁にぴょんっと飛び乗った真白は、体を前へ傾けてくちばしで器用にうどんを一本ついばむ。
ちゅるんっとカレーのつゆを飛ばしながら食べ、ほっぺをパンパンに膨らませていたかと思うと、小さな翼を頬にあてて幸せそうに目を細めた。
どうやら、口に合ったようだと安心し、今度はリュート様の方を見る。
彼は、特別に準備されていた箸を使い、天ぷらを先に食べてサクサクした衣とプリプリのマールに舌鼓を打ち、次にうどんへ箸を伸ばす。
うどんをすすって食べると、何とも幸せそうに頬をほころばせて見ている此方が嬉しくなるような笑みを浮かべた。
良かった……これは美味しいという表情だと感じて、ホッと胸をなで下ろす。
「出汁の旨味とカレーのスパイシーな感じが、すげーバランス良いなぁ……うどんが細麺だからカレーのつゆがしっかり絡んで旨い!」
「天ぷらが憎いよね……このサクサクとカレーのつゆが良いなぁ」
リュート様とロン兄様が絶賛してくれて、とても嬉しくなってしまう。
他の皆もコクコク頷いてはいるが、食べるのに夢中と言った様子だ。
チェリシュも小さなフォークを使って、必死にうどんと格闘し、此方も真白同様にカレーのつゆを飛ばしながら口いっぱいに頬張っている。
う、うん……わかっていましたが……大惨事ですね。
さて、自分もいただこうかと自分の器へ視線を戻したときに、小さな悲鳴とともにちゃぷんという音が聞こえた。
何事かと音の発生源に視線をやると、真白がカレーのつゆにつかっていたのである。
「お前なぁ……」
「わ、わざとじゃないよっ!? ちょ、ちょっと……つるんっ……と……いっちゃったぁ」
えへへ……と、笑って誤魔化そうとする真白に、リュート様は何とも言えない表情でジトリと見つめ、これはどうしたものかとオロオロしていたら、彼は手を伸ばして真白を突いた。
「熱くねーの?」
「真白は溶岩の中でも泳げるからね!」
「……お前って火属性なのか」
リュート様の驚きの声に、真白は首を傾げて「そうなのかなぁ?」と答える。
「真白のパパとママは太陽の中でも平気だったもん。真白たちだって平気だよ」
「そ……そうか、すげーな……だから、全身でカレーうどんを食うチャレンジ中なのか?」
「できるかな?」
「やらんでいいわ」
ひょいっとつまみ上げ、カレーのつゆがしたたる真白をどこからともなく出してきたタオルで包み、洗浄石で綺麗にしてから解放した。
それから、チェリシュの顔や周囲の飛び散りも綺麗にしてから、肩をすくめる。
「大惨事だな」
「カレーうどんにはつきものですが、まさかダイブする子が現れるとは思いませんでした」
「それだけ旨かったんだろ。夢中になりすぎだ」
「えへへ……すごく美味しくて、ついつい……紫黒にもベオルフにも、オーディナルにも食べさせてあげたいなぁ……きっと、美味しいって喜ぶはずだもん」
「……そうですね」
「チェリシュはノエルにも食べさせてあげたいの!」
「そうだね、ノエルも食べたら驚くだろうね!」
2人が顔を見合わせて笑いながら、美味しい物を共有したいという気持ちを語り合う。
その姿がとても嬉しくて自然と笑みがこぼれてしまう。
本当に、心優しい子たちである。
綺麗になった真白のために、もう少し浅めで小さな皿を準備して、少量ずつ皿に運ぶようにすると、最初は文句を言っていたがリュート様から「また落ちるぞ」と言われ、黙って従うことにしたようだ。
真白にカレーうどんを取り分けてから周囲を見てみると、細麺にして正解だったのか、フォークを使って食べるのに苦労している様子は見られない。
「コレも店に出したいけど……問題はカレーと麺やねぇ」
「慣れねーと食いづらいだろうからな」
「パスタもあの長いのを巻き付けるんが、うまくいかんみたいやわ」
「それでしたら、まずはショートパスタを試すか、ラザニアを作った方が良さそうですね」
「え……また新たな料理名が出てきたんやけど……」
「カフェとラテならわかると思います。『春ジャガイモのラザニア風』を作った時のレシピを渡しておりますので、ジャガイモの代わりにパスタの生地を器に合わせて切って使うと伝えれば、ちゃんと調理してくれると思います」
それをシェアして食べたら皆で楽しめますねと笑って言うと、キュステさんが真面目な顔をして「念のためにレシピをお願いします」と言ってきた。
ま、まあ……難しい料理ではありませんが、何分時間が無いので許可が出るか……とリュート様の方を見るのだが、彼は渋い顔をして首を横に振る。
「今日はダメだ。今から遠征討伐訓練なんだから別の日にしてくれ」
「それもそうやね。帰ってきて余裕があるときにお願いします」
「はい、勿論です」
キュステさんの申し出に快諾していると、今までマールの天ぷらを黙々と食べていたマリアベルがリュート様の方を見る。
彼女の瞳が不思議そうに煌めくのだが、それに彼は気づいていないようであった。
「……リュートお兄様は、料理名を沢山覚えているのですね」
「え? あ、うん……まあ……な」
「ルナちゃんと、それだけ料理の話ばかりしているってことだよ」
さりげないロン兄様のフォローにマリアベルも納得したのか、リュートお兄様らしいと笑う。
その笑顔はとても可愛らしいのですが、色々と鋭いですね。
この子……本当に見えているというか……周囲を観察していると感じる。
体の動き、言葉、視線、その全てから何を考えているのかを察しているかのようだ。
被災地で救援活動をしているのだし、一時的に話が出来ない人や様々な症状の方々を看てきただけあると感じる。
本人も無意識に、そういう行動をしているのだろう。
ある意味、ロン兄様と同じ人種だと感じた。
「この麺というものを細めにしてくれたのは、フォークで食べやすくする配慮か……昨日のカレーがこんなに違う料理へ変貌してしまうなど……考えもしなかった」
お父様は嬉しそうにカレーうどんを頬張り、マールの天ぷらがよく合うと大絶賛してくれるのだが、なんだか気恥ずかしい。
「リメイク料理で申し訳ございません」
「いやいや、これほど旨い料理に出会えて幸せだ。リュートが羨ましいな」
「明日から、ドキドキワクワクが減少しますものね」
「全くその通りだ……」
「ルナの料理が食べたくなったら、店に来れば良いだろ?」
その何気ないリュート様の言葉に、お父様とお母様は目を見開いたあと、嬉しそうに微笑む。
以前だったら来るなと言われていたはずだ。
しかし、この一言でもわかるとおり、この家族は変わった。
もう、普通の親子として過ごして良いのだと理解し、幸せを噛みしめている様子である。
一瞬驚いたような顔をしたマリアベルも、嬉しそうに頬を緩めて「私もアルバイトしておりますので是非!」と、お父様とお母様を誘う。
「そうやで、奥様の料理が食べられるんはだんさんの特権やけど、弟子たちがおるんやから……っていうか、カカオやミルクもおるんやから、ここの家はそこまで辛くもあらへんやん」
誘うように言っていたキュステさんはカカオとミルクの存在を思い出し、そこまで悲壮感を漂わせることではないと言い切るが、お母様は不満そうである。
「でもキュステ……ルナちゃんの料理は、毎日ワクワクしてしまう物が多いのよ?」
相手がキュステさんだからか、お母様は穏やかに微笑むのではなく唇を尖らせて抗議した。
「……まあ、それは否定できんわな。違う料理がいっぱい飛び出してくるし、魔物食材でも美味しゅう調理してくれはるもんな」
「それが一番大きいわ。カウボアなんて全く臭みが無くて、テオでも食べられたのですもの」
「あー、カウボアの臭み問題なぁ、奥様のおかげでうちの店なら食べられる言うお客さんが増えたわ。あと、魚料理な。アレもうちの店以外では食べられたもんやないって話してはるし」
「まあ、生魚をあれだけ美味しく調理できる人なんていないよね」
「ホンマにそうやね。ロンバウド様が来るときには、新鮮な魚を用意しておくわぁ」
「それは嬉しいね」
みんなの会話を聞いていると、なんだかとてもくすぐったい気持ちになる。
下ごしらえの大切さを教えてくれた兄には、感謝しか無い。
プロの料理人に簡単で効果的な方法などを聞いてきては、私に教えてくれたのだ。
そういう交友関係を築ける兄だからこそ、時空神様ともうまくやっていけるのだろう。
「そういえばキュステ、ヨウコが何か言ってたって何だったんだ?」
「ああ、同級生の話やったわ。そのことで相談しようと思ってたんよ」
「ヨウコの同級生?」
「うちの店に魚を卸してた漁師の息子やったんやけど……」
「あー、マールの被害にあったっていう……そういえば、最近は姿を見ねーな」
「それが……マールの怪我が元で病に伏せってしもうたん。漁もできんし、赤ん坊も生まれる言うてたんやけど……」
そこまで聞いたリュート様は口元をナプキンで拭い、少しだけ思案する様子を見せた。
しかし、すぐに考えがまとまったのか、キュステさんを真っ直ぐ見て口を開く。
「キュステ、見舞金を包んで様子を見に行ってくれ。周辺状況の調査も頼む」
「そう言う思うて、既に手配済みやわ」
「金額はサラ姉に任せる。負担にならない程度で、生活に困っているようだったら、見舞金と一緒に暫く食うに困らない物をチョイスして持っていくと良い。困窮している場合は、国の被災者生活再建支援制度を利用するよう強く勧めてくれ。そうすれば医療費もかからないし、学費も暫くは何とかなるはずだ。一応、書類を持参して見舞いに行く方が良いだろうな」
被災者生活再建支援制度に魔物による災害も追加されたことは、あまり周知されていないから……と、リュート様はそう言ってお茶をゴクリと飲んだ。
流れるような指示を聞きながら、全てを把握したキュステさんは頬を引きつらせているが無理も無いだろう。
瞬時にそれだけの判断を下せるリュート様が、年齢に見合わず異質なのだ。
「……だんさんって、ホンマにそういう配慮って言うか、仕事っていうか……よう『被災者生活再建支援制度』に魔物の災害が追加されたなんて知ってはったな」
「一応、幼なじみが関わる制度や事業関連の知識は把握している」
その言葉に、マリアベルが驚いたような顔をしてリュート様を見つめた。
そうか、被災者生活再建支援制度となれば、マリアベルたち聖女の管轄になるはず……それをちゃんと把握しているということは、それだけ気にしていたと言うことだ。
マリアベルが目を瞬かせてから、嬉しそうに目を細める理由もわかる。
無関心のようで、ちゃんと考えてくれていたことが嬉しいのだ。
「それに、あの魚を卸してくれている漁師との付き合いは長いし、結構無茶も言って世話になっているから、これくらい社会人としての常識だろ?」
「い、いや……違う、それ……違うと思うわ。普通、すぐにそこまで出てこーへんし、せーへんよ?」
そうですよね。リュート様の考えって……会社勤めで、それなりの役職にいた人の思考ですよ? もしかして、部長とはいかずとも主任みたいな地位を任されていたとか?
とても仕事が出来る人なので、そういう役職についていても不思議では無いと思わせるほどの貫禄が彼にはあった。
「あなたも見習った方が良いのではなくて?」
「……そ、そうだな」
コソコソとお父様とお母様が話をしている様子に、思わず笑みがこぼれる。
仕事関係の知識や処理能力、アフターケアにおいては、リュート様のほうが上手なのだと知れた貴重な瞬間でもあった。
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