悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第九章 遠征討伐訓練

9-14 激怒のお母様を宥める方法

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 完成したカレーうどんがのびないうちに収納してしまい、熱々で美味しい状態をキープしつつ、数を作っていく。
 リュート様の気が赴くままに食べたら、このカレーつゆ全部を飲み干しても足りないのでは無いだろうかという危惧もあり、彼が好きそうな天ぷらを追加で揚げていくことにした。
 ナスやカボチャだけではなく、タマネギとニンジンを千切りにしてぶつ切りにしたマールとみじん切りにしておいたネギを加えてかき揚げも作っておけば大丈夫かもしれないが、一抹の不安が消え去ることは無い。
 私が作る料理だと、カカオから聞くような底なしの食べ方をすることは無くなったのだが、今日からの遠征討伐訓練では何が起こるかわからないのだ。
 いつも以上に、魔力管理を注意しているはずである。

「……朝から揚げ物ばかりでは、胃がもたれるかもしれませんね」
「は? リュート様に限って、それはねーだろ。あの方は、朝から脂っこい料理でも大量に食っちまうからな」
「そ、そうですか」

 リュート様の食べっぷりを、時々とは言え見てきたカカオの言葉であるから間違いは無いだろう。
 しかし、やはり気になるところではあるので、消化を助ける大根おろしも付けておいたほうが良いという判断から、大量に大根をすりおろす――とは言っても、彼が作ったフードカッターのメニューを選択して放り込むだけである。
 これはもう、フードカッターなんて枠組みで語れないような調理器具では無いだろうか。
 料理経験が無いのにここまでの物が作れるのは、妹さんに連れて行かれた家電量販店で熱心に説明してくれた店員さんのおかげである。
 その人も、まさかその時の出来事が、此方の世界でこんなことになっているとは思わないだろう。
 変なところで世界は繋がっているものだと、感心してしまった。

「まあ、この家の人は旦那様以外、魔力保有量は気にしているからな」
「奥様は、小麦を使った料理を好んで食べますにゃぁ。一番回復量が高いとかおっしゃってましたにゃぁ」
「砂糖もだろ?」
「ですから、甘い小麦粉のお菓子は大好きですにゃぁ」
「そうなのですか? では、今度来るときに豪華なフルーツデコレーションケーキでも作りますね。今朝のデザートはタルトタタンがありますし、喜んでいただけたら嬉しいのですが……」
「きっと、大喜びされると思います!」

 何故か両手の拳に力を入れて自信満々に言うマリアベルに苦笑を向けながら、昨日は知識の女神様の襲来で食べるタイミングを逃してしまったタルトタタンを取り出し、器からはがすために周囲を少しだけ温めて皿の上に取り出した。

「リンゴの良い香りなのっ!」
「うわぁ……すごい色ですね」
「焦げたみてーに濃い色だよなぁ」
「でも、とても良い香りですにゃぁ」

 チェリシュとマリアベルとカカオとミルクの感想を聞きながら、タルトタタンを確認する。
 丸一日かけて冷やす結果となったので心配していたが、型から簡単に外れて型崩れもしていない。
 ベオルフ様のほうが上手にいっていたので、此方で型崩れなんて洒落にならないと思っていたから、思わずホッと安堵の吐息をつく。
 これに、バニラアイスを添えても美味しいだろうなと考えながらカットして、皿に盛り付けた。
 バニラアイス……リュート様だけではなく、チェリシュも喜んでくれそうですね。
 バニラ以外の材料は揃っているので、それらしい物は出来るだろうが、あの甘い香りが無いのは物足りなく感じてしまうかもしれない。
 しかし、一度作ってみても良いかと思案する。

「生クリームと卵、牛乳と砂糖……冷やし固めるより、撹拌しながら冷やす方法があれば……」
「ん? それなら、この前作った炊飯器みたいな保温調理器? にはめ込んだ魔石を調整すれば問題無く出来るぞ?」
「ひゃうっ」

 いきなり背後からかかった声に驚き振り返ると、丁度話し合いが終わったのだろう。リュート様たちが此方へやってきたところであった。
 お父様の顔色は優れず、リュート様の表情も隠しているようだが硬いのがわかる。
 お母様に至っては不機嫌そうにピリピリした空気を醸しだし、それをキュステさんとロン兄様が2人がかりで宥めていた。
 リュート様の頭の上に乗っている真白はというと、ふんふんっと鼻息も荒く怒っている様子だ。

「え、えっと……どういう……状況ですか?」

 これは大きな声で話せない内容なのだろう。
 リュート様は、私の耳元に顔を近づけて小さな声で囁く。

「例の件と親父の状況を知ったお袋がキレて、あっちの部屋がメチャクチャになるのを、俺たちが総出で止めたところだ」
「え、えぇ……でも、まだ……怒って……」
「マジでソレな」
「怒るのも無理ないよ! 真白も信じられないもんっ」

 普段穏やかなお母様からは考えられないくらいの不機嫌モードだということは、誰の目からも明らかである。
 話し合いの内容を知らない人たちから見たら、浮気がバレた夫と妻の図にも見えかねない。
 しかも、真白の言葉は「信じられない」という部分を強調しているので、お父様が信じられない行為をしてきたように捉えられる可能性もある。
 こ、これは……かなりマズイですよっ!?
 どうしようかと考えていた私の視界に、タルトタタンが映り込む。
 あ……、もう、コレしかありません!
 皿に盛り付けたばかりのタルトタタンを手に取り、フォークで一口大に切ってから、触れたら爆発しそうなお母様に声をかけて振り向いたところで口の中にタルトタタンを突っ込んだ。
 あまりのことに目を白黒させていたお母様は、口を遠慮がちにもぐもぐさせたかと思うと、目を見開いて咀嚼スピードを上げる。
 先ほど怒っていたお母様はどこへやら、目をキラキラさせて私の手にある皿の上のタルトタタンを見つめた。

「美味しい! 何と言えば良いのかしら……甘いのに香ばしくて、ほろ苦くて……美味しいわ、ルナちゃん!」
「キャラメリゼしておりますから、大人なお菓子となっております。このほろ苦さがクセになりますよね」
「ええ、このほろ苦さが良いわね」

 うふふっといつもの笑みを見せるお母様に、周囲の緊張が一気に解けたのがわかった。
 よく見てみればキュステさんの服は焦げているし、リュート様の髪も所々乱れている。
 2人がどれだけ大変だったかを物語っているようで、思わず溜め息がこぼれた。

「あなた……本当に大丈夫ですの? 苦しくありませんか?」
「大丈夫だ。教えられるまで気づかなかった……それに、今は調子が良いくらいだから心配しないで欲しい。愛しい君が怒るほどの物でも無いから、安心してくれ」
「それでも心配なのです……」
「モア……」
「あなた……」
「そういうんは、人目を考えてやってくれへんっ!? 息子がまた寄りつかんようになっても、今度は知らへんよ?」
「キュステ、酷いわっ」
「そこは協力してくれ!」
「その行動を改めろ言うてんねん! 幼いチェリちゃんと初心な奥様には刺激が強すぎるんやわ!」

 え、えっと……私とチェリシュのことを考えて、今度はキュステさんが怒りだしてしまいましたよっ!?
 どうしましょうとリュート様を見上げるのだが、彼は乱れた髪を手ぐしで整えているだけで、彼らに関与するつもりは無いようだ。

「戯れてるだけだから、大丈夫だ」
「え、えっと……そうなんですか?」
「それに、アレくらい言ってもいい。キュステは危うく燃やされるところだったからな」
「え……そ、そうなの……ですか?」
「アレはキュステだったから無事なだけで、普通なら死者が出る」

 若干顔を引きつらせて言うリュート様に、大げさな……と言いたかったのだが、彼の横に並んで見ていたロン兄様が無言で頷いたので、軽く頭痛を覚えた。
 もしかして、この家で一番ヤバイのはお母様だったのでしょうか――という考えが浮かんでは消えていく。

「セバス。隣の部屋を確認後、修繕の手配を頼んだ」
「お任せください!」
「お任せなのー!」
「あ、真白がやるー?」
「お前はヘタなことするな。オーディナルに怒られるだろ」
「えー」
「また、力一杯に握るぞ」
「そんなこといってー、実は真白の魅惑的なふんわりモフモフもっちりマシュマロボディの手触りが良すぎて虜……にいいぃぃぃっ! 痛い痛い痛いーっ!」
「このまま変形しちまえ」
「そっちのほうがオーディナルは怒るよーっ!」

 仲が良いのか悪いのか、なんだかんだで仲の良い2人である。
 ロン兄様がリュート様の隣で肩を振るわせて笑っている向こうでは、キュステさんがお父様とお母様にお説教モード。
 なかなかに、厨房の中はカオスである。

「でも、そんなに警戒すること無いのにね。オーディナルは優しいのにー」
「俺には厳しいがな」
「好かれている証拠……とか?」
「愛娘を奪われて機嫌が悪いだけだろ」
「あー! それはわかるかも! じゃあベオルフにも気をつけないと、ぶん投げられちゃうよー?」
「き、肝に銘じておく……」

 リュート様の中で、どういう格付けがされているのかわからないが、どうやら怒らせてはいけない相手に、オーディナル様とベオルフ様がいるようだ。
 私もそれには同意見だが、リュート様の中で一番マズイと感じているらしいベオルフ様は優しいし甘いところがある。
 いきなり怒ることはないし、怒るときにはちゃんと理由があるのだ。

「ところで、さっきのケーキって?」
「昨日作ったタルトタタンを食べていませんでしたから」
「あー、アップルローズタルトだっけ? あれは食べたけど、もう一つはまだだったな」
「シッカリ冷やしましたから、カリッ、シャリッ、ジュワッという感じで、美味しく仕上がっていると思います」
「それは楽しみだ! ……てか、なんか天ぷらもすげー量だな」
「はい。これで足りるか心配で……」

 今も天ぷらを揚げてくれているカカオと、その周囲で忙しそうにマリアベルとミルクが料理を盛り付けたり冷まさないように収納したりしている。
 チェリシュは、私が急いで作った出汁に塩を入れた天つゆもどきにネギを散らし、満足そうに頬をピンク色にそめてリュート様に「できたのっ!」と報告し、彼は嬉しそうに笑みを浮かべて頭を撫でていた。

「ルナもみんなも色々と考えてくれて、本当にありがとうな」
「いいえ、沢山食べて遠征討伐訓練を乗り切りましょうね」
「ああ。そうだな」
「真白もいっぱい食べるー!」
「チェリシュも食べるのーっ! ちゅるちゅるするのっ」
「真白もちゅるちゅるするー!」

 え? 真白は小さなくちばしでうどんをすすることが出来るのですか?
 どうやら、その疑問はリュート様も感じたようで、思わず顔を見合わせる。
 だが、チェリシュの頭にぽよんっと弾けるように着地した真白は、チェリシュと一緒に「ちゅるちゅる~」と歌い始めてしまう。
 こういう相乗効果は良いのですが……
 私の考えていることがわかったのか、リュート様とロン兄様は苦笑して肩をすくめて見せた。

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