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第九章 遠征討伐訓練
9-13 遠慮無し宣言とカレーうどんの完成
しおりを挟むチェリシュと真白の暴走を何とか止めるために動いていた私たちの目の前に、颯爽と現れたのはリュート様だった。
どうやら、私の悲鳴じみた声を聞いて駆けつけてきたらしい。
そして、誰からも説明を受けることなく状況判断をしたらしく、むんずと真白を掴んだのである。
「痛い、力が入りすぎて痛いーっ!」
「ベオルフよりマシだろ」
「ベオルフのほうが、まだ調整してくれるよおおぉぉぉ! いきなりはしてこないよー! ギリギリ言わせないよー! 優しくキューッと締め付けるだけだよーっ! 可愛い魅惑のまん丸ボディーが、変な形に変わっちゃううぅぅぅっ!」
「お前は、どっかの誰かを思い出させるような言い回ししやがって……もう遠慮なんてしてやらねーからな!」
ジタバタ暴れる真白を鷲づかみにしたまま、ギリギリ睨み付けたリュート様と真白の怒鳴り合いが暫く続き、誰が止めるべきかと、その場に居た者たちが視線だけで会話をしはじめ、全員が縋るような視線で私に「何とかしてくれ」と訴えてくるのだが、この言い合いを止められる自信が無い。
し、しかし……放置もできないので、意を決して声をかけようと口を開いた時、何かに気づいて此方へ顔を向けたリュート様は心配そうに「大丈夫か?」と尋ねてきた。
それと同時に、フライフィッシュの浮き袋の事を思い出し、私とカカオは慌てて確認をするのだが、よれているだけで破れてはいないようである。
チェリシュを抱えたセバスさんと、騒ぎで周囲の物に被害が出ないように支えていたマリアベルとミルクからも安堵の吐息が漏れた。
「だ、大丈夫です。ちょっと焦ってしまいました」
周囲の様子を改めて確認したリュート様の眉がピクリとつり上がり、あっと思った瞬間には彼が口を開いて無慈悲な言葉を真白へ投げかけていた。
「真白。お前はこっちの会議に強制参加だ」
「えええぇっ!? お料理のお手伝いーっ! チェリシュと一緒にするのーっ!」
「料理はルナとチェリシュたちに任せておいて大丈夫だ。今から話す例のアレは、俺よりお前の方が詳しいだろ? 説明を頼みたい」
「え……データ上で見ただけだよ?」
「それでもだ」
「うぅーん……わかったよぉ……紫黒がいたら、そうすると思うし……チェリシュ、ごめんねぇ」
「大丈夫なの! あとで、一緒に食べようなのっ」
「うん! 楽しみにしてるねっ! いってきまーす」
あれだけの言い合いをした後だとは思えないほど後腐れも無い様子の1人と一羽に、私を含めた周囲の人々は唖然としてしまうが、オーディナル様関連の神獣ということもあり、気を遣っているのかもしれない。
何とか機嫌を損ねること無く厨房から真白を引き離すことに成功したリュート様は、少し疲れたように「じゃあ、問題児は回収していくから……」と言って、深い溜め息をついてから隣の部屋へ戻ってしまった。
真白のこともそうだが、これから話をしなければならない内容を考えると、溜め息もつきたくなるだろう。
「チェリシュ、厨房ででんぐり返しはいけませんよ? 埃が立ちますし、お料理を作っているのですから、衛生面は特に注意しましょうね? みんながお腹を壊したら大変ですから」
「ぽんぽんイタタなの? そ、それはダメなの。気をつけるの! ごめんなさいなの」
「はい。謝ることの出来る良い子には、卵を混ぜ混ぜの任務をお願いしましょう」
「まぜまぜ~なの! 任されましたなのっ」
これでいつものペースが戻ってきたと周囲から、安堵した小さな溜め息が漏れ聞こえる。
チェリシュと真白は可愛いのだけれど暴走したときが恐ろしく、ストッパーである紫黒やベオルフ様がいないのが痛い。
オーディナル様は……止めるかどうか怪しいところがあるので、勘定に入れないことにして置いた方が賢明だ。
笑いながら許してしまうだろうし、「フライフィッシュの浮き袋を強化すれば問題無い」とか言い出して、今度はフライフィッシュの浮き袋を魔改造してしまうに違いない。
創造神の力を、そんなにホイホイ使って良いのだろうかという疑問はあるが、オーディナル様にとって普通のことであり、その力も体の一部のような感覚なのだ。
基本的に私たちの価値観では語れない次元にいて、人知を軽く超えてくる神であると改めて感じてしまった。
管理者である創造神が、何故、私とベオルフ様を溺愛してくれるのかはわからないが、これだけ賑やかな真白が側に居るようになれば、時々見せる暗い表情も明るくなるのではないかと密かに期待しているが真白には内緒だ。
絶対、調子に乗って紫黒と喧嘩になるに決まっている。
炭酸水を準備しながら脳裏に紫黒と真白の喧嘩風景を思い描いていると、ボウルの中に入った卵が綺麗に混ざったのか、得意げにチェリシュが「できたのー!」というので、そこに気の抜けた炭酸水を加えた。
「しゅわしゅわ……なの?」
「ええ、これでサクサクの衣が出来ますからね」
「サクサクなのっ!」
「あまり炭酸が強いと揚げるときに跳ねるので、そこは気をつけないといけませんね」
「元気の無いしゅわしゅわがいいの?」
「はい。別の器に入れて、泡立て器で泡立てて気を抜くのも良いですね」
ペットボトルだったら、シャカシャカ振ってから気をつけて蓋を開き、少しずつ炭酸を抜いていくという手法を使うのだが……アレは吹き出しそうになるので、要注意である。
チェリシュが卵と炭酸水を混ぜてくれているところへ小麦粉を振り入れ、ざっくり混ぜたら衣は完成。
食べやすい大きさに切ったマールの身を衣に付けて、170℃くらいに熱した油の中へ静かに入れていく。
じゅわぁぁという揚げ物特有の音が聞こえてくるが、其方ばかりに気を取られては居られない。
続いて大きな鍋に湯を沸かし、今度はカカオが太さを整えて切ってくれたうどんを茹でていかなければならない。
ここからは、完全にスピード勝負である。
まだまだ幼いチェリシュに揚げ物を任せるわけにはいかず、集中モードに入ったことを理解したのか、邪魔をしないように無言でセバスさんの肩へ登り、高い位置から此方の様子を見つめるチェリシュの視線を受け、俄然やる気が出てきた。
チェリシュにも美味しいカレーうどんを食べて貰いたいですもの!
せっせとマールの天ぷらを揚げ、うどんの茹で具合をチェック。
マールの天ぷらはカカオが引き継ぎ、うどんを引き上げていくのだが、鍋をひっくり返して湯を捨てるなんて力業が出来そうな大きさの鍋では無い。
ここは発想の転換だと、取っ手のついたザルを鍋に入れてうどんを引き上げ、水をたっぷり張ったボウルに入れた。
全部回収してからカレーのつゆが入った鍋に火を付け、ボウルに入ったうどんを今度は水を流して冷やしながらヌメリを取っていく。
ヌメリがとれて水気を切ったうどんを新たなボウルに入れていくと、チェリシュから歓声が上がった。
「わぁ……つやっつやなの!」
「光り輝くような、見事な艶ですな! まるで、鍛えに鍛えて磨き抜かれた筋肉のような艶と弾力!」
うどんをそういう風に例える人は初めて見ました……
ここにリュート様がいたら、私と同じような表情をしていただろう。
曖昧に笑って頷いた私は、どんぶりに近い深さのあるボウルにうどんを入れ、くつくつ音を立てだしたカレーのつゆが入った鍋を覗き込む。
底が焦げ付かないように混ぜてから一旦火を止めてジャガ粉を水で溶き、だばーっと一気に投入。
よく混ぜてから再び火を付けて、今度はとろみが出るまで手を止めること無く混ぜ続けると、全体的にとろみと艶が出てきた。
うん、良い色ととろみです!
細めのうどんも良い感じでしたし、この熱々のカレーつゆをかけて、マールの天ぷらをのせ、刻んだネギを……って、ネギっ!
ハッとしてネギを刻もうとした私の目の前に、器に盛られてこぼれんばかりのネギが……差し出した主を見ると、マリアベルがニッコリ微笑んでいた。
「お師匠様、コレが必要ですよね?」
「マリアベル……さすがです!」
「褒められてしまいました……あとで、リュートお兄様に自慢しちゃいましょう!」
「チェリシュもーっ!」
「はい、一緒に羨ましがらせましょうね、チェリシュ様!」
「あいっ!」
え、えっと……それくらいでは羨ましいとは思わないと……
私の心の中にあるツッコミは口から言葉になることは無かったが、2人の期待に添う反応をリュート様がしてくれることを願うばかりである。
カレーつゆを注ぎ入れ、マールの天ぷらを中央から少し奥へ揃えて置くと、手前に刻んだネギを添えた。
「これで、マールの天ぷらカレーうどんが完成ですっ!」
白い深みのあるボウルに盛られたほかほか湯気を立てるカレーうどん。
衣もさっくりと揚がっていて、それだけでも美味しそうであるのに、カレーの刺激ある香りが食欲をそそってくれる。
昨日とは違い、そこに出汁の香りが混じるので、昨日のカレーとは明らかに違うと感じているのか、全員が期待に満ちた表情をしていた。
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