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第九章 遠征討伐訓練
9-11 あまりにも自然だった報告
しおりを挟む「あー! 帰ってきたーっ! ねーねー、真白、可愛いっ?」
満足げなリュート様に手を引かれて厨房へ戻ると、胸に飛び込んできたのは真っ白くて小さな毛玉であった。
丸々としている体が今……弾丸のように一直線で飛んできたのは気のせいでしょうか……と、目をパチクリさせていたのだが、戯れ付いて「ねーねー」と再度聞いてくる声で我に返る。
「え、ええ……白いレースのリボンが可愛らしいですね。女の子らしくて良いと思います」
「でしょー? 色で迷ったんだけど、チェリシュとお揃いなのっ!」
「お揃いなのっ」
チェリシュのほうも遅れてリュート様にダイブして、似合っているかどうか尋ねている。
この行動一つをとって見ても、真白とチェリシュの相性は良いのだろう。
顔を見合わせて満足そうに笑っている。
チェリシュはツインテールにしてもらって白いレースのリボンを結っており、とても可愛らしい。
真白はと言うと、見事な冠羽の根元にリボンを結って貰っていて何とも可愛らしい。
「紫黒にもつけてあげたいなぁ」
「それは辞めてあげてください。きっと泣いちゃいますから……」
ベオルフ様に似た性格のあの子がリボン……と考えただけでも笑えてきたが、おそらく紫黒はベオルフ様とは違い、そういうお願いをされても「嫌だ」と突っぱねるだろう。
私はそんなお願いをすることは無いが、もしもベオルフ様にリボンをつけてくれと頼んだら、ものすごく渋い顔をして回避方法を考えるか、何か携帯している物につけて「これで勘弁してくれ」と言いそうである。
「アホ毛っぽくなっていて、違う意味でも可愛いな……」
リュート様の小さな呟きを聞き、思わず吹き出してしまった私をいぶかしそうに見つめる真白は、リュート様に飛びつき「何て言ったの? なーにー?」と問いかけているのだが、先ほどから移動方法がおかしくないだろうか。
翼で羽ばたくというよりは、真っ直ぐ狙い澄まして飛んで行っているようにしか見えない。
しかも、翼を羽ばたかせることもせずに……だ。
ベオルフ様が「鳥類を一から勉強しろ」という意味がわかるような気がする。
こんな動きをする鳥類など、どこを探してもいないだろう。
「お前、何かさっきから動きが変だろ」
「えー? 弾けているだけだよー?」
「は? お前……それだからベオルフに……いや、何でもねーわ。それも個性だよな」
リュート様なりに言葉を選んだのか、「鳥類がなんたるかを考えろ」という言葉をかろうじて飲み込んだようである。
「リュートは良いこと言うねーっ! どこかのベオルフに聞かせてやりたい!」
「いや、アイツの言っていることも一理あるけど……まあ、向き不向きはあるよな」
「え? 真白は飛ぶのも得意だよっ!? ほらっ!」
パタパタと翼を使って飛んでみせるが、ベオルフ様から「千鳥足飛行」と言われるだけのことはあると頷けるほど上下左右に揺れ動き、時々かくんっと落ちるから恐ろしい。
それに危機感を覚えたリュート様は、腕を伸ばしてすぐさま小さな白い毛玉を回収した。
「わ、わかったわかった。でも、ほら、さっきの移動法の方が確実で速いよな」
「そうなの! さすが、わかってるーっ!」
「お、おう」
真白と漫才でもやっているかのような会話に笑いながらも、うどんの準備をしはじめる。
それにいち早く気づいたチェリシュがソワソワしはじめたのだが、とりあえずはふみふみ段階まで生地を作らなければならない。
生地を仕込み終わったら、残り少なくなったカレーを出汁で割り、マールの天ぷらを添えよう。
口いっぱいに頬張れるエビ天を想像するだけで、何とも贅沢で幸福な気持ちになる。
マリアベルは「うどん」が消化に良いと聞き、それならば習得しなければと生地の仕込みから張り付いて観察しているし、カカオたちも私が作る料理が気になるようでチラチラ見てくる。
そんな中で、チェリシュと真白が邪魔をしないように相手をしてくれているリュート様は、先ほどとはガラリと雰囲気を変えてパパモードだ。
さ、先ほどのアレはなんだったのか……と、問いただしたくなってしまうが、墓穴を掘りそうなので辞めておく。
自ら窮地に立たされることは無い。
それに……みんなに知られるのは気恥ずかしいのだ。
一瞬だけ食まれた耳たぶが熱くなった気がしたのだけれども、気のせいということにしておこう。
私を見ていたロン兄様が楽しげな様子であったが、イルカムのアクセサリーの件でお礼を伝えると、更に嬉しそうな顔をして微笑んでくれた。
「ルナちゃんが満足してくれたのなら良かったよ」
そんな私たちのやり取りを見ていたリュート様も、改めてロン兄様にお礼を言っていたのだが、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべたロン兄様がリュート様の肩に腕を回してクルリと後ろを向いてしまう。
どうしたのだろうと見ていたら、お父様もニヤニヤして会話に入っていき、暫く言葉をかわしていたと思ったら両サイドの息子たちからボディーブローを食らっているという場面を目の当たりにしてしまい、仲が良いのか悪いのか……と苦笑してしまった。
男たちの過激なスキンシップに巻き込まれてしまわないよう、お母様はチェリシュと真白を回収し「大人しく待っていましょうね」と椅子に座った膝上に2人を落ち着かせているのだが、2人とも逆らうつもりはないのか膝の上で大人しくしている。
しかし、そこから期待に満ちたキラキラした視線が痛いくらいに投げかけられ、変なプレッシャーを感じてしまう。
ま、まあ……大丈夫ですよ? うどんは、初チャレンジではありませんし……
若干頬が引きつるのを感じつつも生地を仕込み、ある程度の数を確保した。
「お師匠様の手際は、本当に素晴らしいです! その素早さが何故……いえ、何でも……ございません……きっと、気のせいです」
ん? 何が言いたかったのかしら……?
若干、マリアベルの言葉に疑問を覚えながらも、あまり時間をかけているとチェリシュは大丈夫でも真白が暴れ出しそうだと感じ、当社比ではあるがいつもより2倍速で動いている……つもりだ。
あれ? そういえばキュステさんの姿が無い……どうしたのだろう。
気づいてしまったら気になってキョロキョロしていると、真面目にメモを取っていたマリアベルが顔を上げて、思い出したように呟いた。
「そういえば、今日の遠征討伐訓練に私も同行することになりました」
流れるような報告に「そうですか」と言いかけて、頭に浮かんだ疑問とともに体の動きを止める。
え? マリアベルも同行?
「学園と国から正式に協力要請があったのです。予定外の場所へ派遣となったので、治療部隊を編成するか私1人を派遣して欲しいとのことでした」
え、えっと……治療部隊ってどれくらいの人数かわかりませんが、それと同等に扱われるマリアベルって……
もしかして、とんでもない逸材なのではと考えて驚いていたのだが、周知の事実であったのか誰も驚いてはいない。
「急遽治療部隊を編成するより私を派遣する方が効率が良く、お師匠様やリュートお兄様がいますし、ロン兄様とも連携を取りやすいだろうという事で即決でした。お祖母様とテオお兄様にも許可はいただいておりますから大丈夫です」
お父様ではなくテオ兄様の許可というところで、急遽決まったことなのだと判断することが出来た。
家族が集まっている中でテオ兄様の姿が見えないと言うことは、黒の騎士団で仕事をしている最中なのだろう。
あの祭りのような雰囲気のあとに仕事――テオ兄様、本当にお疲れ様です!
クラーケン関連の提出書類に追われ、疲弊して帰ってくるのは目に見えている。
帰ってきたらせめて、美味しい物を食べて英気を養って貰いたいと考えれば、自然とうどんの生地をこねる手にも力がこもった。
「じゃあ、マリアベルは黒の騎士団預かりで良いの? それとも……」
「まだ正式な通達は来ていないと思いますが、私は一番怪我人が出やすいだろう黒の騎士団に派遣される形になりますから、騎士科に同行する方々とは別行動ですね」
「そっか。だったら、よろしくね」
「はい!」
ロン兄様とマリアベルの和やかな会話を聞きながら、この短時間にしては大量に仕込み終えたうどんの生地を見つめ、フライフィッシュの浮き袋を取り出す。
ある程度まとまった生地をフライフィッシュの浮き袋に詰め込み、「お待たせしました」という言葉とともにチェリシュたちを見る。
「ふみふみタイムなのっ!」
「ふみふみするーっ!」
きゃーっ! と可愛らしい声をあげて、チェリシュと真白が此方へやってきた。
その後ろを、リュート様とお母様がゆっくりとした足取りで追う。
「リュート様、今朝は訓練をしなくて良いのですか?」
「いや、軽くロン兄とやってくるけど、まだ大丈夫。時間に余裕があるからな」
「さすがに今朝は、いつものメニューをこなさないからね」
「出発前にくたびれちまう……」
「兄弟が揃うと、どうしても……ね」
「加減も難しいよなぁ」
どうやら、リュート様とロン兄様が揃うと『朝の訓練』という度合いを超えてしまうようだと2人の会話から悟り、マリアベルと顔を見合わせて笑ってしまった。
こういうところが可愛いと感じるし、いつまで経っても変わらない関係なのだとホッとしてしまう。
リュート様が抱えていた孤独を、こうした絆が癒やしてくれるのだろうと感じたからである。
「ルー、ふみふみしていいの?」
「どうやって、ふみふみするの?」
「あ、はい、2人ともちょっと待ってくださいね」
フライフィッシュの浮き袋の空気を出来るだけ抜いて、2人が転ばないように整えてから「どうぞ」と声をかけた。
リュート様はチェリシュが転げ落ちないように体を支え、不安定な場所でおぼつかないチェリシュの足元に真白がうろちょろしている。
踏まれてしまわないだろうか……
此方がヒヤヒヤしているのも気にせず、チェリシュが足踏みを開始し、一緒になって真白も足踏みをしはじめる。
その愛らしい姿にお母様はすぐさまカメラを構えたのは良いのだが、私はヒヤヒヤしっぱなしだ。
い、いつか踏まれる……絶対に踏まれるっ!
「ウドン~なの、ふみふみ~なの、おいしく~なるの、リューがにっこり~なの、ウドン~なの~」
調子が出てきたのだろう。
こういう時に飛び出すチェリシュの可愛らしい歌を聴きながら、足元で小さな白い毛玉である真白もふみふみ……いや、小さな体に伝わる振動にあわせてコロコロ転がりはじめたように見えてきた。
チェリシュの足を器用によけながらコロコロ転がる真白――
うん、アレはアレで踏まれないかもしれない。
呆れとも安堵ともつかない苦笑を漏らす私の脳裏で「踏まれたら踏まれたで自業自得だ」というベオルフ様の声が響いたような気がした。
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