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第九章 遠征討伐訓練
9-8 なんだかんだで気が合うようです
しおりを挟む「じゃあ、本来はベオルフのところへ移動するはずだったのに、コードを打ち間違えてルナの方へ来ちまったってことか?」
「わー、コードとかコンソールとか専門用語が伝わる相手って楽だー!」
「いや、反応するのはそっちなのか?」
落ち着きを取り戻し、チェリシュから解放された真白はベッドの上にちょこんと座ってリュート様をつぶらな瞳で見上げ、正面に姿勢良く正座して話をしている彼の姿が可愛らしくて、会話の内容はほとんど耳に入ってこなかったが、紫黒ではなく真白が此方へやってきたのは手違いにより起こった事故であったようだ。
真白ってドジッ子ですよね……
ベオルフ様が、あれだけ不安げな様子を見せてしまうのも仕方が無いと納得できる。
人の姿に戻った私の膝上で2人の様子を眺めているチェリシュは、真白を構いたくて仕方が無いのかウズウズしている様子だ。
駄目ですよ、チェリシュ。手をぐっぱぐっぱしてはいけません。
手の動きを見て握りつぶす気かしらと本気で心配していると、真白の話を真剣に聞いていたリュート様は「ナルホドわかった」と言うように深く頷いた。
「まず、システムを扱う上でコード入力の再確認は徹底したほうが良い。そのシステムがどういう物かは知らないが、転送先の確認メッセージは出なかったのか?」
「で……出たと……思う」
「なら、そこでもミスってOKしちまってんだよな?」
「は、はい……」
「行き先確認も、今後は絶対にすること。OKの連打なんてしてたら、今度はどこへ飛ばされるかわかったもんじゃねーだろ」
「お、おっしゃるとおりですー」
「システムを管理する者としての自覚が無いどころか、無責任過ぎる。いいか? システムに直接的な影響を及ぼさないからといって、確認を怠ったり連打したりなんて、システム管理者の風上にも置けない行為だ」
状況報告からリュート様のお説教タイムという華麗なる転身を遂げ、状況が飲み込めていない真白は目を白黒させてぺこぺこ頭を下げている。
ベオルフ様の前では甘えたように我が儘放題だった子が、リュート様の前では借りてきた猫のようだ。
仕事モードどころか昔の仕事を思い出しての上司モードでお説教を始めてしまったリュート様を放っておいたら、チェリシュの我慢の限界どころか、朝食を作る時間も無くなって学園へ行かなければならなくなりそうだと判断した私は、やんわりと彼の名を呼んだ。
すると、今までお説教モードであったリュート様が表情を変え、此方を「どうした?」と問いかけるように見つめる。
キリッとして仕事モードだった彼と優しく微笑む姿の違いに、真白があんぐりとしているのがわかったが突っ込まない。
そこを指摘したら、きっとリュート様の意識がすぐにシステム管理者の上司モードへ移行してしまうからだ。
「今はそのくらいにしておいてください。後から、真白の兄である紫黒とベオルフ様にお説教されるはずですから……それに、私たちは本日から討伐訓練ですので、準備もしなければなりませんし、朝食も作らないと……」
「あ、そうだったな。まあ、この話はあとでにしよう。どうせ、すぐには帰れないんだろ?」
「紫黒とオーディナルが迎えに来てくれるはずだから、すぐに帰れるはずだよ」
「……オーディナルが来るのか?」
「なんか、会議があるって言ってた! ねー、ルナ」
「はい。時空神様たっての希望で、オーディナル様を交えて十神会議を開催することになりました」
「……へ? そこまで大事な案件があったか?」
驚くリュート様に言いづらくはあったが、黒い結晶について詳しいことを語らなければならないと覚悟を決めて説明しようとした私よりも先に口を開いたのは真白であった。
「あのねー、リュートのパパさんの腕とクラーケンに付着していた黒い結晶についてなの。アレは人だけではなく神族の精神を侵食するおそれがある危険物質だから、それに対しての話し合いを行う予定なんだよ」
「神族にも影響を及ぼす精神汚染?」
「そうなの! 危険でしょ? 魔物は凶暴化して大暴れするし、人はある一定の数値に達すると見境がなくなる状態になる感じかなぁ」
言っていることに嘘は感じられないが、事実でもない。
魔物に関してはその通りだろうが、人は魔物に変質してしまうおそれがある。
それをリュート様に話すのは躊躇われたのだが、真白はそこを伝えないつもりなのだろうか。
本当にそれで良いのか考えあぐねていると、真白は小さな体を更に丸くして真剣な声色で呟く。
「――というのが建前ね」
「建前……?」
「魔物はそれで正解だけど、人は――魔物に変質するおそれがあるの」
「はっ? 人が……魔物に……なるだとっ!?」
「あくまで可能性だよー。これはリュートだから教えたんだからね? 他の人には言っちゃ駄目だよ? それに、竜人族が人を食らうと魔物になるんだから、あり得ない話ではないでしょ?」
「そ、それは……確かに……そうか」
え……そ、それは私が初耳なのですがっ!? と困惑する私を置いて、2人の会話は続く。
「つまり、人は魔物になる因子を持つの。それを刺激して、魔物に変えちゃおうと考えているヤツがいる。しかも、この世界でそれを実験しているってわけなの。だから、オーディナルが動くんだよ」
「……確かに、オーディナルが動くほどの大事だな」
片手で目元を覆い、深い溜め息をつきながらも何かを考えているのか、事実を受け入れるのに時間がかかっているのかはわからないが、リュート様に苦悩の色が見える。
そんな危険物質に侵食されていた父への心配や、衝撃は言葉に出来ない物だったはずだ。
チェリシュも心配そうにリュート様を見ているが、邪魔をしてはいけないと感じているのか声をかけることは無かった。
本当に聡い子です。こうしてチェリシュは、知り合ってからずっとリュート様を見守ってきたのかもしれないと思うと、少しだけ胸が苦しくなる。
大丈夫だという意味もこめてチェリシュの頭を撫でると、此方を見てにぱーと笑ってくれたのが嬉しいと感じるが、もっと子供らしくあっても良いようにも感じてしまう。
長い沈黙の後、ふぅ……と深く息を吐く音が聞こえ、彼は姿勢を正すと真白を拾い上げて優しい笑みを見せてくれた。
「サンキューな。お前が来て説明してくれたから助かった。この事実をルナが言うには、キツかったと思う。ルナは……優しすぎるからな」
「えへへー、それほどでもー」
「お礼にシステム管理についての必要知識を徹底的に仕込んでやるから安心しろ」
「え、そ、それはお礼じゃないよ? それは、拷問っていうんだよ?」
「違うな。教育だ」
「ええぇぇぇーっ!? わ、私には……真白には必要ないよーっ」
「必要の二文字しかねーだろ!」
なんだかんだで気があうのか、真白はすぐに本性を現して大暴れだが、それを物ともせずに捕まえてしまうリュート様は手際が良くて、こういうことに慣れているのではないだろうかという考えさえ浮かんでしまう。
まあ……幼なじみたちがクセのある方々なので、そこで鍛えられた可能性も捨てきれない。
2人の言い合いを尻目に私とチェリシュは顔を見合わせ、とりあえず朝食の準備をするためにベッドを抜け出して身支度を調えることにした。
本日必要な物はリュート様のアイテムボックスの中に収納されているし、私自身が必要になる物は、創造神と創世神の愛の絆によって魔改造され、キャンピングカーになってしまった、もとキッチンカーの鍵や発酵石の器などだ。
全部料理関係だが、これが私のスキルなのだから仕方が無い。
あとは、数種のポーションと救難信号が出せる魔石など、お母様にいただいたものばかりだ。
全てをチェックしてから部屋に戻ると、まだリュート様と真白は言い合いをしているのだが、準備は完了していたようで流石の一言である。
真白は真白で、そこまで言い合いをしているのなら此方へ来れば良いのにと考えていたら、定位置だと言わんばかりにリュート様の頭の上へ乗ってしまい、リュート様も特にそれを咎めたりはしない。
……やっぱり、気が合うのですね?
「そういえば、ルナ。他に何か重要なこととか連絡しておいたほうが良いことってあるか? オーディナルと黒結晶のことは真白から聞いたが……」
「い、いえ、他にはなかっ……あああぁぁっ! 重要なことを忘れておりました!」
「な、なんだ?」
「ベオルフ様にお願いしたら、エナガになってくださったのです! この指輪を複製したものを今は身につけていて、魔力容量のために制限はかかりますが、エナガにはなれるという話でした」
「な……なん……だ……と」
ガクッと片膝をその場につけたリュート様は、頭を前へ傾けたことで真白が落ちることを心配して手を添えてフォローしたが、小さな白い毛玉はボンドで固めたように微動だにしない。
す、凄い……飛ぶのはあれだけヘタなのに、それ以外の能力値が高いです!
「見たかった……それは、俺も見たかった!」
「チェリシュも見たかったのー!」
「可愛かったよー! ルナのお膝の上で、ちょこんと座って大人しくされるがままになってたのー!」
「ぷっ……やっぱ、ルナに弱ぇーんだな」
「ベオにーには、ルーに甘々なの」
もう、好き勝手放題に言って……でも、まあ……断られるとは考えていない部分もあったので、お願いをきいてくれるとは思っていましたが……
「でも、ベオルフは真白には失礼なんだよ? 『鳥類を一から勉強してきた方が良い』みたいなことを言うし!」
「それは真白の飛び方が問題なのでは……」
「ルナまで酷い! ルナには飛べなくなる加護をかけとくねっ!」
「真白のほうが酷いですよっ!?」
「大丈夫なの、チェリシュが見事にキャッチするのっ」
わいわいと賑やかな会話を交わしながらキッチンへ移動しはじめ、物珍しいのか真白はキョロキョロしながらもチェリシュとの会話を楽しんでいる。
真白を頭の上に乗せ、チェリシュには肩車――朝から、お父さんは大変ですねリュート様。
そして、いつものように作業をしていたカカオとミルクだけではなく、既に此方へ来てパン生地をこねていたマリアベルに挨拶をしてキッチンへ入ると、笑顔で挨拶を返してくれたのだが、何故か二度見してから頬を引きつらせて一歩下がる。
「師匠が分身?」
「師匠に新たな特技ですかにゃぁ」
「お師匠様は、日に日に成長していくのですね。見習わなくては!」
分身という本日二度目の言葉を聞いて、それほど真白と似ているだろうかと首を傾げてしまう。
おかしいですね……私は、もっとシュッとした感じのはずですよ? 真白みたいに丸っこくころころしておりません。
ジトリとカカオ立ちを見て無言の抗議をしていると「分身なんてしてるわけねーだろ?」と呟くリュート様に、苦笑が浮かんでしまう。
リュート様は言えませんよね?
そういう思いをこめた視線を的確に読み取ったのか、彼は視線を逸らして小さく咳払いをし、元気な真白は小さな翼を広げて胸を張る。
「真白なの! よろしくなの!」
「チェリシュなの、よろしくなの!」
いつの間にかチェリシュの口調がうつった真白と、何故か一緒に自己紹介を始めてしまったチェリシュの愛らしいコンビに、キッチンへやってきたお母様がメロメロになり、出勤前に顔を出したお父様が支えながらも孫でも見た祖父のように目尻を下げ、一気に人口密度が高くなったキッチンは、それなりに賑やかになったのである。
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