悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜

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第八章 海の覇者

8-67 周囲の変化と小さなプライドに縋る者たち(テオドール視点)

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 目の前で屈託無く笑う弟たちの顔を見ながらも、周囲の様子を窺うようになったのは、どれくらい前からだろうか。
 言葉で感情を表現することが難しい私の代わりに、黒の騎士団のケアをしてくれるロンには日頃から必要以上の苦労をかけているので、自分のことに目を向けられるようになったのは嬉しい限りである。
 まあ、本性を知った相手が本気で逃げる可能性はあるが、そうならないことを祈るばかりだ。
 そして、今まで理不尽な境遇に置かれ、家族とも疎遠にならざるを得なかった末の弟にも幸せになって欲しい。
 我々、三兄弟の中で、誰よりも孤独な戦いを強いられ、見事に乗り越えてきた戦士である。
 本来なら、ラングレイの家を継ぐのに相応しいのではないだろうか。
 ずっと、そう考えてきた。
 リュートほど強い男はそういない。
 だからこそ、ラングレイの家を背負い、当主として生涯を歩み、馬鹿にしてきた連中に『歴代当主の中でも最強の聖騎士』であると知らしめて欲しいと願っていたのだが……今は少し違う。

 リュートには、ラングレイの家は狭すぎる。
 いや、この聖都レイヴァリスやフォルディア王国ですら、狭いのだ。
 聖騎士にこだわることなく、己の力だけでどんな道へも突き進むことが出来る力を持つ。
 もしかしたら、この先、ラングレイの家の名が重荷になる可能性だって出てくるだろう。
 それほど、リュートは世界から求められるモノを秘めていた。
 最初は、それが不思議でならなかったが、その理由も今日知ることが出来たのだ。

 前世の記憶───

 ならば、この世界には無い考え方や視点を持っていても不思議では無い。
 しかし、前世の記憶をただ持っていただけでは、ここまでのことを成し得ることは難しかっただろう。
 リュートの知恵と機転だけではなく、血のにじむような努力があってこその今である。
 寝る間も惜しんで勉学に励み、体を酷使しての訓練……あの頃は、何故そんなに追い立てられるかのごとく強くなろうと足掻いているのか理解することが出来なかった。
 予感だったのかもしれないし、家族を守ろうと考えた時、自分に必要なモノを考えて動いた結果なのかもしれない。
 ただ、リュートは……甘えること無く、自らに厳しかった。
 周囲に優しさを忘れず、自らにだけ厳しくするなど、人には難しいことだろう。
 意識せずとも、己と同じ水準を相手に求める者が殆どである。
 それで身を滅ぼしかけているカーラー家の長女を見ているから、尚のことだ。
 幼なじみだけではなく大人たちも助言をしているのだが、全く聞く耳を持たない。
 彼女の中に生きるヴォルフの影は彼女を追い詰め、周囲の声を無い物とした。
 彼が生きていたら、どういう反応をするだろう。
 その姿を見て、どう感じるのだろうかと思うと胸が痛む。

 それは、リュートも同じなのだろう。
 自分のことだけでも手一杯であったというのに、イーダリアの身を案じてそばにいたのである。
 厳しいことも言葉にしている様子を見ていたが、何故そこまで的確なアドバイスが出来たのか不思議であった。
 しかし、今は種明かしをしてもらった後なので、容易に想像がつく。
 前世の記憶があるからこそ出来たアドバイスであり、彼女を傷つけること無くここまでフォローすることができたのだ。

 イーダリアだけではない。
 幼なじみ全員が、リュートに支えられ……いや、もしかしたら、私たち家族でさえも背に背負って、前へ進んできたのかもしれない。
 自分のために、人の為に、心をすり減らして頑張っていた自慢の弟───
 その弟のすり減っていく心を心配していたのだが、ルナが来てくれたことにより心配することも無くなった。
 今だって、愛しげにポケットの中で眠る小鳥を眺め、指で優しく撫でている。
 本当に良かったな、リュート。
 心が戻り、笑顔が戻り、前世の記憶を共有して、明日への希望を見いだす。
 もう、明日が辛い日になるかもしれないと憂うこともないだろう。
 それが、何よりも嬉しい。

 弟のもとへ来た、この世界ともう一つの世界を創造した神の加護を持つ乙女……
 一歩間違えれば、この世界すら崩壊させる可能性だってある危険因子だと言う者も、確かに存在する。
 しかし、我々が道を間違えなければ、人としてより良い行動を取っていれば、さして問題にもならないことだ。
 ルナは、今までこの世界に召喚された人型召喚獣のような理不尽さが無い。
 どこまでも謙虚で、リュートと同じく人の為に心を砕くことができる存在だ。
 警戒するのが馬鹿らしくなるほどのお人好しで、天真爛漫な娘である。
 特に、料理の話をすると目を爛々と輝かせながら、我々にはわからないようなことを色々と考えているのだ。

 その考えの大本は全て「リュート様が美味しいと言ってくださる料理を作りたい」である。

 これのどこが危険なのか、理解に苦しむ。
 まあ、リュートが絡むことだから文句を言いたいヤツらはいるのだろう。
 だが、見ているがいい。
 そのうち、お前たちは何も言えなくなる。

 胃袋を掴まれる恐怖を、思い知るが良い。

 正直に言うと、明日からの食事は寂しくなるな……と考えて、テンションが下がる自分がいるのだ。
 旨い物が食べられなくなると、精神的に来る物があることを知れば、そのうち何も言えなくなるだろう。
 リュートに文句を言い続けていたら、そのうちそれらの料理が食べられなくなる。
 我が弟の凄さを理解している周囲が、それを許さない。
 文句は言うのに彼が与える恩恵だけは享受するのだなと、城でも街でも人々から鼻で笑われる未来しか見えないのだ。
 私だったら、御免被る。
 こんなに旨い酒と料理を目の前に、自分の自尊心や安っぽいプライドを保つために行動するなんて、とても愚かだと理解しているからだ。
 プライドなんぞ、腹の足しにもならないし、役立つこともない。
 ましてや、人を傷つけて保つプライドになんの意味があるのだ?
 自分の価値を下げる行為に気づかない愚か者は、更に痛い目を見るだろう。

 周囲の変化に聡い者なら、もう気づいている。
 ルナが来てからの食の変化を……
 それに伴い、リュートの商会が作り出した商品に、世の女性たちが注目し始めたのだ。
 先週、ルナがリュートに『弁当』という物を作ったと聞いた。
 それ故なのか『意中の相手とのデートで手作り弁当なる物を持参すれば、必ずうまくいく』という噂が流れている。
 世の女性たちは、初めて聞く『お弁当』に食いつき、リュートの店に足繁く通うようになったらしい。
 今までは、黒騎士や白騎士が多かったのだが、噂を聞きつけて店に入った客も、その味の虜になり、自らの家で雇っているキャットシー族にも一度食べに行って、出来ることならレシピを購入してくるよう説得している家庭が出てきているくらいだ。
 つまり、この時点で家の女性陣と食を司るキャットシーたちが、リュート側につくのである。

 それだけならまだしも、ここで終わらないのがリュートである。
 弟たちがもたらす変化は、料理だけではない。
 我々の生活に欠かすことの出来ない洗浄石も、リュートたちによって研究された質の良い物に変わっていくだろう。
 試し使ってくれと渡された洗浄石は、今までの物とは違い、淡いカラーリングがなされ、様々な形が用意されていたのである。
 その中でも木の葉型が気に入って使っていたら、それを目ざとく見つけた城に勤務する女性たちから質問攻めに遭ったのだ。
 形やカラーが可愛いうえに、性能も良いだけではなく、消費魔力も少ない。
 どういう術式なのか理解は出来ないが、魔力が少ない者でも手軽に扱えると好評で、どうにか購入させて欲しいと懇願された。

 つまり、職場の女性たちもリュートの味方になりつつある。
 家庭でも職場でも、リュートを悪し様に言うことがあれば、即座に反撃されるか冷たい視線を浴びることになるのだ。
 安っぽいプライドでしか物事を語れない奴らは、平常心を保つことが出来るのだろうか。
 そこは見物である。

「何をニヤニヤしているの? 兄さん」
「ん? そんな表情をしていたか?」
「まあ、だいたい想像はつくけど───リュート……変わったよね」
「そうだな。全てはポケットの中で眠っている愛らしい小鳥のおかげだ」
「……兄さんも変わったよね」
「そういうお前もな」
「……うん。そうかも」

 時空神様に絡まれて酒を飲みながら前世がらみの話をしているのか、内容は聞こえてこない。
 2人だけでひそひそ話して妙に納得し合っている姿は、まるで仲の良い友達のようでもあり、兄弟のようにも見える。
 そんな姿を微笑ましく見ていたら、我慢の限界がきたのか春の女神チェリシュがリュートに向かってダイブした。
 当たり前のようにリュートの膝上でくつろぎ、話に参加している。

「春の女神様……いや、チェリシュちゃんも、表情が柔らかくなって、子供らしい行動が増えたよね」
「そうだな……良い傾向だ」
「ルナちゃんが来てから、色々と変わったよね」
「良い方向に変わってくれて良かった。オーディナル神には心から感謝したいな」

 この世界を創造したオーディナル神の加護を持つルナを危険視する者は、確かに存在した。
 しかし、一部の者が言うような破滅の未来は訪れない。
 リュートとルナの関係性を見ていればわかることだ。
 我々は、運命の相手をないがしろにすることは無い。
 誰よりも愛し、慈しみ、大切に想うのだ。

 今までは、それを言葉として聞いても、父と母がレアケースなのだろうと考えていたのだが……まさか、ここまで己の気持ちをかき乱されるとは思わなかった。
 衝撃は強すぎて、香しくも甘く、喉や胸を熱く焼く強い酒を飲んでしまったような心地である。
 こんな持て余すような感情と、弟たちはどうやって折り合いをつけているのだろう。
 今はまだ、適度な距離を保つことしか思いつかない。
 一歩踏み込めば、容易く欲望を叶えようとする腕を叱咤するしかないのである。

 月光の下でも黄金に輝く髪を撫でたら、どんな心地がするだろう。
 名を呼ばれるだけでうずく胸は、張り裂けてしまうに違いない。
 いかん……これでは、毎日の業務に支障が出てしまう。
 今は小鳥の姿だから良いが、リュートはよく一緒に眠っていて平気だったな……

「サラ姉、珍しく進んでねーじゃん」
「旨い酒は、味わって飲むものだよ」
「ふーん?」

 どうやらキュステと話をしようと移動したリュートが、声をかけたようである。
 彼女はリュートを弟のように可愛がってくれているから有り難い。
 我ら兄弟が相手に求めるのは、リュートの周りにある悪意を含んだ噂を信じない……いや、自らの目で見て判断する聡明さである。
 彼女は優しくも聡明な女性であることが嬉しくて仕方が無いのだが……今の彼女の表情には陰りが見えて心配になってしまう。
 何かあったのだろうか……

「チェリちゃん。ベリリを追加してあげようなぁ」
「ありがとうなの!」
「サラ姉も、焼酎のサングリアにベリリを追加するか?」
「んー……そうだね。それも良いかもね」

 空になりかけていたグラスを差し出し、キュステがベリリをカットしているのを待っている間、彼女の視線が動く。
 リュートの腰───日本刀へ……

「珍しい剣だね」
「ああ、これか」

 そう言って、リュートは無造作に刀を抜いて刀身を月光の下に閃かせる。

「さっきは文字が浮かんでいたみたいだけど……普段は見えないんだね」
「ああ、魔力に反応するみてーだな」
「……そうかい」

 刀身をジッと見つめ、何かを言いかけては口ごもる。
 その表情は複雑で、憂いを帯びているのにも関わらず美しく───
 彼女が何を抱え、何を考えているのか……いずれは、その全てを知る権利を得たい物だと考えながら、私はただ……この賑やかな宴が終わるまで、黙って彼女を見守ることしか出来ないでいたのである。

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