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第八章 海の覇者
食べ方にはコツがあるのです
しおりを挟むすっかり日も落ちた頃、辺りは良い感じの照明に照らされ、懐かしいお祭りムードです。
ギムレットの奥さんであるライムさんもやってきて、ご夫婦揃って時空神様たちやリュート様にご挨拶をしてくださったのですが、リュート様の対応が、やはり穏やかというか……優しさと懐かしさが混在しているような雰囲気なのですよね。
ライムさんは、とても穏やかな方ですから、リュート様もホッとするのでしょう。
「ルナ。そろそろ席に着こうか」
ソッと差し出される手を取り、促されるまま席へ着きます。
待っていましたとばかりに、チェリシュが膝の上に登ってくるのですが、リュート様のお膝で無くて良いのですか?
「最後は、ベビーカステラですにゃ」
ナナトがニコニコ笑いながら、チェリシュの描いた似顔絵が並ぶベビーカステラを持ってきてくれました。
「ありがとうございます」
「このレシピも、あとで教えて欲しいですにゃ! 甘い匂いもきっと人気が出ますにゃっ」
「勿論、屋台関連のレシピは、お渡ししますね」
「それは楽しみですにゃ! 代わりに、変わった食材があったら、手に入れてきますにゃっ!」
「お願いします!」
ガッチリ手を握り合う私たちを見て、リュート様が苦笑を浮かべ、「食材だと、あんなに喜ぶのだな」とお父様が呟き、テオ兄様とロン兄様がコクコク頷くのですが、食材だけ喜ぶわけではありません……よ?
た、多分……?
全員がテーブルにつき、料理も一式各テーブルに配り終えました。
あとは、ナナトが準備して置いてくれた屋台から勝手に取っていって食べる方式にしたのですが、ナナトの屋台にある保温器は、かなり優秀です。
これも、リュート様作だそうで、ナナトがお金を積んで毎日通ってお願いしたとか……変なところで努力家ですよね。
「同じ物を他の工房に頼んだら、時間が経つごとに干からびていって驚いたにゃ」
「だから言ったろ? 料理を美味しく保つのは、温度と水分量なんだって。ただ単に温めたらいいって話じゃねーんだよ」
「そこが難しいのですにゃ」
「簡単にできてたまるか」
魔石オーブンの時に、どれだけ苦労したと思ってんだ……と、リュート様は憮然とした表情で語っておりました。
未だにリュート様が作った調理器具や魔石の解析には時間がかかっているみたいですし、他者がマネて作る物は大幅に質が落ちるとナナトがぼやいておりましたから、リュート様の……いいえ、フライハイト工房の技術力の高さは周知の事実なのですね。
「さて、みんな料理と酒が行き渡ったかな? この素晴らしいクラーケン料理を作ってくれたボクの盟友でもあるルナティエラ嬢と、その弟子であるマリアベル嬢、カフェ、ラテ、カカオ、ミルク。そして、屋台を取り仕切るナナトたちに感謝しながら、いただくとしよう」
食事の開始といわんばかりに、王太子殿下が高らかに声を張り上げて全員に語りかけ、目線で時空神様に何かありますかと問いかけている様子が覗えました。
「ルナちゃんが作る料理は全部美味しいカラ、存分に楽しむと良いヨ。あと、初クラーケンだカラ、体調が悪くなる人もいるかもしれないし無理はしないようにネ」
タコアレルギーとかもあったカナ? と言いつつ首を傾げておりますが、確かにそういう可能性も捨てきれませんよね。
日本でも『アレルギーは甘え』とか理不尽なことを昔は言っていたと聞いたことがありますが、この世界もそういう偏見があるかもしれません。
アレルゲンだと知っていて食べさせるのは犯罪になるくらいですから、アレルギーは甘く見て欲しくないものです。
「じゃあ食うかっ! いただきますっ!」
ぱんっと勢いよく両手を合わせてぺこりとお辞儀をしたあと、目をキラキラ輝かせて目の前のたこ焼きに箸を伸ばしたリュート様は、ぱくっと一口で食べてしまいました。
え……え?
あ、あの大きさが、入ってしまうのですかっ!?
ま、まあ……一回り大きいくらいでしたが……でも、それを一口で頬張ったら火傷しますよっ!?
私の心配をよそに、リュート様ははふはふ言いながらたこ焼きを味わって食べ、ごくんっと飲み込みました。
「んーっ! うまーっ! マジで旨い! ソースもいいし、青のりと鰹節とマヨネーズが最高! クラーケンもタコとそう変わんねーな、ちょっと味が濃い感じでぷりっぷりだっ」
「ちぇ、チェリシュもやるのっ」
「言うと思いましたーっ! 駄目ですよチェリシュっ!」
「そうそう。慣れている人以外、あの食べ方は危険なんだよネ」
このテーブルには、ラングレイ一家と時空神様一家しかいないので、その発言に問題はありませんが聞かれたら厄介ですよ?
ジトリと視線で注意しているのに気がついているのかいないのか、時空神様も同じようにはふはふ言いながら食べております。
全くもう……なんか、変なところで似ている二人ですね。
「カリっとして、ふわっとして、中がトロッとしているのが良いよなぁ……すげー旨い」
「むぅ……チェリシュもはふはふしてみたいの」
「あの食べ方は危険なのです。口の中が火傷してしまいますよ?」
「失敗すると、口の中の皮がべろーんって……」
「リュート様」
リュート様の発言を聞いて「ぴゃっ」と声を上げたチェリシュは、「べろーんは、やーの……ルー……」と言って、私に火傷しない食べ方を聞き、半分に割ったたこ焼きを何回も、ふーふー息を吹きかけて冷ましてから恐る恐る口へ運びます。
も……ぐ……もぐ……もぐもぐもぐもぐっ!
口の動き方を見ているだけで、警戒から変化していく様子がうかがえました。
なによりも、目がキラキラ輝き始めているので、言葉は無くても気持ちがいっぱい伝わってきます。
「……はっ! クラーケンが……ぷりっぷりなの……噛めば噛むほど、美味しいのがいっぱいなのっ! 生地も、カリッ、ふわ、とろとろ~なのっ」
「うふふ、褒めてくれてありがとうございます。ほら、口元にソースがべっとりですよー」
「んむぅぅ」
綺麗に口元を拭うけれども、次から次へ食べていると、あまり変わらないかもしれませんね。
「このソースがまた面白い。酸味も甘みも感じるし、奥深い味でスパイスも感じられて……良い味だ」
半分に割ったたこ焼きを食べ、深く何度も頷きながら感想を述べてくださるテオ兄様は、たこ焼きを気に入ってくださったようで安心しました。
その隣に座っているロン兄様はというと、大好きなカルパッチョを頬張って、満面の笑みを浮かべていらっしゃいます。
「このタコのカルパッチョもいいね。俺はカルパッチョ好きだから、こういう独特の味とコリコリ感も合うんだって新発見した感じだよ」
「お母様は、お好み焼きが気に入ったわ。キャベツの甘みと肉のカリカリ感に、卵のトロッとした感じ……それなのに、生地はふわっとしていて食べ応えもあって、ソースによく合うの」
「この鰹節と青のりにマヨネーズとソースが良いな……この組み合わせが最高だ」
うんうんと、お父様も頷いております。
テオ兄様と反応が似ていて、親子なのだなぁって感じてしまいました。
ラングレイ一家は、カルパッチョで生食に抵抗感がないので、すんなりと食べておりますが、他の方々は大丈夫でしょうか。
右隣のテーブルに、王太子殿下と知識の女神様、トリス様やシモン様、マリアベルとランディオ様もいらっしゃいます。
そちらへ視線をやってみると、私の料理を何回か食べたことがある方々と、そうでない方々の差が激しい気がしました。
王太子殿下の護衛たちは、若干引き気味ですもの。
その奥の方に見えるテーブルでは、リュート様の元クラスメイトたちが座っていて、カルパッチョに抵抗感を見せている白の騎士団の方々と何か話をしているようでした。
モンドさんたちは、カルパッチョをぱっくんと食べて此方まで聞こえてくるような大声で「うまーっ!」と叫んでおります。
それと同時にリュート様が笑い、ロン兄様たちも「元気だねぇ」と苦笑を浮かべておりました。
まあ、初めてのクラーケン料理であり、生食ともなれば、抵抗感は大きいでしょう。
無理して食べなくても他の物がありますから、そちらを食べてくれたら嬉しいです。
「奥様、僕らココで食べとってええん?」
「あとは、セルフサービスです。時空神様たちだって自分で取ってきて食べているのに、文句は言わせません」
「そうだよ。俺たちもそうしているのに、文句があるなら……ネ?」
「怖っ! わ、わかったわ。それやったら、ゆっくり楽しむことにするわぁ」
「気にせず、ゆっくりとして食ってろ。必要なら、俺が動くし」
「ソレは勘弁してくれへんっ!? そういう時は僕に言うて!」
左隣のテーブルに座っているキュステさんがそう言うと、周囲から笑いがこぼれ、そういうことだったら無礼講だと、商会に関わっている皆が楽しげに食事を取り始めます。
だいたい、秘密にしているとはいえ、キュステさんは竜帝陛下の息子で、アレン様は前竜帝陛下ですよ?
その方々に給仕されて、事実を知ったら気絶してしまうのでは無いでしょうか。
「アス、美味しいのぅ」
「はい。クラーケンの腕が、こんなに美味になるだなんて……本当に凄いです。さすがは、お祖父様が認めた方!」
「……オーディナル様も食べたいとおっしゃるでしょうか」
「勿論言うだろうネ。父上は、ルナちゃんかベオルフが手がけた物しか食べられないしネ」
「そうなのですか?」
「だから、ベオルフが作る料理を楽しみにしているんダヨ」
「だったら……ベオルフ様にお料理をいっぱい覚えていただかなければなりませんね」
「ベオルフも、ルナちゃんとの料理教室が気に入っているみたいだし、喜ぶんじゃ無いカナ」
「そうですか? えへへ……そうですかっ!」
私も、とても楽しいですし、そうだったら嬉しいですっ!
ベオルフ様と、時々、兄も入れて料理教室ですね。
美味しい物を食べていたら、ベオルフ様の表情筋も復活するでしょうか。
最近、少し笑うことが多くなった気がしますし、効果に期待しましょう。
まあ、リュート様のような少年の笑みは難しいでしょうが……
料理を次々口に運び、「旨いなぁ」と言いながら満面の笑みを見せるリュート様に、周囲の人たちが優しい眼差しを送っていることが嬉しくて、此方まで笑顔になってしまいました。
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