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第八章 海の覇者

カリッ、ふわっ、トロトロ~な、たこ焼き

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 たこ焼きを焼くに当たり、そういえば天かすが無かったことを思い出し、私は慌ててフライヤーの方へ移動して天かすを作っていると、何をしているのかと唐揚げを揚げていたカフェが、驚いた様子で一連の作業を見ていた。
 小麦粉に水を加えて混ぜ、熱した油にパッパッと散らす作業が珍しかったようです。
 これも料理の材料なのですよと説明しつつ、じゅうと音を立てて綺麗に揚がり、浮いてきた天かすを網で掬ってバットに取り、余分な油を切りました。

「すごいですにゃ、小麦粉を溶いて揚げた物が材料になるのですにゃ?」
「ええ、これがあると美味しくなるのですよ。そうだ、ついでにお好み焼きにも加えてみましょうか。マールの殻の粉末を入れて風味を出しましょう」
「マールの殻まで使っちゃったですにゃ……」

 からからと良い音を立ててクラーケンの唐揚げを揚げ、できあがった分をしまい込んでいたカフェは、目を丸くしております。
 やはり、食べられる場所は、全て美味しくいただかないと……ですよね?

「命をいただくのですから、料理人として無駄なく、食べられるところは全ていただきましょう」
「はいですにゃ」

 冷蔵庫にカルパッチョをしまいにきたラテも、「了解ですにゃっ!」と返事をして、すぐさま作業へ戻っていきました。
 みんな慣れた様子でお料理を作ってくれるので、とても頼もしいです。
 レシピがないと他の弟子のように料理が出来ないマリアベルも、自分に出来ることを探してサポートをしていますし───弟子たちの成長が凄いですよね。

「ルナ、次がたこ焼きなら、コレも必要だろ?」

 みんなの働きに感動している私の目の前に、そう言って差し出されたのは、金属製のピック。
 どうやら、これも準備してくださったみたいです。

「アイスピックの持ち手を変えただけなんだけど、使い勝手はどうだろう……一応、手にして確認はしてみたんだが、使い勝手となると、やったことがねーからなぁ」

 決まりが悪そうに言うリュート様の手からピックを受け取り、手に持ってみると、妙に手に馴染む感じがしました。
 私の手の大きさに合わせてくれたのでしょうか。
 ……それって、裏を返せば、それだけ……て、手をつないで……いると?
 い、いけません、いらないことを考えたら、高性能センサーに引っかかります!

「じー……なの」
「予兆だけでも感知できるというのですか!? ど、どこまで性能がアップして……!」
「ん?」

 私とチェリシュの攻防戦を理解していないリュート様は首を傾げましたが、これ以上はマズイと慌てて天かすを回収し、たこ焼き器がある方へ戻ることにしました。

 さあ、お待ちかねの生地作りを開始しましょう!
 ボウルに薄力粉を入れ、卵とだし汁と牛乳を混ぜた物を数回にわけて入れて、ダマが出来ないようによく混ぜます。

「さっきよりも、水っぽいんだな」
「本当ですにゃ」

 カカオとナナトが手順を見つめながら、先ほどとは違うのだと気づいたようです。
 同じような材料で、全く違う料理ができあがっていくって、やはり不思議な感覚がしますよね。
 私も、兄と作っている時に不思議で「へ~」とか「すごいなぁ」とか言いながら、作っておりましたもの。

「この出汁が、すげーんだよな……」
「手間はかかるけど、良い香りがしますにゃ~」

 黄金色のおだしを見て、カカオが唸り、ナナトは目を細めます。
 顆粒だしなどがあれば、もっと簡単にできますが……いつか、そういう便利な調味料も、この世界に誕生する日が来るのでしょうか。
 日本でも戦後100年と経たないうちに、凄まじい食文化の変革を見せたので、この世界にそういうことが起こっても不思議ではありません。
 それはそれで、楽しみですっ!

 ネギを小口切りにし、生姜の酢漬けと天かすも準備OK。
 さて、メインのクラーケンですね。
 大きすぎても小さすぎてもいけません。
 リュート様が作ってくださったたこ焼き器の大きさに合わせて、ボイルしてあるクラーケンをカットしていきます。
 これくらいの大きさだったらクラーケンの身のプリプリ感を堪能できますし、小さすぎてションボリすることもないでしょう。

「それだけで旨そう……」
「美味しそうなのっ」
「不思議と奥様が作らはったら、それだけで美味しいって思うようになってしもうたって……僕ら、絶対に胃袋調教完了状態やね」
「旨い物が食えるなら、それでもいい」
「だんさんは、奥様にやったら何されても笑って許しそうやわ……」
「ベオにーにもなのっ」
「そんなことはありませんよ、チェリシュ。あの方は、シッカリお説教もしますし、注意もしますし、首根っこを掴んでくることもあるのですからっ」
「それは、ルナちゃんが絶対になにかやったんデショ」

 時空神様のツッコミを華麗にスルーして、私は鉄板に油を馴染ませていきます。
 ツッコミに触発されて脳裏に浮かんだ首をすくめてしまいそうな思い出を、手でパパッと払いのけておくことも忘れません。
 ジトリと見つめるベオルフ様なんて、恐ろしすぎますもの!

「あれ? キャベツは入れねーの?」
「関西人の方を前にしてソレを言ったら、本気で怒られますよ、リュート様」
「え……マジで?」
「キャベツが入ったたこ焼きはたこ焼きにあらず……だそうです」
「そ、そういうルールがあるのか……知らなかった」

 本当に関西地方では、キャベツ入りのたこ焼きを探す方が大変というか……あり得ないという話でした。
 大学で出会った関西出身の学友は、たいそうお怒りで、その件に関してはタブー視して、綾音ちゃんと話題にあげないよう心がけていたのは良い思い出です。
 食べ物関係のお話は、本当にデリケートですから怖いですよね。
 ○○派と○○派や、目玉焼きには何をかけるか───など、火がついたら恐ろしい論争が繰り広げられ、大変な思いをしますから……

「えーと、今回はお好み焼きも作っているので、カリッ、ふわっ、トロトロ~な、たこ焼きを作りたいと思います」
「へぇ……トロッとしているのか」

 それは楽しみだと笑うリュート様の期待に応えるためにも、頑張りますよ!

 油がほどよく馴染んだたこ焼き器の鉄板に生地を流し入れ、手早くタコ───ではなく、ボイルしたクラーケンのぶつ切りを入れて行きます。
 続いて、ネギと天かすと生姜の酢漬けを散らしていきましょう。
 さあ、火が通り過ぎないうちに、表面が固まってきたのを見計らって、ひっくり返していきますよ!

 はみ出している生地の間にピックですじを入れて切り離し、ピックを縁から斜めに入れ、生地を鉄板から引き剥がすようにぐるりと一回転させます。
 手首を返すように動かし、たこ焼きをひっくり返していきましょう。
 最初はいびつでも、とじ目やいびつな部分を下にするようにひっくり返していれば、とても綺麗な球体へ仕上がっていきます。
 手を休める暇なくひっくり返しておかなければ焦げ付いてしまいますから、その辺は注意しましょう。

 くるくるっと、リズミカルにっ!

「す、すごいの……ルーが魔法を使っているのっ!」
「本当だな……だんだん、綺麗な球体になっていく……マジか……さすがルナだな」
「え? なんで丸くなるんだよ。あれで丸くなるなんて考えてもいなかった……」

 チェリシュが手を叩いて喜び、リュート様は流石だと褒めてくださいましたし、カカオは完成図が予想していた物とは違い、驚きのあまりにぽかーんとしておりました。

「ほほー、なるほどなるほど。決め手は手首の返し方ですにゃ! これは良いですにゃぁ、お客さんも見て楽しめる、パフォーマンス性もある料理ですにゃ!」

 ナナトは屋台で出す料理として最適だと感じたのか、目が爛々と輝いております。
 根っからの商売人ですね。

「くるっぽん、くるっぽん、くるくるっなの!」
「すげー技術を求められそうな料理だな……って、お? ナナトがやる気になってるな。だから言ったろ? この料理も見た方が良いって」
「さすがは、だんにゃさんですにゃ! 屋台のことをわかっていらっしゃるですにゃ! この料理ははずせないのですにゃ、練習あるのみですにゃっ」
「師匠、それが焼けたら交代! 俺様もやる!」

 何やら闘争心をかき立てられた二人が、予備においてあったピックを手に、スタンバイをしております。
 たこ焼き器二台分を一人でやっていた私の手順をシッカリと見て学んだ二人は、焼き上がったたこ焼きを私がしまうのを確認してから、左右に分かれてたこ焼き器の前に立ち、鉄板を一度綺麗にして油をしくと生地を流し入れました。
 やってみると意外と難しいたこ焼きに、二人は大苦戦。
 たこ焼きが綺麗な球体にならずに歪な形をしているのは序の口で、穴が空いてクラーケンの身が飛び出したりと散々です。
 幸い、焦げるという失敗がないので、カバーは簡単ですね。

「歪な部分を下にするように意識してひっくり返してください。穴が空いているところは、生地を鉄板に追加して、空いた穴を下にして生地にあわせてください」

 指示されたとおり補強して、何とか丸い形へ仕上げていくたこ焼きという料理の難しさを周囲にいた方々も痛感したのか、頬を引きつらせて私を見つめました。

「簡単そうにしてたように見えたっす……」
「ルナ様の簡単は、簡単じゃ無い件」
「ルナ様の技術力を侮ってはダメですよ」

 問題児トリオの後ろで、リュート様の元クラスメイトたちがボソボソと話をしながら、手首を返してイメージトレーニングをしておりますが、みんなで作るつもりなのでしょうか。
 コツさえ掴めば、そこまで難しくないし楽しいので、是非チャレンジしていただきたいです。
 いつか、元クラスメイトの方々が、タコパを開いている様子がみられるかもしれません。
 レシピがあれば失敗はしませんし、形までは保証しませんが、多分……大丈夫でしょう。

「これは、楽しいですにゃ。絶対に見ているお客さんも楽しいですにゃ! これも屋台も大繁盛ですにゃっ!」

 いつの間にかねじりはちまきをしてたこ焼きをひょいっとひっくり返していくナナトの目がお金になっている気はしましたが、その熱意には感心します。
 そのうち、ナナトの屋台が増えそうですね。
 この、海浜公園の名物になったりして……

「ルナのたこ焼きは、すげーまん丸だ」
「コロコロなの!」
「綺麗な丸やねぇ……転がるから、深皿か椀がええんかなぁ」

 焼き上がったたこ焼きを片っ端からしまっている間、リュート様たちはその出来映えを手放しで褒めてくださいました。
 うふふっ
 そう言っていただけると、とても嬉しいですっ!
 リュート様が少年のような表情で笑い、喜んでくださるのが一番ですもの。

 和やかな私たちの横で、何故か勝負になってしまったらしいカカオとナナトは、気合いを入れてたこ焼きをくるくる回しております。
 まだ慣れないので歪になるのは仕方がありませんし、誰もが通る道ですもの。
 私は、兄に見守られながら初めて作ったたこ焼きを思い出し、当時、アドバイスして貰った言葉を彼らにも伝え、白熱していく勝負の行方を暫く見守りました。

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