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第八章 海の覇者

少年の夢を叶える一手

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 とりあえず、キュステさんの体に巻き付いた海藻を取り除く作業はリュート様やチェリシュだけでは追いつかず、私と弟子たちも参戦して剥いでいったのですが、そこで頑張った結果なのか、今度はチェリシュが緑一色に染まりそうになり、リュート様が慌てて排除するという一幕がありました。
 さすがはパパモードのリュート様です。
 手際が素晴らしいというか、すぐさま洗浄石で綺麗にして確認しているところが、本当にパパですよね。
 手を合わせて謝罪するキュステさんも、近所のお兄さん感が出ていて、なんだか微笑ましい光景が広がっておりました。
 磯臭かったせいか、遠くから見守っていたシロも、耳をぺたりと下げて、人の良い夫の姿を堪能している様子。
 素直になれないシロも、キュステさんが見ていないところではわかりやすいですね。

 さて、山のようにどっさりと手に入った海藻たちを新米時空神のルーペで鑑定してみましょう!
 ふふふっ……期待通りです。
 青のりは勿論のこと、アオサや昆布やわかめなども、ついでに採ってきてくれたようでした。
 まあ、実際は竜形態で好きなように海の中を泳ぎ、体に巻き付けてきたようですが……結果オーライなのです!
 そして、鑑定していた海藻の中に、天草が含まれていたことには驚きました。
 キュステさん、ナイスですっ!
 フルーツたっぷりの寒天デザートや、定番の牛乳寒天も良いですし、ところてんでさっぱりいただくのも良いでしょうか。
 夏になったら人気が出そうなメニューですよね。

「こっちでは、海の雑草とか言って食べないからネ。勿体ないことダヨ」

 美味しいのになぁと呟く時空神様の脳裏には、どんなメニューが思い浮かんでいるのでしょうか。
 兄が得意な料理が並んでいそうな気もしますが、それをこの世界で再現するのは難しいのですよ?
 それだからこそ、醤油を造る可能性のある私に期待しているということなのでしょうが……兄に、製造方法を詳しく調べて貰わないといけませんね。

 昆布とわかめも大量に入手できましたし、リュート様に追加購入をお願いしようと考えていたので助かりました。
 これだけあれば、出汁用の乾燥昆布が沢山作れますし、乾燥わかめを作っても良いかもしれません。
 あ、キュウリとわかめとタコの酢の物も美味しそうではありませんか?
 つ、作ろうかしら……

 あ、いけません。
 こうして料理のことを考えるとうずうずしてしまい、色々と脱線してしまいそうです。
 まずは、たこ焼きやお好み焼きにも使える、乾燥青のりを作ることを目標としましょう!
 日本でも、青のりはありましたが、価格を抑えるためにアオサを混ぜている物も多く出回っておりました。
 それくらい見分けがつきづらい青のりとアオサですが、2つほど大きく違うところがあります。
 それは、形状と香り。
 青のりは糸状の海藻なのに対し、アオサは葉っぱ状であるという特徴を持ちます。
 そして、決定的な違いは、その香りでしょう。
 青のりはとても良い香りがするのですが高級品で、アオサは香りは控えめだけれど、その分リーズナブル。
 そのため、お菓子メーカーが作るポテトチップスの青のり味は、青のりだけではなく、アオサも使っている───と、アオサのお味噌汁を飲んでいるときに兄から教わりました。
 兄の知識量、恐るべしです。

 では、早速ですが青のりを乾燥させて、見慣れた状態へ加工してしまいましょう。
 洗浄石で綺麗にしたアオサと青のりと昆布を適当な大きさに切り分けてから、発酵石の器を取り出します。

「あれ? オイラが作ったのと……なんか違う!」

 発酵石の器の変化に気づいたヨウコくんが声を上げました。
 さすがは制作者です。
 リュート様はヨウコくんに「すげーから、じっくり見た方が良い」と熱心に語りかけ、料理の邪魔にならないように遠くから見ていた彼は、その言葉に促されるように此方へやってきました。

「ヨウコの発酵石の器は優秀だカラ、父上がルナちゃんのために少し手を加えたんダ。ゴメンネ、許可も無くやっちゃっテ」

 いきなり時空神様に話しかけられたヨウコくんは、びくんっと体を大きく震わせて、耳と尻尾をぴーんっとこわばらせます。
 驚かせてはダメですよ、時空神様。

「……ぅえっ!? え、えっと……あ、あの……ゆ、優秀……オイラ、それだけで嬉しいけど……でも、あの……時空神様の父って……」
「オーディナル様が勝手に魔改造してしまったのです。さすがに制作者の許可を取らずにしてしまうのは問題ですよね。少し注意して……」
「わああぁぁっ! ルナ姉ちゃんやめてー! 名誉なことだから! 気にしなくて良いからっ!」

 あわあわと慌てるヨウコくんが涙目で必死に止めてくるので、これ以上は言及しませんが、私が言わずとも、詳細を知ったベオルフ様からお説教されるのではないでしょうか。
 それも、仕方ありませんよね。

「そのこともあってネ。君に、父上からお詫びの品を預かっているヨ」
「……へ?」

 時空神様は悪戯っぽい笑みを浮かべたあと、ヨウコくんの頭を撫でてから、手を出してと言うと、素直に差し出された手に小さな何かを握らせました。
 ヨウコくんは、おそるおそる手の中にある物を見つめ、何回か瞬きをしたあと、驚きすぎたのか、ぽてんっと尻餅をついてしまい、そのまま後ろへひっくり返らないようにテオ兄様とサラ様が左右に分かれて体を支えます。

「え、え? だって……コレ……だって……えぇ?」

 その手に握られていたのは、四角形のクリスタルで、中には何が入っているのかわかりませんが、透明でとても綺麗ですね。

「君は優秀だから、きっと創り出せル……って、父上からの伝言ダ」
「い、いいの? だって、これって……里長しか持つことが許されない、酒精石だよ?」
「父上は、君にはその資格があると言っていタ。期待しているってことダ。リュートくんたちを見習って、自分の力で道を切り開いてみなサイ」
「は……はいっ! 必ずオイラだけの酒を造り出してみせますっ! 大事に使います。ありがとうございました!」

 酒精石?
 アルコールのことを酒精と言いますが、あの結晶がアルコールってことですか?

『ルナちゃんが勘違いしていそうだから説明するけど、この世界は地球で造るように酒を仕込んでも完成しないんだよ。発酵石の器に宿る酒精───精霊を宿さないといけないんだ』

 流暢な日本語で説明をしてくれる時空神様の言葉を聞きながら、私はキョトリと目を丸くして初めて聞く真実に驚いてしまいました。
 え?
 この世界のお酒造りには、そういう一手間が必要なのですか?
 でも、発酵石の器は菌の繁殖を制御する能力があったはずですから、精霊の力を借りなくてもお酒はできますよね。

『精霊付きのタンクで熟成させたお酒でなければ、取り出した途端に腐敗する仕組みになっている』
『なるほど……それで、完成しないということなのですね』
『そういうこと。フォルクスの村長が理想とする酒造りに必要な精霊を、あの結晶で創り出すんだよ。精霊は、丹精込めて造られた発酵石のタンクに住み着き、酒を熟成させるんだ。お酒は人にとって毒だからね。取り扱いに関しては注意しているし、誰もが造れる物では無いんだよ』

 だけど、ヨウコくんなら大丈夫デショと笑う時空神様の言葉を聞いて、酒造りには知らなかった工程があったことに驚きつつも、どこか納得したような感覚を覚えました。
 毒になる物の扱いがおそろかになると、何があるかわからないですものね。

『そういうお話でしたら、家で果実酒作りなんて……できないんですね』
『いや、それはやり方を工夫すればできるんじゃないかな。カクテルなども該当しないわけだし……元となるアルコール度数の高いお酒はそういうことになっているんだよ。まあ、これはフォルクス族以外は知ることが無い真実だから、今のところは他言無用でお願い。リュートくんもね』

 日本語での会話ですから、さすがにリュート様にも筒抜けです。
 彼は此方を見る事無く頷きましたが、何故か抱っこされているチェリシュまでもが頷きました。
 リュート様のまねっこでしょうか。

 今の話をまとめると、お酒造りはフォルクス族以外には作れない秘密の工程があるけれども、家庭で楽しむ分には抜け道があるから探してごらん───ってことですよね。
 もしかして、様々な世界のことを知っている時空神様は、こういう抜け道を幾つか用意してくれているのでしょうか。
 悪戯っぽく片目をつむって見せる時空神様に、思わず苦笑してしまいます。
 これも、兄に話して笑い話のネタにするつもりなのかもしれません。
 気づくかどうか賭けていたりして……

 そんなことを考えながら、器を複数個取り出して砂竜の鱗の粉末を敷き詰め、その上に、青のりとアオサと昆布とわかめと天草を個別に入れていきます。

「んー? 砂竜の鱗の粉末が少なくなってきたな。今度追加で注文しておくか」
「そうしてくれると助かります。意外と使いますから」
「砂竜も鱗をそんな風に使われているとは思うまい……」

 テオ兄様が何故かしみじみと語るので、どうしたのかしらと首を傾げていたら、リュート様とロン兄様がコッソリと理由を教えてくださいました。

「テオ兄は、砂竜と激闘を繰り広げたことがあるんだ」
「砂地で慣れない戦闘だったこともあって、大変だったみたいだよ」

 な、なるほど……
 激闘の末に勝利した相手の鱗が、乾物を作る道具として利用されているのを目の当たりにして、少し複雑なのですね。

「慣れた方が良いよ。ルナが相手だと、どんな強敵でもあんな感じになるかもしれないし……現に海の覇者であるクラーケンだってさ……」
「そう……だな」

 サラ様に慰められるように声をかけられ、いろいろ悟ってしまったような表情をしているテオ兄様に、リュート様とロン兄様が吹き出しそうになって肩を震わせますが、私の方は申し訳ない気持ちになってしまいます。

 あ、あの……これで加工した出汁昆布やわかめなどの海藻類は、美味しいのですよ?
 それに、リュート様の笑顔のためですから、仕方ないのです。

 心の中で、色々と言い訳をしながら、私はせっせと乾燥させていない青のりを細かく刻み、下味をつけているクラーケンの唐揚げに投入しました。

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